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#22 醒めぬ熱に浮かされて



 

 ノルンがあじゃと舌戦を繰り広げている頃、なしろは自分なりに己を着飾って街へと繰り出す。


 (待ち合わせには……うん、十分間に合うっ)

 (逆に早すぎんだろ……、そんなに早く来る必要あるのかよ?)

 

 やかましい『Noise』の言葉は無視しながら、お気に入りの焼き鳥くんを背負い、早足で歩く。

 だぼっとした白いTシャツに、ノルンのお下がりのサイズの合っていないジーンズ。

 裾上げすら出来ていないそれは、本当に適当に選んだだけのいつも通りの服だった。

 履き潰したスニーカーを地面に叩きつけながら、待ち合わせ場所の噴水のある広場に辿り着く。

 時計の時刻は集合時間の十分前。ノルンの教え通りに辿り着いた自分を褒めながら、相手を待つ。


 「なし姫〜〜!お待たせしましたわぁ!」

 「だいじょうぶ……だよ?まだ約束の時間になってない、から」

 (へぇ。いつもは脱いでるだけの女だと想ってたけど、悪くないな)


 心の中でフカに舌舐めずりをする『Noise』に喝を入れながら、遠くにいるフカを見る。

 待ち合わせしていたフカ・ネコザメがなしろを見るや否や、走ってこちらへと駆けつけてくる。

 白を基調としたラフなパーカー姿に、頭には猫耳をかたどった黒いニット帽を被っている。

 太ももまで伸びたハイサイソックスとショートパンツから垣間見える絶対領域に、フカの事を知らない男は一度くらいは目が言ってしまうだろう。

 女であるなしろですら、見惚れてしまうほどの着こなしぶりだった。

 ついボーっとしてしまったからなのか、心配そうになしろの眼の前で手を振るフカに、なしろは微笑む。


 「大丈夫ですの?最近、お疲れみたいですし、なんなら別の日でも……」

 「んーん、だいじょうぶ。わたしよりも、フカさんの方がつかれてるでしょ?」


 普段は面白脱衣系お姉さんになりつつあるフカではあるが、本職の商人家業に始まり、「SarMaid」の店舗経営、ごーすてらの手伝いに最近はノルンの探索者(アークス)の依頼同行などもしていると聞いている。

 非常に多忙な身である彼女ではあるが、縁もあってこうしてなしろに付き合ってくれている。

 忙しい彼女の身を鑑みても、今日のお出かけは外すことが出来なかった。


 「今日は何処に行きますの?何をするか聞いてなかったので、動きやすいブーツで来ましたけど」

 「実は……、ノルンと近い内に一緒に出かけることになって……」


 なしろは指をこねながらもじもじとすると、フカは黄色い声を上げながら、急に踊り始める。

 フカの反応を見て、なしろは更に顔を真っ赤にする。周囲の視線も相まって恥ずかしくて仕方ない。


 「あ、あの……フカさん、はずかしぃから……ね?」

 「きゃあああああ!!たまりませんわ!その赤面するなし姫!!ご飯三杯くらいいけちゃいますわ!!想い人を想ってのデート服を選ぶために、わたくしと一緒に服を探そうとするその甲斐甲斐しさ!自分だけじゃ良いのが選べないと想っているその謙虚さ!ノルンさんと一緒に歩くためにはおしゃれな格好が必要だと想っているその健気さ!その全てが愛しく愛らしいですわぁ!!花丸大満点ですわぁ!!!!!」


 興奮したフカが語気を捲し立ててなしろを褒めちぎる度に、少しずつ赤くなっていたなしろの顔はどんどんと林檎のように赤くなっていく。 

 俯き、あまりに恥ずかしくなったなしろはしゃがみ込む。

 それに気づいたフカは、ハッとした表情でなしろを起こして、ペコリと頭を下げる。


 「ごめんなさいですわ……前にバ……ノルンさんにこっぴどく叱られたのに、わたくしってば、なし姫の愛らしさについ我を忘れてしまいましたわ……。またバカ……ノルンさんにお説教を……うぅ」

 「所々素が出てるよ……、おさえておさえて」

 (なんだ、着飾っていても変態は変態かよ。あーあ、白けちまうなぁ)


 どうどうとフカを慰めると、二人は噴水広場から目的地のブティックへと歩き始める。

 歩幅を合わせ、話題を練ってきてくれていたのか、なしろはうんうんと頷くだけで二人の時間はあっという間に過ぎ去っていった。

 もう間もなく、目的地へと辿り着こうとしていた矢先だった。見覚えのある黒髪の女性が近くを通る。

 艶のある黒髪に、紫の瞳はノルンの元姉であるリア・ラ・フルールだった。

 フカにひと声掛けて、なしろが曲がり角を通っていったリアを追いかけると、そこには黒髪のノルン──ウルに酷似した女性がリアに微笑みかけていた。

 笑顔で声をかけようとしたなしろの表情が一気に抜け落ちる。


 (ハガルに居たはずのウルさんがどうして……?それにリアさんのあの表情……まるで)

 (愛する人を待ってた恋人みたいな顔してるよなぁ。女の幸せを満喫してる顔だよなぁ)


 先日の出来事を思い出しても、彼女がノルンの事を想っていることは用意に想像がついていた。

 同じ者を愛する者同士、不干渉を貫こうとしていた、彼女を選ぶのなら、その時は退くことも考えてた。

 けれど、そういう事をするのならば、ノルンを見ていないのなら、ノルンの傍にいる資格など無い。

 どす黒い感情が湧き上がるのと同時に、『Noise』が下卑た笑い声を上げる。


 (あんなやつに遠慮して、愛する愛するノルンとの時間を譲って良いの?独占しちゃえよ)

 (だめ……姉という立場は失っても、あの人はノルンの大切な人……、そんな人を傷つけちゃ駄目)


 必死に本能と『Noise』の誘惑に抗いながらも、フラフラとリアの元へ歩みを進める。

 グツグツと腹の底で煮え滾る悪意に心と身体を染めながらも、なしろは精一杯の笑顔を顔に貼り付ける。


 「ん……!?なしろさん!?どうしてここに……」

 「その人……ウルさんだよね?なんでこんな場所でみっかい、してるのかな?」


 ハイライトの消え去った澄み渡るような蒼い水色の瞳が、徐々に赫黒く染まっていく。

 無自覚に『Noise』へと変貌していくなしろに、リアは顔を青褪めながら後退りする。


 「ま、待って。これには深い理由が……。話を聞いて……()()()()()()()

 「あなたが……いや、お前が悪くないかは、わたしが決める。お前はノルンの隣には相応しくない」


 なしろは歪な赤黒い大剣を具現化させ、片手で軽々と振るう。

 剣先をリアの喉元へと突きつけると、リアは更に顔を青褪めさせ、膝から崩れ落ちる。

 そのまま刃を振るおうとしたその刹那に、なしろの腕を何者かが掴んだ。

 猫耳をかたどった黒いニット帽がトレードマークの友人──今しがた置き去りにしていたフカだった。


 「はーい、痴話喧嘩はそこまででしてよ。なしろさんも、今日の目的はデート服の新調でしょう?他の女に浮気している人に構わなくて結構ですのよ」

 「ッチ。邪魔が入ったか。まぁ、ここで殺すのもなしろが悲しむだろうしな。白けたし返すわ」


 刃を収める頃には、赤く染まっていた瞳がいつの間にか綺麗な水色の瞳に戻っていた。 

 悲壮と憐憫が入り混じった瞳でへたり込んでいたリアを見下ろし、なしろは眉を下げる。


 「みそこないました。リアさんは私のよき友人になれると、そうおもっていたのに」

 「後日、お話をしましょう?きっと、貴方とは情報交換が必要不可欠でしてよ」


 路地裏にリアを置き去り、なしろとフカはその場を後にする。




 _______________


 


 その後、つつがなくデート服を選ぶために、フカのデートコースを回りながらいろいろな場所を回る。

 そして、一着のコーデを見繕って貰ったなしろは満足げな表情で買い物袋を抱きながら帰路につく。

 序盤は口出ししていた『Noise』も二人のやり取りに飽きていたのか、終盤には何も言わなくなっていた。

 すっかり日が暮れており、少しすればノルンも仕事の時間が終わるだろう。

 そうなる前にこの買った服は隠しておかなければならない。急いで帰らなければ。

 

 「今日はありがとっ、フカさんのお陰でいい服買えたっ!」

 「別にいいんですのよ。わたくしも濃厚ななし姫成分を摂取できましたものぐへへ」


 二人の間には和気藹々とした空気が流れており、リアとのやり取りなどとうに忘れ去っていた。

 もうじき、ごーすてらへと辿り着こうとしていた矢先だった。急にぴたりとなしろの足が止まる。

 

 (あ、あれ?疲れちゃったのかな、足が動かない?)


 いつもバイトで店の中を駆けずり回っているなしろだったが、どうにも急に足が重くなってしまった。

 急に立ち止まったなしろを不思議に思ったのか、フカはなしろの顔を覗き込んでいる。


 「どうしましたの?もう少しでなし姫のお家でしてよ?」

 「う、うん。それは分かっているんだけど、疲れちゃったのかな。足が動かなくて」


 頑張って動かそうと想っても、まるで自分の脚じゃないみたいにうまく動かない。

 それどころか、どんどんと視界がぼやけてくる。まさか、眠くなってしまったのだろうか。

 突然襲い始めた睡魔に抗いながら、なしろは首をカクンカクンと振りながら脚を動かそうとする。


 (やっぱり動かない。それにどんどんと眠くなってくる。駄目、せめてベッドまでは……)


 『Noise』に身体を預けようにも、いつもは煩いあいつも、今に限ってうんともすんとも言わない。

 こういう時に役に立たないのは、本当に困るなぁとなしろはにへらと笑う。


 「ごめん、ちょっとだけフカさんにまかせるね、ちょっとだけつかれちゃったみたい」 

 「なし姫!?なし姫しっかりして!!なし姫ぇぇ!!!!」

 

 その場でなしろは糸が切れたように倒れ込む。幸い、頭は打たなかったが、全身が鈍く痛む。

 意識を手放す直前に聞こえてきたのは、いつもの黄色い悲鳴ではなく、本当の悲鳴だった。


 


 

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