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#17 混濁する意識の中、覚醒する


 盞華を苦戦もせずに下した相手と戦っても勝てる可能性など皆無だった。

 なしろと「ウル」の戦いはそれほどまでに見ていられないものだと言える。

 どれだけ軽鈍器(ウォンド)で殴り掛かろうとも、「ウル」の身体に掠りもしない。

 挙句の果てには、刀すら使われずに、強弓(バレットボウ)で威嚇射撃されるだけ。

 完全に舐められているのを分かっていながらも、傷一つ付けられずに息だけが上がっていく。


 「はぁ……はぁ……」

 「もう降参したらどうかな?何度も言うけど、僕はキミを害するつもりはないんだ」


 眉を下げた困り顔で弓を握り締めている「ウル」の顔を見ると、ふつふつと怒りが再燃する。

 わたしの大好きな人と同じ顔で、同じような表情をして、わたしを攻撃なんてしないで。

 わたしの考えているのるん像と、眼の前の「ウル」は重ねれば重ねるほど同じにしか見えない。


 (だから、ちがう部分が一つでもあると、ものすごいいやなかんじがする)


 言語化出来ない感情に身を蝕みながらも、なしろは果敢に「ウル」に攻撃を仕掛ける。

 時に、魔術を織り交ぜながら、時に軽鈍器にフォトンを絡ませて殴りかかる。


 「可愛らしい見た目でも、攻撃の威力はそれなりだね。当たると一溜まりもないだろうなぁ」

 「うるさい……。じゃあ当たって、さっさと「Error」って呼んでる人のこと、教えてよ」


 当たってもないくせに、ヘラヘラとそういう事を言う。きっと、のるんと手合わせしてもそうだ。

 のるんと戦ったら、きっとわざと負けたふりをして、頭を撫でてくれるだろう。最高じゃん。

 ぐへへ、と顔を緩めていると、複数本、強弓から放たれた弓矢が頭上に飛んでくる。


 「それは出来ないんだよね……。もうしょうがないなぁ……」


 呆れた時の声色も記憶の中ののるんと同じ。こちらを気遣うような、優しい声で頬を掻く。

 同じものが増えるたび、違うものが見える度に、なしろの心はジワジワと黒い何かが蝕んでいく。


 (のるん……どこ……、どこにいるの……)


 涙を流した目が、赤く輝き始める。勝ち目のない今、この力に頼るのは嫌だが、仕方ない。

 襲い来る殺戮衝動に身を震わせながら、なしろは必死に「ウル」を睨みつける。

 なしろの突然変異に「ウル」は目を見開いて驚く。それと同時に何かを納得するようだった。


 「なるほど……、やっぱりキミは「混じっている」んだね、だからあいつもキミを囲ったわけだ」

 「混じる……?なんの、はな……し」


 朦朧とする意識の中、なしろは軽鈍器を握り締め、「ウル」に殴り掛かる。

 殺意に蝕まれ、悪意に染まりつつある自分を肯定しながら、刀で往なす「ウル」に殺意を向ける。


 (頃合いだろう。そろそろアタシに身体、譲りなよ。悪いようにしないからさ)


 頭の中で聞き慣れない声が響いている。わたしを惑わせる、甘い言葉になしろは戸惑う。


 「だ、だれ……?あ、あなたはなに……?」

 「ふむ……、フルール。お前、知ってて連れてきたのか?随分と舐めたことしてくれたな」


 なしろの攻撃を往なしながら、「ウル」はリアをギロリと睨みつける。

 のるんならば絶対にしない、その表情を見た事をトリガーに、頭の中の声がどんどんと煩くなる。


 (お前は「Error」なるものの情報を知りたいんだろう?叶えてあげる。アタシに任せな)

 (あなたは、だれなの?)


 会話できることに驚きながらも、朦朧とする意識の中、二人の会話に耳を傾ける。


 「し、知らなかったわよ。あの子もなんにも教えてくれなかったし……」

 「信頼されていないんだね、本当に昔から人付き合いが下手だなぁ、“姉様”は」 


 「ウル」の言葉にリアは悲痛な表情を浮かべ、己の腕を強く握りしめる。

 確か、アスファルトが言っていた事をなしろはふと思い出した。

 

 『リア・ラ・フルールはノルンの元姉だ。とある事情でそうじゃなくなったがな』


 その元姉を“姉様”と呼ぶ「ウル」に強烈な違和感を覚える。

 決定的な違いを目にしたなしろは心の底から安堵した。こいつはノルンじゃないだと。

 そう思うと、割れるような頭痛に襲われ、頭を抱えながら悶え苦しみ始める。


 「う……あぁ……あ、あああああっ」

 「ひ、姫宮さん……?」

 「はぁ……、顕現するよ。(まつろ)わぬ外神『Noise(ノイズ)』が」


 リアがこちらを見て、怯えるような表情をしている。

 なしろは自分の身体を見て、目を見開く。身体中から黒い靄が漂い始め、あちこちが熱い。

 赤い瞳から零れ落ちる涙が一粒一粒、なしろの身体に染み込み、服の色を変えていく。

 朧気な視界には、こちらを見て三者三様に表情を変えている三人が見える。


 「『Noise』……それがあなたの名前なんだね……」

 「あー。まぁ、当たらずとも遠からずってとこだけどな。アタシの別名みたいなもんだ」


 徐々に混ざりゆくような、心地よいような、そんな錯覚に陥りながらなしろは目を瞑る。


 (なら、身を預けてもいいかな……。なんだか、この声は昔から聞いてた気がするし……)

 (契約成立だな。アタシはお前、お前はアタシだからな。この時はなしろとして動いてやるよ)

 

 なしろが手放した身体を何者かが乗っ取る。

 瞳は赤く、纏う服も元の白い可愛らしいものから、黒と金を基調にした妖艶なドレスへと変貌する。

 酷く鈍った身体を解きほぐすように、なしろの姿をした何かは、首を横に傾けて、音を鳴らす。


 「久方振りの顕現だ……。ん、お前は……。随分と久しいな」

 「……そうだね。『Noise』がここに顕現したのはもう随分と前になるんだから」


 「ウル」は『Noise』と向き合い、軽く礼をすると、『Noise』はフンと機嫌が悪そうに鼻を鳴らす。

 

 「贋作風情がやけにアタシの依代に突っかかるじゃないか。それで?「Error」とやらは?」

 「それは話すわけには行かないんだ。例え、キミでもね」


 『Noise』は顔を歪ませ、「ウル」を睨みつける。 

 そして、己の手に握っていた軽鈍器に目線をやると、ふむ、と小さく独り言を呟く。


 「これ、アタシには小さすぎるな。ちと弄るか。これをこうして、こう……か?」

 「いよいよまずいかもね、フルール。そこで寝た振りしている方を連れてさっさと逃げるんだ」

 「えっ……じゃあキミは……?」


 『Noise』がなしろの軽鈍器を改竄し、赤黒い両手剣へと書き換えていく中、「ウル」はリアに微笑む。

 心配そうに「ウル」を見ているリアに心配を掛けぬよう、最善の注意を払って、頭を撫でる。

 

 「僕は大丈夫。良いから先に行って。キミはやることがあるだろう?僕にもあるんだ」

 「……分かったわ。でも、死んじゃ駄目だよ。この人は責任持って引きずるから」

 「どうして寝たフリがバレていたんでしょうか……お手数ですが、フルール嬢、頼みます」


 身体が動かずに、一歩も歩けない盞華をリアは、ずりずりと引き摺りながらその場を後にする。

 なんで寝たフリしてるのよ、いやぁつい……癖になっちゃって……という会話が最後に聞こえてきた。


 「さて、邪魔者も消えたところだ。話さぬのなら、一戦交えても良いが……」

 「命が惜しいのでやめておこうかな。僕に勝ち目などないしね。その剣だってそうだ」

 

 「ウル」は『Noise』の持つ禍々しい大剣を一瞥して、息を吐く。

 あちこちに歪な棘や触手のような物が突き刺さり、蠢いているそれはとても剣には見えない。

 一度、『Noise』がその剣を振るえば、生物のように伸び、獲物に喰らいつく。

 そんな物を振るわれれば、人間の身体など、一溜まりもないだろう。

 思わず身震いをした「ウル」は深い溜め息をつく。


 「知りたいことは、恐らくは僕が何者で、「Error」が何者か、ということだよね」

 「だろうな。まぁ、アタシは概ね見当が付いているが。聞いておこうか」


 頭を抱え、どうしても言いたく無さそうな「ウル」に『Noise』は剣先を向ける。

 両手を上げ、観念した表情の「ウル」はぽつりぽつりと語り始める。


 「まぁ簡単に言えば。元々「本物」は僕じゃなかったんだ。あくまで「模造品(レプリカ)」に過ぎなかった」

 「アタシもその認識だった。でも、ここに来れば皆が皆、お前が「ウル」だと言うじゃないか」


 空中に座った『Noise』は、大剣を隣に突き刺し、顎の下に手を添える。

 二人の姿は、見るものが見れば、王に詰問される部下のようにしか見えない。


 「実際、今はそうなんだ。彼女が……してしまってね。だから僕が代わりをしているんだ」

 「ふむ、お前も苦労しているんだな。だが、なしろにはどう説明したものか」


 退屈そうにあくびをする『Noise』に「ウル」は苦笑する。

 人を捨てた身には、どうやら微塵も自分達に興味がなかったらしい。

 気にしているのは、約束したなしろへの説明の仕方と内容だけみたいだ。


 「まぁ、結論だけ伝えるなら、本物はあちら、僕は代用品とでも伝えたら良いんじゃないかな」

 「ふむ……なら、お前の言う通りにしようか。一筆認めて愛用の鞄にでも入れておいてやろう」


 『Noise』は紙と筆で一筆認めたものを、愛用の焼鳥くんに詰めて、ふぅと息を吐く。


 「ここで戻っても良いが、お前と居るとやや問題か?」

 「そうだね。キミが暮らしている街までは、そのままでいいんじゃないかな?」


 苦笑しながら頬を掻く「ウル」は、『Noise』の傍若無人振りに半ば引いている。

 それでも、最後の最後まで『Noise』に礼節を尽くして、去るまで見守っていた。

 

 「ふむ、相わかった。此度は世話になったな。「Error」」

 「今は「ウル」だけどね。うん、またね『Noise』」


 ハガルを去るなしろを見送った後に、「ウル」は地面にへたり込んで空を見上げる。

 真っ暗闇に昇る赤い月はどうにも先程まで対峙していた彼女に見えてしまう。


 「まさか、『Noise』を宿した少女が、彼女と共に居るなんてね」


 独り言はカラスの鳴き声に掻き消され、自分以外の誰にも届くことはない。

 それが分かっているからこそ、「模造品」は、大きなため息を吐きながら月に手を伸ばす。


 「運命というのは本当に残酷なものだよね。逃げたかったのに、結局運命からは逃げられない」


 涼しい風が頬を撫でる。まるで慰められているかのように。励ましてくれているかのように。

 いつの間にか、零れ落ちる涙にも気づかずに、ぼやける視界の中、「模造品」は微笑む。


 「僕の名前か……確か、こう呼ばれてたんだっけ」


 「模造品」は何かを呟いていたが、それを聞き取れるものは誰一人としていなかった。

  

 

 


 

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