#24 望まぬ黒炎に身を焦がし
ノルンとの会話を終えたあじゃは、気難しそうな表情で帰路に着く。
といっても、自宅には帰らずに、目的地は盞華の私邸だ。そこにはさらと盞華が眠っている。
盞華が堕夢に罹った事は、極一部の人間にしか知らせていない。「天下布舞」の中でも最重要機密なのだ。
(盞華が堕ちたと聞けば、天下布舞の一大事だ。荒れることは間違いないだろう)
今でこそ、ごーすてらの面々が度々訪れてはいるが、以前まで彼女の私邸はトップシークレットだった。
寝込みを襲われたり、不意打ちなどで彼女が暗殺されては、確実にこのチームは壊滅するだろう。
現に、何度もチームの危機はあった。それこそ、彼女の暗殺以外でも。
(だからこそ、ここで終わらせる訳にはいかないんだ。例え、彼女が死んだとしてもだ)
重く鈍ってしまった脚を引き摺りながら、盞華の私邸の前へと辿り着くと、そこには三月が倒れていた。
いいや、眠っていた。その事実が、その出来事が霞んでしまう程に、あじゃは目を見開いていた。
盞華の私邸の扉が荒々しく破壊されている。どう見たって正規の鍵で開けられていない。
「扉が開かれて……いや、抉じ開けられている。侵入者か!?」
確実に身動きの取れない今、彼女を暗殺したい者達からすれば、大チャンスでしか無い。
そうなれば、このチームは終わりだ。三月には申し訳ないが、ひとまず置いておき、中へと急ぐ。
広くはない和室が数部屋の小さな家ではあるが、中は少しだけ複雑な作りになっている。
隣にはさらも寝かせているのだ。尚の事、己が留守にしたことが悔やまれる。
盞華が眠っている私室へと駆け抜け、襖を開けると、そこには見覚えのある亜麻色の髪の女性がいた。
「……あじゃさんでしたか。これは一体どういうことなんです……?せんかさんが起きないんです」
顔やあちこちに縛られたような跡と、涙でぐしゃぐしゃになっているユキが、その場で泣き崩れていた。
安堵半分、危機感半分といった感情のあじゃは、大きく息を吐き、ユキの肩に触れる。
「盞華は死んでいない。ただ眠っているだけだ」
「そんな事は分かっています!!さらさんもそうですが、二人とも起きる気配がないんです!!」
諭すような口振りだったが、どうやら彼女の炎に油を注いでしまったらしい。
嘔吐きながらも眠る盞華の前で跪き、涙するユキに事情を話すと、彼女はようやく己の涙を拭った。
「なるほど、せんかさんの病状は理解できました。治す手段はあるのですか?」
「無い。それどころか、堕夢は蔓延しつつある。今しがたも、三月が屋敷の前で堕ちていた」
あじゃの話を聞いたユキは、そんな……と、絶望の表情を見せながら、奥歯を噛み締める。
実際問題、打つ手がない。蔓延しているこの病を止める手立ても、防止する手段さえもないのだ。
唯一の手がかりだと思えた姫宮のるんも、肩透かしだったのだ。もはやどうすることも出来ない。
(このままあたし達も堕ちてしまえば、楽なのかも知れないがな)
それでも、あじゃは精一杯、今の自分に出来ることをするまでだ。
今の自分に出来ることは、彼女が目を覚ますまで、自分が起きている間は守り続けることだ。
侵入者が身内で良かったと思う反面、己の行いが過ちだったことを再確認する。
あじゃが失意の底に陥りそうになる中、ユキは徐ろに盞華の手を握り、目を瞑る。
「貴方が帰ってくるまで、私が貴方を守りましょう。何に代えてでも」
ユキの覚悟を決めた表情から、彼女の本気度合いはあじゃにも大いに伝わった。
いつもは縛られ、脅され、飄々としながらも気丈に振る舞ってはいるが、彼女への愛は本物だった。
ボンレスハムにしないと時折止まらないこともあるが、それでも彼女は盞華に必要な一人だ。
(しかし、これからどうしようか……。彼女が知った以上、チームに知れるのも時間の問題だ)
ユキが目を瞑ったまま、起きて来ない事、あじゃは気にせずに二人の様子を改めて見る。
死んだように眠る彼女達は、もう眠ってから三日も経っている。
幸い栄養自体は、摂取させてはいるが、こうして長い間眠ったままだと、身体が弱りきってしまう。
袋小路に陥っていることを自覚はしているが、抜け出す手段が今の所見つからない。
そうこうしているうちに、ユキがあまりにも、長い間目を瞑ったままなことに気づき、様子を窺う。
「おい、ユキ、大丈夫か?……まさかお前まで堕夢に罹ったか?」
「…………」
ユキはあじゃの声掛けに微動だにせず、ただただその場で正座したままだ。
もし、堕夢に罹った者に、長時間触れてしまうことがトリガーで感染するのなら、避けねばならない。
声掛けや、肩を叩いても反応のないユキをどうするか悩んでいると、いきなりユキが後ろに跳ね跳んだ。
あまりの勢いに障子を一枚ぶち破った挙げ句に、後ろの壁に思い切り身体を打ちつけている。
あちこちが黒焦げになり、顔や身体にも複数の傷ができており、先程までは一切無かったはずだ。
急に満身創痍になったユキの状況を、理解できなかったあじゃは、血相を変えてユキの身体を支える。
「おい大丈夫か!?なんで急に死にかけになってるんだ!ギャグにしては身体張り過ぎだぞ!?」
「……ギャグでここまで身体張りたくはないですね……はは」
端から見れば、祈りを捧げていた筈の女性が、いきなり黒焦げになっているのだから、ギャグでしか無い。
状況が理解できていないあじゃは、ひとまずユキを起こし、レスタサインを振りかける。
服の傷などは直らないが、傷は徐々に治り、最低限の治療は完了した。
申し訳なさそうにユキはあじゃに謝罪するが、それよりも先に情報を集めておきたい。
「それで……何があった?なんでいきなり黒焦げになったんだ?」
「実は……」
ユキはぽつりぽつりと先程までの出来事を話し始めた。
拙い言葉ながらも、あじゃに伝わるように懸命に話していく内に、涙がポロポロと零れ落ちる。
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あちこちに火が付けられ、燃え上がる盞華の私邸に、ユキは何故か立ち尽くしていた。
一体何が起きたのだろうか。自分の知らない間に火が焚べられていたのか?
「ここは……?私は確か、せんかさんの手を握っていた筈……?」
思い出深い私邸が焼かれていくことに焦りを覚えたのか、ユキはひとまず庭の水を汲み、消火すべく動き始める。
近くにあったバケツに水を並々と注いで、燃え上がる炎に水をかけるも、消える様子はない。
「ふむ……?油で引火した炎は水を掛けては逆効果、だったはずですが、燃え上がりもしない……?」
水を掛けても掛けても火が消えない事に気づいたユキは、どうにもおかしいと違和感を覚える。
ただ、この場に長居してしまっては、一酸化炭素中毒に陥り、命の危険だってある。
状況は理解出来ていないが、身の危険を覚えたユキは、出口方向へと走り、大門の前に辿り着く。
そこに、一人の影があった。その陰は、姿形は文字通りの陰だったが、見覚えのあるシルエットだった。
「せんかさん……!?どうして、そんな姿に!?」
「…………」
短めのポニーテールも、特徴的な装いも。何よりも、彼女が背中に背負っている破拳は見間違えない。
ユキは必死に訴えかける。どうしてこんな所にいるのか、貴方は何をしているのか。
眠っていたまま起きてこなかった彼女が、こうして眼の前にいるだけで、泣いてしまいそうだ。
だからこそ、何も言わずに、門番のように立ちはだかる彼女はどうにもおかしいと感じてしまう。
「せんかさん!私のことが分かりますか!ユキです!貴方の一番拳であるユキです!!」
「……………………」
ユキがどれだけ訴えかけようとも、盞華には何一つ届いていないようだった。
それどころか、必死に声を掛けているユキを視認したであろう盞華は拳装具を装備する。
燃え盛るような赤い炎を発していた破拳は、黒い炎をめらめらと滾らせている。
ユキが応戦しようと、同じ破拳を取り出そうとした頃には、ユキは一撃で下されていた。
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あじゃはユキの話を聞いて、ふむと考え込む。
恐らくは何らかの要因で、盞華の深層心理に近い場所に侵入していたのだろうと。
それはきっと、その人を想い、祈りを捧げながら身体に触れる事に違いないのだと。
(ただ、盞華はかなりの手練だ。その世界で動くにはそれ相当の手練じゃないと話にならない)
こうして、ユキが一撃で下されたのを見るに実力は、盞華と同等以上だろう。
ただそれでも、何かしらの情報を持ち帰ることが出来るのなら、話を持ち出してもいいだろう。
丁度、良い土産が家の外に転がっているのだから。交渉材料ぐらいにはなってくれるはずだ。
何かを企んでいる時は、ろくでもない顔をしていると揶揄されるが、今くらいは許してもらおう。
服の傷を簡易的に修理しているユキの肩を叩き、あじゃは精一杯の悪い顔をする。
「……なんですか、その世の中の悪を煮詰めたような顔して」
「外に三月転がってたよな?あいつ連れてごーすてら行くぞ。盞華とさらは後で白に運ばせる」
何故……?と訝しげな表情でこちらを見るユキに、あじゃは満面の笑みで言葉を返す。
「ユキをボンレスハムにした仕返しをしてやろうぜ。やられたらやり返すんだよ」
「その理論で言うと、ボンレスハムになるのはあじゃさんですけど」
「え?」
「……え?」
ユキがそう言い返すと、そうだったっけ?とあじゃは考え込む。
そう言えば、自分が縛り付けたような記憶もある。でもノルンの顔や態度もいけ好かなかった。
どうにかしてあいつをふん縛る事が出来ないかなぁと考えながら、三月を回収し、家を後にする。
勿論、今回は白に連絡済みだ。きっと彼女は移動用の乗り物を用意して、ごーすてらへ合流する筈だ。




