#40 ポチとタマ
白と黒が入り乱れる夜のバーのような部屋の主、ネメシスは、黙々と一冊の本に魂を吹き込む。
何もないこの部屋では、娯楽と呼べる娯楽はこれくらいしか無い。
今までの出来事をある程度書き記し終えたネメシスは、本を閉じ、ペンを遊ばせながら憂う。
隣で鼻歌交じりで楽しそうに、現実世界を眺めている少女──ニュクスを横目で見る。
「なぁに〜?ネメくぅん。そんな深い溜め息吐いてたら、幸せが逃げちゃうぞっ?」
「……いや、何。ちょっと頭痛とストレスが同時に襲い掛かってきてね」
ネメシスの言葉に、ニュクスは目を丸くし、露骨に驚く仕草を見せる。
彼女のこういう所は、時に場を明るくさせるが、今は悪影響でしか無い。
「も〜〜。何があったのさ?このニュクスお姉ちゃんに言ってみなさい!」
「はぁ……」
頼りがいの無い胸を張りながら、ニュクスは蒼い瞳をキラキラと輝かせている。
話してどうにかなるものではないのだが、彼女がどうしてもというのならば仕方ない。
メガネをくいっと、定位置に戻すと、ネメシスはペンを一度、テーブルの上に置いた。
「ニュクス。キミは最近、随分と現実世界にちょっかいを掛けているようだが」
ネメシスの言葉に、ニュクスはびくっと体を震わせる。どうやら、思う所があるらしい。
徐ろに立ち上がり、じゃっ!と逃げようとする彼女の首根っこを掴み、再度座らせる。
「な、なんだよぉ。ボクは何も悪いことなんてしてないんだい!」
「その言い方は、何か悪い事をしたと、自供したようにしか聞こえないんだけどね」
ネメシスは目を細める。冷や汗をかき、目が泳ぎまくっているニュクスを見て、息を吐く。
「粗方の想像はついている。先の件も、フルールを殺させるために仕組んだんでしょう?」
「たは〜……バレちゃってましたか。まぁ、失敗に終わったけどね〜」
本来では起こり得ない事象が起きてしまえば、犯人は大方想像がつくというものだ。
結果として、何も変わらなかったのだから、良いと言えば良いのだが、そういう訳にも行かない。
テーブルの上で指をこねに捏ねているニュクスが、頬を膨らませている。
「なにか言いたいことがあるなら、言ってご覧。聞いてあげるから」
「じゃあ言わせて貰うけどさ!良いの!?このままでさ!」
腕をブンブンと振り、怒りを精一杯表現する彼女は、端から見れば愛らしいものだ。
実年齢を知っている自分からすれば、もう少し落ち着いて欲しいなぁ、と思うのだが。
「何が言いたいのかな?」
「だって!だって!このままじゃ、ダメじゃん!あの子が死んじゃう!」
ニュクスの気持ちも十二分に理解できるが、それを妨げることを我々は許されていない。
その事はニュクスだって分かっている筈なのだ。分かっているから、動いたのだろう。
だが、彼女のその思いを肯定するわけには行かない。我々には行動する自由がないのだから。
「仮にそうなるのならば、それは運命なんだ。受け入れるしか無い」
「そんな!だって、ネメくんだって死んで欲しくないから、姫宮なしろを呼んだんでしょう!?」
涙を目尻に浮かべながら、ニュクスはネメシスの肩を強く揺さぶる。
首がガクンガクンと動かされながらも、なんとかメガネだけは落ちないように抑える。
やがて、息を切らしたニュクスの手を引き剥がし、ずれかけたメガネをもとに戻す。
「僕がしたことはただの助言だ。それに、そう遠くない内に、彼女はまた訪れるよ」
「……なんでそんな事が分かるのさ。少し先の未来すら思い通りにならないくせに」
随分と刺さる言葉を突き刺されたような気もするが、気にせずに言葉を続ける。
「簡単な話さ。僕がした助言の結末を、彼女は知らないから。不安と未知は毒でしか無いからね」
「……ふぅん?だからって、姫宮なしろが来るとは限らないんじゃないの?」
「どうだろうね、今は来なくとも。何かを失った時に、彼女はきっと来るよ」
「じゃあ来なかったら、ネメくんが書いた歴代の客人の小説は全部燃やすねっ?」
ニュクスの一言を聞き、ネメシスは瞬時にバーの奥にある本棚を守るべく、立ち塞がる。
これらは今までのお客人に関する情報や記憶を全て物語のように書き記したものだ。
その数はゆうに壱阡を超える。一冊一冊に、魂を込めて書いたものは、ネメシスの宝物とも言える。
「駄目だ。これは絶対に誰にも触れさせない。一冊一冊が大事なものなんだ」
「ぶ〜。たかが紙束でしょ?困った時に燃やすのにちょうど良いだろうけどさぁ」
文句を垂れ流しているニュクスから、本棚を守りながら、一冊の本をパラパラと捲る。
この本に書かれている主は、確かだいぶ昔に大切な者を守れずに自殺した。
どんな出来事が起こり、その事柄に対し、其の者が起こした行動がずらりと記載されている。
本を見返す度に、失いつつある何かが取り戻せていく気がするのだ。だから大切にしている。
「えいっ。あ、これって……」
「返しなさい。大切な一冊なんだ、それも」
ネメシスの持っていた本を取り上げ、パラパラと頁を捲ったニュクスの顔色が曇る。
最初は興味津々という様子だったが、徐々に曇り、最後まで読まずに本を閉じ、返した。
「なんでこんな悲しい記録まで、ご丁寧に取ってるの。楽しい記憶だけでいいじゃん」
「駄目だよ。彼女もまた、一人のお客人だった。無かったことにしちゃいけない」
手渡された一冊の本を本棚に戻し、ネメシスはニュクスを元の席へと座らせる。
こういう風にしなしなになった彼女はやはり扱いやすい。
大人しくなった彼女を横目に、ネメシスは再度筆を執る。彼の書く本の表紙にはこう書かれていた。
──「姫宮なしろ」と。
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場面は代わり、「純喫茶ご〜すてら」内。堕夢騒動は完全に収まり、数日が経つ頃。
居なくなったのるんとリアを探すべく、店内に捜索本部が設立されていた。
現状、のるんが居ない中では、バーは休業状態。会議は夜の時間に繰り広げられている。
乱雑に書き殴られたホワイトボードを取り出し、なしろはその場に居る者に向けて宣言した。
この場に居るのは、盞華、なしろの二人だけなのだが、それでもこういったものは大切なのだ。
「さて、それじゃあ作戦会議、だね」
「えぇ。ではこちらからですが、弊チームでも動きを探ってみましたが、此処数日の動きはやはり掴めてないみたいです。恐らくセントラルからは既に出ている可能性が高そうですね……」
「天下布舞」のリーダー、盞華は眉を下げ、申し訳なさそうになしろに謝罪する。
此処数日の間、チームメンバーにも協力を仰ぎ、動きを探って貰っているが、やはり成果はない。
なしろはなしろで、フカにお願いはしているものの、目ぼしい情報は得られていない。
(目撃情報が一切無い。フカさんと「AmA」さんの両方が掴めないなんて普通じゃない)
この場に留まっていては、見つかるものも見つからない。
それに気になる情報もある。実は失踪した人物は、リアとのるんだけじゃない。
今までに書き殴ったホワイトボードを凝視し、なしろは盞華に尋ねた。
「茶々丸さんとシルヴィアさんの消息は?」
「そちらは完全に掴めてまして、今はリテムの旧店舗付近に居るみたいです」
盞華は、ただ、と言葉を付け加える。
「此処まで尻尾丸出しで失踪するのもおかしな話ですよね。それに、失踪とは銘打ってますが、店舗の方も行方を把握してますし、急ぎの完全個別注文は遠距離から送られてくる」
「うん……、裏があるような気がするし、茶々丸さんの事だから、気まぐれな気もする……」
なしろは頭の中で「乙女には秘密が肝心なのさ、御令嬢」」と決めポーズで言っている茶々丸がやかましく声を掛けてきているのを無理やり振り払う。
脳内でまで騒がしくしやがって、と心の中でぼやきながら、盞華を見る。
「どうする?追い掛けてみるの、一興だけど。でも……」
「茶々丸嬢ですからね……。あの人の行動は読みにくいんですよね……」
一見、ちゃらんぽらんに見えて、考えて行動している時もある。
彼女を甘く見ていると痛い目に遭う、というのは両者間での共通認識だ。
(といっても、他に手がかりはない……それに)
店内の管理を任されている「BlackSmith.Rpas.」のエルザ・シュミットにも話を聞いてみたのだが、のるん達の消息に関してだけは、教えてくれなかったという証言も回収している。
何か知っている可能性もあるのならば、直接出向くのも一つの手ではある。
「どうする?行ってみる?」
「そうですね……、っとその前にこちらから助っ人を呼んでいるんです」
奇遇だった。実はなしろも協力者として知り合いを呼んでいた。
流石に二人だけでは埒が明かないと思っていた所だ。
実は別室に控えていて貰っていたのだが、先を越されていたらしい。
こちらも呼んでいる旨を伝えると、盞華はふふっと笑う。
「じゃあ、双方の協力者を呼びましょうか」
「うん。じゃあ盞華さんの方から」
盞華は頷くと、「しあさん」と声を掛けると、何もない所から姿を表す。
もじもじと恥ずかしそうにしているが、格好の方も露出度が高いけどなぁ、となしろは白目で見る。
ターコイズブルーの左目に、薄い紫の右目。グラマラスなボディだが、動きは俊敏だった。
和を織り交ぜた薄着からは伺い知れるように、「天下布舞」の紋章も刻まれている。
夜刀神紫亜──「天下布舞」の一員かつ……。なしろの知り合いだった。
「なんだ、しあさんじゃん。手伝ってくれるんだ?」
「あっ、はいっ!今回は主に盞華さんのサポートという形でお手伝いしますっ」
明るくハキハキとは喋るが、頬は常に紅く、何故か恥じらっている。
なしろも個人的に付き合いがあり、盞華の屋敷へ行った際には鍛錬の相手も頼んでいた。
実力は盞華のチームに居るのもあって、文句無しの折り紙付きだ。
紫亜の紹介も終わり、今度はこちらの番だ。なしろは呼んだ二人に声を掛ける。
「紹介します。こちらが玉兎鈴さんと、そこでわふ〜ってしてるのが那雲凪織さんです」
なしろの声に先に反応したのは、玉兎鈴──鈴だった。
綺麗な黒い長髪と藍色の瞳を持ち、若干虚ろそうな表情の女性だ。
丁寧な所作でお辞儀をし、礼儀正しさが立ち振舞のあちこちから見え隠れしている。
「ご紹介に預かりました玉兎鈴です。長いんでタマでもスズでも好きに読んでください」
「あぁ、貴方は……、「星空の旅人」の……」
「おや、誰かと思えば盞華さんですか。ご無沙汰しております」
「なるほど、同じチームメンバーの失踪にマスター自ら出向いたわけですか」
どうやら両者は知り合いだったらしい。
続いて、なしろは凪織と呼んだ少女の方を見る。
ころころと表情を変え、自慢げに胸を張ったり、心配そうに鈴の服の裾を引っ張りたり。
(なんでそんなあたふたしてるの……このまま放っておこうかな……)
ピンクブロンドの髪に、薄い水色の瞳を持つ凪織は、鈴と同じチームの人間だ。
気弱で、いつもオドオドしているが、やる時は全力で自己暗示を掛けて行動をする。
リアが失踪したと聞いて、真っ先に声を掛けてきたのだが、面倒なので断っていた。
ただ、マスターでもある鈴まで出張ってきたため、断れなくなって連れてきたのだ。
「……こちらが那雲凪織さん。長いんでポチとでも呼んであげてください」
「ぼ、ボクはポチじゃないです!長いならなぎって呼んでください!むふぅ……」
鼻息を荒くしながら自信満々げにそう言ったと思えば、すぐにごめんなさいと凹みだす。
感情の変化が、海の天気以上にころころとは変わるが、悪い人では無い……はずだ。
今も十面相ばりに変化しているが、ひとまずは気にしないでおこう。
盞華は、凪織の元へと向かい、右手を差し出す。
「貴方は初めましてですね、私は盞華と申します。ポチ嬢。何卒宜しくお願い致します」
「ぽ、ポチ嬢!?チガウンデス。ボクは凪織で、なぎさんなんです。むふ」
それでも、どう見てもお手のポーズをしている盞華の手へと凪織は手を乗せる。
自慢げな表情をしているが、そのせいか、盞華はなしろへと助けてと言った視線を送る。
(諦めて、その子はそういう子なの)
思いが伝わったかは分からないが、両者がしょんぼりしているので、多分大丈夫だろう。
凪織もこちらを見ているが、特に何も考えていないので、サムズ・アップしておいた。
何処からどう見ても、犬とペットなのだが、二人の反応が面白いので、そのまま眺める。
「えーと……なぎさん嬢、でいいんでしょうか?あと、なんで握手じゃなくてお手なんですか?」
「え!?ア、イヤ……。コレが普通の握手なのかと……、いつもこうですし」
申し訳なさそうにしている凪織がもじもじとしている中、視線が鈴へと集中する。
急に注目された鈴は鈴で、不思議そうに首を傾げる。どう見ても悪意の塊だろう。
無いはずの犬耳まで現れ、手がつけられなくなりそうなタイミングで、なしろは無理やりお手の状態から、握手へと形を変える。
「はい、これが握手だよ、ポチさん。なぎさんになりたかったら覚えようね」
「そうですね、なぎさん。暫くは一緒に行動すると思うので、仲良くしてください」
「分かりましたのです!ボク、がんばるのですっ!」
二人がちゃんと握手をし、暫くの間、談笑も交えた、状況等をふまえた報告をこなす。
現状や、これからの行動原理などを凪織や紫亜にも分かるように説明し終える。
その後、統括として、盞華が己に注視させて、声を出す。
「それでは、暫くの間はこの五人で行動しましょう。基本的に昼間に各自で情報収集、夜はこうして集まって、情報共有と、作戦会議をしている形です。そして、これから茶々丸嬢の元へ向かおうと思いますが、鈴さん、ポチさん、大丈夫そうでしょうか?」
「えぇ。了解しました。指示に従います」
「ポチじゃないですっ!でも、分かりました!ボク、ガンバリマス!」
こうして、新生捜索隊が結成され、活動を開始することになった。
目的地は、リテムにある「BlackSmith.Rpas.」の元店舗。ここから約数日の旅になる。
準備を整える為、数日の期間を経てから、五人はセントラル・シティを発つこととなった。




