#46 ネコザメイドの憂鬱
なしろとのるんがリテムにて邂逅するのと、そう変わらないある夜。
留守番を任せられていた自称人妻ロリの清廉清楚瀟洒で従順天才美少女賢者ネコザメイドである、フカ・ネコザメは、自分好みの曲を掛けて、一人、夜の店で飲んでいた。
店番をしていれば、合法的に酒が飲める!と碌でもない理由で店番を引き受けたものの、それなりに客で繁盛していることにムカついたからだ。
少し前までも、常連客や、フカがこの店で働いているのを聞きつけた、フカの経営しているメイド喫茶「生足疑惑のサーメイド」の常連客を相手していたら、もう少しで日付が変わる頃合いになってしまった。
今は葉巻を吸い、ウィスキーのロックをちびちびと飲みながら、一人の時間を楽しんでいる。
「他の誰かと楽しくお話しながら飲む酒も良いですけれど、やはりこういう時間もまた格別ですわね」
フカがロックグラスを揺らし、ウィスキーの色を楽しんでいると、ドアに備え付けられた鈴が鳴る。
こんな時間に客が来るとは珍しい。それなりに酒が回っているが、まぁ大丈夫だろう。
フカが玄関の方を見ると、白い長髪の女性と、気弱そうな中性の子供が何やら会話しながら入ってきた。
「あん?今日は店主もお嬢も居ねぇのか。なのに店が空いてるとは、珍しい」
「だから、言った、じゃないですかぁ……、姫宮さんと、なしろさんは居ないって……」
どちらも見覚えがあるようでない。となると、この店の常連なのだろう。
なんだかんだ、なしろやのるんが居る時は手を抜いていることもあり、顔と名前までは覚えていない。
ひとまずの営業スマイルを顔に貼り付け、来客対応に移る。
「いらっしゃいませですわぁ。お二人でよろしかったですの?」
フカの言葉に、白髪の女性は訝しげな表情を見せる。
「此処は、「Bar:Ghostella」であってるよな?見ない嬢ちゃんが仕切ってるから、間違ってるのかと思ったが」
「あ、あってますよぉ。彼女はフカ・ネコザメさん。近くのメイド喫茶と兼業でこっちの手伝いもしてる方なんですぅ……」
どうやら子供の方は自分のことを知っているらしい。
この店に通っているのなら、当たり前だとも言えるのだが、それならそれで、申し訳なさが勝つ。
眉を下げ、申し訳なさそうな表情で、フカは二人に好きな席に座るように促す。
「じゃあ、あたしは此処で……、お、ネコザメ。お前良いもん呑んでたんだなぁ?」
「わぁ、山崎の25年物ですかぁ……。希少なのに、ご自身で飲まれてたんですね……?」
耳が痛すぎる。酒の価値を知っている者が聞けば、そりゃあ耳を疑うものだ。
とても、一人寂しく店の店員が呑んでいて良いものではない。きっと、のるんもキレるはずだ。
サービスですよ、と二人にもロックを差し出すと、二人とも上機嫌になる。
「そういや、名乗ってなかったな。あたしは「天下布舞」副リーダーのあじゃだ。よろしく」
「僕は、「Rpas.」のエルザ・シュミット、です。ヨロシクオネガイシマス」
どちらも聞いたことのあるチームだ。のるんや、なしろが仲の良いチームじゃないか。
尚の事、なしろにバレた後が怖い。可能な限り媚を売っておかねば。
そう決めたフカは、全力の猫撫で声であじゃに擦り寄る。
「この件は、なし姫には内緒でお願いしますわよ……?」
「あぁ……?別にそれは構わねぇが、店主には言っても良いのか?」
あじゃの言葉を聞いて、彼女達が事情を知らないことを察する。
機嫌良さそうに飲んでいる二人に何処まで話すべきなのかを悩んでいると、あじゃが、そう言えば、と言葉を漏らす。
「昨日か一昨日あたりに、盞華が「姫宮殿捜索の為に暫く留守にします」って言ってたな。よくよく考えたら、堕夢騒動の後辺りから、毎晩姫宮と会ってたらしいし。まさか、あいつ失踪したとかか!?ははは、だとしたら笑い話だな」
「あ、あじゃさん……。ネコザメさんの前で、そんなこと言っちゃ駄目ですよぉ……」
ケラケラと笑うあじゃを懸命にエルザが止める。よくある酔っぱらいの構造だ。
酒の肴にすらならない話などするわけには行かない。此処はぐっと我慢し、笑顔を見せる。
「まぁ、実際問題。うちのマスターは失踪してますから、何も反論できませんわ」
「ほう……。つまりあれか。お前がさっき言った言葉は、店主が帰って来ないことを前提に言ってた訳だ。でも、姫宮は店主を探しに、随分遠くまで行ってんだろ?合点が合わないなぁ。どういう事だ?」
あじゃの瞳は、フカの心の奥底を覗き込んでいるかの如く、鋭いものだった。
とても酔っ払いとは思えない洞察力に、思わずドキッとしてしまった。
先程から、相当の酒の量を呑んでいるのにも関わらず、そういう所で勘が鋭いのは困ったものだ。
(そう言えば、店主が言ってましたわね。盞華さんよりもあじゃさんを警戒しろと……)
彼女が、そのあじゃさんなのであれば、合点が行く。そりゃあ、注意するに越したことはない。
見た目や口調は違うが、中身は非常にキレる人物である。
返す言葉に悩みながら、思案していると、エルザはおずおずと手を挙げる。
「僕のとこの、マスターも失踪してるから、同じ、だよ」
「あ?あぁ、茶々丸も失踪してんのか。どうせアイツのことだ。いい素材見つけたとか、そんなトコだろ?」
あじゃの言葉に、エルザは微妙そうな笑顔で対応する。
その反応が、否だと知っていたあじゃは、表情を神妙な面持ちに切り替える。
「違うのか。じゃあなんだ?失踪したっていう店主と一緒に逃避行、ってか?ははは」
「…………」
「…………」
エルザもフカも黙ってしまったので、あじゃもつい黙ってしまう。
気まずい沈黙が、店の中に漂っていたが、それを打ち破ったのはフカだった。
「実際、当たってるからなんとも言えませんわね。かなり呑んでいる割には、随分と冴えてますのね。貴方」
「酒飲んで判断力鈍る奴は、そもそも酒飲むべきじゃねぇんだよ。酒は百薬の長とか言うやつも居るけどな、そんな訳がない。これはあくまで嗜好品で、人の脳を騙す成分しか入ってねぇんだ。現実が辛く厳しい奴が溺れ、逃げるための物だ。飲んでも酔わない所で止めることが出来る奴だけが、飲むべきもんなんだ」
グラスに入っていたウィスキーをぐいっと口に含み、ふぅっと息を吐く。
様になる酒の飲み方だ。酸いも甘いも噛み分け、楽しんできたのだろうと、フカは見た。
「まぁ、なんだ。事情を知らねぇあたしが言えたことじゃないが、店主は、もう帰ってこないんだろ?違うか?ネコザメ」
カランと、氷が溶ける音が響く。店内は落ち着いたクラシックと氷が溶ける音だけが聞こえる。
あじゃの言葉に、フカはどう答えるか悩んだ。きっと、彼女はもう実行に移している。
話してしまっても大丈夫だろうか。もういいか、酒のせいにしよう。
「そうですわね、店主が考えていることが成功したなら、もう彼女は帰らぬ人になるでしょう」
「フン。命の使い道を見つけたって訳かよ。見た感じ、若かったのに生き急いだもんだ」
あじゃは、ぐいっと酒を酒を煽る。先程から飲むペースが上がり始めている。
何故か、エルザも負けじと飲んでいるのだが、大丈夫だろうか。
フカはフカで、この貴重な酒を取られてはたまるか、と負けじと飲んでいる。
すっかり、なしろや、のるんに説教を食らうことを忘れているのだ。
「そう、ですわね。端から聞いていただけですけれど、立派だと思いますわ」
「店主さん……、そんなに、大きな事、なそうとしているのですか?」
エルザの言葉に、フカは首を横に振る。
「いいえ。とてもしょうもないことですわ。けれど、彼女にとっては大きな決断ですの」
吸い込んだ葉巻の煙を、ぷかぷかと巧みに遊ばせる。
今は遥か遠くに居るのるんを思いながら、ぐいっと酒を煽った。
「その決断を鈍らせぬよう、走り抜けられるよう、ささやかに手を貸すのが年寄りの役目ですわ」
誰が年寄りやねん、と心の中でツッコミを入れながら。
フカは客人と夜が更けるまで酒を飲んでいた。




