#38 頼れる味方が居ないなら、自分一人で殴り倒せばいいじゃない
戦況はリアの予想に反し、想像以上に苦戦を強いられていた。
本来のメインクラスはテクニックを駆使し、戦うフォースなのだが、今回は軽鈍器を用い、支援なども行うことが出来る稀有なクラス──テクターを使用している。
一方のなしろはずっとテクターを使用していることもあってか、練度は自身と同等かそれ以上だ。
セントラルシティのあちこちがテクニックによって、燃えたり、凍りついたりしている。
(正直、『Noise』抜きなら、楽勝だと思ってたんだけれど……。想像以上ね)
力量も経験値も技術だって、こちらが圧倒的に上回っている。それは誰が見ても明白なものだ。
腐っても、探索者である自分が、ただ喫茶店に努めているだけの看板娘に負けるわけには行かない。
だが、眼の前の戦況はその事実とは反し、かなり苦境に立っているのだ。
今も攻撃を捌きながら、反撃をしているが、なしろは涼しい顔でこちらの攻撃を受け流されている。
困った表情で、こちらを見る彼女の視線は、明らかに見下している。
「その程度……?別に手加減しなくて……いいんだよ?」
「言ってくれるじゃない。別に私は貴方を殺したってもいいのよ?」
リアの強がりが相手にもバレていたのか、なしろはくすりと笑う。
会話の最中に、風属性テクニックで建物を壊し、なしろに仕向けても、難なく躱されてしまう。
「面白い冗談、リアさんも言うんだね。殺せないって分かってるくせに」
「…………」
彼女の言う通り。お互いがお互いの大切な人の為に、殺すのを躊躇っている状況下だ。
こちら側は堕夢に罹った筈のなしろを連れ帰る。あちら側は、のるんの願いを叶える為に。
互いが互いを殺したいと思っているにも関わらず、手を下せずにいる。
大切な人を泣かせてまで、殺す価値がないと思っているのは共通認識となっている。
「それでどうするの?わたしを……倒した体で一緒に帰ってもいいよ?」
「随分と上から目線ね。まるで、私に勝ったみたいな言い振りじゃないの」
「うん。リアさんには負けないかな。『Noise』を使わなくたって」
「貴方……私が何処の所属か知っての物言いなのかしら?」
リアの言葉に、なしろは曖昧な笑顔で誤魔化しながら、地に先を付けた軽鈍器の柄に顎を付ける。
「知ってるよ。「星空の旅人」でしょう?この辺りでも幅を利かせているチームだよね。それで?」
「そんなチームに居る私が、一喫茶店の看板娘に劣ってる訳無いじゃない」
なしろは突然、ぷぷっと笑いを堪えきれなくなったのか、声を出して笑い始める。
何がおかしいの、とリアが語気を荒らげ、糾弾すると、目尻に溜まった涙を指で拭う。
「リアさんがどこに居ようと、リアさんの実力が上がる訳じゃない。むしろ、そこで貴方が何をしているか、じゃないかな?多分、貴方が伸ばしたのは自尊心と驕りだけで、実力は一切上がってないと思う……よ?」
「……私を侮辱して怒らせようとしても無駄よ。子供の戯言に耳を傾ける必要なんて無いもの」
其の実、リアはかなり怒り心頭だ。今にでも脳天めがけて軽鈍器を振り下ろしたって良い。
けれど、子供の挑発に乗って、本来の目的を見失っては本末転倒だ。
刺さる部分が多すぎるが故に、思うところも多々あるが、今は気にしている場合ではない。
(……にしても、随分と敵意剥き出しだけど……、何かあったのかしら?)
話していて思うが、今日のなしろは攻撃的だ。のるんが絡んでいるとは言え、過激な言動が多い。
恨まれる理由は星の数ほどあれど、今回の原因が何かが分からない以上、こちらは動きにくい。
(どちらにせよ。今はこの勝負に勝たなきゃ。どうしたものかしら)
『Noise』抜きで此処まで拮抗している以上、『Noise』を使われればその時点で敗北が濃厚になる。
ならば、勝負に勝つには“何かしらの理由”で『Noise』を使わせずに勝負を決する必要がある。
眼前のなしろを改めて見据える。構えも立ち回りもとても少し前の彼女とは大きく違う。
(一体誰の薫陶を受けてこうなったのかしらね。まぁ、十中八九、あの子でしょうけど)
自分の知らない間に、どうやらかなりの鍛錬を積んでいるらしい。
少し前までは、軽鈍器に振り回されていたあの可愛らしい少女は、現役の探索者と遜色ないレベルだ。
持っているものも、前のフライパンや金棒とは違い、武具自体にも幾重にも強化テクニックが付与されており、耐久性や攻撃性能が底上げされている。
赤と黒を基調にした短剣にも見えるそれは、見ただけでも分かる、非常に出来の良いものだった。
(きっと、あのナンパ師が特別に拵えたのでしょう。素材はきっとあの子が集めたでしょうし)
深呼吸をし、リアは改めて状況把握を交えた思考整理をする。
現状、勝ち目は非常に薄く、なしろに従って、降伏してしまったほうが間違いなく良い。
本来であれば、それが正しい答えだとは分かりきっている。
──でも、負けたくない。一番近くにいる権利や、あの子の隣を奪ったあいつには。
薄い薄い可能性をくぐり抜け、今のなしろを下せたとしても、『Noise』が出てきてしまえば終わりだ。
それに可能であれば、使わせたくはない。勿論、なしろを想ってのことでは断じて無い。
のるんの為を想っての事だ。恐らく、さらとの戦いで使用することを強いられただろう。
(きっと、あの子の体は相当の負担が掛かってる筈。それも踏まえると降伏した方が絶対いい)
何度考えようとも、降伏以外の選択肢が出てこない。
それでも、降伏という結末は絶対に認めない。認められない。
リア・ラ・フルールが自分たらしめるためにも、己のプライドを賭けてでも、勝たねばならない。
リアはふぅと、息を吐いて獲物を握り締める。白金をふんだんにあしらったフリューガルド。
のるんとお揃いのそれは、数少ない大切なものだ。フリューガルドに誓って、リアは言葉を紡ぐ。
「さて、じゃあ再開しましょうか。でも、その前に一つ」
「……なにかな?」
軽鈍器の先をなしろに向け、リアは鋭い視線をなしろに突き刺す。
「『Noise』は使用しないで欲しいの。お互いの勝負に他人の力は不要でしょう?」
「あはは、勝てないからでしょ?使われたら。……言われなくても使わないよ」
なしろの眼光も鋭くなり、普段の彼女からはとても想像がつかない程の殺意が浴びせられる。
「自分の力だけで、リアさんを叩き潰すよ。だって、そうしなきゃ意味がないもん」
「そう。なら良いわ。私も絶対に貴方を倒して連れ帰ってみせるから」
互いの軽鈍器がテクニックを帯び、黒く輝く。互いに闇属性を選択したらしい。
先手を切ったのは、なしろだった。テクニックを発動し、一気に距離を詰める。
「……らぁっ!」
「……くっ」
波状攻撃を用い、地面へと振り下ろした一撃を、リアは急後退で綺麗に躱す。
単体攻撃を読んで、最低限の距離しか下がっていなければ間違いなく被弾していた。
実はこういう読み合いが、なしろの方に軍配が上がる。
リアの本職であるフォースでは相手との距離を取り、テクニックを発動し戦うのが基本だ。
対して、今のテクターは、テクニックを軽鈍器に纏わせ、敵を殴る。
謂わば、超近距離戦が主戦闘距離となっている。
こういった戦い方が苦手なリアは、普段からフォースを多用していたのが、今になって響いている。
(なしろさんの攻撃を捌き切るので、精一杯で反撃でしか攻撃できない……)
折角の軽鈍器に纏わせているテクニックも上手く使わずに、反撃でテクニックを使用する。
両者の練度の差は明らかだった。多少のダメージなど意に介さず、攻撃を繰り出すなしろの攻撃を捌ききれずに、リアも徐々に負傷が蓄積されていく。
いつもは可愛らしい笑みを浮かべるなしろが、冷酷な微笑をたたえ、こちらを見る。
「最初は余裕そうだったのに、どんどんとダメージ入っちゃってるね、リアさん」
「大した事無いわ。見掛け倒しの威力じゃ、私は倒せないわよ」
強がっているが、正直かなり痛い。特に痛いのが、なしろが得意としているパスートと法撃爆破だ。
法撃爆破とは、軽鈍器に纏わせたテクニックを攻撃時に上乗せし、ダメージを増幅させる技術。
火属性は一撃に火力を大幅に載せ、氷属性は相手の防御力を下げたりと、属性ごとで様々な効果を付与する。
それらを駆使し、リアの体力を少ない手数で効率的に削っている。
そして、それらの法撃爆破の威力を最大限に引き出し、一撃に集約するのがパスートと呼ばれるもの。
(法撃爆破の練度とパスートの頻度が私の比じゃない……)
テクターは本来、味方の支援が可能で、補助が主となる職業だ。
付与した複数属性のテクニックで敵を弱体化し、味方を補助し、戦況を有利に運ぶ職業なのだが、時折「頼れる味方が居ないのなら、自分一人で殴り倒せばいいじゃない」という思考の持ち主が、単独で他職業を凌駕する力を出す場合がある。
基本的に大きなチーム、強いチームであればあるほど、テクターが補助職業として周知され、効率的な動きを要求されることが多い。
つまり、リアの使用するテクターが、補助に徹する動き方がメインなのに対し、なしろのテクターは、自分一人でも十二分に戦えるように動きが洗練されている、ということになる。
リアは冷や汗をかきながら、寸での所でなしろのパスートを躱す。当たれば大ダメージは避けられない。
(なしろさん……、まさか脳筋型のテクターからの薫陶まで……道理で……)
そうこうしている内に、闇属性を纏わせた軽鈍器を振りかざし、周囲を暗くさせる。
視認性が落ちてしまうと、こちらが得意としている遠距離からの攻撃が当てにくくなってしまう。
「わたし、知ってるよ。星空では、補助メインで軽鈍器で敵を殴ることが少ないんだって」
「だから何なのかしら?」
暗闇の中でも、なしろの軽鈍器が薄く輝いているお陰で、なんとか攻撃は捌けてはいる。
反撃が出来ず、もどかしいが、相手の体力切れを誘う方向で、リアは回避重視で立ち回る。
リアの言葉に、なしろは薄く笑いながら纏わせていたテクニックを徐に解除した。
「……えいっ」
「ぐっ……いったいわね……」
視界が完全に暗闇に落ちた中で、なしろの軽鈍器の一撃がリアの右腕に直撃する。
持っていた軽鈍器を落としてしまうが、拾おうにも、この暗闇の中では拾うことは困難だ。
「ふふっ、もう軽鈍器は使えない、ね?此処で降参したら?」
「すると思うかしら?」
くすりと笑ったリアは火闇複合テクニックを発動せんと、準備を整えていた。
発動タイミングはなしろがこちらを殴り掛かるその直前。そこでなら、直撃は免れない。
リアの余裕を感じ取ったなしろは、低い声で舌打ちをする。
「そういうの、気に入らない。どうせなら絶望した表情で負ければいいのにね?」
「私にだって、意地くらいあるの。若い小娘には負けてられないもの」
不敵に笑うリアに、なしろは警戒心を顕にする。ただ、それでも止まる気配はない。
カツリカツリと古い煉瓦で出来た地面を踏み締める音が、なしろの歩みを知らせる。
心拍数が上がり、呼吸は荒くなるが、それでも。この一撃で決めるという決意は揺らがない。
「そ、じゃあこの暗闇の中で意識飛ばしちゃえ。大丈夫、殺したりはしないから」
「どっちが倒れるか楽しみね?」
時間は稼いだ。暗闇の中で、発動条件を満たしたリアはもういつでもフォメルギオンを放てる。
あとはなしろがこちらに放った攻撃を身体で受け止めた後に至近距離から撃つだけ。
大ダメージは免れないが、もうこれくらいしか、彼女を倒す術はない。
「じゃあね、この一撃で終わらせてあげる」
「来なさい。貴方の攻撃じゃ、びくともしないから」
なしろが速度を上げて、迫りくる。暗闇の中から、火属性を纏った軽鈍器が見えた刹那。
リアはフォトンを急速に収束させて、眼の前に向けてテクニックを発動させる。
「私諸共焼き焦がせ!!火闇複合テクニック!!」
「残念☆わたしは軽鈍器を投げつけただけ。本体はここだよ」
メギドが解除され、視界が一気にクリアになる。
暗順応されていたリアの瞳は、急な光に対応できず、視界が白一色になった。
何も見えない中、覚えているのはなしろが言った一言。
「何もかも、消えてしまえ「ジオ・エルシディオン」」
彼女が発動したそれは、周囲一体を凄まじい威力で爆散させ、意識が飛ばされたこと。
視界を完全に封じられたリアは成すすべもなく、その場に倒れ込んだ。
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おまけ。「決め台詞って何かあるんですか?」
いつだったかの、昼下がり。天気が良く、時間を持て余していた盞華はふらっとごーすてらへと足を運ぶ。
店にはのるんだけが居て、客は常連の老夫婦くらいだった。
いつもは騒がしい店内は落ち着いており、のるんも呑気に自分の珈琲を淹れて、休んでいた。
「あら、こんな時間に一人で来るなんて、珍しい。いらっしゃい」
「どうもです。閑古鳥鳴いてるみたいですけど、営業中ですか?」
盞華の言葉にのるんは、蟀谷に青筋を浮かべ、カウンター席に座った盞華にメニューを投げる。
面食らっていた盞華の前で、カウンターに両肘をつき、組んだ両手の上に顎を乗せる。
「ご注文は「ピリリと痺れる!一撃必殺電気椅子」?それとも「一斉掃射〜蜂の巣を添えて〜」?」
「遅めのモーニングセットでお願いします!!まだ死にたくないですから!!」
客が少なかったこともあり、盞華が注文したトーストと珈琲は比較的すぐに来た。
焼き立てのパンにバターが溶け、ミルで砕いたばかりのブレンドコーヒーは香り高い。
いつ来ても、満足度の高いこの喫茶店は、いつしか、盞華にとっての安らぎの場所になっていた。
「あの、姫宮殿」
「はい、姫宮殿です。なんでしょう?」
ふと、気になったことを思い出した盞華は、コーヒーミルを掃除しているのるんに声を掛けた。
若干鬱陶しそうにしているのは、掃除中に何の用?と言う意味が込められている。
自分も、そういった部分を理解出来るようになったのは、成長したなぁと一人でしみじみと感動しながらも、一切気にすること無く、言葉を続ける。
「戦闘中に、大技を使ったり、敵を倒した後って決め台詞言うじゃないですか。普通」
「……普通じゃないとは思うけど、盞華さんは基本言うね」
最近は、のるんと依頼をこなすことも増えている。
その際に、敵を倒した直後や大技を使用した時に盞華は大体何かしらを言っている。
『幾星霜にも連なる拳よ、敵を砕くまで降り注げ!「サウザンド・ブロウ』!!』
といった風な事を盞華はよく言っている。だが、のるんは一切そういうのがなかった。
技名すら言わないのはなんだか、勿体ない気がしたので、人が居ない今の内に聞こうと思ったのだ。
依頼中は聞ける雰囲気じゃないし、なんだかちょっと怖い気がしたし、斬られたらやだし。
「姫宮殿には、そういうの。無いんですか?」
「特に無いなぁ。考えたこともないや」
あっけらかんとそう言ったのるんは本当に興味がなさそうだった。
効率主義ののるんからしてみれば、そんな事言ってる間に攻撃しろよと、思っているのだが、それは流石に小っ恥ずかしいセリフを連呼している盞華の前では、口が避けても言えなかった。
ずいっと、のるんの前に顔を突き出し、人差し指をのるんの顔に向ける。
「じゃあ、今考えてください!折角なんで!敵を倒した時のセリフを!」
「え〜……なんでそんな事を……」
心底鬱陶しそうにしているが、こういう時ののるんは、大抵押せば行けるものだ。
余りある交渉術を駆使した盞華は、のるんの口から「分かったよ……」を引き出すことに成功した。
暫くの間、考え込んでいたのるんは、「あ」となにか思いついたようだった。
「思いつきました?どんなのですか?どんなのですか!?」
「『邪魔するなら、斬る。盞華さん諸共』」
のるんの言葉を聞いた盞華は、泣いたふりをしながら大袈裟に悲しそうな演技をする。
「姫宮殿、良いんですか。泣きますよ、いい歳した大の女が、公衆の面前で情けなく」
「どうぞ。なんなら録画して「天下布舞」に送っておきますね」
ニコヤカに微笑むのるんの瞳は全く笑っていない。早く泣けと言わんばかりだ。
対する盞華は、全身から汗が吹き出しているが、のるんがカメラを取りに行こうとするのを必死に止める。
「絶対に駄目ですから!!マスターの格が落ちちゃう!!駄目ですよ!!」
「そんな物、無いでしょ。……多分無いよ、うん。少しはあるかもね、はは」
あののるんに気を遣われたことが、何よりも傷ついた盞華であった。




