#26 攫われた姫君を救う為に
「よぉ、数時間ぶりだが、どうにも状況が逆転しつつあるみたいだな?」
「でも大丈夫ですよ!彼女達を我々の手で救いましょう!!」
邪悪な笑みを浮かべるあじゃと満面の笑みでサムズ・アップするユキのコントラストは凄まじかった。
ユキが輝いて見えるし、あじゃが邪悪すぎて悪役令嬢に見えてしまう。
席に案内した二人に、それぞれ、水道水と余っていたロイヤルミルクティーを差し出す。
あじゃはふむ、と香りを楽しんだ後に、一口ミルクティーを口に含むと、目を丸くさせる。
対照的に、ガラスのコップに入った水道水を見たユキは、不機嫌そうに口を尖らせる。
「どうして私はいつも水道水なんですか!!」
「だってユキさん。店に来る度に、何かしらモノを破壊するじゃないの。経費削減だよ」
「先月の請求費、エグかったらしいな。盞華、すんごい私室で嘆いてたぞ、修繕費やばすぎ!って」
確か、今月分の修繕費は弐百万メセタを越えていた筈だ。
他にもツケで飲みたがる「天下布舞」の面々や、何故かフカも「天下布舞」宛に請求書を送っている。
お陰様で「Bar:Ghostella」としての売上は凄まじい物ではあるが、盞華の負担が心配ではある。
時折、依頼同行をお願いされ、盞華の手伝いをすることもあるが、それでもこなす依頼量は凄いのだ。
(それでも支払いに困るって、あんたらどんだけここに金落としてるのよって話なんだけど)
ノルン自身は、最近夜の時間はあまり店に居ないこともあり、会ったことのない「天下布舞」のメンバーも複数居る。
どうやら酒豪らしく、相当な飲酒量を誇るらしいが、「AmA」と変わらないと聞いてびっくりした。
機会があれば、この店で会うかも知れない。その時を楽しみに今も二人に向かい合う。
(にしても、今日はやけに来客が多い、今だけで何人居るんだ……?)
今いるのは、ノルン、フカ、リア、あじゃ、ユキ、シルヴィア、エルザ、大鳥の八人。後から白とおかねが来ると聞いている。
夢に堕ちているのが、なしろ、トキヤ、三月と、もう時期連れてこられるさらと盞華の五人だ。
こじんまりとした個人経営の小さい店だが、ここまで賑やかになったのはいつぶりだろうか。
(まぁ、何もめでたくないんだけどね、半分近くが意識不明の重体だし)
各々が随分と重々しい空気を生み出しているにも関わらず、あじゃとユキはどうにも楽観的だ。
ユキの発言を鑑みるに、策はあるのだろうが、あじゃが居てそれを素直に教えてくれるだろうか。
彼女のことだ、どうせ実験体にでもされるんだろうなと思いながら、ノルンは話を切り出す。
「さっき、ユキさんが「我々の手で救いましょう」と言ってたけど、何か手段があるの?」
「はい!実は……」
ユキはその場に居る面々に、先程の盞華とのやり取りを事細かに説明した。
そのせいで服がぼろぼろになっているのだと、主張したが、にわかに信じるものは居なかった。
最後まで話を聞いていたノルンだってそうだ。それに、なしろを想って手くらいは既に握っている。
だから信じていなかったのだが、もしかしたら他に条件などがあるのだろうか。
(ユキさんと盞華さんの共通項……あ、拳装具バカ!?)
同じ武器、もしくは同じ職業を得意とする者同士ならば、もしかすると可能性があるかも知れない。
この場でノルンと同じ職業を修めているのは、さら一人だけだった。必然的にノルンはさらの相手をする必要がある。
(……話を聞くに、襲いかかってくるみたいだけど、ボク、彼女に勝てるかなぁ……)
深い溜息を吐き、ノルンは店内にいる面々に確認を取る。
ある程度は知っているが、あるぱすの人達の得意な分野は知らなかったため、確認を取る。
「シルヴィアさん、エルザさん、大鳥さんの得意職業を聞いても良い?」
「私は傭兵でございます」
「僕も傭兵だよ……?ほかは殆ど使えないです……役立たずでごめんなさい」
「私は銃手かなぁ。他も使えなくはないけど〜。手に馴染むっていうか、そんな感じかな?」
つまり、勇者が得意職業であるのは、自分だけということになる。
厳密に言えば、一番得意という訳ではないので、そういう意味では適合しているかすら怪しい。
ノルンは避けられない猛者との戦いの前に、得物の準備だけは怠らないようにしておく。
夢なのか、深層心理なのかは知らないが、万全の準備をしておいて損はないのだ。
「えーと、じゃあ皆の得意職業を加味すると、堕夢に潜入する面々はこうなるのかな?」
・姫宮なしろ──リア・ラ・フルール
・トキヤ・アルフェルド──おかね
・三月──あじゃ
・盞華──ユキ
・さら──姫宮のるん
近くにあった電子ボードにノルンがサラサラと文字を書くと、内容に不満を漏らすものが居た。
それが邪悪な笑みを先程まで浮かべていたあじゃだった。何故か今は脂汗をかいている。
「何故あたしが三月を担当しているんだい?他に殲滅者を扱えるものが居るんじゃないの?」
あじゃの言葉に誰一人として賛同するものは居なかった。
あるぱすの面々は先程、得意職業を答えていたし、「天下布舞」は基本的に脳筋しか居ない。
ごーすてらは各自がバラバラの得意職業を修めている兼ね合いで、重複しているものは居ない。
「あじゃさんしか殲滅者を扱えるものが居ないんですよ。我々も協力しますから」
「ちっ……盞華とさらを押し付けるだけってのはアンフェアか……。仕方ないな」
消去法的に、殲滅者を扱えるあじゃが担当するのは当然の摂理としか言いようがないのだ。
あじゃがぐぬぬと歯を食いしばっていると、今度は店の端に居たリアがすっと右手を上げる。
「私も不服よ。どうして私が姫宮さんの担当なの。確かに同じ職業が使えるかも知れないけど、それならネコザメさんだって可能よね?同じごーすてらなんだし、彼女がしたほうが良いんじゃないかしら?」
「あー、それなんだけどね……、ほら、フカさん。直接言ってやりなよ」
「え、あ、ちょっと!バカ店主!!……もう、こんな大人数の場所で言うことじゃありませんのに……」
ノルンがフカの背中を押すと、フカは店の中央の方に押しやらせ、不満そうに口を尖らせる。
指をもじもじとこねながら、半ば怒り心頭状態のリアに、フカは頭を下げる。
「大変申し訳ないんですけれど、わたくしは戦闘用テクニックが非常に不得手でして、戦闘面はお話になりませんの。ただ潜入するだけであれば、わたくしでも問題ないのでしょうけど、話を聞いている感じですと、戦闘は避けられない。であれば、戦闘経験が豊富な貴方のほうが適任ですの」
「……そう。なら私が行くわ。他に法撃系の職業を修めている方も居ないみたいだし」
リアが諦め混じりの表情で、そういったのを確認して、ノルンはほっとした表情で息を吐く。
ノルンは他の面々の表情も見ながら、問題がなさそうか確認する。
不服を申し立てるものはもう居なさそうだ。そうこうしていると、扉の鈴がカランコロンと鳴り響く。
どうやら、白さんとおかねさんが二人を連れてきてくれたらしい。
さらと盞華をひとまずノルンとなしろの私室に寝かせると、白とおかねに事情を説明する。
「ふむ。では私は誰かしらの護衛をする形になるんでしょうか。万が一のセーフティですね」
「あらあら。私がアスファルトさんを?ふふふ、夢の中でなら姦淫しても問題にはなりませんよねぇ?」
驚いた表情を一切しない二人は、一体どれほどの修羅場を「天下布舞」で乗り切ったのだろうか。
普通であれば、チームマスターが崩御の危機に陥れば、多少なりパニックになってもおかしくはない。
ノルンもストレージに複数の武装を保存し、戦闘準備を整える。相手は相当の手練なのだ。
最悪の場合、殺されてもおかしくはない。それを覚悟した上で、号令を掛ける。
「他に異論がないようなら、ユキさんから聞いたやり方で、ひとまずは情報収集しましょうか」
ノルンの言葉に、異論を唱えるものは居ない。
各々が配置につき、侵入するもの、侵入されるもの、万が一のサポート役に別れる。
ノルンはさらの、リアはなしろの、ユキは盞華の、おかねはトキヤの、あじゃは三月の。
それぞれの手を握り、堕ちた夢へと入り込む。
「じゃあ、作戦開始だね。皆、死なないように、引きずり込まれないように注意してね!」
「「「「了解」」」」




