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#34 歯車は恙無く、ただ運命のままに


 

 さらと盞華が来た日、「Bar:Ghostella」のシフトが物の見事に全員休みだった。

 今思えば、仕組まれたものだったのだろう。のるんが疲れた身体に鞭打ち、店番をしていた。

 そこそこの客入りに、フカやなしろのファンなども押し寄せ、直近の中では忙しい方だった覚えがある。

 客足も落ち着き、夜更けに近づいてきたことから、店じまいをしようとすると、鐘の音が鳴る。

 

 「姫宮殿、お話があって参りました」

 「まずはドリンクをオーダーしなよ。ここはバーなんだ。お悩み相談室じゃないんだよね」


 のるんの前に現れたのは盞華だった。

 彼女に限らず、この時間に訪れる客というのは大体が訳アリだ。きっと彼女もそうなのだろう。

 のるんは、盞華をカウンターに案内し、お冷とあったかいお絞りを置く。


 「ご注文は?こんな時間なんだ。少しはチップを弾んでくれるんだよね?」

 「えぇ、まぁ。「グランドスラム」を頂けますか?」


 普段はあまり強いお酒を頼まない盞華のオーダーにのるんは目の色を変える。

 小さく息を吐いた後に、「おっけい」と盞華のオーダーを承認した。

 遠い異国のリキュールであるスウェディッシュに、二種のベルモットをを注ぎ、シェイカーを振るう。

 淡いオレンジ色のカクテルを、ロック用のグラスに注ぎ、盞華の前に差し出す。


 「ラムベースだから、少しきついけど。大丈夫?結構度数強いよ?」

 「構いませんよ。今宵は……、そういう夜にしたいものですから」


 盞華はワインを楽しむように、「グランドスラム」を一口、喉に流し込む。

 グランドスラムは大人のスパイシーさが売りのカクテル。

 そのカクテル言葉は「二人だけの秘密」。まさしく、何か話がって訪れたこの場に相応しい一杯だろう。


 (一体何の用で来たんだろう。ボクにしか話せない内容なんだろうけど)


 のるんは彼女の言葉を待ちつつ、シェイカーなどを洗い、自分の席に赤ワインとカシスをブレンドした「カーディナル」を置き、口を付ける。

 酸味とワインの芳醇さが折り混ざったこちらもまた、「グランドスラム」とは違った大人の味わいだ。

 

 「それで?話って?」

 「……姫宮殿。貴方は何を考えているんです?」


 盞華の言葉の意図が汲み取れなかったのるんは、首を横に傾げる。

 至って真剣な表情の彼女の言葉を、安易に拒絶は出来ない。真意を汲み取った上で、判断せねば。


 「何を……か。今と変わらぬ平穏の時を過ごせるように、かな?」

 「嘘、ですよね?姫宮殿はそんな事を考えていない。一個ずつ尋ねないと惚けるつもりですか?」


 のるんは言葉を何も言い返さない。盞華の鋭い言葉を無防備に、何を言わずに瞳を見つめるだけ。

 何も応えないのるんに、盞華は「グランドスラム」をちびりと飲み、言葉を続ける。

 

 「じゃあ一個ずつ聞きます。ここ最近、私を依頼に同行させる理由はなんですか?」

 「前にも言ったじゃん。相方(バディ)が居ないと受注できない依頼があるって」


 のるんの返す言葉に、普段の彼女らしく無く、鋭い眼光でこちらを睨みつけている。

 別に臆することはない。こちらは何も隠していることなど無いのだから。

 

 「居ますよね?貴方にも本来の相方が。あの黒髪の女傑──フルール嬢はどうされたのです?」

 「相方じゃない。都合のいい同行相手だよ。あの子も忙しいから、その時に声掛けてるだけ」


 盞華はカウンターで脚を組み、両手を組んだ上に顎を置く。これは長丁場になりそうだ。

 のるんは、余裕の笑みを崩さずに、盞華の言葉を待ちながら、カクテルを楽しむ。


 「聞きたいことはそれだけ?お互い、メリットがあっての行動じゃない。それとももう嫌なの?」

 「いえ、依頼に同行するのは別に構いません。姫宮殿の言うように、私も物入りですから」


 少しだけ眉を下げている彼女は、申し訳なさそうにそう呟く。

 主にうちへの弁償費用だけどな、とは流石ののるんも付け加えずに、彼女の顔を見つめる。

 

 「じゃあ何が引っかかるの?良いじゃない。割の良い依頼ばかり選んでるから、実入り良いでしょ?」

 「そこなんです。私と違って、姫宮殿は物入りではない上に、お金を求めているようには見えない」


 盞華の言葉に、のるんは押し黙る。少しだけ緩みつつあった空気が再度張り詰める。

 グラスに入っていた氷が、カラリと音を立ててゆっくりと溶けていく。

 どうしてお金が必要なんです?と言わんばかりの表情に、のるんはため息を付き、立て肘をつく。

 

 「将来のために貯めてるだけ。なしろだってこれから沢山お金がかかるかも知れないし」

 「だとしても、このペースで依頼を受ける必要はありません。聞けば、毎晩行っているんでしょう?」

 

 告げ口をしたのはフカ辺りだろうか。彼女が自分の考えを汲み取っているかは微妙な所だ。

 それとも同行者でもあるリアが盞華に相談でもしたのか。であれば、情報をより引き出さなければ。

 驚きを表情に出さずに、のるんはさらっと思ってもないことを言ってのける。


 「時間と気力があればね。幸い、店番に立ってくれる子が増えたし。なしろは想定外だったけど」

 「それも嘘ですね。貴方は『懸賞首』や『脱獄囚』といった犯罪者の捕縛や殺害の依頼が出れば、いの一番に依頼を受けているでしょう。例え、疲れていようとも」


 のるんは何も言わずに涼しい顔をする。彼女は随分と冷静に様々な状況を分析しているらしい。

 もし、そうであれば自分に確認なんてしなくたっていいのに。正義の味方が躊躇うなんてらしくない。


 「うん、盞華さんの言う通り。危険な存在がセントラルシティに居たら、安心して眠れないからね」

 「本当にそれだけですか?例え、姫宮殿が倒さずとも、他の探索者だって、倒すでしょう」


 しつこい上に、詭弁が過ぎる。本来の明るさを全て掻き消してまで彼女が使って良い言葉じゃない。

 きっと、誰かが裏で色々答弁を練った上での今なのだろう。こちらの失言を明らかに狙っている。

 

 「随分と回りくどいからとっとと本題を話して。盞華さんは何が言いたいの?」

 「……!!では単刀直入に。一体貴方は何をしようとしているのですか?」


 のるんはカウンターを強く叩き、座ったままの盞華を睥睨する。

 普段とは違いすぎるのるんを前にしても盞華は臆すること無く、言葉を続ける。


 「依頼中だってそうです。必要以上に相手を痛めつけて血を流させる。でも、その刀じゃ死なない」

 「必要だよ。物分りの悪い人はあそこまでしなきゃ理解できないんだもの」


 のるん達の舌戦は続く。どう答えても、盞華は納得しようとしない。

 繰り広げられるのは水掛論や親子丼理論のようなものだ。最早時間の無駄でしか無い。

 

 「なら、執拗に心臓を狙うのは何故です?」

 「簡単な話だよ。そこを貫けば死ぬって先入観を破壊するためだよ。何度も死ぬ程痛い目見れば、大人しくお縄につくでしょう?……もう店閉めるから。今日は帰って」


 のるんが会話を切り上げようとすると、盞華は歯を食いしばり、悔しそうな表情をする。

 飲み干していたグラスを下げ、レジで会計をさせると、足早に盞華を追い出そうと背を押す。

  

 「分かりました、今日は帰りましょう。でも、諦めませんからね」

 「はいはい〜。依頼同行してもらう時はまたお願いね〜」


 扉の前まで押しやり、盞華が扉に手を掛けた時、のるんは「あっ」と声を漏らす。

 盞華が振り返ると、のるんは神妙そうな表情で人差し指を口に添え、そっと呟く。


 「ボクは、盞華さんみたいに本当に正しい……正義の象徴みたいな人が出来ないことをしてるだけ。自分の正義の為に毒を喰らうことを是としないなら、力ずくで止めるしか無いかもね?」

 「……そうですね。もし貴方を止めねばならないと判断したその時は、命を賭して止めましょう」


 先程まで笑うことのなかった盞華はニコリといつもの満面の笑みをのるんに見せる。


 「だって、貴方の珈琲をまた飲みたいんですから」

 「……またのお越しをお待ちしてます」

 



 ___________




 帰宅した盞華は、彼女を止めることが出来なかったと激しく後悔した。

 彼女が何をしようとしているかは、概ねの想像はついている。だが、根拠や証拠が非常に薄い。

 様々な状況証拠を重ねたうえでの仮説。机上の空論と言ったって良い。

 けれど、それなら彼女の行動を説明できる。不可解だと思われた行動に意味が生まれる。

 盞華は私室のちゃぶ台を拳で強く叩きつける。掌底の部分がじんじんと痛みを訴えかけてくる。


 「断じて認められない!どうして私はこんなに無力なんだ!友人一人止めることが出来ずに!」

 

 涙が溢れてくる。自分の目の前で苦しんでいる彼女を救うことすら自分には出来なかった。

 気丈に振る舞っているのか、本当に大丈夫なのかは分からない。

 ただ、帰り際にのるんが言ったあの言葉は、彼女なりのSOSでは無かったのだろうか?

 あの時に黙って帰ったのは、間違いじゃなかったと断言できるのだろうか。


 「いや……もう考えても答えが出ないだろう。今宵はもう眠りましょう……」


 布団に入るや否や、すぐに寝息が聞こえてくる。余程疲れていたのだろう。

 眠っている様は、熟睡しているいつもの盞華そのものだった。朝になればきっと起きてくる。

 だが、盞華が目を覚ますことはなかった。

 

 


 

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