#23 途絶えぬ愛に魘されて
明け方まで働いていたトキヤは、目を覚ますや否や、ぼんやりとした表情で時計を見る。
和室も洋室も兼ね備えている一軒家だが、個人的には洋室のほうが好きで、ベッドで寝ている。
約束の夕暮れ時には少し早かったが、ベッドから抜け出して髪の毛を整え、歯を磨く。
(今日は久方振りの休みだ、だからといって、羽を伸ばすつもりはないが……)
先日、一日休みが欲しいとノルンに直談判をした際に快諾して貰い、今日は一日非番なのだ。
普段であれば大して寝ないのだが、今日は惰眠を精一杯貪り、友人と会う約束を取り付けていたのだ。
眠気をしっかり飛ばし、トキヤは日課の珈琲を淹れるべく、棚から豆瓶を取り出す。
今日の気分はグァテマラ・アンティグア……全体的にバランスの取れた甘いチョコの風味を醸し出しているお気に入りのものだ。
ミルで豆を砕き、その間に湯を沸かし、ドリッパーに茶色の紙を広げる。これがあるかないかで雲泥の差である。
慣れた手つきでドリッパーの準備やお湯の温度を測っているトキヤはすっかり熟練者の風体を見せる。
あくびをしながらも、砕いた豆にお湯を注ぐと、アンティグア特有の甘い香りが部屋中に漂う。
「新しい豆だと言っていたが、匂いが良いな。ただ、早めに消化しておきたいな」
豆を蒸らしている間に、トキヤはウォーマーで黒いティーカップを二つ温める。
こっそり、ノルンが店で使っているものと同じカップをプライベートでも買っていたのだ。
我ながら、若干キモいなと苦笑しながらも、毎度同じ物を使っている。
いつでも飲めるように珈琲をポットに注ぎ入れ、ソファに深々と腰を掛ける。
トキヤはちらりと時計を見つめる。もうそろそろ約束の時間だが、未だに鐘の音は聞こえてこない。
「ふむ、あの人が遅れてくるイメージはあまり掴めないが……道に迷ったか?」
トキヤの家はセントラルシティからも少し離れた住宅街の一角に位置している。
そんなに迷う場所でも無いのだが、今回招いている客人は正直、辿り着けるのか心配ではある。
チクタクチクタクとハイテクな時計がハイカラな秒針の音を刻みながら、トキヤはぼんやりと待つ。
すると、暫くした後に、呼び鈴の音が聞こえてくる。
ようやく来たか、とソファに腰掛けていたトキヤが立ち上がると、ドアが勢いよく開かれる。
「やぁ、少年!!お待たせしたかな?え、待ってない?嘘でしょ?待ってたよね?ね?」
「相変わらず元気だな、だーさん。随分と久しぶりな気がするが、老けたか?」
トキヤの前に現れたのは、ライトブロンドの長髪に、薄い紫色の瞳の女性。
随分とテンションの振れ幅が激しいようにも見えるが、それも彼女の魅力の一つだと思っている。
名前は大鳥。過去にテッチャンと呼んだ際は、全治一ヶ月の負傷を負わされた経験もある。
自分よりも五つほど離れている彼女は、ここ最近仲良くしてくれている友人の一人だ。
だーさんと愛称で呼んでいる彼女の後ろに見慣れない陰が二つほどあることに気づき、目を細める。
「だーさん、うしろの二人は誰だ?だーさんの知り合いか?」
「ん?おぁ〜!忘れてたよ。せっかくだからキミに紹介しようかなって連れてきたんだ」
大鳥の声に応じて、後ろの陰が徐々にあらわになる。一人は女性、恐らくもう一人も女性だ。
一人はホワイトブロンドの髪を綺麗に纏め上げ、ピチッとしたスーツを着た緑と赤のオッドアイの女性。
胸の前で両手を重ねて、非常に綺麗な立ち姿に、凛とした切れ目でこちらを覗き込んでいる。
要因までは分からないが、それでも彼女の所作はとても洗練されているのが分かる。
(だが、何故スーツを着ているんだ?しかも大分スリムなモノを……)
トキヤは、その疑問を心に仕舞い、もう一人の方を見る。
もう一人は黒髪ショートでボーイッシュさとラフさを兼ね備えたような格好をしている者だ。
先程の彼女とは打って変わって、おどおどしながら、トキヤや部屋の中をキョロキョロしている。
自信の無さからなのか、焦点も微妙にズレている彼女は、今にも泡を吹いて倒れそうだ。
(一体何しに来たんだ。か……彼女?は……)
困惑しているトキヤに、大鳥はニコヤカに両手を振りながら二人の方に視線を移す。
「少年!こっちのシゴデキウーマンが、シルヴィア。死にかけのほうがエルザだよ!」
「宜しくお願い致します。アスファルトさん」
「よ、よろし……うっ、胃が痛い……」
各々がトキヤに会釈し、何食わぬ顔でリビングの椅子に腰掛ける。
一人で暮らすには持て余すレベルの家に暮らしていたおかげで、問題なく皆がくつろいでいる。
二人で話すのかと思ったら、まさかの四人になってしまった。
(まぁ、たまには良いか……)
思いの外寛容だったトキヤは、二人分だった珈琲をアメリカンへと変更し、カップを二つ追加する。
これくらいのイレギュラーなど既に慣れている。大鳥といるとこういう事があるから面白い。
テーブルに四つのカップを置いたトキヤは、空いた席に座り、珈琲を飲む面々を見る。
「えーと、ラスフォルトさんに、シュミットさんだったか?お二人はだーさんとどういう?」
「同僚ですよ。つい最近出来た店の店員……のような感じでしょうか?」
トキヤは珈琲をぶはっと吹き出し、目を丸くする。
ここ最近で一番驚いたかも知れない。あの大鳥が仕事を見つけて、働いているのだと。
本当に何のジョークなんだ?と一瞬思ったが、シルヴィアはとても冗談を言うタイプには見えない。
優雅な所作で珈琲を飲み、カップに付いた口紅を拭う仕草ですら、とても絵になっている。
であれば、恐らくきっとメイビー、大鳥が停職に着いたのだろう。信じがたい。誠に。
「だーさんが……あの万年ニートのだーさんが遂に仕事を……?」
「失礼だなぁ!少年!私だって、いつかは働くのさ!!」
ふふんと胸を張るが、彼女はもうそんな歳ではない。三月でいう「うわきつ」と言うやつだ。
とても見たくないものを見せられ、トキヤが目を細めていると、隣のエルザが嘆き始める。
「すみませんすみません、大鳥さんと同僚ですみません。僕みたいなゴミが……うぅ……」
「おっと、シュミットさんも同僚だったのか。でも一体何処で働いているんだ?」
「「BlackSmith.Rpas.」ってお店だよ〜。つい最近セントラルシティに出来たんだ」
その店の名前は知っている。だって隣に出来たのだから。馴染みの店を強制退去させてだ。
ただまぁ、彼女達に恨みなど無い。大体悪いのはあの不届き者の店長だ。
いけ好かない顔でいけ好かない態度でノルンに近寄り、子猫ちゃんと呼ぶあいつが悪い。
挙句の果てにトキヤのことを狂信者と呼ぶ始末だ。本当に気に入らない。
直訳すれば、迷える仔羊という意味になると、ノルンから聞いた時は怒りで拳が震えた。
本来であれば、今すぐにでも退職して別の場所で働くべきだと提言したいが、そうもいかない。
自然な表情で、トキヤは友人の就職を祝福する。そのついでに情報収集を欠かさない。
「皆も武具を作るために、あるぱすに入ったのか?」
「まさかぁ、少年。私に巨大な金槌が扱えるとでも〜?」
大鳥がトキヤの肩をバシバシと叩いているが、トキヤは気にせずに珈琲を口に含み、飲み込む。
首を横に振り、いたずらっぽくトキヤは笑うが、それを見た大鳥は、ぷんすかと怒り始める。
「いや、無理だな。だーさんは昔から何をやっても長続きしなかったからな」
「あー!ひっどい!お姉さん泣いちゃう!えーんえーん」
大鳥がうそ泣きを始めても、トキヤを始め、何かしらの行動を起こすものは誰一人としていなかった。
それらを見るだけでも、彼女達の仲がいいことは容易に想像がつく。
エルザのような性格の持ち主であれば、いの一番に心配するはずだが、普通に自分の胃の心配をしている。
(いい仲間に恵まれたのなら、俺はそれで良い。幸せに生きてくれよ、だーさん)
温かいアメリカンは、部屋の中を優しい香りで包み込みながら、穏やかな時間を演出してくれる。
半分ほど飲んだ大鳥は、カップを置き、椅子にだらんと身体を預けて天井を徐ろに見始める。
「今の私はね〜仕入れ担当をしているんだ〜。あちこち駆け回って、いい素材を集めるんだ〜」
「ほう?なら探索者も兼ねてやってる感じか?」
トキヤの問いに、大鳥は首を縦に振る。天井を見ながらその仕草をしたせいで、どうにも締まらないが。
「そ。まさか私にも探索者の素養があったなんてね〜。お姉さんびっくりだよぉ」
「現に、今のRpas.の作成している武具の八十%は大鳥様の収集した素材を使用しています」
掛けていないはずなのに、メガネがきりっと輝くような錯覚を抱かせるシルヴィアの方を向く。
大鳥が仕入れならば、彼女は経理などを担当しているのだろうか?それならば、スーツにも合点がいく。
「ラスフォルトさんは?あるぱすではどんな業務をしているんだ?」
「わたくしは経理から店舗管理、茶々丸のスケジュール管理などの庶務全般を担当しています」
想像以上の業務量だった。つまりはスーパー秘書ということになる。
こんな所で珈琲飲んでいる場合なのだろうか?というか何しに来たんだ彼女は。
トキヤは、ひとまずはシルヴィアから視線をずらし、隣のエルザを見る。
「えーと、キミは?あるぱすでは何をしているのかな?」
「ぼ、僕は店内管理と鍛造補佐、あとはデザイン関係の担当です……はいぃ」
気弱そうではあるが、話すべきことはちゃんと話せているし、問題はないのだろう。
随分と仕事量が多い気もしなくはないが、そこは部外者が気にすることではない。
けれど、自分が少し見ていない間に、どんどんと世界が変わっていくことは、少し寂しく感じる。
「どうやらいい仲間に恵まれたみたいだな、だーさんは」
「でしょでしょ?今日も、お友達と会うんだ〜って言ったら、着いてきちゃったんだよね」
何も言わずに二人も増えたら、普通なら困るものだが、そこは気にならなかったのだろうか。
実際問題、部屋のキャパ的に受け入れられるので、こちらとしては問題はなかったのだが。
残り一口分になったアメリカンを喉に流し込んで、トキヤはふぅと息を吐く。
「なにもない家だが、どうかゆっくりくつろい……」
トキヤは言葉を紡いでいる途中だったが、いきなり言葉が出なくなってしまった。
突然、意識が刈り取られそうになる程の睡魔がトキヤを襲いかかる。
視界がぼやけ始め、来客がいるにも関わらず、今にも意識を手放しそうになる。
(なんだか、嫌な予感がする。せめて、ノルンの元に行かねば……)
意識が飛びそうになる中、最後の力を振り絞って、トキヤは大鳥の方を向く。
急に容態が豹変したトキヤを見て、三者三様の反応を示しているが、大鳥だけは冷静だった。
「すまない……、ある、ぱすの隣、の店、ごーすてら、俺を、連れてってくれ……」
それだけを言い残したトキヤは、テーブルに身体を預けるように倒れ込んだ。
大鳥達は互いを見やったが、最後には首を縦に振って、トキヤを運び出す。
「シーさんは少年の脚を!私は少年の首を!エルさんは周囲の人を払うべく踊ってて!」
「承知しました。最大限負荷の掛からないように搬送ルートを提言します」
「えぇ!!僕が踊るの!?……でもアスファルトさんを運ぶほうがしんどいか……」
その後、三人──踊ってる一人と搬送している二人は、ごーすてらへとトキヤを搬送した。
周囲の視線を盆踊りにて、独占していたエルザ・シュミットは一躍時の人となっていた。
【おまけ】
搬送されるトキヤとあるぱす組を見た、他の人の反応。
白「……何故彼女は踊っているのでしょうか。背中付近を支えた方がいいのでは……?」
AmA「Nanda(´・ω・`)korewa?」
おかね「ふむ……あの黒髪のショタ……、多分、強気系お姉さんの(自主規制)を(自主規制)してそうですね……。それにきっとアスファルトさんの首を持っているあのダウナー系お姉さんは、黒髪のショタの(自主規制)を擦り上げて(自主規制)していると見た。竿姉妹なのか、穴兄弟なのかは分かりませんが、複雑な三角関係はキマシタワーですね……」




