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#35 赤と黒が交差する

 


 ユキは二度目の上映を見終えた後に、街を練り歩く。前回と全く同じ内容。

 前回は状況が理解出来なくて見えていない部分も多かったが、今回はすっと頭の中に入ってきた。


 (どういう事なんでしょうか?盞華さんが定期的に手伝っているのは知っていましたが……)


 内情を詳しく知らないユキは二人のやり取りを見ても、今一つピンと来ていない。

 それに、盞華が何故後悔しているのかも分からない。一体二人の間で何が起きているのだろうか。

 盞華を止める、救い出す事だけを考えてここに来たのに、先程見た光景が頭から離れてくれない。


 (あんなに後悔して、落ち込んでたの見るの、本当に久々かもしれないですね)


 少しだけジェラシーを覚えつつも、懐に忍ばせた物を握り締め、酷く冷えた夜の街を進む。

 盞華が居る場所なら、大体見当がつく。以前の「天下布舞」拠点もそうだったが、彼女は分かりやすい。

 いつでも戦えるように得物を装備しておき、目的地へと足早に駆け抜ける。


 (盞華さんが居る場所と言えば……。まぁ、ここ以外ないでしょう)


 ユキが辿り着いたのは「純喫茶ごーすてら」。先程の上映で話していた姫宮のるんの構えている店だ。

 ノスタルジーな雰囲気が漂う時代錯誤感が否めない小さな喫茶店。

 自分が最初に訪れた時は寂しいものだったが、今では沢山の人が集う憩いの地になりつつある。

 店の前からも漂ってくる珈琲豆の香り、踏みしめる煉瓦の感触、そのどれもがここが現実であるかのように錯覚させる。

 だが、此処は盞華が作り出した心象風景、夢の中の世界だ。此処でどれだけ暴れようとも何も問題は無い。

 

 ──カランコロン。


 覚悟を決めたユキはごーすてらの扉に手をかけ、中に入るべくドアノブを回し、扉を引く。

 聞きなれた来客を示す鈴の音が店の中に響き渡る。中には一人の女性が座り、何も言わずにただ一点を見つめていた。

 黒い和装に三日月型の髪飾りをつけている銀髪の女性──盞華だ。彼女の前に置かれたカップには何も入っていない。

 一度、深呼吸をしてから、改めて盞華を視界に入れる。黒い靄が掛かり、明らかに人としての何かが欠けている。


 「盞華さん、帰りましょう。あなたを連れ戻しに来ました」

 「…………」


 盞華は何も答えない。ユキの言葉に反応せず、ただ一点、何も入っていないカップを見つめている。

 以前の盞華であれば、お構いなしに襲い掛かってきたが、今回の彼女はどうやら少し違うらしい。

 ただ、彼女の得意としている間合いには入らずに、ユキは言葉を続ける。警戒心は最大限引き上げたまま。


 「盞華さんの堕ちる前の夢、拝見しました。のるんさんと色々あったんですね」

 「…………」


 反応は無くとも、ユキは言葉を続ける。


 「意外でした。まさか、依頼まで一緒にこなしているなんて。ずるいじゃないですか。私だって一緒に行きたいのに」

 「…………」


 徐々に言葉に熱が帯びてくる。きっと、自分でも持っていると思っていなかった感情が溢れつつあるのだろう。

 どうせ誰も見ていない、聞いていないのなら、少しくらい欲を出しても文句は言われないだろう。

 ポツリポツリとユキの思いが吐露されていく。


 「ぽっと出の喫茶店の店主なんかに絆されちゃって、こんなに色んな人にまで迷惑かけて……」


 目尻に涙を貯めながら、ユキは盞華と同じ拳装具──破拳ワルフラーンを具現化させた。

 すると、初めて盞華がこちらを見た。銀の瞳は赤く輝き、妖しさで包まれている。

 涙を手で乱雑に拭い去り、ユキは闘志を孕ませた瞳で盞華を捉える。


 「ようやくこっち向いてくれましたね。「天下布舞」チームマスター、盞華。貴方に改めて、決闘を申し込みます!」

 「…………」


 破拳ワルフラーン──盞華の得物でもあるそれを具現化はさせたものの、盞華は何も言わずに店を後にした。

 え、逃げるんですか!?と言いそうになったユキは、急いで盞華を追いかけ、扉を潜るとそこはネオン街の大広場だった。

 極めてリアルに近い光景が多かったばっかりに、此処が夢の中だと再認識させられたユキは、少し離れた場所にいる盞華を見る。

 腕をぶんぶん振り回し、心底楽しそうに笑う。


 「此処が決戦の地って訳ですね!確かに此処なら思いっきり暴れられます!」

 「…………フッ」


_______



 

 ネオンとホログラム広告が交錯する近代都市区画。堕夢が作り出した仮想の戦闘フィールド。

 空を貫く高層ビルの合間を、警告灯が虚しく明滅していた。真新しい舗装路は既に破壊されている。


 ──何度も重ね塗りしたかのような深紅。


 赤を基調にした東方に伝わる忍びを彷彿させる軽装に身を包んだユキは、破拳ワルフラーンを握り締め、呼吸を整えている。

 

 ──対して、夜の光を照らされても尚、己の色を変えることのない黒。


 銀髪をはためかせ、やや動きにくそうな和装に身を包む盞華は、何も言わずにユキをただ眺めている。

 銀の瞳は赤く輝いており、全身からは黒い靄が発されている。いつもは寒いギャグを発するが、今日は一言も話さない。

 背には破拳ワルフラーンを装備し、臨戦態勢一歩手前といった様子だった。

 緊張感がネオン街に伝わったのか、あちこちのテレビジョンが自分たちを映し出している。

 誰もいないはずのこの街に、まるで観客(オーディエンス)が居るのだと言わんばかりに。


 「二人だけのはずなのに、沢山の人に見られてるみたいですねっ!少しワクワクしませんか?盞華さん」

 「…………」


 何も答えない盞華に小さなため息をつくと、ユキは拳装具を握り締めて、盞華の方へと向ける。

 言葉は無い。だが、次の瞬間──盞華の足元の舗装路が砕け散った。

 音も無く距離を詰められ、燃え盛る赤い拳が黒い炎を纏わせて襲い掛かる。


 (いきなり過ぎません……?前回の戦いでKOさせてきた一撃を初っ端から飛ばしてくるとは……)


 ユキは反射的に身を捩り、ビルをも容易に粉砕する勢いの一撃を紙一重で躱す。

 前回の敗北が脳裏を過る。あの時は動揺もあったが、速さ、重さ、技術、経験、何もかもで負けていた。


 「今度は、負けない。絶対に連れ戻します。この命を賭してでもっ……!」


 己の思いを声に出して、自分に言い聞かせる。

 超近距離での肉弾戦、拳装具の火力、速度、技術。その全てを盞華にぶつける。

 盞華の攻撃をギリギリで躱し、何度も何度も身体の各所や急所を狙って連撃を叩き込む。

 ユキが繰り出した拳が赤い残像を残す。まるで赤い彗星のように都市の明かりを切り裂いた。

 

 「…………」


 だが、その連撃は盞華には一度たりとも当たらない。

 最低限の身のこなしで受け流し、躱し、反撃の一撃を差し込む。その動きは最盛期の彼女と遜色ない。

 動きに迷いが無く、躊躇する事も無く、こちらの命を狙いに来ている。確実に彼女は自分を殺そうとしている。

 

 (殺す気上等。普段の盞華さんとは出来ない死合いになるだけです……!)


 盞華の連撃を躱しつつ、そんなことを考えていたのを見透かされたのか、拳装具の間合いから少し離れた刹那。

 握り締めていた拳装具が消え去り、盞華の手には両剣(ダブルセイバー)が握られていた。

 

 (しま……複合武器(マルチウェポン)ですか……!?)


 反応が遅れたユキは、盞華の両剣の初撃に対応しきれなかった。

 投擲された両刃が、ユキの頬を掠めた後に、盞華の手へと戻っていく。

 頬の傷を雑に拭い、ちっと舌打ちをしたのもつかの間、すぐさま二撃目が飛んでくる。

 刃が円を描き、周囲の街灯を切り裂いていくその一撃を、何とか拳装具で凌ぎ切り、被害は最小限に抑えた。


 「っ……!秘かに練習していたのは知っていましたが……まさか貴方が使ってくるとは……」


 ユキは後方へと跳躍し、迫りくる両刃の鎌鼬から逃れる。

 こうなると一気に拳装具だけで戦う自分が不利になる。戦闘領域が相手の方が広い上、超近距離に近寄れない。

 一度目は使わなかった両刃に苦戦を強いられながら、それでもユキは諦めない。

 少しずつ、両刃と拳装具の切り替える癖やタイミング、攻勢へと転じるタイミングも掴めてきた。

 一歩間違えれば、即身仏になるこのシーソーゲームに、若干の興奮を覚えながら、ユキは再び踏み込む。

 鎌鼬の持続時間には限りがある。それも比較的短い為、定期的に再展開させている。

 再展開する際には、絶対に両刃に変えなければならないのだが、そこが活路だと踏んだのだ。


 ──武器を切り替えるタイミングで、ユキは己の拳を盞華の胸元を目掛けて繰り出す。


 赤い破拳ワルフラーンが、黒い和装の胸元を捉える。

 確かな手応えがユキの腕に残る。鈍い衝動が身体を駆け巡り、その一撃が確かに盞華に当たった事を物語る。

 与えたダメージはそうでもないが、盞華の身体がわずかに揺らぎ、体勢が少しずれる。


 (でも、倒れない。渾身の一撃でも、盞華さんにはかすり傷程度でしかない)


 すぐに体勢を立て直し、盞華は至近距離まで詰め寄り、黒い破拳ワルフラーンを振るう。

 彼女のその姿は、かつてユキが憧れ、背中を追い続けた『最強の拳野郎(ファイター)』そのものだった。


 「戻ってきてください!盞華さんっ!!」

 

 ユキの叫びも虚しく、応える声は聞こえてこない。

 だが、拳と拳がぶつかり合うたびに、飛び散る火花の奥に、彼女の迷いの様な揺らぎが見えた気がした。

 ぎらつく様な市街地に轟く打撃音。赤と黒が交錯し、激しい戦火の中、ユキはただ信じて拳を振るい続ける。

 

 ──この戦いは、盞華を倒すことが目的じゃない。取り戻す為の戦いなのだ。


 どうやって取り戻すかを一切考えていないユキは、拳を繰り出し続けることしか出来なかった。

 戦いの最中、鎌鼬や衝撃波で周囲の破壊された車両やドローンが火を噴き始め、中継はノイズが走り出した。

 その中心地で、赤と黒の拳が何度も何度も交差し、衝突を繰り返していた。

 息も絶え絶え、途中で距離を置いて回復を図ろうとしても、盞華がそれを許さずに、追撃をしてくる。

 

 ──その攻撃は非常に重く、受け流すのも困難だった。

 

 ユキの拳が受け流される度、腕の奥まで反動の衝撃が届き、激痛が走る。

 実力差が如実にある事を痛感させられ、ユキは歯の奥を食いしばりながら、攻撃を続ける。

 息を切らさず、無言のまま踏み込み、拳を胸目掛けて打ち続ける盞華。 

 目にもとまらぬ速さで相手を圧倒する『連撃(フリッカー・ジャブ)』が、まるで機械の様な精度でユキの身体に降り注ぐ。

 受けきれず、避けきれない連撃を、ユキは身体の前に拳装具で防御する体勢で凌ごうとする。


 (……活路はここだっ!)

 

 攻撃の一瞬の切れ目を察知し、ユキは『回避行動(スウェー)』で『連撃』を往なす。

 『回避行動』によるカウンターを狙うも、拳は空を切る。直後、盞華は少し距離を取り、両刃を展開し、ユキを見据える。

 盞華は身を捩り、『螺旋攻撃(スパイラル・ドライヴ)』──己と共に両刃を回転させ、街路樹や舗装諸共、削り取ろうとする。

 ユキは当たるとまずいと判断し、地面を蹴り、その場から離脱する。建物の壁面を足場にし、空中で大勢を整えてから着地する。


 (このまま戦ってても、こちらの体力が削りきられて終わる……!)

 

 一度目は困惑し、そのまま手痛い一撃を受けて、退場した。その原因は明確だった。

 不意打ちでも無い攻撃を躱すことも出来ず、盞華と比較しても、技術と火力の両方が劣っていた。

 だから、短い時間で覚悟と準備をしてきた。「勝つ為」じゃない。「救う為」の準備をだ。


 (燃え尽きたっていい。盞華さんがまた笑ってくれるなら、命を賭す価値はありますから!!)

 

 ユキは深く息を吸う。

 赤い忍装束の隙間から、真っ赤なフォトンが脈打つように輝き始める。

 やがてそのフォトンは全身へと巡り、超常的な力を生み出す。


 「行きます。これが私の出せる全力──『限界超越(リミット・ブレイク)


 過剰に出力されているフォトンはユキの身体に尋常じゃない力を与える。

 しかし、身体に過負荷を与えるそれは、代償が非常に大きく、常人が使っていいものではない。

 筋肉が悲鳴を上げ、視界がホワイトアウトする。だが、それでもユキは前に出た。視界などくれてやる。

 心の眼で、彼女を捉えられればそれでいい。目にも止まらぬ速度で、盞華の元へと跳躍する。


 「…………」

 「……流石ですね。『限界超越』していても追いつけるんですね」

 

 何倍にも膨れ上がったフォトンをワルフラーンに流し込み、ユキは拳を何度も何度も盞華に打ち付ける。

 拳装具では分が悪いと判断したのか、盞華は両刃に切り替え、鎌鼬を再展開する。

 先程までなら、ご丁寧に躱しながら攻撃していたが、今となっては気にする時間すら惜しい。


 (次、盞華さんが着地するタイミングは……今っ!!)

 

 ユキは大地を大きく踏みしめ、跳躍し、空中から大地を思い切り殴りつける。

 『大地の遠吠え(クエイク・ハウリング)』と呼ばれる技は、地盤を揺さぶり、重い衝撃波が対象に襲い掛かる。

 その刹那、盞華の動きがほんの一瞬だけ鈍った。


 ──その一瞬を、ユキは逃さなかった。

 

 「此処で決める……!!フォトン・ブラストォ!!」


 残された時間、残された力をありったけ振り絞り、フォトンを拳に集中させる。

 放たれた幾星霜にも重ねられた連撃は、技でも力でもない。ユキの想いそのものだった。


 「…………」

 「いっけぇえええええ!!!」


 拳が、盞華の旨を打ち貫き、盞華の身体から黒い靄が霧散する。

 それと同時に、盞華は力を失い、膝から崩れ落ちた。

 

 「はーっ、はーっ……。大丈夫ですかっ、盞華さ、あ……」


 ユキの身体は限界を迎えており、盞華の元へ向かう前に強烈な倦怠感と共に、身体が大地へと吸い寄せられていた。


 「おっと、大丈夫ですか?……全く、こんなにボロボロになっちゃって」

 「……え」


 顔面から倒れこむユキを、何者かが抱きかかえた事により、顔面から倒れこむことは無かった。

 ユキが助けてくれた者の方を見ると、そこにはあちこちが傷だらけの盞華が、くしゃくしゃの笑顔でこちらを見ていた。

 感極まったユキは、動けない身体を無理やり押して、盞華を抱き締めた。


 「良かった……本当に良かった。貴方が帰ってこないかもと思うと、夜も不安で眠れなくて」

 「ふむ……。それはそれは……」


 盞華は何やら考え込むようなしぐさを見せる。

 顎をさすり、何かを思いついた盞華は嬉しそうに、ユキの顔を見る。


 「盞華は帰ってきませんか!って事ですかね!」


 盞華のその言葉の後に続いたのは、乾いたビンタの連撃音と盞華の断末魔だった。

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