#19 ヤサグレガール、もじもじガール
いつの間にか帰ってきたなしろは、ごーすてらの自室でベッドに横たわっていた。
結局の所、ノルンは見つからなかった。ハガルに来ていた形跡もなかった。
それと同時に、随分と厄介なものを自分は背負ってしまったらしい。
(おはよう、なしろ。身体を借りていたが、最低限の負担で抑えておいたから、そこまできつくあるまい)
「んー……ちょっとだるいけど、なんとか動けるかな」
端から見れば、独り言を喋るヤバい奴に見られかねないので、周囲に人が居ないときしか話さない。
それを『Noise』も理解しているのか、人が居る所では、基本的には自重している。
小さなあくびをひとつした後に、なしろはベッドから抜け出して、いそいそと服を着替える。
ノルンが居なくなろうと、ごーすてらは営業をし続ける。フカに看板娘をさせ続けるわけにもいかない。
白い帯を締め終え、着替えを終えたなしろは一階の店フロアに降りる。
「……おはよう」
「ん、なしろ〜おはよう〜。よく眠れた〜?」
(おやおや、店主は戻ってるみたいだな。まるでお前が帰ってきたのを知っていたみたいだ)
先程までは寝ぼけていたが、一気に目が覚めた。一階に降りると、そこにはノルンがいた。
白く青みがかかった短い髪に、いつものエプロンを付けた彼女は間違いなく、ノルンだった。
色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざっていたが、なしろが起こした行動は、走り出すことだった。
徐ろに走り出したなしろを見たノルンは目を丸くするが、避けずにタックルを優しく受け止める。
「おっと……走ると危ないよ?」
「どこいってたの。どうしてなにもいわなかったの。なんでいなくなったの」
涙を零しながら、ノルンの腕の中でなしろは自分の思いを吐露する。
寂しかった、辛かった、ここに居てくれて心底安心した。そんな事は言ってやらない。
まずはお説教と詰問からだ。次居なくなったら、どうしてくれようか。
部屋に縛り付けてでも、何処にも行って欲しくないという気持ちはひとまず仕舞、言葉を待つ。
困り顔のノルンは、どう話したものかと、言葉に悩んでいたが、次第にポツポツと話し始める。
「えーと……手紙には書いてたんだけど、ちょっと荷物を受け取りに、リテムまで行っててね」
「てがみ……?そんなのあった?」
ノルンはサラッと言ったが、家中探しても手紙なんてものはなかった筈だ。
彼女は嘘を付くのが絶望的に下手だ。目は泳ぎまくるし、身振り手振りが激しくなる。
だとすると、手紙はきっと実在したはずだが、そんなものはこの家にはなかった。
もし仮にあったとしたら、誰かがその手紙を隠した可能性がある。
勿論、何かしらの事情で紛失した可能性だってある。例えば、風に飛ばされたりしたって事だって。
不思議そうな表情で首を縦に振るノルンは、一度なしろを引き剥がし、開店準備をする。
相変わらずの手際の良さに、見惚れながらふと思い出したなしろはノルンに尋ねた。
「そう言えば、今日のシフトは?アスファルト?それともフカさん?」
「いや。今日は新しい子が来る予定でね、おっと噂をすれば……入っていいよ」
二人が話していると、扉の鈴がカランコロンと来客を知らせてくれている。
そこに立っていたのは、クリーム色の瞳と髪を持つ、なしろと同年代くらいの少女だった。
「今日からここで働くことになった、三月。よろしく」
「時間ぴったりだねぇ、初日から関心関心〜、よろしくね、三月〜」
三月と呼ばれた少女は、どうにもムスッとしているが、それでも反抗的ではないようだ。
姑のごとく、三月の周りを回ってジロジロと観察したなしろは、ノルンに白い目を向ける。
「こういう子がこのみなの?私も髪、染めようかなぁ……」
毛先を弄りながら、肩口まで伸びた白髪を恨めしそうに眺めていると、ノルンは首を横に振る。
「いや……別にボクは見た目とかで人を採用している訳じゃないし……」
「え……じゃあ、こういうやさぐれた感じが良いの?……だりぃ……」
一気にやる気を無くしたような声色で、なしろは半目でノルンを見る。
何やってんだお前、といった視線が両者から向けられて止めたくなるが、これが好みなら止めない。
ノルンが首をブンブン振って、怒りを表わす。少しキュンとするから止めてほしい。
「付け焼き刃のヤサグレ感を出すんじゃありません!」
「私のことをやさぐれてるとか、マジ失礼な人w店長、この人だれ?」
三月の問に、ノルンはなしろの背中を押して、三月の方へと押しやり、頭を撫でる。
悪い気はしないが、どうせするなら二人きりのときにしてほしい。
「この子がうちの看板娘の姫宮なしろだよ、一応、ボクの娘かな?」
「むぅ、むすめじゃない、はんりょ、およめさんだよ」
「言ってることちがくてウケるw。ま、いいや。よろしく〜むすめさん〜」
三月がケラケラと笑い、なしろの頭を撫でる。
ひとしきり、会話をした後に、ノルンは三月に店内の案内をする。
一人にされたなしろは頬を膨らませながら、仕事を続ける。
(わたし、あいつ嫌い……子ども過ぎる!ふんっ)
(お前も大概子どもだろうが……)
拗ねながら作業していると、いつの間にか三月もノルンに教わりながら、作業に加わっている。
いつの間にか、ちゃっかりエプロンをしており、ごーすてらの一員になったのだと実感させられる。
たしかに最近は忙しくなってきたので、人手不足感は否めなかったが、誰でも良い訳じゃない。
不機嫌になりながら、なしろは店内の掃除をテキパキとこなし、店を開ける。
(むぅ、ノルンと二人きりが良かったなぁ。邪魔者が増えちゃった)
(仕事仲間相手に邪魔者とは失礼な奴だなぁ。まぁ、気持ちはわからなくはないが)
『Noise』が同意しながら、頭の中でケラケラと笑う。他人事だと思って、酷い話だ。
開店した途端に、来客があったのか、扉の鈴がカランコロンと鳴り響く。
気を取り直して、なしろはポテポテと歩き、お客さんの元へ向かう。
「いらっしゃいませ!何名様でしょうか?」
「おっと、姫宮嬢。おはようございます!今日は二人ですが、大丈夫でしょうか?」
店に来てくれたのは、盞華と隣には空髪オッドアイの少女が佇んでいた。
右目が水色、左目は黄色のオッドアイの少女は、盞華の背中に隠れて姿を表そうとしない。
もじもじとしながら、こちらをチラチラと見ている彼女を見ると、なんだか癒やされる気がする。
なんだか可愛いその子は、先程のクソガキとは違って、仲良くなれる気がする。
なしろはニコヤカに笑い、好きな席に座ってくださいと、案内をする。
「じゃあいつもの席に座りましょうか。いきましょう、さらさん」
「……ん」
二人はいつものカウンター席へと座り、盞華はご機嫌そうにノルンに手を振る。
さらはキョロキョロと店内を見渡した後に、興味津々といった様子でメニューを眺めている。
「おっと、姫宮殿。戻られていましたか。貴方の珈琲を飲みたいと丁度思っていた所でして」
「あら、それは光栄だなぁ。今日は……そうだなぁ。ブラジル・ショコラとかどうかな?」
本来の今日のおすすめは、数日前に仕入れたばかりのキリマンジャロ。
──軽やかな柑橘系の酸味が味わいのものだが、ノルンはあえて別のコーヒーを勧めている。
恐らくは隣の少女に気を使って、甘みの強い珈琲を勧めたのだろう。接客スキルが高い。勉強になる。
「キミのお名前は?「天下布舞」の人かな?」
「……さら」
ピョコンと跳ねたアホ毛がぴょこぴょこと動きながら、さらは顔を真っ赤にする。
盞華とノルンはニコニコとしながら、二人を見ていると、さらは盞華の背中を強めに叩く。
「……んー。わたしはこれで」
「はいはい、姫宮殿。私はブラジル・ショコラ、さらさんにはミックスジュースをお願いします」
「りょーかい〜。さらちゃん、ちょっと待っててね、先にキミのを作るから」
バニラアイス、桃、みかん、パイナップル、バナナ、牛乳をミキサーに入れて、暫く待ったものを大きめのグラスに注いでノルンは、さらに手渡す。
顔色がぱぁっと明るくなったが、すぐに咳き込んで表情を戻そうとするさらが、どうにも可愛い。
「はい、おまたせ、ノルン特製ミックスジュース。おまちどぉさま」
「……ありがと」
手渡された物にストローを差し、さらは黙々とミックスジュースを飲んでいく。
その間に、ノルンは慣れた手つきで豆をひき、お湯を注いで豆を蒸らしている。
「うちのなしろや、リアがオタクに色々迷惑掛けたみたいだね。ごめんね盞華さん」
「なぁに、我々はいつも世話になってますからね。当店にとおってんですから!」
寒いギャグを聞いたなしろ、三月、さらは肩を擦り、ノルンは徐ろに空調の温度を上げる。
本当にどうして、盞華はあんなに面白くないギャグを平然と言えるのだろうと、悩んでいると、三月が盞華に接近する。
明らかにご機嫌斜めな三月は、ビシィ!と盞華に指を指して不快感を顕にする。
「おい、おばさん。今のはナイっしょ。マジ寒いし、部屋の温度、氷点下だし」
「ふむ……姫宮殿、この方は?」
「あぁ、今日入ったばかりのバイトちゃん、三月っていうの」
盞華は顎に手を置き、少しばかり考える仕草をすると、三月に近づくように手招きをする。
訝しげな表情をしながらも、盞華の眼の前まで来た三月の頭を盞華は、徐ろに撫で始める。
最初の方はフリーズしていた三月だったが、撫でられていることに気づくと、即座に後退る。
「このおばさん、何考えてんの!?マジあり得ないし、乙女の頭撫でんなし!」
「つい、撫でやすそうな頭があったもので。それに、オイタが過ぎる子には撫で撫での刑を実行せねば」
そこからは、店の中で追いかけっこが繰り広げられる。幸い、客が居ないから放置している。
新しい子も、早速店に馴染んでいるようで何よりだと、ノルンは盞華用の珈琲をウォーマーに入れておく。
二人のかけっこを見ながら、ノルンは微笑ましく眺めている。
「また、騒がしくなりそうね〜。そう思わない?なしろ」
「……わたしは二人きりのほうが……」
もじもじとしながら、そう言ったなしろの言葉は聞こえなかったようで、ん?と聞き返される。
なんでもない、と首を振り、テーブルの拭き掃除をしようとしたら、走ってきた盞華がぶつかりそうになる。
盞華はなしろを躱そうと、身を捩った結果、カウンター近くのレジキャスターに思い切り激突した。
「あらあら、またやってくれましたね。今度はレジキャスターですか。もしかして破壊神ですか?」
「いやはや……オタクの三月嬢のせいでしょう。此度は多目に……ひぃっ」
なしろ自体に怪我はないが、盞華の頭にはガラスと金属片が刺さっており、血が出ている。
そんな事、お構いなしににこやかに笑うノルンと、正座して俯いている盞華の構図ができあがった。
「えー……この度は……、誠に」
「分かってるよね?」
「はい……」
涙を流しながら、盞華は財布の中身を数えながら、差し出す。
折角潤った財布の中身が、ごっそりと消えてしまったのは、また別の話。




