#15 真贋見極めろ、己が双眸で
ゆうらと一戦を交えた後、盞華達はゆうらの家にて一時の休息を取ることにした。
あれほどの戦いをこなした後に、立ち話はどうなの、とゆうらが自宅に招いてくれたのだ。
「狭い家だけど、我慢してよね〜?ここじゃないと出来ない話もあるだろうしさっ?」
「お気遣い痛み入ります……。公衆の面前で余所者が我が物顔で居る訳にも行きませんし」
洋風で小綺麗な一室に入った盞華達は各々座り、気を楽にする。
ここまで気を張り詰めることも多かった上に、情報整理の時間を貰えたのは幸いだった。
(答え合わせという訳には行きませんが、ゆうらさんからもお話が聞けるでしょうか)
リアは頑なにハガルの事を話したがらない。その上、この街の住人は、自分達を余所者だと判断して、まともに取り合ってもくれない。
そんな状況下で、こうして家に招いてくれる住民と出会えたことは僥倖という他ない。
トレーにお茶の入ったコップを四つ乗せて、戻ってきたゆうらに礼を言って盞華は、いの一番に茶を口に含む。
芳醇な緑の香りが突き抜けるこれは、良質な玉露だろう。ここまでのものは早々お目にかかれない。
(ふむ、毒はないようですね。これであれば、姫宮嬢に飲んで貰っても問題はないでしょう)
リアに目配せをし、盞華はなしろにお茶を飲んでも問題ないことを合図する。
こくこくと茶を飲むなしろは満足げな表情をしながら、ふぅと息を吐いている。
「お招き頂き、感謝します。少し所要があってこちらまで来たのですが、中々皆様お忙しいようで」
「用事〜?こんな寂れた片田舎に?ジジババと変な人しか居ないよ?」
ケラケラと笑いながら、ゆうらは毛先をくるくると弄んでいる。
彼の言うそれは身に沁みて分かっている。伊達にフカやリアの出身地ではないと、ひしひしと感じている。
異常に余所者を毛嫌う風土なのかもしれないが、それでもゆうらが居てくれて非常に助かっている。
喉を潤したあたりで、盞華は床で正座をして、ゆうらに改まって向き合う。
「じつ」
「久しぶりね、ゆうら。元気してた?」
盞華が話そうとしたタイミングで、リアが言葉を被せてきた。なんとも間の悪い。
ここに来てから口数が非常に少なかったが、このタイミングでの発言はどういう風の吹き回しだろうか。
終始にこやかだったゆうらが、リアの言葉で、一瞬眉がピクリと動いたのを盞華は見逃さなかった。
「うん〜。まぁまぁかな?フルールは?多分四、五年振りだよね〜?」
「私か……うん、元気にやってるよ。私には随分と眩しい場所だけど」
へ〜と、ゆうらは如何にも興味の無さそうな反応を示す。
リアはリアで、そこから話を広げようとしないため、四人居るにも関わらず、部屋の中には暫しの沈黙が流れていた。
最終的に沈黙を破ったのは、家主のゆうらだった。どう見ても痺れを切らしたようにしか見えなかった。
「フルール達は何しに来たの?さっき盞華さんは用事があるって言ってたけど」
「じ」
「実は「Error」に用事があって。こっちに来ていないかなって思って来たの」
盞華が口を挟もうとすると、やはりリアが言葉を被せてくる。実は盞華の事が嫌いなのだろうか?
落ち込みたい気持ちをぐっと堪えて、リアの気持ちを最大限汲み取れるように努力する。
(先程、フルール嬢は、「Error」という単語を言っていましたが……もしや……)
良からぬ考えが頭の中を駆け巡るが、頭を横に振り、邪念を振り払う。
きっと、彼女の言動には意味がある。そう捉えなければ、なんとなくぶっ飛ばしたくなるからだ。
三人がこちらを心配そうに見ていたが、気にしないでくださいと、軽く謝罪する。
心の中でリアを数発どついた後に、盞華は二人の会話に再度耳を傾ける。
「あぁ、最近定期的に戻ってきてるよね。毎月来てるけど……最近だと二週間くらい前かな?」
「ここ数日は来てないの?」
不思議そうな表情で、ゆうらが首を傾げているのを見るあたり、恐らくリアの言う「Error」なる者は今はここに居ないのだろう。
隣で黙って聞いていたなしろが顔を真っ青にする。今にも吐きそうな表情をしているので、こっそり耳打ちをする。
「大丈夫ですか?気分が悪いんですか?」
「う、ううん。だいじょうぶだよ。でも……二週間前って……」
盞華はなしろの言葉を聞いて、部屋のカレンダーに目を向ける。
今日は春の月の第三週だ。その二週間前となると春の月の月初になる。
どうしてそんなに顔を真っ青にしているんだろうと、考え込んでいると、ふと盞華は思い出した。
(月初……、そう言えば毎月の頭頃は姫宮殿は不在にしていると、店の扉に書いてましたね)
店の皆が言っていた。毎月決まった時期になると、店主が不在になると。
その日が、今日から数えると大体二週間前になる。つまりは、彼女は店を休んで毎月ハガルに訪れていたことになる。
それと同時に「Error」と呼ばれている人物が、我らの探している「姫宮のるん」と同一人物、ということも確定してしまう。
(「Error」──欠陥品?失敗作?贋作?どういう意味でしょうか……?)
彼女達の言葉に口を挟まずに、一呼吸おき、なしろの背中をゆっくりと擦る。
昔、自分が嘔吐いていた際、よく誰かに背中を擦られていたことを思い出したからだ。
ここまで顔を真っ青にするなしろのことも気になるが、今は彼女達の言葉を聞き逃さないようにすることが先決だ。
「ここ数日?んー。今月はさっき言った二週間前以来は見てないかな〜?というか……キミって確か、消えた「Error」の居場所を探るためにここを出てったんだよね?」
「えぇ。だからここ最近、彼女がここに帰ってきている。という情報を聞いて真偽を確かめる為に一度、戻ってきたのよ」
涼しい顔で嘘を付くリアに、内心恐ろしさを抱きながらも、盞華は二人の言葉を聞きながら、脳内で情報を組み立てる。
少しずつ組み上がっていくパズルは、本当に完成させて良いものなのだろうか?
(知ってはいけないのではないか?これ以上、彼女達の言葉に耳を傾けてしまって良いのでしょうか)
脳内で警鐘が鳴り響く。此処から先は危険だと。知るべきではないのだと、本能が訴えている。
底知れぬ恐怖に、盞華は己の額から冷や汗が止まらないことに気づく。
荷物の中にあった手拭いで拭き取り、なしろの脂汗もそっと拭う。
ぎゅっとなしろの小さな手が、盞華の手を握り締めている。
(きっと、彼女も怖いし、怯えている。ならば、せめて私だけは見届けなければ……)
盞華の決意も関係なしに、ゆうらはさも当然のような声色でリアと会話している。
温かかったお茶もいつの間にか、湯気が消え失せ、喉元を過ぎても熱さを感じることはない。
「そうなんだ〜?キミも大変だね〜。でもあの子も不思議なことをするよねぇ。毎月大きな花束を持ってきては、誰の名前も刻まれていない墓に花を添えて帰っていくんだよね。みんなすっかり怯えちゃって、その日は出歩かないし〜?」
「その墓は……きっと……」
小さな声でそう呟いた声を、盞華は聞き逃さなかった。やはりリアは自分達の知らないことを知っている。
コホン、と咳をしたリアは、ゆうらの方を改めて見る。
「じゃあ、今、彼女はハガルには居ないのね。……ウルはどうしてる?」
「ウル?ん〜。昨日は普通に買い物してたし、特に何も予定とかはないんじゃない?」
ゆうらが顎に手を置き、そう答えるといつの間にか盞華の背後から気配がした。
「僕の事、呼んだ?」
「わわっ、も〜ウル〜。いきなり忍び込まないでよ〜。びっくりするじゃん!」
ウル、と呼ばれた女性は、自分達もよく知る姫宮のるんと瓜二つだった。
盞華も心底びっくりした。これでも周囲の警戒は怠っていなかったつもりだった。
こんな片田舎で人探しをしていれば、外様を疎む者だって居る。
いきなりの敵襲から、なしろを守るために、警戒心は引き下げていなかった。
(それなのに、気配すら察することが出来なかった?気が緩んでいたのでしょうか)
目を擦り、目を細めて、再度ウルと呼ばれた女性を凝視する。
髪は黒く、瞳は赤いが、髪の短さから着ている服の趣味まで盞華の知る彼女そのものだ。
少しだけ声色が冷たいような気がするが、紛れもなくイメチェンした?と聞かれる程にはそっくりだった。
(彼女がウル……、でもウルはかつて姫宮殿が呼ばれていた名前……)
盞華が思考を巡らせていると、ぽかーんとしていたなしろが徐ろに立ち上がる。
訝しげな表情でなしろを眺めていると、なしろは軽鈍器を具現化し、柄を強く握りしめる。
「おや?可愛らしいお嬢さんだけど、見ない顔だね。何処から来たのかな?」
「そ、……で……、な」
ボソリと呟いたなしろの表情は、今までで一番冷たく、一番激しいものだった。
ぐしゃぐしゃにしたキャンパスにどす黒い絵の具をぶちまけたような、そんな激情を覚えた。
ウルが耳をなしろの方に向けて、聞き直す仕草を見たなしろは目を見開いて、勢いよく軽鈍器を振るおうとする。
流石に当たると一溜まりもないだろうと、盞華が止めようとするが、それは無用だった。
「っと……お嬢さん、そんな物を部屋で振るっちゃ危ないよ?」
「その顔で……、のるんが言わないようなことを言うな!!返して!!のるんを返して!!」
膝から崩れ落ちたなしろは、軽鈍器が己の手から零れ落ちることに気付けない程、涙を零す。
彼女を背に庇い、盞華は破拳ワルフラーンに手を通す。久方振りの武者震いに己の拳を見やる。
(刀捌きに身のこなし、あれはまさしく姫宮殿に通じるものがある……、なるほどやはり……)
なしろの事を庇いたいという気持ち以上に、盞華はウルと手合わせがしたいと心の底から思った。
刀の背でなしろの横薙ぎを上手く往なし、傷つけずに対象を無力化するその技術。
何度、手合わせを願っても断られてきた、喫茶店の店主に似た者が黒い刀を抜いた。
(その事実だけで、あたしが拳を振るう理由にはなる。護る者だっているんだから)
困り果てた顔で、ウルはゆうらと盞華、リアを順番に見る。
心底気まずそうに頬を掻くその仕草を、盞華は見たことないが、きっと誰かの前ではしてるのだろう。
「えーと、これもしかして僕、悪役になっちゃった感じかな?」
「知らないわよ。ただ、一発くらいはどつかれるかもね、彼女戦闘狂だし」
「誰が戦闘狂ですか!ただの探索者ですよ!!……それでウル殿とお呼びすればいいでしょうか」
さりげなく盞華の事を貶すリアに一言ツッコミを入れた後に、盞華は咳払いをして盤面を整える。
先程までの戯けた空気感は一気に消え去り、静寂と緊張感に包まれる中、盞華はウルに尋ねた。
「ウル殿。私の依頼主を泣かせた詫びに一戦、手合わせを願えますか?」
「それで満足するのなら構わないけど、……命を落としたって知らないよ?」
一瞬驚いた表情を見せたが、すぐさま不敵な笑みを浮かべる。少し歪んだ邪悪な笑み。
純喫茶ごーすてらの店主が絶対にしないその表情を見て、盞華は心の底から安心した。
──こいつは叩き潰しても何の問題もないのだから。




