#43 独り善がりの悪行
夜が明ける前に、のるんはリアを見送ったオアシスを出立し、賞金首のアジトへと辿り着く。
過去にとある集落を守るために作られた要塞を占領し、盗賊好みに改造された堅牢なものだ。
手渡されていた一枚のメモを懐から取り出し、眼の前の建物と照合する。
(構造から、門番の人数、職業まで一致してる。情報収集系において優秀すぎない……?)
流石、「BlackSmith.Rpas.」の秘書を務めているだけのことはある。
彼女のお陰で効率良く、賞金首を狩ることが出来ている。その分、お代もそれなりなのだが。
(見張りは参、あと数刻で交代の時間か……。攻め入るなら、交代直後だね)
本来であれば、自分が先陣を切りつつ、リアに後衛兼補助をして貰うつもりだった。
だが、居ないものはしょうがない。一人で正面から全員を叩き切るしか無い。
(うーん、全部で弐拾から参拾人か。全員を無力化は厳しいから……伍人残して殺すか)
伍人位であれば囲まれても何とか出来るだろう。最悪の場合、斬り殺せば良い。
いつもの黒い刀と白銀の刃を収納しておき、見張りの交代の時を窺う。
数刻もしない内に、中から交代役と思わしき男達が出てくる。
皆が皆、大剣を持ち合わせているのを見るに、職業は「狩人」だろう。
「狩人」が相手ならば、瞬殺だろう。武器を出す間もなく片付けてしまえば良い。
(問題は……、この「用心棒」って言われてる人。情報がないんだよねぇ)
データの量も少なく、力量も不明。
見かければ真っ先に殺して置くべきだ、己の生存率を上げるために。
「よし。じゃあ行きますかっ。……後からボクも追い掛けるからね」
縮地を応用した移動法で、すぐさま入口付近に辿り着き、二人の見張りの首を切り刻む。
声も出せなかったのか、二人の苦悶の表情を浮かべたまま、絶命している。
「これで増援を呼ばれる事もなしっと。本当は生け捕りにしたかったんだけどね……」
二人の遺体を壁際に置き、一例だけし、のるんは扉を静かに開く。
目的地は賞金首が居るであろう執務室だ。ただ、そこに向かうまでにある程度は間引かねば。
静かに静かに一歩ずつ確実に歩む。古い石で出来た煉瓦を踏み締め、音が響かないように。
「誰だっ!侵入者か!?」
「どうして此処まで誰も狼煙を上げなかった!!」
あちこちからこちらの来訪を知らせるファンファーレが鳴り響く。
どうやら、こちらも手荒な対応をして良いようだ。腰に白銀の刃を、手には黒の刀を持つ。
のるんは至って冷静な表情で微笑む。侵入者とはとても思えない、優雅な所作を見せつける。
「ご機嫌よう。皆様の御命、頂戴しに参りました」
「野郎!近頃噂の賞金首狩りか!お前ら、容赦無くやっちまえ!」
のるんの言葉に、周囲の大男達は大剣を始め、様々な得物を携えながら襲い掛かってくる。
「賞金首狩り……ボク、そんな名前で呼ばれてたんだ」
そう呟き、のるんはプッと吹き出した。
「金目当てで人を狩ってるんじゃないよ。キミ達の命が欲しくて殺し回ってるだけだから」
のるんの言葉は周囲を一気に凍らせる。
聞こえた者達は、一気に足を止める。完全にのるんに気圧されてしまっている。
大剣を構えたまま、こちらを睨んでいた一人の男が戦々恐々と言った様子で呟く。
「狂ってやがる……、快楽殺人鬼って奴かよ……。なんで俺等の命が欲しいんだ」
あまりにおかしなことを言い出したせいで、のるんは声を上げて笑う。
「人の物を奪い、金目の物や女子供を攫ってたキミ達が言う事?それ」
握り締めていた黒い刀を二度、男に向かって十字に振り下ろす。
彼は何も言わずに、膝から崩れ落ち、倒れた場所からは並々ならぬ血が溢れ、池のようになった。
「ゴミみたいな命を再利用しようって言ってるんだ。大人しく死にに来いよ」
「おいお前ら!やらなきゃやられる!相手は一人だ!囲んで殺せ!!」
相手も事の重大さに気づいたのか、人海戦術で封殺する方向に舵を切った。
当然だろう。一人一人が相手では斬り殺されて終わりなのだ。数で圧倒するしか無い。
(話にならない。時間の無駄だね。でも、時間稼ぎでボスだけ逃がしてる可能性もあるから)
のるんは襲い掛かってくる相手の急所を一突きにし、尽くを斃して行く。
最後の一人となった中堅クラスの盗賊には、ニコリと微笑み手を差し伸べる。
「このまま、ボスの場所まで案内してくれるなら、キミだけは生かしておいてもいいけど」
「勿論案内させて貰います!喜んで!!」
ぷるぷると震えていた大男は、のるん相手に綺麗な敬礼をしていた。
内心、心底見下していたものの、お首にも出さず、ありがとう、とお礼を言って二人は進む。
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道中も彼らの味方がこちらに向かってきたが、その大男が止めてくれたお陰で死人は出なかった。
ありがたい話だ。こちらとしても、無為に人殺しをするのはしたくなかった。
一発で死んでしまったら勿体ない。何度も何度も切り刻んで、魂の一滴まで絞りきらねば損だから。
その為に、白銀の刃がある。何度斬っても傷が癒える。絶命することを許さない最悪の武器。
当時、茶々丸は怪訝に思っていたが、最近になって理解したらしい。彼女はこう言っていた。
『キミほど狂ってる人は初めて見たかも知れないね。狂気を正しく克服して、尚狂っている』
今思えば、理由は分からずとも、使い道ぐらいは想像がついていたのだろう。
つまりは共犯者だ。彼女が居なければ、こんな考えも思いつかなかったし、行動にも起こさなかった。
(感謝しなきゃなぁ。彼女が居なきゃ、こんな事、出来なかったんだから)
自分がこれからしようとしているが、どれ程のことなのかは十二分に理解している。
誰も喜ばず、誰も幸せにならない。そんな事は分かりきっている。
多大な犠牲を齎し、結果は大したことが起こらない。それでも、その方が良いと。
(望まれてないことなんて、分かってる。そんな事するなって、言われるんだろうなぁ)
いつの間にか、先導していた大男が歩みを止めていた。どうやら目的地に達したらしい。
それ程までに、思考の海に溺れてしまっていたようだ。隣には敵が立っているのにも関わらず。
「ウルさん。こちらです、奥にボスが居ます」
「そっかそっか、ありがとう。じゃあキミは此処で待っててね」
扉の前で大男は、此処がボスの居る場所だと教えてくれた。ならば、彼にもう用は無い。
きょとんとしていた大男の両足に、毒を塗った短剣をぐさりと突き刺す。
「ぐがぁ……話が違う……、俺は助けてくれるんじゃなかったのか!」
「おっきい声出さないでよ〜。殺さないよ?そこでボスの断末魔、聞いて待っててね」
その場で動けなくなった大男を置き去り、のるんは重厚な石で出来た扉を開く。
中には見るからに偉そうな人物が、鋭い眼光でこちらを睨みつけている。
「ノックもせずに入ってくるとは、礼儀がなってないな」
「コレは失礼。まさか、礼儀のない方に礼儀を求められるとは思わず。失念していました」
ボスの前でのるんは優雅な礼をし、持っていた黒い刀を収納する。
のるんの礼を見たボスは、ふんと鼻を鳴らし、ふんぞり返った態度でこちらを見る。
「それで、オレに何の用だ。ここらじゃ見ない顔だが、噂の賞金首狩りか?」
「あら、ボクの事、知ってたんだ?結構アジトの中で騒がしくしてたから、逃げたと思ってた」
ボスは、はっ、とこちらを嘲笑うように鼻で笑い飛ばす。
「仲間が散々やられて逃げる程、終わってねぇよ。お前を倒して冥土の土産にしないとな」
「盗賊なんかやってる割には、随分と殊勝だね。嫌いじゃないかも」
のるんはニコヤカに笑いながら、白銀の刃を持ち、霞の構えを取る。
「ほう、刀を使うとは「勇者」使いか。賞金首狩りにしては珍しいチョイスだな」
「別に賞金首狩りじゃないからね、ボクは。でも、確かに使う人は少ないかも」
こういう、戦闘前の会話をのるんは嫌ってはいない。
相手の人となりを少しでも知れるからだ。
情などが湧いてしまうと、嫌う者も多く、情報を引き出される事から、悪手とされてもいる。
「名前ぐらいは聞いておこう。お前は腕利きみたいだからな」
「姫宮のるん。言っておくけど、簡単には死なせないからね」
のるんが名乗った瞬間に、相手はこちらに向かって走り出す。
持っている得物は拳装具。超近距離戦を得意としている職業だろう。
こちらの戦闘領域より、より近距離まで詰めないといけない為、距離を真っ先に詰めたのだろう。
(判断は間違ってない。拳野郎ならそれが正解でしか無いからね)
対するのるんは、霞の構えのまま、相手の心臓を白銀の刃で真っ直ぐ貫く。
背中まで貫いた刃を一気に引き抜き、ボスの身体から血が吹き出してるのを眺めている。
「ごふっ、一発目、から、心臓、かよ。容赦も情けもないのな……」
「……ねぇ?おかしいと思わない?」
のるんの言葉に、ボスはようやく違和感に気づく。
確かに心臓を一突きにされ、致命傷を受けた筈なのに生きている。
「あ……?死んでない?オレは確かに心臓を一突きに……」
「幻覚とか、テクニックじゃないよ。ボクは確かにキミの心臓を貫いた」
胸元を擦っても、鎧が貫通した後や血痕は残っているが、傷は癒えている。
痛みもあっただろうが、いつの間には嘘のように消え去っている。
怪訝な表情で、ボスはのるんを見る。得体の知れない物を見るような目だ。
「お前……、何を考えてやがる。何故、オレに治癒テクニックなど」
「キミの為じゃないよ。さぁ、おいで。何度でも斬ってみせるから」
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初めてボスの身体を貫いてから、数刻が経った。長くもない時間だが、ボスにとっては永遠だっただろう。
暫くの間は、ボスも抗っていた。痛みに悶えながらも、それでも果敢に立ち向かっていた。
だが、身体の傷は癒せても、痛みを受けた記憶や、相手の底知れなさが徐々に恐怖へと変わっていく。
どれだけ近づこうとも、身体を八つ裂きにされたり、目を刳り貫かれ、四肢を斬り落とされても。
たちまち、身体は元に戻り、残されたのは確かに傷つけられた感覚と所々に残る血痕だけだった。
「一体……、なんなんだ。お前は……」
「ボク?何なんだろうね。ボクにも分かんないや」
傷は一切残っていないのに、ボスは息絶え絶えと言った様子だ。
当然だろう、目は刳り貫かれ、鼻は斬り落とされ、口から項辺りまで貫通させられているのだ。
四肢切断や、無数の切り傷、その他、とても人間が行って良いものではない所業を繰り返し繰り返し、続けられている。
──でも、それでも死ねない。傷は癒え、身体は万全の状態に戻っている。
途中からは、一方的なワンサイドゲームだ。端から見れば、拷問と呼べるものだっただろう。
ひたすら己の身が切り刻まれるのを、虚ろな目で見ている時もあった。
一番最初にガタが来たのが、苦痛を繰り返しあげていた喉だった。もう声も出ないようだ。
ボスは、相手を見る。ただ、相手は何も感じていないのか、涼し気な表情でこちらを見ていたのだ。
──せめて、彼女が高笑いの一つでもしていてくれれば、彼女が狂っていると言えたのに。
至って冷静な表情、剣筋でひたすらこちらの致命傷を与え続ける。
もはや作業と化した拷問を、繰り返し繰り返し行った結果、ボスは反抗するのを止めたのだ。
拳装具を纏った腕をダラリと、おろしたのを見たのるんは、ふむと小さく頷く。
「結構持ったねぇ。やっぱり身体の傷は癒せても、心の傷が蓄積しちゃうんだね」
「ころせ。もう、俺は、負け、を、認め、た」
嗄れた声での嘆願を聞いたのるんは、ん〜と少し考え込む素振りを見せる。
「そうだね。これ以上は搾り取れなさそうだし。あとは外の子で良っか」
「…………」
もう仲間を庇う気力も残されていないのか、ボスは立膝で崩れ落ちる。
黒い刀に持ち替えたのるんは、処刑人のようにボスの首元に刃を突き立てる。
「ありがとう、キミの命は無駄にはしないから。地獄でまたお話しようね、……さん」
「なっ。お前、オレの名前を」
最後までボスの言葉を聞くこともなく、のるんはボスの首を綺麗に切り落とした。
暫くの間は、驚いた表情で口をパクパクとさせていたが、やがて、瞳が白く濁り始める。
相手が絶命したのを確認すると、炎属性テクニックで燃やし、簡易的な弔いだけしておく。
燃えゆく遺体を眺めながら、ふぅっと息を吐き、煙を窓の外に逃がす。
「覚えてるに決まってるじゃん。ボクの店に来た人は、皆覚えてるよ」
遺留品として、ドッグタグだけその場から持ち出し、懐に収める。
(A.A……ね。変わっちゃってたなぁ。ボクの事も分からなかったみたいだし)
完全に忘れていたが、外で待っていた大男の様子を見るため、部屋を後にする。
外を見ると、大男は既に居なかった。どうやら筋弛緩作用のある毒を受けても尚、逃げ出したらしい。
一匹位は、生きた補給食が欲しかったのだが、居ないのなら仕方ない。
「仕方ないなぁ。残党狩りでもしますか。持って帰れるのは一人くらいだし、すぐ終わるでしょ」
日が頂点に登る頃には、アジト内の人物は全滅し、のるんは、生きの良い男を確保していた。
満面の笑みで男を引き摺る様を、誰かが見ていたとすれば、碌な記録が残らない所だろう。




