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#2 看板娘と浅黒ノッポさん

注意


この物語には現実には存在しない要素やIfが多分に含まれています。

真実を見紛う方には閲覧を推奨しません。

虚構を虚構だと見破り、楽しめる方のみ、この先へとお進みくださいますよう。


 

 わたしが、純喫茶ごーすてらで働き出して一月程が経った。

 今までのモノクロだった景色に、色が付き始めたのを自分でも理解できている。

 温かいごはんに、ふかふかのベッド、周りにはノルンや他のアルバイトの人もいる。

 ちょっと癖のあるお客さんも居るけど、比較的厄介な人は全部ノルンやアルバイトさんが捌いてくれる。

 今日も開店の準備をしていると、エプロンを外しているノルンが、カウンターで立て肘をついていた。

 若干憂鬱そうな表情はアンニュイ?というらしい、ヤンキーのアルバイトさんがそんな事を言ってた。


 「なしろ、ちょっとお願いがあるんだけど」

 「ん、なに?ノルンがおねがい事なんてめずらしい。なんでもいって」


 実際問題、ノルンが仕事のこと以外でわたしに頼み事などをするのは非常に珍しいことだ。

 自分の中ではあるつもりだった胸を張って自信満々!といった仕草を見せたのだが、肝心のノルンの反応は、なんとも言えない表情で薄く笑っているだけだった。悲しい、しょぼーん。

 くすくすと笑う男の声が、裏の休憩室から聞こえてくる。後で軽鈍器(ウォンド)で殴らなきゃ、ぼこぼこに。

 あまりにいたたまれなくなったわたしは、こほんと咳払いをする。最近よくノルンもしてることだ。


 「それで、おねがいって?」

 「あぁ。実は今日、急用が出来てね。ボクが店に出られないんだ。シフトはトキヤとなしろの二人だけになるんだけど、大丈夫かな?」


 トキヤ──トキヤ・アルフェルドというのは休憩室で、わたしたちの会話を聞いてくすくす笑っていた人物のことだ。

 黒髪蒼眼で恵まれた体躯の若い男。浅黒く焼けた肌は、他のバイトを掛け持ちしているかららしいが、わたしは彼が他にどんなバイトをしているのかは知らない。特に興味もない。

 トキヤは非常にノルンを買っていて、シフトがノルン一人の時は大抵、他の予定を蹴ってでもシフトに食い込もうとする自他共に認めるノルンガチ勢だ。

 ただ、ノルンにだけ優しいのかと言われるとそういうわけでもなく、ある程度は接してくれる。

 ただ露骨過ぎるだけだ、露骨過ぎて定期的に店側で正座させられているのを、わたしも見ていた。


 (きになるのは、なんであんなうれしそうに正座させられていたかだけど……、きけないよね)

 

 はっと時計を見たなしろは、もうこんな時間か、と急いで準備を進める。

 開店時間の十五分前は、珈琲を淹れる為のお湯の準備をそろそろしなければならない頃合いだ。

 大きな金属製のやかんに水を入れ、火に掛けていると、エプロンをした大きな男があくびをしながらホールの方へとやってくる。

 彼が件のトキヤ・アルフェルド。高すぎる体躯は、わたしが首をかなり上に曲げないと見れない程だ。

 目があったトキヤは、わたしなど気にせずに、外出の準備をするノルンの元へと向かっていく。

 カウンターで豆の在庫を確認していたノルンが、トキヤに気づいて振り返ると、トキヤはノルンの手に握りしめる。


 「今日も可愛いな、ノルン。今朝の占いも、オレとお前の相性は最高だったぞ」

 「知らねーよ。お前との相性とか……てか、仕事しろ?開店前の準備はもう終わった?」


 今日もノルンは、トキヤに口説かれている。自信満々に口説いているが、まるで相手にされていない。

 きっと、トキヤの頭の中では周囲に薔薇でも飛び交っているのだろうが、ノルンは呆れた表情で握られた手を振り解いて、清掃具を投げつけた。

 ノルンとトキヤのシフトが被った時の恒例行事みたいなものだが、よくもまぁ懲りないなぁと、わたしは自分に任された役割とテキパキとこなしながら思う。


 (わたしも、あれくらい積極的になれば、見てくれるのかな……?)


 最近、彼女の周りの人を見ると、胸がズキンとする。

 今までの痛みとは違う痛みだ。他の人に聞いても、誰も教えてくれなかった。

 未知の病なのかと思って、前に泣きべそをかきながらノルンに相談したら、彼女はこう言っていた。


 『きっと、それは気の迷い……一時的なものだよ。次第に落ち着くから、一緒に乗り越えよ?』

 

 ノルンもわたしに答えはくれなかった。みんな、答えを知ってた感じだったのに。

 なんて、判らないことを気にしてもしょうがない。ノルンが居ない間に、店を守るのが看板娘の仕事!

 自分の頬を手のひらで、二回叩き、気合を入れ直す。音が響いたのか、ノルンがこちらを見ている。


 「気合い入ってるね、なしろ〜。ごーすてらのマスターになる日も近そうだねっ」

 「むり。此処のマスターはノルンにしかつとまらない。そんな事言うと泣く人が出るよ」


 えぇ?そんな事あるのかなぁ、なんてノルンが軽口を叩いていると、モップを掛けていた男の手が止まっている。

 なんだか嫌な予感がしたわたしは、外に看板を出しに行く。あーこわいこわーい。

 あまり二人の関係も詳しくないわたしだが、どうにもノルン絡みの問題には触れない方が良い気がするのだ。ヤンキーのお姉ちゃんが、二人の時にいろんなことを話してくれている。

 店へと戻ろうとすると、店の中から二人の話し声が聞こえてくる。

 

 『ノルン……、お前は、もう……の元から……ならないよな……?』

 『あはは……、……。……はするよ、……を作っ……った……しね』


 うまく聞こえてこないが、少なくとも楽しそうではない。

 もう少しだけ、外の景色でも眺めていよう。過ごしやすい季節に程よい湿度。

 一月もすれば雨が沢山降る季節になるが、それまでは快適に生きていける季節──春。


 「きょうもいい一日になるといいなぁ」


 ノルンが居ないごーすてらは別段珍しいことではない。

 時折、予定があるからと前もって休みを宣告することはあるが、そういう日は大抵客も少ない。

 身体を伸ばし、綺麗な空気を胸いっぱいに吸ったわたしは、気持ちを切り替えて店の扉をくぐる。


 「純喫茶ごーすてら、今日も一日がんばろっ!!」


 身支度を整えたノルンを二人で見送り、純喫茶ごーすてらは営業を開始した。

 こういう晴れた日は、冷たい飲み物を求めるお客様が多いのだ。

 アイスコーヒーを多めに準備をして、わたしはお客様のお帰りを待つことにした。


 

 ______________




 ピークタイムが終わり、今の時刻は夕方を指している。

 閑古鳥が鳴き始め、いつもであれば談笑の時間になっているのだが、二人だと会話が生まれない。

 店主は居ませんという張り紙をするのを忘れていたこともあり、モーニングや、ランチは割と繁盛していた。

 ホールの注文を受けたわたしのオーダーを、トキヤは一つとして漏らさずに聞き入れると、珈琲の準備をしながら、揚げ物やハンバーグなどを器用に焼いている。

 簡単なトーストやサンドイッチであれば、わたしでも作れるが、ハンバーグや油を使う揚げ物は、まだノルンからの許しが出ていない。

 そのため、トキヤが珈琲を淹れながら、キッチンもこなすことになるのだが、慣れた手つきでテキパキとこなしてしまっていた為、わたし個人としては非常に楽だった。

 

 (二人で仕事するの初めてだけど、このノッポさん、シゴデキなんだ……)


 浅黒ノッポさん、確かもう一人のバイトのお姉さんがそう呼んでいたのをふと思い出す。

 浅黒ノッポはシゴデキノッポさんだったのだ。これは大発見かも知れない。

 わたしは一日の出来事を、服のポケットにある一冊のノートに書き記している。

 そこに書いた内容を、日中ノルンが店に居ない日は、報告がてら次の日や、その日の夜にお話するのだ。

 嬉しそうに聞いてくれるものだから、すっかり日課になってしまっている。


 (ききじょうずってやつなのかな?それでいうとヤンキーのお姉ちゃんもおなじだけど……)

 

 先程までは、そんな事を考える余裕もなかったが、今では落ち着いてノートに書き記せる。

 メモメモとたどたどしい文字で、わたしが書き残していると、ドアに付けられている鈴が鳴る。

 誰かお客さんが来たみたい。わたしが笑顔で来客を出迎えると、そこには黒髪で紫の瞳の女性が立っていた。

 黒いフードで顔を隠し、マントで身体を隠している。見るからに素性を明かしたくはなさそうだ。

 軽装甲(ユニット)を装備されており、腰にはわたしと同じ軽鈍器(ウォンド)が装備されている。街の治安維持に一役買っている探索者(アークス)なのかな?

 

 「いらっしゃいませ!純喫茶ごーすてらへ!お客様は一名ですか?」

 「……えぇ。……ウルは……居る?」


 わたしは黒髪の女の人の言葉に、ウル?と首を傾げて鸚鵡返しをしてしまう。 

 そんな名前の人、このお店に居ただろうか?皆の名前を思い出すも、やはりウルという文字が入っている人は思いつかない。

 昔バイトに入っていた人のことだろうか?それであれば、ごめんなさいしなければならない。

 返す言葉にわたしが悩んでいると、女の人とわたしの間にトキヤが割って入る。

 わたしがトキヤの顔を見るべく、上を見上げているとトキヤの表情は鋭く険しいものだった。


 「ノルンなら、今日は私用で休みだ。彼女目当てなら出直した方が良いと思うが」

 「ちっ……分かった。アルフェルドの言う通り、出直すわ」


 黒髪の女性は、トキヤの言葉を聞いた後に店を後にした。

 なんだか息が詰まってしまった私は、空いたテーブル席のソファに腰を掛けて息を吐く。

 トキヤもそれに合わせて、向かい側の席に座って、窓から外の景色を眺めている。


 (あの雰囲気、ただ事じゃない……よね。でも、きっとノルンはごまかすに決まってる)

 

 そう考えたわたしは、普段はあまり話さないトキヤに自分から声を掛ける。

 あいも変わらず、表情筋がほとんど動いていないが、こちらを視認しているトキヤに質問をぶつける。


 「さっきの人は?常連さん?でもわたし、あったことないかも」

 「……あぁ。常連と言えば常連だが、厄介よりな常連だな。ノルン目当てで通うだけだからな」


 それあんたもじゃないの、とわたしはツッコミそうになったが、トキヤの表情は少し物悲しそうだ。

 彼があぁいう表情をする時は、大抵の場合はノルンが幸せにならない時の話だ。

 興味半分、恐ろしさ半分で、わたしはトキヤに更に突っ込んだ話をする。


 「さっきの人、ノルンの事を「ウル」って呼んでたけど、あれは……?」

 「あぁ。オレの名前、ちびっ子。覚えてるか?」


 ちびっこと言われ、頬を膨らませていたが、すぐに引っ込めて記憶の中を探る。

 頬に人差し指を当てて、思考を巡らせていた見つけた答えを、元気良く答えた。


 「わたしはちびっ子じゃない……。えーと、ときや・あすふぁるとだよね?」

 「アルフェルドだ。オレもアスファルトではない。オレの故郷は苗字と名前が逆なんだ」


 確かによくよく考えればそうだ。

 姫宮のるん、姫宮なしろと、わたしたちは苗字の後に名前が付いているが、トキヤは名前の後に苗字が付いている。

 よくよく言われてみれば、気になる。でも今まで気にしたこともなかった、そこまで興味もなかったし。

 

 「じゃあウルって言うのは……」

 「そうだ。ノルンが故郷に居た時の呼び名だ。今は嫌がって名乗っていないがな。オレもこっちでは神原トキヤって呼ばれることもある」


 知らなかったことを聞いたわたしは少し悲しかった。どうして教えてくれなかったのか?と。

 けれど、きっと彼女の口から、何があったかは聞くことは出来ないのだろう。

 じゃあさっきの女の人は、ノルンが故郷に居た頃からの知り合いということになる。


 (トキヤと女の人の間にはなにか、黒いなにかを感じた……。とてもこわかったし)


 恐る恐るわたしは、黒髪の女の人のことも尋ねる。無論、はぐらかされる前提だ。


 「じゃああの女の人は……」

 「リア・ラ・フルール。詳しくは言わないが、ノルンの昔からの知り合いだ。それ以上は本人から聞き出せ。出来るもんならな」


 くくくとトキヤは悪そうな表情で笑う。あの顔は完全にこちらを馬鹿にしている顔だ。

 頬を膨らませてわたしは軽鈍器を具現化し、トキヤの脛に振りかぶろうとすると、トキヤは人差し指と中指を絡ませ、その二本をわたしのおでこあたりに照準を定める。

 いたずらっぽい笑みを浮かべ、トキヤはフォトンアーツを詠唱する。


 「フォイエ」

 「あああ、あつっ!えっ!?な、なにいまのっ」


 フォトンアーツを受けたわたしは、おでこ辺りに高温を感じて、若干パニック状態に陥った。

 火傷もしない程度に調整された低温の火球だったが、びっくりしたわたしは尻餅をついてしまう。

 にやにやといじめっ子のような表情を浮かべているトキヤが、わたしに手を差し出す。

 

 「狐にでも馬鹿されたんだろ。お前が馬鹿だからな」

 「もーーー!!あすふぁるとのばかーー!!」


 この日は終業直前まで、客が来ることもなく、店の中では二人の喧嘩の声が鳴り響いていた。

 後に、閉店準備をしていなかったことがバレ、帰ってきたノルンに二人して正座させられていたのは、また別の話。

 

 

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