#42 あだるてぃ・ねごしえーしょん
なしろ達が出立する前日の夜。
ある程度の準備を終え、「天下布舞」組、「星空の旅人」組も集まる中、なしろは通信機器を取り出していた。
見たことがなかったのか、凪織は興味津々と言った様子で、なしろの周りをくるくる回っている。
「なしろさんっ、それはなんですかっ?わふっ」
「ん、これは遠く離れた人とお話が出来る機械だよ。相手が持ってなきゃ繋がらないけどね」
繋がらないとは思いながらも、なしろは茶々丸に通信要請を飛ばしてみた。
元より、気まぐれで繋がりにくい類の人物だ。今日の今日まで誰も連絡していないと聞き、ふと試す。
呼び出し中の特徴的な音が数度鳴った後に、「もしもし?」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「茶々丸さん!茶々丸さんなの!?」
「おぉ、おぉ、こんな夜更けに掛けてくるなんて悪くなっちゃったね「御令嬢」」
通話元の相手は、なしろが望んでいた茶々丸本人だった。
念の為、相手の表情も見れるように、モニターに出力して、皆が見れるように展開する。
コレで少しでも情報を引き出せれば御の字だ。最悪の場合、リテム以外に赴く可能性だってある。
内心、ドキドキしながら、それを悟られぬようになしろは咳払いをしてから、言葉を続ける。
「今、何処に居るの?」
「うん?あ〜……それは誰のことが聞きたいのかな?「御令嬢」」
茶々丸の一言で、なしろは心臓が鷲掴みにされたような感覚に陥る。
普通、先程の文言なら、茶々丸本人の居場所を聞いているのが普通なのだが、茶々丸は自分が茶々丸じゃない誰かを探していると読んでの返しだったのだ。
伊達に要注意人物リスト(著者:姫宮のるん)に乗っているだけのことはある。
声が上ずらないように気をつけながら、なしろは慎重に言葉を綴る。
「……?普通に茶々丸さんの事だけど。エルさんには聞いたけど、リテムの方です〜としか言われなかったから」
「御令嬢。それ以上の情報が、今のキミには必要なのかい?「仕入れ担当」から聞いたなら、直接僕に連絡を取る理由も分からないな。大方、僕じゃない誰かの情報が知りたいんだろう?」
見透かされている。目的も何もかも。素直に腹を割って話すべきなのだろうか。
精一杯、なしろが考えていると、茶々丸が「んんっ?」と興味有りげな声を出す。
「中々珍しいメンツが揃っているね。「御令嬢」に、「拳野郎」、「自称清楚」、「番犬」、あげくには「標的」まで居るじゃないか……!ははぁ、なるほどねぇ」
先程までと打って変わって、茶々丸の声は目に見えて上機嫌といった様子だ。
盞華は前から知っていたが、まさか、紫亜や鈴、凪織まで知っているとは流石の人脈の持ち主だ。
茶々丸のあだ名呼びに、三者三様の反応を示していたが、特に顕著だったのが凪織だった。
「お、オルトロス……、ちょ、ちょっとかっこいいかも……むふぅ」
「はいはい、わんこは大人しくミルクでも飲んでなさい」
茶々丸のあだ名に満更でもない、と言った表情の凪織が、画面の端でくねくねとしている。
なしろは呆れ顔でホットミルクを差し出すと、凪織は満面の笑みで、画面からフェードアウトする。
通信を出力している画面へと戻ると、茶々丸が鈴と一方的ではあるが、言い争いをしていた。
「「標的」、僕に靡かないと思えば、御令嬢の肩を持つなんて……酷いじゃないかぁ!」
「はぁ……、私は別に貴方の標的ではありませんし、一チームのマスターですから。靡かない女じゃなくて、振り向いて貰える子を探した方が良いのでは?その方がお互いに良いとは思いませんか」
明らかに呆れている鈴の言葉に、頬を赤らめ、肩を抱く仕草を見せる彼女は、どうみても変態だ。
鈴の脇腹をコンコンと小突いて、何アレ?と小声で聞くと、鈴は半目で呟いた。
「変態ですよ。私がマスターになる前からずっと、うちに来ないか?と誘ってきてるんです」
「あぁ……うん。ごしゅうしょうさま……、ってやつなのかな」
心の中で鈴に合掌をした後に、改めてトリップ状態の茶々丸に言葉を投げかける。
「わたし達は、のるんを探す為に集まった捜索隊なの。もし、茶々丸さんがのるんの居場所を知っているなら、教えて欲しくて」
「あぁ、無論知っているとも。だが、何故、キミに彼女の居場所を教える必要があるんだい?」
彼女の言葉を聞いて、はっきりした。今回の茶々丸はこちら側じゃない。
のるんとなしろ、両陣営があるのだとすれば、間違いなく、のるん側の人間だ。
ならば、言葉や態度は、尚の事、気をつけなければならない。敵を刺激しても意味がない。
「わたしが会いたいと思ってる。それじゃ駄目なの?」
「普段の「御令嬢」なら、喜んで「子猫ちゃん」の首根っこ掴んで、差し出してるとこだね」
つまり、今は平常時じゃない。のるん達が失踪したのと何が意味があるのだろうか。
駄目だ、上手く言葉が続かない。なんて言えば彼女から、情報が引き出せるのか。
俯いていたなしろの肩を、鈴がぽんと叩く。
気だるげな瞳のまま、相変わらずくねくねしながら、こちらと通信を続けている茶々丸の方を向く。
「それでは要するに、今はなんらかの事情で姫宮さんにもお話できない。そういう事ですか」
「うんうん。ズバリ、そういうことだね。察しが良くて助かるよ。「標的」」
鈴は、なしろでも分かり切ったことを復唱する。一体、それに何の意味があるのだろうか。
そう思っていたのを、すぐに後悔した。鈴はすかさず、次の矢を放った。
「貴方には義理や人情が一切ありません。なので、そういった行いをする際には何かしらの事情があるはずです。例えば、“金銭絡み”や“情報絡み”。他にも、自分の命が懸かっている場合もそうですね」
「随分信頼がないらしいね……。流石の僕も泣きそうだよ。どう思う?「御令嬢」」
こちらに視線を向けてくる茶々丸に、なしろは頬を膨らませ、ぷいっと視線を逸らす。
あんたの行いだろう。としか言いようがない。もはや自業自得でしかない。
「姫宮さんの話を聞いている辺り、命を担保に取られていることはない。失踪した状態の彼女は、金銭も大して持ち合わせていない筈。であれば、必要なのは彼女から得られる情報──姫宮のるんさんが持っている武具のデータでしょう」
「ほう、名推理だね。それで?「標的」は何が言いたいのかな?」
鈴は表情を一切変えずに、言葉を続ける。
「今しがた、うちの斥候をリテムへと派遣させました。情報を吐かねば、貴方の命は無いでしょう」
「はっ、そんなブラフ。僕に通用すると思っているのかい?」
茶々丸は涼しい顔でそう返すと、鈴は口角を少し吊り上げて笑う。
「私がこういう精密機械に精通しているのは、貴方も知っているでしょう?とっくに貴方の詳細の居場所は割れてますし、交渉に応じない相手に強硬手段を取るのは、当然のことでは?」
「「こわっ」」
何故か、話を聞いていただけの盞華と茶々丸の言葉が被る。
正直、なしろもこわっと言いそうになるのを必死に抑えた。
少し考え込む仕草を見せた後に、茶々丸は深いため息を吐いた。
「分かった分かった。ある程度は話そう。ただ、僕にも面子がある。全部は話せないからね?」
「情報次第ですね。最悪の場合、命でお代を頂くという事で」
鈴の涼しい笑顔に、何故かごーすてら内も凍りつく。そりゃあそうだ。誰だって怖いもん。
なしろが淹れた珈琲を口にし、鈴は、組んだ手の上に顎を置く。
「じゃあまず、姫宮のるんさんは貴方達と行動を共にしている、というのは事実ですか?」
「大まかにはYesだが、厳密にはNoだね。別行動していることが多いからね」
ふむ、と考え込み、鈴はなしろに視線を移す。貴方も質問があるなら、聞いてもいいよと。
そう言われた気がしたなしろは、困り顔の茶々丸を視界の正面に入れる。
「キミも聞きたいことがあるのかい?答えられる範囲で答えるさ……命惜しいし」
「このまま帰りを待っていたら……のるんは帰って来るの?」
泣きそうになりながら、そう尋ねたなしろの言葉に、茶々丸はそっぽを向く。
「断言しておこう。彼女が帰ることはない。それに、もう猶予は多く残されていないよ」
「……!!盞華さん!」
涙を拭うこと無く、なしろは盞華の名前を呼ぶ。此処に居てはいけない。
此処にいる時間があるのならば、すぐにでものるんを捕まえなきゃならない。
「例の装置は、準備出来てますから、この通信が終わったら出ましょうか!」
「あぁ、そうだ最後に一つだけ。多分数日中に移動するから。頑張って追い掛けてご覧」
それだけを言い残すと、茶々丸は一方的に通信を切った。
ごーすてら内に張り詰めていた空気も、一気に元に戻り、凪織と紫亜が胸を撫で下ろす。
「玉兎さん……、いつの間に斥候なんて出してたんですかっ?私、気づかなかったですぅ」
「え?そりゃあ出してませんもの。大体、あの人にそこまでの度胸ありませんし。脅せばすぐにゲロると思ってましたからね」
何故か、喫茶店内の空気が再度冷えた気がする。
なしろは戸締まりをした後に、盞華の用意していた物が置いてある場所へと足を運ぶ。




