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#3 憂う少女と厄介メイドが二人


 今日も今日とて、朝はやってくる。

 日が昇る少し前に、いつも私は目が覚める。いつもならある温かみが今日はない。

 ベッドの中を探せども、わたし以外のぬくもりが何処にもない。

 じわりじわりとその事実が、目尻に涙として排出されそうになるが、わたしはふと思い出す。


 「そうだった、今日はあさからノルンいないんだった。……ごはんつくらなきゃ」 


 先程まで私が寝ていた二人用のベッドは、一人で眠るにはいささか広すぎる。

 昨日の夜まではノルンがいたから、こっちのベッドで寝ていたが、本来であれば、近くのソファで寝ている。

 その方が寂しくなくて済むのだ。寂しいのはもう嫌、悲しいなんてもうごめん。

 すっかりノルンの毒気に当てられてしまったわたしは、もう彼女から離れることは出来ないだろう。


 (さみしいなんて言ったら、きっとめいわくかけちゃう。そんなのもっといやだ)

 

 目を擦り、あくびをしながら、わたしはベッドから飛び降りる。

 ノルンが居なくても、どれだけ寂しくても純喫茶ごーすてらは開店するのだ。

 ノルンが居ない間に、店を護るのは看板娘であるわたしの仕事、任せられた任務なのだ。

 幸いにも、今日は前から店主ノルンが居ないと公言している日。実質開店休業状態だろう。

 髪の毛を整えるのに手間取ったわたしは、急いで服を着替えて、ホールへと向かう。


 「あっ、忘れ物忘れ物っ」


 ホール部分に顔を出そうとするが、忘れ物に気づいて急いで取りに戻る。

 今日のわたしは、少しだけご機嫌さんなのです。むふ〜。ホールに入ると元気よく挨拶をする。


 「お、おはようございますっ!」

 「あぁ?おぉ。おはようさん、なしろ」

 

 そこには、灰色髪を後ろに纏め上げた女性が、気だるそうにホールの掃除をしている。

 ごーすてらには制服があるのだが、彼女は制服を着崩した上に、ジャージを着ているのだ。

 アルバイトとしてどうなんだ?とノルンに苦情がが入ったことがあるらしいのだが、その時のノルンは「仕事はしてるし、お客さんに迷惑掛けてないなら、ボクは目を瞑りますよ」と言っていた。

 彼女は薊野(あざみの)アリス。名前同様に刺々しい物言いに、見た目が特徴のごーすてらで働くアルバイトだ。

 ぶつくさと店主に対する恨み節を述べているが、彼女の仕事ぶりは非常に丁寧だ。埃一つ無い。


 (なるほど、これが最近のとれんど、つんでれやんきー……すごーい……)


 わたしが窓のサッシに埃一つ無いことを確認していると、アリスにおい、と声を掛けられる。

 いきなり声を掛けられて、心臓が跳ね跳んだ私は、上ずった声で返事をしてしまう。


 「今日は店主が休みの日だ。あたしらしか居ないし、まぁゆるくやろうぜ、なしろ」

 「う、うん。そうだね……こういう日に、くるお客さんもいるから……」

 

 宝石の様に輝いている赤い瞳は時折、妖しく輝いていることがあるが、基本的には口が悪いいい人だ。

 ノルンやアスファルトには厳しい一面を見せることがあるが、わたしには殆ど無い気がする。

 ピカピカの床を見るに、ある程度床掃除は終わったのだろう。アリスはやってらんねぇ〜、とかなんとか口では言っているが、テキパキと掃除をこなしていく。

 あっという間に開店準備を終えたアリスは、棒型のチョコレートを咥えながら、気だるげにソファに身体を放り投げている。

 見るからに態度が悪い学生のヤンキーが、授業中にしている仕草そのものだ。

 アリスがこちらを見ていない間に、わたしはノートを取り出す。確か、ノルンがアリスの注意書きを書いておいたからねと言っていたからだ。

 アリスの項目の部分を探すべくペラペラと捲っていると、件の頁を発見する。

 どれどれ……と、中身を読んでみると、そこには衝撃的なことが書かれていた。

 

 『過去のことは触れないように、可能なら未来の事を話してあげよう。爆発したら、水掛けて』


 わたしは口をあんぐりと開けた、無茶振りである。

 あんな危険そうな人に、わたしがバケツ一杯の水を掛けて、一体全体何になるというのか。

 まだ、ノルンを口説いているあすふぁるとに水掛けた方がマシだ、多分涼しくなるし。

 ノートを開きながら、悩ましい声を上げていると、こちらが気になったのか、アリスが声を掛ける。


 「おい」

 「は、はいっ!わたしの担当箇所は、もう終わった……よ?」


 わたしの言葉に、アリスは頭の上に疑問符を浮かべる。どうやら違ったらしい。

 じゃあ、何故声を掛けられたのか、分からないわたしは、昨日ノルンから貰ったばかりの黄色い鳥の鞄をぎゅっと抱き締める。


 (わるい人じゃないのはわかるけど、にらまれるとちょっとこわい……)

 

 いつものノートや好きなチョコなどをポケットに入れていたわたしは、少し前にポケットの中身をテーブルの上にぶちまけてしまってしまった事があった。

 それを見かねたノルンは、バイト中でも身に着けられるような鞄を、ということで買ってくれたのだ。

 ちなみに鳥の名前は「ひよこちゃん」黄色くて、ふわふわしていて可愛いから名付けた。

 ノルンもかわいいねと言ってくれたから、それなりに自信がある。ふふん。

 「ひよこちゃん」に勇気を貰った私は、毅然とした態度と表情で、アリスの方を見る。


 「え、と。どうしたの……?一応、開店準備はもう終わった、よね?」

 「あ、あぁ。えとな、あたしが聞きたいのは、その鳥の名前をだな」


 鳥の名前、ひよこちゃんの事を言っているのだろうか。自信のある名前なので、答えようとしたその時だった。

 わたしは、ノートに書かれていた内容を思い出した。アリスに過去の話は厳禁だと。

 であれば、鳥の名前をひよこちゃんと呼ぶのは間違っているのではないのかと。

 なるべく未来らしい名前を言ったほうが、きっとアリスも喜んでくれるのだろうと。


 (鳥の未来……ひなどりからとりになって、そのあとは……)


 少し考え込んだわたしは、一つの結論をアリスにぶつけることにした。満面の笑みでだ。


 「焼き鳥くん!この子の名前は焼き鳥くんなのっ」

 「……えっ。や、焼き鳥くん……?生身なのにか?」


 「うんっ。今は可愛い鳥でも、いずれ焼かれて美味しく頂かれるの」

 「そ、そうか。なしろは随分先の事を、見通してるんだな……」


 乾いた笑い声を発しながら、アリスは店の札をOPENに変更する。

 その後も、壊れたように焼き鳥くん……と言ったり、わたしがオーダーを通した時も「焼き鳥一丁〜」って言うのは是非とも辞めて頂きたい。

 ココは喫茶店であって、焼き鳥屋ではないのだ。焼き鳥は出してないから。

 焼鳥一丁お待ち〜とアリスは言うが、出す物がアイスコーヒーなわたしの気持ちになって欲しい。

 お客様が少ないから助かったものの、ノルンが居たらどうしただろうか。

 休憩時間中にひとまず頭を軽鈍器(ウォンド)で殴っては見たものの、馬鹿が加速しただけだった。ぐすん。


 ______________



 当初予想していた通り、今日はお客様も大分少なかった。

 お陰で、ぶっ壊れたアリスと一緒に仕事をしていても、なんとかなった。

 ただ、やはり思ったのはノルン目当てで店に来るものや、相談事をしにくる客が居るのだ。

 そういった相手は、自分達には出来ない芸当だ。幸い、ノルンが居ないのは月に一度程度。

 ある程度の客は納得して、帰ったり、日を改めることがあるのだが、こういう日を狙ってくる人物も居るのだ。

 来ないと良いなぁ、なんて願った日には来るんだよね、と「焼き鳥くん」を抱いている離れた場所から怒声にも似た叫び声が聞こえてくる。

 

 「なし姫〜〜〜!!なし姫はいらっしゃいますかぁ!?!!?」


 地獄だ。嫌な予感はしていたのに、逃げることが出来ない。彼女用に作った笑顔を急いで取り繕って、来客を待つ。

 ドドドドドと、地面を蹴る音が鳴り響き、勢いよく扉が開かれる。


 「わたくしっ!見参っ!ですわぁ!!」

 「焼き鳥一丁〜〜!」


 灰色髪を肩辺りに切り揃え、何故かわたし達の制服と同じものを身に纏っている彼女は、フカ・ネコザメ。近くにあるコンセプトカフェ「生足疑惑のSar maid(サーメイド)」の店長兼仕入れ商をしている。

 うちの店の豆なども此処から仕入れている。ある意味得意先ではあるのだが、彼女は得意じゃない。

 二人して馬鹿なことを言っているのだが、わたしとしては本当に辞めて頂きたい。

 わたしはノルンみたいに、阿呆と馬鹿を捌くことは出来ないのだ。

 ボケにボケを重ねられても出来るのは苦笑いだけ。


 (ノルン……助けて……この二人、めんどくさいよぉ……)


 幸薄そうな顔で見ているのは、店主の帰りであった。

 もう間もなく、この店の営業時間は終わるのだが、彼女らの相手は終わらないはずだ。


 


 

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