#18 一方、その頃。何も知らないノルンは
なしろ達がハガルへと赴き、ノルンを探している頃。
肝心のノルンは、セントラルシティから少し離れた場所にある砂漠地帯──リテムに来ていた。
とある人物に会うために、約束を取り付けたはいいものの、非常に遠く、向かうのに一日掛かった。
乾いた空気や、大地は人を迎え入れるつもりがないのだろう。容赦なく、ノルンの水分を奪う。
「あっつ……。あともうちょいで目的地……というか、なんでこんな場所に呼び出すのさ……」
残された水分を飲み干したノルンは道中、蜃気楼を見ながらも目的地である街の外れの一角に辿り着く。
貰ったメモに書かれているのは、恐らくこの付近だ。随分と寂れた商店街のような場所に足を踏み入れる。
砂埃が舞い、舗装されているであろう道路も、砂まみれになっている。
太陽を遮る建物が多く残っているだけありがたいが、活気はまるでない。ここはもう、死んでいる。
すっかり重くなってしまった脚を引き摺りながら歩いていると、徐々にメモにあるものが出てきた。
「えーと……これが、ここで……ってなると、この通りを曲がると……うわ」
メモ通りに道を曲がると、何処も潰れているのに一店舗だけ営業中になっていた。
店の名前と特徴だけ記されているそれを見る限り、どうやらここが目的地らしい。
「BlackSmith.Rpas.」
随分と場違いな所に、場末のホストクラブみたいな風体の建物が建っている。
黒をベースに、あちこちにオレンジや白色を織り交ぜられたオシャレな店構えだ。
本当にどうしてこんな場所にあいつは店を構えているのだろうか。遠いし、暑すぎるだろうが。
BlackSmithにとても似つかわしくない建物の扉を開くと、凄まじい熱風が吹き寄せる。
「あっつ!!中は中でちゃんと鍛冶屋してるの腹立つなぁ!!」
「入店早々、お怒りみたいだねぇ、子猫ちゃん」
店の奥から、低めで落ち着いた声色の女性が、ノルンの事を子猫ちゃんと呼びながら出てくる。
灰髮を短く切り揃え、洒落た黒い帽子に、特注のサングラスを掛けている女性──店主の茶々丸だ。
中性的な整った顔立ちや、スタイルの良さから、最近ではモデル業も兼業している。
特殊過ぎる二足の草鞋を履く彼女は、時折、モデル雑誌の表紙も飾っている。ファンもかなり多い。
(顔はいいんだよね、顔は……まぁ、女性人気が凄いカリスマモデルだしなぁ……はぁ)
そんな茶々丸だが、どうやら今は顔にべったりと耐火クリームを塗り、全身防御の格好をしている。
耐火性に優れた革のエプロンを身に纏い、頬やあちこちが煤塗れになっているのを見るに、仕事中だったらしい。
ノルンは深い溜め息をつき、一通の手紙を、茶々丸に渡す。
メガネを髪に引っ掛けながら、茶々丸はノルンから手紙を受け取り、中を改める。
あぁ〜と、何かを思い出すような仕草をしていた茶々丸は、徐ろにポージングをする。
無駄に様になっているから、尚の事腹が立つ。顔がいいとこういう事をしても許されるのかと。
「あぁ、この件か。ちゃんと出来ているよ子猫ちゃん。キミだけに作ったご入用の品々をね」
「子猫ちゃん言うな!ボクももう少しで二十中頃なんだぞ……。もうそんな歳じゃないし」
ノルンは頬を膨らませ、不機嫌そうにそっぽを向く。流石にこの歳で子猫ちゃんは恥ずかしすぎる。
顔を背けたノルンを見た茶々丸はノルンへと近づき、顎を掴み、自分の方へ寄せる。
(顎クイをナチュラルに同性にするかぁ……?まぁ、こいつならするか……)
チッチッチと、茶々丸は人指し指を横に数回揺らして、舌を鳴らす。
顔がいいと何してもいいと思っている節はあるだろうし、実際に顔がいいから許されている。
(こんなのなしろにバレたら、また腰砕ける被害者が一人……、いや、茶々なら喜んでされそう)
「いくつになろうと、僕にとって子猫ちゃんは子猫ちゃんだよ。歳なんて関係ないさ」
「わ、分かった。近い、近いから少し離れて!顔がいいから、眩し過ぎるのよ」
僕のサングラスをご所望かい?と手渡してきたが、そうじゃない。ただの比喩表現だ。
話を聞いているのか、聞いていないのか分からない茶々丸の背中を押して、奥の部屋へと移動する。
奥の部屋は、作業場であり、鍛造をメインでしている部屋だ。溶鉱炉からの熱気が凄まじい。
今回呼び出された理由は、前から依頼してあった武器が完成したから取りに来い、というものだ。
(まさか、本当にこんな短期間で完成させるとは思ってなかったから、話半分だけど……)
「さて、子猫ちゃん。依頼品はこの抜刀と強弓、それと双機銃で間違いないかな?」
「ふむ……ちょっと試し斬りしても良い?デコイある?」
正気かこいつといった顔をしているが、実際に試し斬りしないと性能が分からないものだ。
ノルンは、出来上がったという武器をそれぞれ握ってみる。彼女の腕は非常に優れている。
受け取ったそのどれもが、まるで昔から自分が使っていた得物の様に、手に馴染んでいる。
「まぁ、あるけど……あんまり使い過ぎない方が良いよ。キミにも負担はあるだろうし」
「そう言いながらも、ちゃんと用意してくれる所が茶々の数少ない良い所だよ」
不服そうにしながらも、茶々丸は隣の部屋から試し切り用の案山子を持ってくる。
「一回だけにしときなよ。身体への負担は多分尋常じゃないから」
「分かった。じゃあどれにしようかな……うーん」
ノルンは目移りしながらも、武器をまじまじと見たり触ったりしてみる。
白銀の刀身に昏い灰色が混じった鞘の刀。銀の銃身に漆黒の弾丸を射出する双機銃。
弦だけが真っ黒に染められた、白銀の強弓。そのどれもが妖しく光り輝いている。
悩んだ末に、ノルンはカタナを手に取り、霞の構えを取る。
「じゃあ、早速……ほっ、よっ。霞連斬っ」
頭上から真下に斬り下ろし、そのまま右下から左上に斬り上げて、横一閃に薙ぎ払う。
凄まじい切れ味のカタナは、美しい銀の軌道を描きながら、デコイを切り刻む。
しかし、地面に斬れたデコイが落ちることなく、斬った後だけが残る結果となる。
「ふむ、依頼通りの仕上がり。他の二つも同じ感じかな?」
「あぁ、勿論だとも。中々苦労したよ。斬っても傷が即座に回復する得物が欲しいだなんて」
どうしてそんな物が必要なんだい?と茶々丸が尋ねると、ノルンは少し悲しげな表情を見せる。
「殺さずに痛みだけを与える不殺の武器が欲しくてね。あればいいなぁとずっと思ってたんだ」
「殺すと色々と問題になるからね、子猫ちゃんの気持ちも分かるが……」
刃はギラギラと銀に輝いているが、その裏にはどす黒い何かが纏わり付いているようにも見える。
製作過程などは深く聞かないでおこう。どうやって作ったかは企業秘密だろうし。
白銀のカタナを鞘に納めると、そのまま腰のホルダーに収める。サイズ感もぴったりだ。
「そういえば、茶々丸。最近はどうなの?モデルとかに引っ張りだこだろうけど、仕事早すぎない?」
「問題ないよ。ちゃんと夜は寝ているし、鍛冶屋とモデルとナンパはキチンとこなせてるさ」
うんうん、とノルンは途中まで首を縦に振っていたが、最後の方に聞き捨てならない単語が聞こえた。
何をさり気なく業務の傍らにナンパまでこなしているんだ、この女は。
最近、彼女は「女子校に現れた王子様」だの「イマドキのマザー・テレサ」と誇張されにされている。
それは、可愛い子を見かけるとすぐに声を掛け、ワンナイトまで持っていくことが理由なのだが、未だにそれは継続していたらしい。
(ナンパに時間を掛けるフィジカルとスケジューリングは本当に見習いたいわね……)
かなりの有名人だが、未だに彼女を訴えようとする女性は一人も見たことがない。
それほどまでにアフターケアも完璧なのだろう。だからといって、ご一緒は遠慮したいが。
サラサラの短髪からはいい匂いがするし、声を掛けられれば着いて行きたくなる気持ちも多少は分かる。
「そ、そう。鍛冶屋の方は儲かってる?」
「まぁまぁかな?本当に良いものを、信頼できる人に渡せればそれでいいからね。金には困ってない」
何もかもがイケメンムーヴ過ぎて、逆に辛くなってきた。なんなんだこいつは。
凄まじい敗北感を味わいながら、ノルンは貰った武具の代金を支払い、店を後にしようとする。
「あ、ちょっと待って。子猫ちゃん」
「……なんだよぉ、今のボクはセンチメンタルなんだぞぉ……慰めるなよぉ」
何故か、半べそをかいているノルンを見て、困り顔の茶々丸は、手紙を一通手渡す。
なにこれ?と聞いても帰ってから開けてくれとのことなので、鞄に入れて、続きの言葉を待つ。
「別に慰めてないけど……。実はね、この店を移転することになってね」
「そうなんだ。通いやすい場所がいいなぁ。何処に移転するの?」
茶々丸はサングラスをくいっと触って、少し得意げな表情を見せる。
なんとなく嫌な予感がしたノルンは、身構える。危険が生じれば、右ストレートが炸裂するように。
「セントラルシティだよ。そこそこいい立地が確保出来てね。流石にここは過疎地過ぎるよ」
「間違いない。でも大分近くなりそうだね。どの辺りにお店構えるの?やっぱり中央広場付近?」
まさか、セントラルシティに店を構えるとは予想外だった。
彼女の店には、定期的にメンテをお願いしなきゃいけないのだが、ここまで来るのは苦痛だった。
それが徒歩数分から十分程であれば、本当にありがたい話だ。だが、何処か店が空いていただろうか。
ふと気になったノルンが尋ねると、更に茶々丸は得意気になる。
「キミの店の隣だよ」
「は?隣?左は雑貨屋、右は飲食店だったような気がするけど……」
ノルンは記憶の中を探りながら、周辺地図を思い起こすが、確かに自分が出る前は営業していた筈。
そんな短期間で店を閉めて、改装まで漕ぎ着けることが出来るのだろうか。
(なんとなく、こいつならやりかねない気もするな……)
「うん。だからその右の飲食店には立ち退きして貰って、店を構えることにしたんだ」
「えぇ……。まさかのお隣さん……?通いやすいってレベルじゃないじゃん……」
ありがたいが、そう遠くない内に珈琲を飲みに来るスーパーモデルが店に現れる事になる。
それはそれで客が爆増されては困る。流石にバイトを増やさないといけないかも知れない。
ならば、いつ来るのかは分からないが、ある程度の準備はしておこう。備えあれば憂い無しだ。
「いつから来るの?もう月の後半だから、来月あたり?」
「いや?来週にはもう店出来るよ」
とんでもないことをあっさりと言いのけた茶々丸に、目をひん剥いて驚きを隠せないノルン。
あまりの驚きに、口調を荒げながら、ツッコミを入れる。
「早過ぎるだろうが!!準備何も出来ないでしょうが!!」
「おやおや。もしかして僕の歓迎パーティーでもしてくれるのかい?女の子呼ぼうか?」
度重なる爆弾発言に、ノルンはツッコミが止まらない。流石に連れてこまれても困る。
自宅でなしろが居る所で女の子と関わった日には、冷たい目をしながら軽鈍器で殴られてしまう。
「のるん……浮気?頭を一回殴っちゃえば、なおるかなぁ?」なんて言われたら、死んでしまう。
「要らんわ!それにボクは異性しか興味ないし!!同性はちょっとあれだし……」
「試してみるかい?案外、悪くないかも知れないよ?」
嬉々としながら、手をワキワキしながら迫りよる茶々丸に、ノルンは後ずさりで逃げている。
暫くの間、後ずさりをしていると、やがては壁にぶつかり、逃げ場を失ってしまう。
「やめろぉ!開けちゃいけない扉を開けようとするなぁ!!」
「ふふ、子猫ちゃん。僕に身を委ねて……」
誰も居ない鍛冶屋の中に、女性の悲鳴が響き渡る。
これが日常茶飯事にならないことを、ノルンは心の底から願っている。




