#45 決定的な分岐点
その日の内に、リテムの「BlackSmith.Rpas.」の旧店舗近辺へと到着したのるんは、大きく息を吐く。
追手が迫っているのであれば、尚の事、自分に残された時間は少ない。
(日もすっかり落ちてるせいで、汗が冷えて寒い……)
時刻はもう間もなく月が頂点に昇る頃。日が落ちてから数刻は経っている。
本来であれば、途中のオアシスで夜を明かすべきなのだが、そんな時間は無かった。
(うーん。大分弱ってる。やっぱり、寒さ対策とかしておくべきだったかな)
移動中も、捕虜にした男をテクニックで傷めつけながら、ニュクスの会話を話半分で聞いていた。
彼女がのるんにむけて楽しそうに話していた中身は、大したものじゃなかった。
最近のネメシスの書く本がバッドエンドばかりだとか、外出制限が退屈なのだとか。
(殆ど興味無くて聞いてなかったけど、唯一気になったのは……)
彼女の話に、なしろの話題が上がったことだ。どうやら預かり知らぬ内に、知り合いになってたらしい。
ニュクスとなしろが知り合いであれば、なしろが此処まで行動が早いのにも合点が行く。
齎された物が、未確定な情報であったとしても、行動に移す理由が生まれている。
のるんが成そうとしていることを理解しているかは、分からないが、それでもだ。
(接触すれば、戦闘が避けられない可能性もあるのか。軽傷で済ませなきゃね)
目的の為なら、やむを得ない。きっと、この考えはあちら側にもある事だろう。
幸い、捜索隊とやらの人数は、こちらと変わらない。問題は面子だ。
不届きから送られていたデータを見ながら、のるんは目的地へと歩く。
(わぁ……容赦ない人選だなぁ。盞華さんはまぁ、来るだろうなって思ってたけど)
戦闘に特化した「天下布舞」のマスター、盞華。普段はアホだが、戦闘能力は随一。
「心刀羅刹」のさらが同行していないと聞いて、心底胸を撫で下ろしていたレベルだ。
(この人は知らないな。店に来てた記憶もない……、うわ、すんごい格好。これで斥候……?)
そのお供に、斥候を得意とする夜刀神紫亜。
のるんとの面識はないが、弓の扱いが長けており、隠密行動を得意とする忍び寄りの職業「勇者」。
(「星空の旅人」の主……、なるほどリア絡みか。ものぐさな人だって聞いてたけど……)
のるんは玉兎鈴の欄に視線を移す。直接話したことはないが、彼女の存在は認知していた。
「射手」や「野伏」等といった射撃職を重点的に修めている中距離を得意とする探索者。
チームやパーティ内の編成によって、職業や戦術を使い分ける稀有なタイプだ。厄介だろう。
(あぁ、この人は……なんか、顔がアホっぽい。データ的には補助職……?いや……)
最後の一人、那雲凪織のデータに目を通す。
得意職は護援者。大型チームの護援者は補助に徹するタイプが多いが、きっと彼女も基本的には裏から支援しつつ、余裕があればテクニックで攻撃するタイプだろう。
法撃の攻撃的な職業を使っているように見えないので、恐らくはチームやパーティ内の構成によって、臨機応変に戦術を組み替えるタイプと予測する。
(なるほどバランスは悪くない。恐らくなしろも盞華さんと同じく最前線で戦う形か)
なしろが選んだのかは定かではないが、一つのパーティとして良く考えられている。
仮に戦闘になったとすれば、戦力を分散した各個撃破が一番現実的だろう。
簡単に目を通しただけではあるが、こちらの戦力と相違ないレベルの人選に、なしろの本気さが伝わる。
そうこうしている内に、のるんは目的地の旧店舗へと到着した。
すっかり歩き疲れてしまったせいで、すぐにでも休みたい所だが、隣で呻き声を上げている男も居ることから、気を緩める訳には行かなさそうだ。
「Closed」と立て看板が掛けられているのを、居にも介さず、のるんはドアを開き中に入る。
「おや。思ったより早かったね「子猫ちゃん」おかえり」
「お帰りじゃないんだよ、本当に余計なことしてくれちゃって」
店のカウンターで暇そうにしていた茶々丸は、諸手を振ってのるんを歓迎したが、対するのるんは蟀谷に青筋を浮かべ、茶々丸の耳を引っ張る。
怒りが収まらなかったのるんが手を出そうとすると、何処からかシルヴィアが、のるんの腕を掴む。
「失礼、姫宮様。顧客と受注者の立場ではありますが、過度な暴力はお控え下さいますよう」
「立場云々の問題じゃない。ラスフォルトさんは、このバカが情報漏洩したのを知ってるの?」
のるんの言葉に、心当たりがなかったのか、シルヴィアは、はて?と言った表情でこちらを見ている。
簡単に事情を説明すると、シルヴィアは茶々丸の首根っこを掴んで別室へと連れて行った。
最初の方は、シルヴィアと茶々丸が言い争うそうな声が聞こえていたが、次第に、バキッ、ドガッ、ボコッ、ドスゥンと、日常では聞こえてこない鈍い音のオンパレードが、部屋の壁一枚を余裕で貫通してこちらまで鳴り響いている。
(不届き……生きて帰ってくるかなぁ)
所々、茶々丸の悲鳴とシルヴィアの怒声や罵声が、聞こえてくるのが尚痛ましい。
二人が喧嘩しているのを横目に、のるんが重装備を脱ぎ終えると、いつの間にか、薄着のリアが隣でくっついている。
なんとなく離れんかいと、ツッコむべきな気がしたが、先の一件があるため、余り邪険には出来ない。
自分の肩に頭を擦り付けているリアに、のるんは何してるの、と尋ねると、リアは上目遣いで答えた。
「ただのマーキングよ。意味なんて無いわ」
「いや、意味あるでしょ。服に匂い映るから止めなさい」
引き剥がそうとしても、中々離れてくれないリアと押し問答をしていると、二人が入っていたドアが開かれる。
顔面のあちこちに青痣を付けている茶々丸が、こちらを見て、口笛を鳴らす。
「お熱いねぇ、仲睦まじいのは素晴らしいことだよ。「子猫ちゃん」に「愚者」」
「今度はリアにボコボコにされるんじゃないかな……?」
のるんが心配しながら、シルヴィアをチラ見すると、シルヴィアは目を瞑る。
「本日はボコボコにしていただいて構いません。日頃の鬱憤もあるでしょうから」
「ラスフォルトさんがそう言うなら……」
「……え?僕の許諾は得ないのかい?僕に人権はないのかい?」
リアはのるんから一度離れて、茶々丸を引きずって、先程までシルヴィアと入っていた部屋へと向かう。
顔が真っ青になった茶々丸は、のるんとシルヴィアの方へと手を伸ばす。
「ちょっと!「子猫ちゃん」、「秘書」!!止めるべきだろう!?これでも「Rpas.」のマスターであり、稀代の鍛冶師であり、カリスマモデルなんだが!?」
「大丈夫、腕は傷つけない。顔面と、服着て分からない場所だけ攻撃するから」
リアがさらっと言った言葉に、茶々丸は身動ぎして必死の抵抗を見せる。
「嫌過ぎる!!誰がそういう配慮をしろって言ったんだ!!というか顔は駄目だろう!?」
「既にあちこち痣だらけだから問題ない。心置きなく殴れるから、助かるわ」
助かるなーーー!という断末魔を上げながら、茶々丸は部屋へと連れ込まれる。
シルヴィアの時とは、別のベクトルの断末魔が鳴り響いているのを、のるんとシルヴィアは聞いていた。
断末魔が静かになっていく中で、シルヴィアは恭しくのるんに頭を下げている。
「今回の件は、間違いなく茶々丸の不手際です。お許し下さい」
「……まぁ、大分痛手であるし、噴飯ものなんだけど、相手が「リューカーデバイス」を使ってこない限りは大丈夫じゃないかなって思ってたりもするんだよね」
「リューカーデバイス」とは、セントラル・シティ近郊において、探索者が一度訪れた場所に即時に転送できる情報端末を指す。
使用者も殆ど居らず、基本的には歩きなどで移動する者が多いため、認知度も低い代物だ。
そのため、探索者でも使用しない者も多いと言われている。
(ただ、こういうケースであれば、絶対に使う筈。ましてや熟練の探索者が居るなら……)
恐らくは、盞華や鈴辺りが使用してくると、のるんは踏んでいる。
そのため、今日中には、のるんが企てた計画の最終目的地であるスティアへと向かう予定なのだ。
茶々丸が情報を吐いたのが十時間も前となると、転移の準備も鑑みると、そろそろ到着していてもおかしくはない。
「リアがボコボコにし終えたら、すぐに転送出来るようにしておいて貰っても良い?」
「そう言われると思いまして、既に準備は整えております。そちらの捕虜の方の分も」
あまりの手際な彼女の行動に、のるんは心の中で感謝しつつ、了解とだけ言い残し、部屋をノックする。
「リア〜。鬱憤がある程度晴れたら、すぐ出るよ〜」
「分かった。もう終わるから、準備しておいて」
「いや誰か助けてくれよぉ……、後生だからぁ……」
茶々丸はまだまだ元気そうだと思ったのるんは安心し、身支度を整えていると、荒々しく扉が開かれる。
のるんとシルヴィアが扉の方を向くと、そこにはなしろが息を荒くしながら、立っていた。
「居た!!のるん!!」
「……来たんだね、なしろ」
のるんは、複雑な笑顔で、ぞろぞろと入ってくる来訪者を歓迎する。
どうやら、自分達の行動は、あと一歩だけ遅かったらしい。




