#36 終わりゆく旅路に
なしろが目を覚ますと、そこは見覚えのない場所だった。
白と黒が折り混ざっている部屋に、なしろはいつの間にか座らされていた。
付近を見回すと、どこかのバーのように見える。一体ここは何処だろうか……。
眼の前には横長のカウンターのようなテーブルが置かれており、奥には酒瓶などが陳列している。
(わたし、確か……)
どうして此処に自分がいるのか、全く思い出せない。そもそも此処は何処かすら分からない。
なしろが覚えているのは、フカと出掛けてた時に、急に眠くなってその場で寝ていた所まで。
その後に何があったのかは全く覚えていない。ならば、ここは夢の中だろうか?
そんな事を考えていると、前の方から声を掛けられる。
「目覚めたかな?お客人」
「みたいだねっ。ごめんね〜。急に呼び出しちゃって!」
なしろが座る少し先に、二人の男女が居た。片方は白黒髪の男性、もう一人は幼い少女だ。
男性はふかふかの一人掛けのソファに、女性は男性の隣で肘掛けに手を置いて立っている。
男の方は、碧眼に怪しそうなメガネを掛けている細身の男だ。年齢は二十代くらいだろうか。
対する女は、話し口も、格好も、見た目も十代前半。ほぼ自分と同じくらいに見える。
(……の割にすんごい育ってるように見える……。何食べたらあぁなるんだろ)
二人に見覚えはない。恐らくだが、自分の知り合いではない筈。となると、彼らは一体……。
彼らの言葉に何か返しておこうか。そうでなければ、話が進まない可能性だってある。
困り顔であたりを見回し、なしろは心配そうな表情で、男の方に尋ねる。
「えと……ここは?そして、あなた達は……だれ?」
なしろの言葉に、二人は顔を見合わせる。返す言葉を間違っただろうか。
焦りが額から滲み出している中、男の方がこちらを見て、ニコリと笑う。
「失礼。こちらから呼び出したのだから、分からないのも無理はなかったね」
「ホントだよ〜!もう!一個ずつ説明しないとだよね!ごめんね!なしろっち!」
幼女が、自分の名前を知っている。それに、こちらを呼び出したという発言。
益々深まる謎に、なしろは警戒心を最大限まで引き上げる。
「改めて、僕は「Nemesis」。キミの旅路を見守る者だ」
「ボクは、「Nyx」。気軽にニューちゃんって呼んでくれてもいいよ!」
男がネメシスで、女がニュクス。やはりどちらも聞き覚えがない。
こういった時の対処法はノルンから聞いている。ただひたすらに無知を装い、情報を引き出す。
その教えに基づいて、なしろは、ネメシスの言葉に疑問をぶつける。
「それで、ねめしすさんはわたしに何の用があって呼び出したの?」
「あぁ、そうだね。早速本題に入ろうか。さっき僕はキミの旅路を見守る者だって言ったでしょ?」
なしろはコクリと小さく首を縦に振る。
そこだけ聞けばただのストーカーでしか無い、という感想しか出てこなかった。
顔は整っており、口調も丁寧なので、喜んでストーキングさせてくれる人もきっと居るだろう。
ただ、なしろはのるん以外に特に興味もないため、嫌悪感しか湧いてこない。
「普段であれば助言なんてしないんだけど。今回ばかりはしておいた方が良いなって思ったんだ」
「……それはどうして?」
どうにも嫌な胸騒ぎがする。きっと彼らは常人じゃない。それは理解できる。
人の夢の中に平然と乗り込み、こうして対話を試みている辺り、非常に危険な可能性が高い。
「お客人の旅路に大きな分岐点が発生しちゃったんだ。このままだと……」
「キミは絶対に後悔しちゃう。だからこうして主様が忠言を……もがが」
ニュクスの口を何らかの方法で無理やり閉ざさせたネメシスは、ふぅっと息を吐く。
ただ、なしろはニュクスが言っていたことが気になって頭から離れない。
(絶対に後悔する……か。心当たりがないわけじゃないんだけど……)
なしろは胸の思いを彼らに伝えずに、言葉を待つ。
咳払いしたネメシスは少し恥ずかしそうだ。
「んんっ。まぁ、我々としてもお客人が最悪の結末に陥ることは避けたいと思ってね」
「うんうんっ。主様は優しいねぇ、でも。本来はこういった干渉は出来ないんだよね」
「……それで。最悪の結末って何?それが分からなきゃ、はんだんできない」
なしろは、目を細めてネメシスを見るも、彼は何処吹く風と言った様子だ。
ニュクスの方を見ても、ただ不思議そうな表情でこちらを見て、ニコニコしているだけ。
「有り体に言ってしまえば、貴方の大切な方を失ってしまうという訳だ」
「……!?……何か証拠はあるの?」
なしろの言葉にネメシスは物悲しげな表情で首を横に振る。
「残念ながら、不確定な未来をお客人に見せることは出来ない。だから信じなくてもいい」
「でもあの時、従っておけば良かったなぁ、は無しだからねっ!」
自分にとっての大切な人は、あの人しか居ない。あの人を失うことなど、許されない。
ただ、こうして得体のしれない者達が、忠言するということは、きっとなにか裏がある筈。
そこを探らなければ、信じるに値しない。簡単に彼らを信用してはならない。
「のるんを失わないで済む方法はあるの?ただ気をつけろって言いに来たわけじゃないんでしょ」
「そうだね、お客人の言う通り。阻止する手段はある。……を殺せば良い」
誰、の部分がよく聞こえてこなかった。もう一回言ってとなしろが言うと、ネメシスは咳き込む。
「リア・ラ・フルールを殺せ。彼女が死ねば、お客人にとっても都合が良いだろう?」
「どうしてリアさんを殺せば、ノルンが死なないで済むの?」
ネメシスはなしろの言葉を聞いて、少し考え込む。
仮に嘘を付くのならば、これくらいの疑問ぐらいさっさと答えるべきだ、と息を吐く。
「そうだね、簡単に言えば……彼女が姫宮のるんを殺すからだよ」
「……へぇ。動機はなんなのかな」
ネメシスはなしろの言葉に、微笑む。まるで餌に掛かったのを喜ぶかのように。
対するニュクスは、表情をコロコロと変えながら、なしろが座っている横に立つ。
「人間はやはり、理由がないと動けない。というのは事実らしいね」
「面白いよね〜っ。でも〜。それが教えられないって。分からないかなぁ?」
椅子に手を掛け、なしろに顔を近づける。可愛らしい顔からは想像もつかない表情を見せる。
彼女の逆鱗にでも触れたのだろうか。見るからに先程までと態度が違う。
なしろも引かずに、ニュクスの顔を見る。あんなにグラマラスなボディを持ってるやつに負けたくない。
「わからない。キミみたいに人間の気持ちがわからないバインバインにはわかんないだろうね」
「バ、バインバイン……ってのはよく分からないけど!忠言はしたからね!!」
ぷんすこといった様子で、怒り心頭のニュクスは、ネメシスの隣に戻り腕を組んでそっぽを向く。
まぁまぁ、とネメシスが宥めている中で、なしろはよく考えたら脱出方法がわからないことに気づく。
(最悪、嘘ついて約束すればいっか。どうせ、そこまでの拘束力もないだろうし)
「ご忠告ありがとう。リアがノルンを殺すって断定できて、リアを殺す機会が出来たら考えるね」
「ふふ。じゃあもう一個少し先の未来を教えようかな」
不敵に笑うネメシスに不信感を抱きながら、なしろはネメシスの言葉を待つ。
「ここから出たら、リア・ラ・フルールはキミを殺すべく襲い掛かってくるよ」
「キミが死んだから、彼女も死ぬ決意をしたのかも知れないし〜?」
二人の言葉に、なしろは少し考え込む。
仮に、彼女が自分を殺すべく襲い掛かってきたとして。それを退ければいいだけの話だ。
何も殺す必要はない。私情を抜きにすれば、彼女を殺す理由は何一つとしてない。
(ただ、免罪符は生まれちゃった。本当に彼女が私を殺そうとしてたなら……)
きっと、わたしはリア・ラ・フルールを殺すだろう。
彼女が居なくなれば、きっと、のるんとの時間はもっと増えるだろうから。
「そっか、分かった。でも、殺すか殺さないかは、自分で決める」
「ええ、それで構わないよ。ただ、努々お忘れなきよう……」
ネメシスは扉の上に鍵を置く。此処の鍵らしいそれは、何処からでも此処へと繋がるらしい。
その鍵を荷物入れに押し込んで、なしろが立ち上がると、ネメシスは立って丁寧なお辞儀をする。
「後悔なき選択を。己が行動に責任が伴うことを。よく考えておくように」
「うん、わかった。アドバイスありがとうね」
なしろは鍵を用いて、外へと出る。そこもまた、自分の知る景色ではなかった。
なんだか嫌な予感がしながらも、なしろは周囲を観察することにした。




