#29 届かぬ想いは、やがて腐り落ち
前々から思っていたが、絶望というものはふとした時に自覚するものだ。
いつも近くに居るのに、気づいたときには既に手遅れ。それでいて突然襲いかかってくる。
短くも長くもないこの十数年。彼女はいつだって苦しんできた。
──愛する人に求められたかった。
誰だって持っているけれど、手にすることはとても難しい。
それを自覚するのに数年掛かった。その人のためならなんだってした。
その人好みの格好をし、口調を変え、見た目を変え、性格だって偽ってみせた。
──それでも駄目だった。隣りにいるのはいつだって、あーしじゃなかった。
『俺はギャルっぽい子が好きだなぁ。スカートは短くて、キャピキャピしている子、可愛くない?』
『ふ、ふぅん……そう、なんだ?』
彼がそう言ったから、髪の毛を染め、一回も折らなかったスカートを折りに折った。
スースーするなぁと思いながらも、寒いなぁと思いながらも我慢した。
慣れないメイクは何度も失敗し、それでも自分なりに磨き上げたメイクは今では様になっている。
──だってそうすれば見てくれるかも知れないから。
けれど、彼の隣には違う人が居た。いつだって、知らない女が隣りにいた。
根暗で、一言も話さないような『私』に価値なんて無い。そんな『私』は要らない。
気弱で、悲観的で、引き攣った笑いすらも出来ないような自分をかなぐり捨てて、『私』を偽った。
『やっぱり、一緒にいるなら、明るくて、ハキハキ喋る子がいいよな。話してて楽しいし』
『う、うん。そうだよ……ね。キミの周りには沢山そういう子……居るもんね』
彼がそう言ったから、どもるような喋り方は止め、鏡の前で必死に練習した。
彼の近くに居た女達を観察し、彼が好きそうな軽薄で浅慮な話し方をするような女達の言葉を学んだ。
彼女達はいつだって何も考えていない。彼の言葉に適当な相槌をうち、分かる〜と言うだけ。
それの何がいいかはさっぱり分からなかったが、それがいいというのなら、変えるまでだ。
そうして、いつしか『私』は『あーし』になっていた。派手なメイクに女を見せる格好。
人が見れば、なんて軽そうな女だろう、と言われてしまうだろうが、そんな事は気にしない。
──あーしが見ているのは一人だけ。キミだけが振り向いてくれれば、他の男なんて興味もない。
けれど、彼は振り向いてくれなかった。『あーし』が出来上がるまでの数年で、付き合った女は二桁。
手も口も軽いと評され、それでも寄ってくる女が耐えなかった彼は、天狗になっていた。
本当は大した実力もないのに、煽てられた彼は、持ち前の運動センスを誇りにかけていた。
──あーしの事は見てくれてないけど、それでもいいし。近くに居られるならそれで。
支えるつもりだった。隣りにいるつもりだった。この意思は揺らがないと思っていた。
それが恋心、恋慕、情愛、親愛。この気持ちを語るのに言葉なんていらない。
そう心に言い聞かせ、彼がどうなろうと『あーし』はただ見守っていた。
──ある日、彼はこんな事を言っていた。
『俺、探索者志望なんだ。将来は自分の力で色々開拓して、お金を稼ぎたいんだ』
『応援してるよ〜あてぃしも探索者になろうかなぁ〜』
『だったら、一緒に依頼とか受けて稼ごうぜwお前と一緒なら死ぬ気がしねぇわw』
『そ、そう?なら頑張っちゃおうっかなぁ〜?w』
きっと、彼はまともに働くつもりなど、なかったのだろう。
恵まれた身体能力にかまけて、女達にちやほやされたかっただけなのだろう。
彼の言葉の意味を深く受け取らずに、三月はスキップする勢いで歩き、武具屋に足を運んだ。
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「よく来たね。若い女の子が一人で来るとは珍しいね?しかもこんな辺境の地に」
「……まぁ?ここの評判がいいって聞いただけだしwオネーサンが作ってるの?」
『あーし』……三月が足を運んだのは閑散としたリテムの一角にある店。
黒を基調にしたオシャレな佇まいは、どう考えても砂漠地帯のリテムには適していなかった。
店の名前も店主の名前ももう覚えてないが、随分とキザな女の人だった気がする。
大人の女性で、歯が浮くようなセリフをべらべらと喋りながら、色々なものを見せてもらった。
重たそうな大剣から、遠距離を攻撃できるような導具まで全てを試して気になったのが、銃剣だった。
近遠両用かつ、そこまで重くない事から、筋力が乏しい自分でも扱える代物だ。
「お目が高い、ご令嬢。それは試作品でね。お安くしておくよ」
「ご令嬢?ウケる。てか、マ?結構いい性能してない?これ」
色はシンプルな黒一色だが、機構は随分と新しいシステムを搭載されている。
武具を選ぶ際に、知らないなりに調べた三月が見ても、この価格は破格だった。
店主に頼み、試運転させてもらうが、機構の展開も早く、非常に軽いため、扱いやすかった。
三月が目を輝かせ、店の照明に銃剣を照らしていると、店主は随分と誇らしげにしていた。
「それは試作品だが、自信作でね。刀身以外にカスタマイズ出来るようにしているんだ」
「カスタマイズって……どんな事が出来るし?」
店主は店の陳列棚から色んな物を取り出して、三月に見せてくる。
見ても何か分からない為、首を傾げて頭上に疑問符を浮かべると、店主はニコリと微笑む。
「そうだなぁ、こんなアタッチメントを付ければ火力が上がり、これを付ければ可愛くなる」
「買うし。これしか無いし。選択肢なんてマジないし」
即決した三月は収納用のストレージと一緒に銃剣を買い、店を後にする。
悪くない買い物をしたし、自分が扱う職業も自動的に決まった。
幸いにも遠近両用の職業なので、どの職業とも合わせることが出来る。
「戦闘時以外はデコって、戦闘に使う時は戦闘モードに切り替える……マジテクいし」
セントラルに戻った三月は、空いた時間で銃剣を振るい続けた。
彼と居られる時間は勿論大事だが、それ以上に将来の彼と共に居るには、この時間はもっと大事だ。
高速の連撃を相手に叩き込む殲滅者にも興味を惹かれた三月は、ただひたすら銃剣を振るった。
──全ては彼と共に居る未来を掴む為に。
そうして、暫しの時が流れ、成人に達する年になった時、一通の手紙が届いた。
探索者として本格的な試験を受け、無事合格した三月は、お祝いの手紙だと想って封を切る。
手紙の中身を読んだ彼女は顔を真っ青にした。中身は彼が結婚したという知らせだった。
結婚した彼は、お金を稼いでいる彼女の扶養に入るから、探索者はしないという旨も書いていた。
三月は深く絶望した。こんなにも時間を使い、こんなにも彼を思い、こんなにも何もかも犠牲にした。
彼との時間を削ってでも、三月は彼の望む探索者になった。
勿論、独り善がりだったことは、自覚している。彼との時間は確保しつつ、自分の時間を犠牲にした。
「え。じゃあ……あーしは……、一体何の為に探索者になったの……?」
一緒に依頼を達成し、相方になり、そのままいい関係性になり、行けそうであればゴールイン。
そんな妄想は文字通り夢物語になった。突きつけられた真実は彼女を殺す致命傷になった。
重い足を引き摺りながら、三月は帰宅し、その日は涙で枕を濡らした。
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三月は目を覚ますと、誰かが隣りにいることに気づく。
霞む視界が回復するのを待ちながら、人影を眺めていると、そこにはかつての自分がいた。
呪詛を繰り返し再生している壊れた機械のような彼女を見た三月は、耳を塞ぎ、心を閉ざした。
心を閉ざした三月の身体に、黒い靄が掛かる。瞬く間に身体を黒く染め上げて機械のように起き上がる。
泣いたオカメの面をつけた三月らしき者は、かつての居場所を銃剣を用いて壊し始める。
──まるで、こんな思い出など、全て無かったことにしたいのだと、言わんばかりにだ。




