#20 ヤサグレガール、変態と邂逅する
ノルンは身体を伸ばし、視界がぼやける瞳を擦りながら、時計を見る。
時計の針は早朝の薄暮れ頃を指し、普段であればぐっすり眠っている時間だった。
「もうこんな時間か……今日は少し早めに行動しないと」
今日は珍しく、開店前に約束事をしていた。それが随分と早朝な物で、深い溜め息をついていた。
普段であれば惰眠を貪ることが大好きなノルンでも、約束事があれば仕方なく起きる。
隣で寝ているなしろを起こさずに、そっと着替えて物音一つ立てずに、店を後にする。
目的地はつい最近出来た隣の店──「BlackSmith.Rpas.」だ。黒を基調にしたオシャレな店だ。
ノルンは、店のドアをノックもせずに開け、中へと入る。中も鍛冶屋とは思えないほど最先端だ。
「おーい、茶々〜。来たよ〜?茶々〜?」
流石に奥まで入ることは、申し訳無さが勝ってしまったため、店舗エリアまでで留まる。
早朝なので声は抑えめにして声を掛けても、店内はシーンとしている。
涼しい空気が店内に流れている。いつもであれば熱気が店内を包みこんでいるが、営業前のこの時間はどうにもひんやりしている。
店の中には既製品の大剣から、導具までお手頃価格からお値段以上まで、店内に並んでいる武具は多岐にわたる。
時間があったので、ノルンが一つ一つをゆっくり眺めていると、いきなり後ろから抱きつかれる。
「きゃあああ!?」
「おっと、驚かせてしまったかな?子猫ちゃん。ここは僕の店だっていうのに」
後ろから抱きついてきたのは、この店の店主──茶々丸。普段の格好とは違い、今日の衣服はぶかぶかのカーゴパンツに、上はゆったりとしたTシャツ。
見るからに寝巻きに見えるそれは、どうにも人を迎えるような格好には見えなかった。
「も〜……あんまりびっくりさせないでよ。キミが作ったカタナで切り刻む所だった」
「それは勘弁して欲しいね……、僕は虐められるより、虐めたいタイプでね」
髪をファサとたなびかせ、とんでもないことを言っている茶々丸を受け流して、ノルンはため息をつく。
茶々と居るのは嫌いじゃないが、どうにも距離感を掴むのが難しい。
カタナを具現化させるか、一瞬悩んだが、ノルンは具現化させずに近くにあった椅子に座る。
「もう一人は後もう少ししたら来ると思うんだけど……」
「ふむ。まぁ、まだ約束の時間には早い。それまでは愛を語り合おうじゃないか」
ノルンの隣に座り、上目遣いでこちらを見ている茶々丸に目線を合わせず、そっぽを向く。
「面倒だから良いかな。……ん、ほら来たよ。今日初のお客様だ」
「ちわーす、店長。なんでこんな朝早くに呼び出すんだよぉ。眠いったらありゃしないんだけどw」
扉を開き、中へと入ってきたのは、クリーム色の髪を簡単に結んだラフな格好の三月だった。
未だに眠いのか、大きなあくびをしながら入ってきた三月に茶々丸は早々に食いついた。
キリッとした表情で、三月に跪いて彼女の手のひらにそっと口づけをした後に、早速口説き始める。
「おや……、これまた美しい|mademoiselle《お嬢さん》だ……。ご令嬢。お名前は?」
「は?マドモアゼル?マイ・ディア?マジウケるwてか、名前聞くなら先名乗るのが筋っしょw」
至極当たり前のことを言われた茶々丸は、豆鉄砲を食らった鳩のような表情でノルンを見る。
物凄く嫌そうな表情でノルンは深い溜め息をつく。椅子から立ち上がり、茶々丸の方を指差す。
「こちら、不届き者。この店──鍛冶屋の店主でボクの武器のメンテとかしてくれるの」
「よろしく、ご令嬢。キミが望むなら、キミの物も僕色に染めてあげるよ」
ノルンと三月の目が合う。思うことはどうやら一緒らしい。キワモノだが、腕は確かなのだ。
あちこちから光が放たれている彼女は、人を選ぶ物言いだが、それでも実力は折り紙付き。
手のひらを合わせ、凄い顔をしている三月には謝罪しながら、我慢してもらう方向で話を進める。
次は三月の方に手を向けて、茶々丸の方を向く。
「こちらは三月。純喫茶ごーすてらで働いているバイトだよ。最近入ったんだ」
「よろしくね、不届きさん。って事は昨日言ってた武器の新調って」
ノルンは三月の言葉に肯定の意を示す。念の為、彼女には自分の得物を持ってきてもらっている。
「そ。殲滅者の武器はボクあんまり詳しくないから、専門家に任せようかなって」
「なるほど、キミは殲滅者なんだね。なら使うのは銃剣か。ならこっちだ」
訝しげな表情で見る三月に、ノルンは首を縦に振り、ついていくように促す。
胡散臭いのは十二分に分かる。ただのお喋りなナンパ野郎なら相手にしなくて良い。
彼女は仕事の出来る胡散臭いお喋りなナンパ野郎だ。だからこそ、ずっと整備を頼んでいるのだ。
銃剣がずらりと並べられているコーナーに連れて行かれると、三月はほぉ〜と眺めている。
「あーし、別に武器は何でもいいっていうか、コスメに金掛けたい的な?」
「なるほどね、なら自分専用じゃなくて、既製品の方が安上がりかもしれないね。それならこれだね」
いくつかを商品棚から引き出して、三月の前に置く。
三月はあいもかわらず、あくびをしながら毛先を弄び、興味も無さそうにしている。
それを見た茶々丸は、ふむと考えるような仕草を見せる。
「一旦、ご令嬢の今使っているものを見せて貰えるかな?」
「ん、これだし。まぁ、あんまり使わないからよーわからんけどw」
具現化した銃剣を茶々丸に渡すと、茶々丸の顔が引き攣る。
あ、これはまずいと、ノルンは忍び足で抜け出そうとすると、首根っこを掴まれる。
仰々しい顔でニコヤカに笑っている茶々丸は、目が一切笑っていない。
「子猫ちゃん、どうしてここまで放置させていたんだい?」
「い、いや……ボクもこれ見て、流石に不味いよなぁと思って、茶々丸の元に連れてきた訳だし……」
手渡された銃剣を茶々丸はノルンに突き出す。
怒りの形相で見せられたそれは、刀身部分以外はデコられ、刀身は錆びに錆びまくっている。
ぼろぼろになっても、きっと彼女は手入れの一切をしていなかったのだろう。
(まぁ、鍛冶師にこんなん見せたら、そりゃあそんな顔にもなるか……)
ファッションに全投資し、防具や武器にはお金を掛けていないという話をしていたので、臨時収入が入ったノルンは、三月をここにつれてきたのだが、どうやら想像以上だったらしい。
心の底から連れてきてよかったなぁ、とノルンは己のお節介が無駄にならなかったことを内心喜ぶ。
「武器をこんな風に加工するのなら、先に一声掛けてくれればよかったのに……なんて事だ」
「可愛いって最強じゃね?武器とか消耗品じゃん?てか、初対面だしw知らねーしw」
そう言いながらも、三月は並べられた武器を眺めながら、一本の武器を手に取る。
「これ、今使ってるのよりも軽いし、なんか可愛い気がする。これなんて武器?」
「ん〜。特に決められた名前は無いけど、最新型のモノだね。あと、デコるなら僕がする」
二人が啀み合うのを見ながら、己の武具を改めて見る。
白銀のカタナに、白銀の双機銃、白銀の強弓。そのどれもがフルオーダーの一品だ。
それを知った日にはきっと三月は服に金掛けろしwと言うだろうなぁ、とノルンは思う。
「は?あーしのセンスに口挟むわけ?なに?オバサン、死ぬの?」
「戦場を甘く見ちゃいけないよ、ご令嬢。戦闘に特化したカスタムに支障が無いように調整するのさ」
やいのやいの言っている間に、武器は決まったらしく、二人は奥の部屋でカスタムに着手したらしい。
二人に声を掛けた後に、ノルンは開店作業に取り掛かるべく、店を後にする。
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今日も今日とて、純喫茶ごーすてらはいつも通りの顔を見せる。
なしろはフカと買い物に行く為、お休みを取り、トキヤは「AmA」と射撃場に行くらしい。
よって、今日は三月と二人で店番をすることになっている。
あくびをしながらも、することはキチンとこなしている三月に感心しながら、モーニングを用意していると、扉の鈴がカランコロンと鳴り響く。
どうやら、今日も朝一からお客さんが来てくれているらしい。
「いらっしゃいま……店長〜〜〜!!!変態が!変態がぁ!!マジあり得ないし!」
関心関心と思っていた矢先に、三月の悲鳴が聞こえてくる。
何事かと、ノルンが駆けつけるとそこには、見慣れた亜麻髪の女性と、白いフード付きの和装の女性が居た。
ただ、気になったのは、亜麻髪の女性──ユキがボンレスハムのように縛られていることだ。
ユキの首輪に付けられているリードの先を握る彼女は、ここには初めて来る客だ。
灰色金瞳の彼女は、何処か凛々しさの裏に苛烈さを感じる。視線がどうにも鋭い気がする。
(多分、「天下布舞」を裏で牛耳っていると言われている方かな……?)
以前に盞華より、聞いたことがある。「天下布舞」には裏ボスなる存在がいるのだと。
そう遠くない内に、挨拶に来るかも知れないので、よろしく頼むと、言われていたのを思い出す。
(手土産のチョイスが斜め上すぎて、思考がフリーズしてた……あと、絵面が最悪。教育に悪い)
ここをSMバーだと勘違いされているのなら、そこは正さないといけない。ここは喫茶店だ。
あまり最近のトレンドは知らないが、変態の持ち込みをされては困るのだ。
灰髪の女性は、ノルンを睥睨し、周囲の空気を己色に無理やり染め上げる。
カウンターで紅茶を飲んでいた茶々丸に至っては、泡を吹いて気絶している。なにしてんだ。
「お前がここの店主か?」
「え、えぇ。ボクが店主の姫宮ですが……」
鋭いキレ目で睨まれると、流石のノルンも身体がビクンと跳ね上がる。圧が凄まじい。
ノルンが名乗ると、灰髪の女性は、眉を下げて和装の裾を持ち、優雅な一礼をする。
「あたしが「天下布舞」のあじゃだ。普段から盞華やその他が多数世話になったと聞いてな」
「あはは……そうですね。こちらとしても常連さんなので助かってはいます……」
「ほがふが!!ん〜〜〜!!!!」
縛られたまま何かを訴えかけているユキを誰も見ようとしない。
猿轡に、亀甲縛りを施され、手は後ろでガッチリと縛られており、脚ですら自由には動かせそうにない。
(彼女って、そういう趣味があったのかな……)
ひとまずはカウンターに案内し、話を聞くことから開始した。
あまりにユキが不憫に思ったので、ノルンはユキを席に座らせると温かいお茶を差し出す。
ただ飲めないため、ユキは涙を流しながら、湯気と香りだけを楽しんでいた。




