#31 心刀羅刹、一度刀握れば修羅となりて
昔から、才能というものは努力の末に得られるものではないと、さらは思っていた。
自分には戦闘面において天性の才があると確信していた。実際にその才能というものは凄まじいものだ。
カタナを持たせた彼女は修羅の如く、同世代の子に至っては、一撃も入れることは出来ない程だった。
当時、弱冠拾二歳で、同世代はおろか、大人や探索者ですら、彼女に叶うものはそうそう居なかった。
──だが、本人は良く思っていなかった。むしろ、己の才能を疎んでいる気すらあった。
どれだけ命懸けの手合わせや死合を望んでも、年齢がそれを良しとしてくれない。
自分が子供だからと、戦いを避ける者があとを絶たなかった。それもそうだろう。
彼女からすれば不服かも知れないが、子供にプロの探索者が戦って負けたとあらば、嘲笑ものだ。
そんな彼女が出来たことは、カタナの素振りや、街の近くに現れた魔物を殺すことくらいだった。
(もっと、戦いたい。強い人と戦って、強くなりたい。)
そんな飽くなき願望が叶うことなく、さらは約二年程、ただただ退屈な日々を過ごしていた。
そこで出会ったのが、銀髪の髪に目の近くにある傷が特徴の盞華という一人の女性だ。
赤と黒を貴重とした和服に身を包んでいる活発そうな女性に見える彼女の出で立ちは、どう見ても只者ではないことがさらにも分かっていた。
彼女は、さらがカタナを素振りしていると、旧友に声をかけるような口調で、こちらに接触してきた。
『こんにちは。貴方が巷で噂の心刀羅刹ですか?』
『心刀羅刹……?なに、それ?』
さらがそう聞き返すと、盞華はニカッと歯を見せて満面の笑みを見せる。
自分に向けて笑顔を向ける人は非常に珍しいので、少しだけ気になった。
『貴方と戦った人は大体怒り心頭らしいので、心刀羅刹って呼ぶようにしました!』
『……そう』
ここまで下らない人が居るんだな、とさらは思った。まだ春先だったせいか、余計寒かった。
気にする価値もないと判断したさらは、盞華を無視して素振りをしていると、盞華はふむと考え込む。
『さらさん。貴方さえ良ければ、うち……「天下布舞」に来ませんか?』
『……なにそれ?』
視線を動かさず、聞こえてくる言葉に無愛想な回答をするも、盞華の声のトーンは変わらなかった。
『私が長の探索者チームの事です!』
『私。まだ拾四だから、入れないけど』
人慣れしていないさらはぶっきらぼうにそう返すと、盞華の声は少しだけ嬉しそうなものに変わる。
『別にすぐに入って欲しい訳じゃないですから!だから、今回はご挨拶と……』
ちらりと盞華の方を見ると、盞華はようやくこっちを見てくれましたね、と頬を緩ませる。
盞華はそそくさと収納していた拳装具を取り出すと、ギラついた瞳を隠さずに言う。
『貴方がどれだけ強いか、確認したくて……、お手合わせ願えますか?』
『へぇ……?』
さらは練習用の木刀を仕舞い、戦闘で用いている愛刀を取り出す。
拳装具を装備し、こちらへの戦闘準備を終えた盞華は、強者特有の笑みを見せる。
『私に喧嘩売るってこと、意味分かってる?』
『全然分かりませんが、なにか問題があるんでしょうか?』
こんな事を言う大人は初めてだった。仮に彼女なら倒されても何も言わないのだろう。
それならば、一思いに解らせてやろう。相手にした者が誰なのかを。
散月の構えを取り、彼女の言葉を皮切りに戦闘が始まる。
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致命傷になる攻撃の禁止、負傷は骨折まで。街を破壊するような攻撃の禁止。
これら三つの制約の元、盞華と戦ったが、結果は惨敗だった。
普段であれば撃てるような攻撃手段も全て封じられ、さらはルールの中では無力であることに気付いた。
数少ない攻撃のチャンスも、綺麗に反撃の起点に利用され、こちらの動きも完全に理解していた。
だが、彼女の心の中に芽生えた感情は興奮と感動だった。
やはり、この世界には自分より強い人間が沢山いるのだと。本職の探索者はこれほどまでに強いのだと。
(凄い凄い!私はやっぱりまだまだ強くなれるんだ!)
自分の世界が狭いことなど、十二分に理解はしていたが、ここまでとは思わなかった。
それと同時に自分の弱点なども把握することが出来たことは本当に大きな成果だった。
ふぅと小さく息を吐き、汗を拭う仕草を見せる盞華は文字通りの余裕さだったが、対するさらは、地面に身体を投げつけ、体内に酸素を供給するために大きく息を荒げる。
『大丈夫ですか?さらさん。驚きました。カタナ一本でここまで肉薄してくるとは思いませんでした』
『ん……大丈夫。それよりも貴方強いね。貴方のチームにはもっと強い人が居るの?』
さらの言葉に、盞華は眉を下げ、困ったような表情を見せながら回答に悩んでいる。
『まぁ……余り大きい声では言えませんけど、私より強い人は沢山居ますよ!』
『入る』
さらの即答に、盞華は目を丸くする。少ししてから顔を綻ばせ、大きくガッツポーズをする。
『で、あれば拾伍になったら、またうちに来てください。それまで他の所行っちゃ駄目ですからね!』
『うん』
その後、さらの家で色々な話をした後に、盞華は「天下布舞」のエンブレムをさらに手渡す。
なにこれ?と口では聞かなかったが、さらの視線に盞華は指をびしぃと立てて笑う。
『うちに入った証みたいなもんです。別にまだ入ってなくてもいつ来てもらっても構いませんから』
『そっか』
さらはそっけない反応を見せたが、内心は凄く嬉しかった。
彼女よりも強い人が沢山居る場所に行けるというのだ。戦えるというのだ。
自分はもっと強くなれる。今よりももっと。停滞気味だった現状を打破できるかも知れない。
そんな志を掲げ、翌日以降からさらは毎日、「天下布舞」のチーム拠点へ足繁く通おうと心に誓った。
『ね、眠い……でもちょっとわくわくするかも』
さらは盞華より渡されたメモを頼りに「天下布舞」の拠点へと辿り着く。
見上げるほど大きく、人の活気を感じるこの場所は、いかに沢山の人が居るのかが伺い知れる。
和を尊び、和を掲げるような風体の出で立ちは、己の格好や考えとは大きく違っていたが、それでも、猛者がいるのであれば何の問題もない。
(わくわくする。ここにはどんな強い人が居るのかな)
さらは、門番に事情を話し、中に入ると、そこには朝にも関わらず、稽古に励む人が沢山居た。
中にはさらと同じくカタナを振るう者や、弓、拳装具、大剣や長槍を用いる者もちらほら見える。
今は戦いたい気持ちを抑えて、盞華の居るであろう場所へと向かう。
歩く途中、さらは視線を感じていたが、その視線が良いものではない事を、なんとなく察していた。
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セントラルシティでは珍しいフローリングの床を靴を脱いで歩きながら、拠点の中をキョロキョロしながら進む。
あちこちに物珍しい得物が置いており、そのどれもが非常にいい出来である。
広場で稽古をしていた人達もかなり鍛えられており、一目で武芸者であることは分かった。
期待で胸を膨らませながら、歩いていると執務室の前に立ったタイミングで中から話し声が聞こえてくる。
『どうしてアイツに声を掛けた!?あいつは疫病神だぞ!?』
『そんな事無い!彼女は武を極めんとするべく歩みを止めない幼子です!』
中からは盞華が激しい舌戦が繰り広げられているのは分かるが、もう一人の方が誰かは分からない。
暫くの間、聞き耳を立てていると、どうやら気づかれたらしく、勢いよく扉が開かれる。
眼の前には二メートルを超えた大男がこちらを睥睨している。凄まじい敵意と悪意を感じる。
『声を掛けた次の日から拠点に訪れるとは、貴様、随分と血に飢えているらしいな?』
『そ、そんな事……』
さらは、俯いて大男の怖い視線から逃れようとするが、上からの湿った視線は途切れることはない。
部屋の奥から、さらさんが来ているんですか!?という声が響き、すぐに大男を押しのけて顔を出す。
『さらさん……、来るのが随分早かったですね。まさか、昨日の今日で来るとは……』
『……駄目だった?』
さらは泣きそうに為りながら、盞華の顔を見る。彼女の顔は困った表情だった。
やっぱり自分はここにも居場所がなかったんだ。折角強い人が声を掛けてくれたのに、困らせてしまった。
(疫病神と呼ばれることは、かつては何度かあった)
かつては、親切な探索者が手合わせの相手をしてくれていたのだが、その際に圧倒的な実力でねじ伏せた際に、とある人が恨めしそうにこちらを指さし、そう言っていた。
それから少し時が流れてからは、探索者が誰一人として相手をしてくれなくなった。
皆がこちらに向ける視線は、怯える表情そのものだった。
今思えば、素人に負ける探索者が価値などあるのか、と言う批判の声が怖かったのだろう。
『駄目なんてこと無いですよ!まだ正式加入ではないですが、私は一員だと思ってますよ!』
『はっ、どうだか。盞華。オマエも怖かったんだろう?こいつが暴れまわるのが』
『えっ……?』
自分のことが怖い……?私を圧倒的な力でねじ伏せた彼女が?
その言葉を聞いたさらは眼の前が真っ暗になった。
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さらが目を覚ますと、そこはかつての「天下布舞」の拠点だった。
いつもは活気があり、誰かの声が鳴り響いていたが、今は夜中だからか、誰も居ない。
とても嫌な夢を見た気がする。自分のことを殺してしまいたくなる程に。それ程までに最悪な夢だった。
その夢が正夢にならぬように、今この場で、ここを破壊してしまおう。そうすればきっと。
「私のこのどす黒い感情が消えてくれるのだと信じて」
心を閉ざしたさらの身体に黒い靄が掛かる。瞬く間に身体を黒く染め上げ、靄はカタナにまで及ぶ。
真っ白な何も描かれていない面を付けたさららしき者は、かつての思い出の地をカタナで斬りつける。
──まるで、今までの自分を否定し、新しくやり直したいと言わんばかりに。




