#41 最低な嘘つき
なしろ達が出立の準備を整えている頃、のるんはリテムで賞金首狩りに勤しんでいた。
此処に来たのは数日程前だが、粗方目ぼしい人物は片付けてしまった。
今は最後の一人である、盗賊の首領とやらの根城にリアと二人で向かっている。
目的地へと歩いている最中、隣を歩いているリアの足取りが少し遅いことに気づく。
「大丈夫?気温でやられてない?」
「……大丈夫よ。ウルの前でみっともない姿は見せられないもの」
そうは言うが、リアの顔は明らかに紅く、熱が身体に籠もっているのが見ただけでも分かる。
熱砂の大地は、生きとし生ける者達の水分を容易に奪う。無理は禁物だ。
のるんはキョロキョロと辺りを見回し、近くにオアシスがある事を確認し、その方向へ誘導させる。
「みっともない姿なんて飽きるほど見たから。ほら、近くで少し休もう?」
砂漠地帯が広がるリテムではあるが、各地にオアシスや街があるため、比較的遭難しにくい。
立ち寄ったオアシスも、澄んだ水が湧き出しており、周囲には少ないが、植物も生えている。
足取りも少し怪しいリアを木陰が伸びる場所に座らせ、のるんは湧き水を煮沸消毒しておく。
「ん……こんなもんでいいか。ちゃんとリテム用の格好で動いてるけど、長時間の移動は避けたほうが良いな。目的地のアジトまでは……、後一時間ちょいか。でも、日が落ちると却って動きにくいし……」
太陽の位置から見て、日が落ちるまであと数時間と言った様子だ。
日没付近で賞金首を根絶やしにすると仮定すれば、その日はアジトで夜を明かす必要がある。
冷静に考えて、敵陣営で野営をするなど、信じられない愚行ではあるが、それでもやむを得ない。
此処で一日休んでも良いのだが、リアの性格上、嫌がるだろうなぁと思いながら、リアの元へ。
「お待たせ、体調は大丈夫?」
「休んだら大分マシになったわ。心配かけてごめんなさい」
しおらしい彼女の黒髪には、砂が被っている。横になっていた事は容易に想像がつく。
慣れない環境で無理した影響だろう、、水を飲んで休んでも尚、具合は良くなさそうだ。
(このまま一人にもしておけないしな……仕方ない)
日も落ちかける中、のるんは再度、水を汲むべく立ち上がり、リアを見る。
「今日は一晩、此処で過ごす。でも、リアは先に帰ってて」
「やだ。ノルンが行く場所に、私も行くの」
子供みたいなことを言い出すリアに、のるんは白い目を向ける。
とことん我儘な彼女のこういう言葉は、正直もう聞き飽いている。
「足手纏いになるくらいなら、大人しく帰りなさいって言ってるの。ちゃんと迎えも呼んであるから」
「でも……私、あの人、苦手なの」
指をこね、モノ悲しげな表情でそういうリアの言葉を、ノルンは溜息を吐き、一蹴する。
「はいはい、そうですか〜。明日の朝には到着するみたいだし、彼女と一緒に帰っててね」
「やだ」
これから此処に来る人と、リアは殆ど会話をしているのを見たことがない。
都合が悪くなると、なんとかしようと、あること無いこと嘘を付くのはリアの悪い癖だ。
今までも、お腹が痛いと言って大切な依頼をすっぽかしたり、逃げ出したりは日常茶飯事。
(いつまでも許してあげられるぐらい、ボクは優しくなんか無いんだ)
ただ、それでも少し可哀想だと、思ってしまうのは恐らく消しされない甘さなのだろう。
今日一晩、一緒にいることを条件に、なんとかリアに帰らせることを承諾させた。
どうせ、此処から夜の時間に何処かに行ける訳も無く。
家族のように親しげに話すリアの言葉を聞き流しながら、夜が更けていくのを待っていた。
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日が昇り、リアが寝息を立てている頃、のるんが呼び出した人物と思わしき足音が聞こえてくる。
其の者の影が見えた時に、第一声を発する前に、己の唇に人差し指を添え、ウインクをした。
「声は抑えめにね。やっと少し前に眠った所なんだ」
「かしこまりました。……となると、姫宮様はまだ眠りにつかれていないのでしょうか」
恭しい礼をこちらにした後に、こちらを心配する言葉をかけているのは、「BlackSmith.Rpas.」所属のシルヴィア・ラースフォルトだった。
普段はぴっちりとしたスーツに身を包んでいる彼女も、砂漠地帯にあった服装に身を包んでいる。
こんな場で、こんな自分にまで礼儀正しい彼女は、状況をのるんから聞くと、ふむ。と一拍置く。
「姫宮様お一人で、この先を行かれるつもりですか?」
「ん?……まぁ、そうなるね。シルヴィアさんにはそのおっきな子供を連れて行って貰わなきゃ」
お腹の前で手を組み、こちらを見ているシルヴィアの瞳は、些か陰りを見せていた。
いつもは表情一つ変えずに、茶々丸の全てを管理しながらも、店舗経営までしている彼女が。
「差し出がましい提案かとは思いますが、このままフルール様の御回復を待たれては?」
「どうして?そんな時間がないことは、キミも分かってる筈だけど」
のるんの冷たく言い放すような言葉に、狼狽えること無く、シルヴィアは言葉を返す。
その間も、彼女の姿勢は一切崩れることはない。砂漠であろうとも、何一つ普段と変わらない。
「姫宮様の実力は重々承知しております。それこそ、「心刀羅刹」を下す程だと」
「……面映ゆいね。そんなに持ち上げても、必要以上のメンテ費用は出さないよ?」
あっけなく返した軽口に反応すらせず、感情的に為りながら、彼女は喰らいつく。
どうしてそこまで、彼女の肩を持つのだろうか。そんな事しても、もう意味など無いのに。
「そうではないのです。姫宮様はどうしてそこまで、フルール様の好意を無下にするのですか」
「……別にしてない。それに、彼女の撤退は、彼女の具合を鑑みての判断だよ」
のるんの目が、少し泳いだのを見逃さなかったシルヴィアは、二の矢三の矢を放つ。
徐々に徐々に、彼女の語気が強くなる。一体何を吹き込まれたのだろう。悲しいことだ。
「いいえ、違うでしょう。本当に彼女のことを想うのであれば、無理してでも連れて行く筈です」
「どうしてそう思うのさ?万全の体調でない人を庇える程、ボクには余裕なんて無いんだよ」
のるんの言葉に、シルヴィアは凄まじい速度で駆け寄った。
砂漠用にあしらえたローブのような服を掴み上げ、瞳を覗き込むように睨みつける。
「例えそれでも、死に往く者と可能な限り、傍に居たいという気持ちをどうして理解出来ない!?」
「驚いた。キミ、感情あったんだ。でも、誰がなんと言おうと、考えは変わらない、よっと」
シルヴィアの腕を掴み、腹部を蹴り上げ、弧を描くように己の後ろに投げ飛ばした。
あまりに咄嗟の出来事だったのか、受け身も取れなかったシルヴィアは、熱砂の大地に打ち付けられる。
「……結構強めに蹴っちゃったけど、大丈夫?」
「私のことは良い。今はフルール様の話だ。最悪の場合、実力行使も厭わ……」
シルヴィアの言葉に被せて、のるんは白銀の刀を喉元に突きつける。
彼女の瞳に、自分はどう映っているのだろうか。悪人に見えていれば良いのだが。
「ボクとキミ“達”は、雇用主と受注者だ。仲良しごっこをしてる訳じゃない。それとも、これ以上、ボクに意見するつもりかい?」
「……いえ。差し出がましい事を申し上げてしまい、大変申し訳ございませんでした」
身体中に纏わり付いた砂埃を払うこと無く、のるんに向け、恭しく頭を下げる。
のるんは、白銀の刀を納刀し、ふぅっと息を吐き、にへらと眉を下げて弱く笑う。
「じゃあ、ボクはもう行くね。リアの事、お願いね。シルヴィアさん」
「……最後に一つだけ、お伺いしても宜しいでしょうか」
普段は職務のこと以外、一切話さないだけあって、ここまで喰らいつく彼女は本当に珍しい。
気になったのるんは、なぁに?と返すと一礼した後に、きっと睨みつける。
「姫宮様にとっての、フルール様はどういった方なのですか。貴方にはどう映るのですか」
「ん〜、そうだなぁ」
のるんは、少し考え込んだ後に、ふと思いついたかのように、物寂しげに呟いた。
「ボクの一番嫌いな人、かな?……じゃ、もう行くから。戻ったらメンテ、お願いね」
「……承知しました。お帰りをお待ちしております」
移動の準備を終えていたのるんは、鞄を背負い、足早に去っていた。
未だに頬を赤らめている彼女を、シルヴィアは見る。確かに具合は良くなさそうだ。
ただ、見る感じだと日射病の類で、少し休めば回復するもので、帰還させる程ではない。
「…………」
彼女が眠っているのを確認した後に、シルヴィアは、近くの木に己の拳を思い切り叩きつける。
じんじんと痛む腕を厭わずに、一人で小さく、恨めしそうな声色で誰にも聞こえないように呟いた。
「本当に嫌いなら……、どうして、あんなに泣きそうな顔で言うんだ……姫宮のるん……」




