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#4 嘆く少女は時に暴力を

警告


この物語には現実には存在しない要素やIfが多分に含まれています。

また、この物語はフィクションです。現実の人物とは一切関係がありません。


虚構を虚構だと見破り、楽しめる方のみ、この先へとお進みくださいますよう。



 

 どれぐらいの時間が経っただろうか。わたしはいまだに変態に頭を撫で回されている。

 あの手この手を変え、わたしの反応を伺うように触れてくる彼女は、見た目や態度とは裏腹に強かで狡猾である。恐らくは数多くの少女を撫で回して、ぐへへと下卑た声を上げているのだろう。

 彼女はフカ・ネコザメ。自称人妻ロリの清廉清楚瀟洒で従順天才美少女賢者ネコザメイドらしいのだが、その実ただの酒カスだと、ヤンキーのお姉さんが言っていた。

 この前はフカが、先程の長い自分のキャラ付けを胸の名札に書いていたのだが、ノルンがひったくって、酒カスと書き換えた所、大喧嘩になったらしい。


 『大体、そういうキャラ付けは自分に持ってないものを付け足すために使うもんなんだよ!』

 『うっせーですわ!それなら貴方もいつも「ぴゅあ笑」を自称されているじゃありませんの』


 『表出ろ、今すぐキミの頭にカタナぶっ刺して落ち武者系駄メイドにしてあげる』

 『上等ですわ。「ぴゅあ笑」とはなんたるかを教えて差し上げますわぁ!』


 こんな話を、前に「生足疑惑のSar Maid」に豆を買いに行ったときにしていた。

 案の定、頭に血が上ったフカをあすふぁるとが、ノルンを通りすがりのカメラマンが止めてくれたのだが、あの時のノルンはそれはそれでカッコよかった記憶がある。えへへ。

 普段はにこやかで優しい彼女が、左目付近に刻んであるラインタトゥーが光り輝く程に怒ってる様は、本当に新鮮だった。


 (あの時のノルン、本当にこわかった。多分、三人くらいは人ころしてるかんじだった)

 

 その場に、ごーすてらの面々が全員居たが、彼女のご乱心振りを見てからは、下手なぴゅあ弄りだけはしないようにしようと、暗黙の了解が生まれた程だ。

 ノルンの事を考えてしまっていたわたしは、少し頬が緩んでしまった。今は天敵の酒カスに頭を撫でられているにも関わらずだ。

 その様を逃さなかったフカは瞳に星を輝かせて、上ずった声を上げる。

 

 「んっはぁ〜〜〜!?たまりませんわァ!その頬の緩んだ顔!普段は困り顔や困惑した表情をしていることが多いなし姫ですけれど、何気ない日常を彩るような薄い笑みは、わたくしの真っ白なキャンパスに一気に花開かせておりますわ!!病弱な少女の見せる笑顔は、ご飯何杯でもいけますわ!もっと笑ってくださいまし。なんならもっと入院している余命三ヶ月の子が、死に際に愛する人を想うような、愛する人が自分を失うことを嫌だと言って泣いているのを見た時に、「私のことなんて早く忘れてねっ」なんて事を言いながら、愛する人を想うような、そんな感じのものがみたいですわぁ!!はぁはぁはぁ……うっ、なし姫成分を摂取しすぎて吐血しそうですわ。薊野さん、吐血用のバケツを貰えるかしら?」

 「さっさと出ていって外で吐いてろよ。あたしにお願い事するんじゃねぇ。死なすぞ」


 死なすぞはダメなんじゃないかなぁと、わたしは頭上で唱えられている怪文書を聞くのを諦め、ただノルンの帰りを待っている。

 この状態になったフカさんは、もうノルンしか対処ができない。

 ナデナデよしよしバーサーカーモードに入ってしまっているのだ。彼女はもう止まらない。

 何処から生やしているのかわからないサメの尾鰭をブンブンと振り回しながら、他者を威嚇している為、自分以外の何者も簡単には近づく事ができない。

 アリスさんはフカさんの言う通りにバケツを用意しているし、フカさんはフカさんで本当に大量の血を吐いてるしで、喫茶店内は既にカオスだ。お客さんがいないから良いものの、居たら何かしらの法律に引っかかっていただろう。


 「ただいま〜。ごめんねなしろ〜、アリス〜お留守番させちゃ……あぁ?」

 「今戻った、今日はノルンの人使いの荒さについて三時間ほど……む」


 最悪のタイミングで喫茶店の扉が開かれた。

 古めかしい扉を潜ったのは店主のノルンと、恐らく荷物持ちとして駆り出されていたトキヤだ。

 ノルンもそれなりに買い物袋を持っているが、トキヤはその数倍の荷物を持ちながら、嬉しそうに意味のわからないことを言っている。いいなぁ、わたしもノルンの荷物持ちたかったのに。

 二人は扉を潜るまでは上機嫌だったが、眼の前の惨状を目の当たりにした途端に、こめかみに青筋を浮かべている。

 それもそのはず、あちら側から見た景色は、フカさんに後ろから抱きつかれて頭を撫でられているわたしと、何故か不機嫌そうな表情で床に飛び散った血を掃除しているアリスさんだ。


 (いやな予感がする、というかいつまで頭なでなでしてるの……この人……)


 わたしは焼き鳥くんを抱きながら、じっと堪える。この人はお得意様、ぶっ飛ばすわけにはいかない。

 ノルンが怒り心頭と言った形で、わたしを奪い返さんとフカさんに近寄るが、フカさんはわたしごと華麗なステップでノルンの掴む手を躱す。


 「あらあらぁ?自分のものが取られて怒り心頭、でございますかぁ?ざぁんねん、なし姫はわたしくのものでしてよぉ?」

 「いつからなしろがアンタのものになってるの。ボクのっていうか、ごーすてらのものなんだけど?」


 そこはボクのものだって言い切ってほしいなぁ、なんてわがままを心の奥底でぐっと堪える。


 「というか、ボク言ったよね?店に来るのも、なしろに会いに来るのも自由だけど、迷惑は掛けるなって。今なしろ凄い顔をしてるよ?早く離れな?出禁にするよ?」

 「そんなこと言って良いんですの?わたくしの店から仕入れている豆はさぞ良いものでしょう?当然ですわよね?なし姫の出しているお店で出す豆が、安物でいいわけありませんもの。誰のお陰でその豆が使えていると思っているんですこと?」

 

 二人の間で火花が飛び散る。お陰で時々、こちらも熱くてしょうがない。外でやってて欲しい。

 売り言葉に買い言葉といった形で、どんどん彼らの口調はきつくなる。ただ、それでも買ったものを冷蔵庫に入れたり、消耗品の補充などをきちんとこなしながらなので、店主としての理性は残っているのだろう。

 未だにいそいそと床掃除をするアリスを、トキヤはしょうがないなぁと手伝っているのを見るに、二人の喧嘩に彼らは関わりたくないのだろう、奇遇だね、わたしもだよ。

 ある程度の罵詈雑言が頭上で飛び交っている中で、心底怒り心頭になったノルンは、大きく息を吐く。

 勝負あったか、とフカさんが鼻を鳴らす。表情はまさしく勝ち誇った顔と言わんばかりだ。


 「これに懲りたら、なし姫をわたくしの店に持って帰らせてもらいますからね。異論は認めませんわ」

 「……勝手にしたら良いよ」


 俯きがちに立ち尽くしたノルンから出た言葉は、わたしが一番聞きたくない類の言葉だった。

 ……え?わたしが行ってもいいの?いやだ、わたしはごーすてらから出たくなんて無い。


 「えっ、やだ。わたし、ここの制服気に入ってるのに……」

 「…………」

 

 絶望した表情のノルンと恍惚の笑みを浮かべているフカさんは、さながら愛する人を奴隷として売る恋人と、それを買った奴隷商のような光景に見える。最近、そんな本を読んだせいかも知れない。

 わたしがノルンをじぃっと見ていると、ノルンと目が合う。そして気付いた。彼女は諦めてない。

 ノルンが目を複数回開閉している。これは、最近二人で勉強し始めたアイコンタクトでの合図だ。


 (意味は……、下手に動くな、時が来たらボクがたすける……ね。おっけぃ、しんじるっ)


 わたしは首を小さくコクリと振り、フカさんの方を見る。凄い満面の笑みだ。勝ち誇っている。

 足取りは軽く、わたしを羽交い締めのような格好で抱いているのに、一切、重みを感じさせない。

 フカさんがノルンに恨み節や、わたしを貰い受けたことに対しての感謝などを一頻り述べると、立ち去ろうと、扉に手を掛ける。

 その時に、ノルンは顔を上げ、ノルンをじぃっと見ていたトキヤに目配せする。

 トキヤはすぐに頷き、人差し指と中指を絡ませて、フカに照準を定める。


 「弱点付与弾(ウィーク・バレット)


 トキヤが付与したのは、フカの後頭部。当てれば一撃で記憶が飛ぶ場所だ。

 一つ頷き、続いてはアリスに目配せをする。アリスははぁ、とため息を吐いたあとに血がたっぷり入ったバケツをわたしを巻き添えにしてフカの頭にぶっかける。

 冷たくドロっとしたものを被ったフカは、ひゃあ!?とらしくない乙女のような声を上げ、こちらを見る。


 「ちょっと!なにするんですの!わたくしハンドメイドのなし姫ドレスが血まみれじゃありませんの!」

 「あぁ、申し訳ない。うちのメイドが粗相をしちゃったみたいだね。なしろ、後ろから拭いてあげて?」


 ノルンは表情だけは先程までと同じ、しおらしいものだったのだが、瞳が違う。完全にやる気だ。

 最後に目配せをするのはもちろん、わたし。指示された内容は……なるほどそういうことね。

 うちの店には、四方のうち、一方は頑丈な素材で出来ている箇所がある。一度、過去にどっかの誰かさんがお客さんを壁に追突させてしまったので、その際に作り直したのだ。

 その箇所は、カタナで斬ったり、軽鈍器(ウォンド)で殴ったりしてもびくともしない。

 つまり、その箇所めがけてなら、思いっきり殴り飛ばしても問題はない。そして指示はノルン。


 (や、やるっきゃない……、此処までお膳立てされてるんだもん。それに)


 わたしは此処に居たい。生足疑惑なんて行きたくない、ちゃんと素足だし。

 アリスに服を拭かれているフカさんが後ろを向いたタイミングで、わたしは軽鈍器を具現化する。

 ソロリソロリとフカさんから離れて、ノルンにアイコンタクトで行くね、と伝えてからトキヤが付与した箇所を振り抜くべく、音も立てずに走る。

 三歩分しか助走はつけられないけど、それでも出来る限りの勢いで横薙ぎで、フカさんの頭を軽鈍器で殴り飛ばす。


 「え、ええいっ」

 「えっ、なし……ぶはっ」


 弱点付与されていたこともあり、フカさんは頑丈な壁に頭と身体を思い切り打ちつける。

 この世界の人達は異常に頑丈なので、この程度では怪我にもならないのだが、狙ったのは後頭部だ。

 壁に大の字で貼り付いているフカさんをノルンが抱きかかえ、頬を数回往復ビンタする。

 わたしも心配になって、フカさんの顔を覗き込むと、フカさんが眩しそうに瞼を開ける。


 「……わたしは、ここは……?」

 「あぁ……、これなしろ力入れすぎたんじゃない?多分、かなり記憶飛んでるよ」


 ノルンが、やっちゃったなぁとバツが悪そうな顔をするのを見て、涙がじわりと溢れ出る。

 また必要以上に傷つけちゃった、とぽろぽろと涙が零れ落ちる。


 「ごめんなさい……いくら嫌でもつよくなぐりすぎちゃった……フカさんごめんなさい」

 「顔をお上げになって、そんなキレイな顔で泣いてちゃ、美人が台無しでしてよ」

 

 鈍い頭痛が襲い掛かっているであろう、フカさんがわたしの方を見ている。

 こちらを気遣い、ノルンに抱き抱えられながらも、わたしの涙を指で拭ってくれた。

 先程までの下卑た表情がすべて消え去っており、彼女の表情はとても綺麗なものだ。


 「本当にごめんなさい。わたしがわるいの」

 「もういいですのよ……、それで、貴方の名前は?」


 記憶の飛んでいるフカさんが、わたしの名前を尋ねている。

 ノルンを見ても、此処は答えてあげなとアイコンタクトで言ってくれた。

 未だに涙はこぼれ落ちているが、それでも精一杯の笑顔を彼女に見せて、言葉を紡ぐ。


 「……はじめましてっ。純喫茶ごーすてらの看板娘──姫宮なしろですっ」 

 「そう……、姫宮さんね……覚えておくわね」


 そのまま、フカさんは目を閉じて意識を手放したようだった。恐らく活動限界だったのだろう。

 ノルンはフカさんを一旦ソファに置くと、トキヤに指示して生足疑惑の店へと連れて行ってもらう。


 (つかれた……どうしてこう、ノルンが居ない日はつかれるんだろう……)

 

 一件落着と言った形で、ノルンは深い溜め息をつくと、わたしとアリスに珈琲を淹れてくれた。

 いつものように、暖かく優しい、それでいて苦い部分や旨味を凝縮した思考の一杯だ。

 こくりと一口飲むと、珈琲の良さが全面に出ているのを、子どもの舌ながらも、感じ取れる。

 

 「……ねぇ、ノルン」

 「どうしたの?」


 わたしは気になっていたことを、ノルンに尋ねる。

 ソーサーにカップを置いて、こちらを見ているノルンの瞳をじぃっと見る。

 

 「どうして彼女が来る度に、記憶飛ばして送り返すの?」

 「だって、面倒じゃん、色々。あっちの人もまた記憶飛ばされたんですねって苦笑いしているし」


 そう、このやり取りは既に三回目だ。

 毎回、ノルンが居ない日にちょっかいを掛けては、わたしに殴り飛ばされて、記憶が消し飛んでるのを確認してから、お店の人に引き渡している。

 なんでもない日常にフカさんとのやり取りも溶け込みつつあるのを、なんだか面白くなったわたしは、席に座ったノルンの隣で眠くなるまで、ノートに今日の出来事を書き記すのだった。

 


  


【補足】


頑丈になる前の壁を最初にぶち抜いたのは、なしろが軽鈍器でフカさんを殴り飛ばした際に、頭だけ壁にめり込んだという事件があったためです。

次回以降、効率よく記憶を消し飛ばすために、改装した形になっています。

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