#27 焼け落ちる故郷、崩れ去る過去
轟々と燃える音がし、トキヤ・アルフェルドは目を覚ます。
どうやら、地面に倒れ込むように眠ってしまっていたらしい。
(随分と体が重いな……。それに前後の記憶がない)
どのぐらい眠っていたのか定かではないが、服が埃まみれになっている。
気怠い身体に鞭打ち、起き上がったトキヤは衣服の埃を払い、辺りを見回すと、目を疑った。
「ここは……ハガルか?しかも大火事だ。一体何がどうなっている?」
どうやら自分は、村の全てが燃えつつあるハガルに居るようだ。
木造で出来た住居は、延焼を重ねてどんどんと炎が広がっている。人の悲鳴が聞こえない辺り、避難は既に終わっている可能性もある。
頭痛がかなり酷い。脳が警鐘を鳴らしているのだろうか。すぐにこの場から離れろと。
ハガルがいくら田舎とは言え、火事対策や炎テクニックで燃えないように出来ている筈なのに、これは一体どういう状況なのだろうか。
このままだと、自分も一酸化炭素中毒で倒れかねないが、せめて家族の無事ぐらいは確認しておきたい。
(家族や……ノルンは無事なのだろうか)
頭痛に悶え苦しみながら、覚束ない脚を引き摺るように、トキヤは燃えゆくハガルを闊歩する。
思い出の場所が燃えていくのを、虚ろな目で見ながら、自分が暮らしていた家を見つける。
「声はしない。誰か人のいる気配もない……。ならきっとここには俺だけが居るんだろうな」
実家に辿り着くまでにも、人っ子一人いる様子はなかった。なら。死ぬのは自分だけで済みそうだ。
それならいい。孤独に死に行くのは、男の最期としては悪いものじゃない。むしろ良いものだろう。
トキヤは、ふぅと息を吐き、その場で崩れ落ちる。きっと限界が近かった。そう言い訳をする。
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薄れゆく意識をなんとか繋いでいる中、ふと昔のことを思い出す。
これが俗に言う走馬灯というやつなのだろう。丁度いい。過去を清算をするために見ておこう。
──思い返せば、昔から何不自由無い暮らしをしていた気がする。
自分で言うのも恥ずかしい話だが、優れた容姿や頭脳、恵まれた家庭環境に、良い友人が沢山いた。
優しい母親に、自分を見守ってくれていた父親、人懐っこい妹。理想の家庭だったのは間違いない。
ハガルという閉鎖的な環境に居たにも関わらず、田舎の悪い部分なんて余り見受けられなかった。
唯一、恵まれなかったのは、伴侶となる女性を見つけることが出来なかったことだろうか。
(必然的に、俺の近くにいる女性も沢山いた。それが嫉妬の対象になっていたんだろうが)
少し前の話になるが、トキヤはハガルに嫌気が差し、一人でこの村を去った。その原因がそれだった。
悲しいことに、当時、女性関係に困ることはなかった。何も言わずとも、あちらから寄ってきたのだ。
それこそ、美酒に酔い痴れたいが為に群がる中毒者の様に。トキヤはそれらを受け入れていた。
間違いだとは思っていなかった。後悔もしていない。ただ、その結果。トキヤは女性に嫌気が差していた。
己の周りでは、醜い争いが日々絶えず、あの子は裏で薬物を、なんて密告が相次いでいた。
(勿論、そんな事が偽りだろうと、分かっていた。皆、いい子だったからな。それでも……)
他者を蹴落とし、己だけ自分という甘い汁を吸おうとし、叶わなければ錯乱的になる。
そんな者達が、己を取り合い、争いを起こす。時には殺傷沙汰になったことだってあった。
(そこで出会ったのが、ノルン……いや、ウルだった)
ウルはハガルの中でも一際異彩を放っていた。
誰とも表面上では仲良くはしていたが、トキヤの周りには近寄ることすらしていなかった。
女性であれば、皆が寄っていたのに。彼女だけが興味もなさそうに、普通に接してくれていた。
そうして、気がつけば、トキヤは彼女を目で追うようになっていた。それが火に油を注ぐ事になるのに。
誰にも媚びず、男も女も等しく接していた。それこそ、トキヤが誰と付き合おうとも、別れようとも。
(そうした彼女と、俺の態度が良くなかったんだろうな。彼女は結局、ハガルを去ってしまった)
理由までは聞いていない。聞くことも出来なかった。
心の拠り所だった当時の姉と慕っていた女性──リア・ラ・フルールはウルを置いてハガルを去った。
元々、家族など居ない彼女の心の拠り所。自分ではなれなった者が平然とウルを捨てた。
到底許せる訳もなく、トキヤは彼女に心底憎悪した。殺せるのなら、殺していただろう。
皮を剥ぎ、己に被せて彼女に成り代われるのならば、迷いなく行動に移していた可能性は高い。
(今思えば、この感情は周りの女達も抱いていたんだろうな。自分だけが特別だと思っていたが)
気になっていた女の子が、酷く落胆し、塞ぎ込んでしまっていた。唯一の家族が消息を絶ったのだ。
いつも受け身だったトキヤに、彼女を励ます手段など判るはずもなく、何もしてあげることが出来なかった。
それとなく、周りの女にも聞いてみたが、事情を察した女達は、逆効果にしかならない方法ばかり教えた。
喜ばせたい一身で、アドバイス通りウルに色々なことをした。結果は言うまでもない。
(ありがとうと言いながら、あんな泣きそうな笑顔を見せられては、虚しくなるだけだ)
周りの人は頼れない事を察し、トキヤは、自分の中で彼女に出来ることを沢山考えた。
自分がリアの代わりになれたらと、色々出来ることはした。だが、駄目だった。
何をしても、彼女の心を動かすことは出来ない。只々、日々疲弊していく彼女を見るのは辛かった。
リアを見つけ出し、ウルに差し出せば、きっと解決するだろうが、ハガルを出るのは容易じゃない。
(それに、ウルをハガルから出すことは禁忌とも言えたからな。幼い俺には出来ないことだった)
それからは、計画を練り上げ、ハガルを脱出する方法を数年にかけて立案した。
周りの女の子を全て振り、友好関係もごく一部に絞りながら、己の時間を捻出し、ずっと考えた。
自分一人が出るだけならば、そう困難ではない。問題は、彼女を連れてここを抜けることだ。
今思えば、とんでもないことをした気もするが、後悔はない。彼女が笑ってくれればそれでいい。
その一心で、トキヤはウルの全てを捨て去り、二人でハガルをという牢獄を飛び去った。
──名前を捨て、容姿を弄り、身分すらもかなぐり捨てて。大きな街に引っ越した。
まさかそこで、喫茶店をしたいと言い出すとは思っていなかったが、気分転換には丁度良いと思った。
そんな彼女の考えで生まれたのが今では人の多く集まるしがない喫茶店──「純喫茶ごーすてら」だ。
店の前でなしろを拾ったのも、バイトの三月や、変態コンカフェの店主を引き入れたのも、全て彼女の願いがあってのことだ。
トキヤは全てを受け入れ、好きなようにさせていた。それが、彼女の笑顔に繋がるのならば、と。
彼女が幸せになってくれるのであれば、と。そう思っていた。ただ、その思いは瞬時に瓦解する。
『いらっしゃいませ!純喫茶ごーすてらへ!お客様は一名ですか?』
『……えぇ。……ウルは……居る?』
忘れる筈もない。眼の前に現れたのは、ノルンを捨てた女、リア・ラ・フルールだった。
あの時のことは忘れることはない。怒りで腸が煮えくり返りそうになっていた。
ノルンがハガルを出て、この街で喫茶店をしているということを知り、度々訪れていたのだ。
当時はなしろも居たこともあって、平然を装っていたが、二人きりであれば殺していただろう。
(今更、どの面下げてこの場に顔を出しているんだと、殴ってやりたかった)
けれど、そんな事を彼女は望まない。きっと、リアを抱きしめ、こちらを睨みつけるだろう。
ノルンとはそういう子だ。仮に自分を捨てて消え去った愚か者であっても、等しく受け入れる。
そういう所が、好ましくもあり、疎ましくもある。
それからも、ノルンと店をやっていて、色々な出会いがあった。
「天下布舞」との出会い、「Rpas.」との出会い。それら全てが、新鮮で楽しいものだった。
だからこそ、最初から欲しかった物が手に入らなかったことへの絶望が腹の底で暴れていたのだ。
(きっと、悪い人生ではなかったんだろうな。最後の最後まで欲しいものは得られなかったが)
走馬灯を全て見終えて、トキヤは思い出した。どうして自分がこんな場所で倒れ込んでいたのかを。
強烈な眠気とともに、己の自宅で眠りかけていたのだ。きっと、毒でも盛られたのだろう。
叶うのであれば、どうせ己が死ぬのならば、あの女も道連れにしてくれないだろうか。
(最期に思う女が想い人じゃない辺り、俺もまだまだ愛が足りなかったのかも知れないな……)
意識を手放したトキヤの身体に、黒い靄が掛かる。瞬く間に身体を黒く染め上げて身体が起き上がる。
泣いたピエロの面をつけたトキヤらしき者は、燃え盛るハガルを長銃で破壊して回り始める。
──まるで、こんな思い出を全部破壊してしまいたいのだと、言わんばかりにだ。
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トキヤの身体に触れ、記憶を共有していたおかねは、彼が破壊行動を続けるハガルへと降り立つ。
背中には愛用している長銃を携え、燃え広がるハガルを見渡す。
「なるほどね。これがユキが報告していたその人の心象風景……ってとこかしら」
彼の走馬灯も全て見ていた。悲しみや怒りで一杯ながらも、幸せそうに笑う光景もあった。
ここで何が出来るかはわからないが、思い出を壊そうとしているのなら、止めなければならない。
「要するに、好きな女が振り向いてくれなくて自暴自棄になってるだけね。理解らせなきゃ」
おかねは弾丸を装填し、ハガルを闊歩しながら、考えていた。
頭で理解できないやつには、物理で理解らせなければならないと。




