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#13 持ち帰り可能ですか?あ、駄目ですか


 夜が明ける頃には、盞華達はノルンの故郷──ハガルへと辿り着いていた。

 木々は鬱蒼としており、田舎という言葉よろしく、鉄筋製のビルなどは一切見当たらない。

 あちこちに畑や田んぼがあり、昆虫達のオーケストラが盞華達を歓迎しているようだった。

 なしろは未だに眠いのか、目を擦りながら、リアに手を引かれながら歩いている。


 「ここが……ハガル?のるんの故郷……?」

 「えぇ、そうよ。いい?姫宮さん、ここではあの子の名前は出しちゃ駄目よ」


 リアの表情は真剣そのものだった。忌々しそうなものを見る目で、彼女はあちこちを警戒している。

 索敵用のフォトンアーツを用いながら、鬱蒼とした森をスタスタと歩く。

 盞華はふと気になったことを、先行するリアに尋ねる。


 「どうして姫宮殿の名前を出してはいけないんです?それに前に言っていたあの言葉は……」


 盞華はリアの言っていた言葉を思い出す。

 

 『あの子は……ウルで、でもウルはあの子じゃないの……分かって……』


 ウルというのはのるんがかつて名乗っていた名前というのは、聞いている。

 では、『あの子』とは誰か。存じ上げないが、誰かがこの地で『ウル』を名乗っているのだろうか?

 

 「ハガルを歩いていれば、自ずと分かるわ。自分で情報を集めなさい?私は案内しかしないから」

 「そ、そうですか……そういうのならば、地道に情報収集するしか無いですね……」


 無理やり連れてきただけに、彼女には強く出れない。下手に反感を買って置いて行かれても困る。

 現に、すいすいとリアは森の中を進んでいるが、自分達だけではとても無理だからだ。

 森の中には、野獣や魔物も居たが、襲い来るものは全て盞華が片付けていた。


 (久方ぶりに命の奪い合いをしていますが……やっぱり滾る……ふふ)

 

 最近は拳を振るう機会もめっきり無くなっていたが、やはり拳で語り合うのが一番良い。

 相手を殴り飛ばすこの感覚、血肉を引き裂き、相手の叫嘆する声は何物にも代えがたい。

 実のところ、可能ならば一度、リアとも手合わせをしたい所だが、流石に自重している。

 

 「せんかさん……やっぱり強いんだね、わたし、せんかさんにいらいして良かったとおもってる」

 「〜〜〜!姫宮嬢っ、リアさん。姫宮嬢を連れ帰っていいですか?」


 盞華の言葉に振り返ったリアは、心底面倒臭いものを見るような目でこちらを見ている。


 「勝手にすればいいじゃない。私は大歓迎よ?ノルンの近くに湧いてる女が減るんだから」

 「む……、せんかさん。駄目だよ。わたしはノルンの側にいなきゃなの」


 腕をブンブン振り、盞華を拒むなしろのその仕草は、見るものが見れば、速攻堕ちるものだろう。

 百合成分を接種した盞華は、一旦はリアの暴言を軽く受け流して、なしろを撫で回す。

 嫌がりつつも悪い気はしていないような表情のなしろを見ながら、盞華は鼻を鳴らす。


 「姫宮嬢がそういうのならば、仕方ありません。週四で通うとしましょう」

 「でもせんかさん……最近、しはらい凄くない?てんふぶの人たち、すごいくるよ?」


 そう、盞華の最近の悩みはもっぱらそれなのだ。

 白やユキだけではなく、「AmA」まで請求書を「天下布舞」の盞華宛に送るようになっている。

 お陰様で謎に結束感が生まれているのは悪いことではないのだが、如何せん酒代が高い。

 「Bar:Ghostella」では高額なお酒も出していることから、依頼をこなさないと一気に財布が空になる。

 

 (どうして行方を眩ませている「AmA」の請求書が一番高いんですか……!!)


 そもそもどうやって自分達の監視を掻い潜って同じ店に通っているのだろうか。

 盞華自身もそれなりにあの店には行っているが、一度たりとも顔を合わせた例がない。

 おかげで最近は身体を動かすことも多いのだが、それならば多少は協力して欲しいものだ。

 なんとか取り繕った笑みで、なしろを安心させるべく、膝に手をついて視線をなしろに合わせる。

 

 「大丈夫ですよ。これでもそれなりに稼いでますからねっ!」

 「えっ……じゃあいらいりょう、足りるかなぁ?」


 少し涙目になるなしろを前に、盞華はあわあわとし始める。子どもを泣かせたとあればどうなるか。

 絶対これを見た誰かが噂を吹聴してろくな目に合わない。

 盞華はなしろの頭を撫でて、薄い微笑をたたえ、優しい声で答える。


 「姫宮嬢からお金なんて取りません。それに私も姫宮殿の珈琲、また飲みたいですからね」


 彼女の淹れる珈琲は何者にも代えがたい美味しさがある。豆の挽き方からお湯の温度まで。

 徹底的に洗練されたそれは、毎朝の緑茶と変えたって良いとまで思っているのだから。

 本心からの言葉はなしろに響いたのか、なしろは満面の笑みで「うん!」と頷く。かわいい。


 「そろそろ着くわよ。盞華さん、気を引き締めておきなさい。ハガルは貴方が思う以上に陰鬱で凄惨な場所だから」

 「……わかりました」


 どうやらなしろと話していたら、目的地のハガルに到着したらしい。

 鬱蒼な森を抜けると、小さな町程度に栄えている場所にたどり着く。概ねの建築物はセントラルシティとそう変わりはないが、人が少ないこともあってか、活気はそう無いように見える。

 入口付近からあちこちを歩き回っていると、どうにも町の人々からの視線が痛く突き刺さる。

 品定めされているような粘っこい視線は、どの住人からも向けられている。

 道具屋に鍛冶屋、極めつけは衣服店ですら、そういったものを向けられ、流石の盞華もなんとも言えない気持ちになりつつあった。


 「なるほど、これは想像以上ですね」

 「あんたはまだマシな方よ。恐らく、手練れっていうのが所作から滲み出しているから。姫宮さんだけで放りだしたら、そのまま連れてかれて男共の慰み物にされてたかもね」

 「なぐさみもの?ってなぁに?」


 怯えた表情でそう聞いてくるなしろの頭を撫でて、盞華はリアに強めの視線を送る。

 彼女はずばっと物事を言うが、時折他者を慮る事が出来ていない時がある。

 時にはこちらもはっきり言ってやらないと分からないこともあるだろう。

 なしろを自分の背中に隠して、目を尖らせて語気を強める。


 「幼子の前で言うことじゃないでしょう。少しは言葉を考えれば如何ですか?」

 「事実だから良いじゃない。それとも何?姫宮さんを現実の知らない箱入り娘にしたいの?」


 どうやってリアを説得するか悩んでいたその刹那だった、濃密な殺意がいきなり周囲に立ち込める。

 なんだか嫌な予感がした盞華は、拳装具を具現化し、なしろを己の守れる範囲に引き寄せる。


 「わ、わわっ」

 「すみません、姫宮嬢。どうやら諍いが起きるみたいです。自分の身を守ることだけ考えて下さい」


 「う、うん。わかったっ」

 「流石、姫宮殿の薫陶(くんとう)を受けただけのことはありますね。……それで?私に何か御用でも?」


 盞華が啖呵を切った方向には誰も居ない。リアも訝しげな表情でこちらを見ているが、間違いなく居る。

 何も居なかったはずの場所に黒い(もや)が掛かり、その靄が徐々に人の形へと変わっていく。


 「あーあ〜。なんで分かっちゃったのかなぁ?僕、これでも隠密行動が得意なのになぁ〜」

 

 ニヤニヤと笑いながらこちらを見ているのは、白髪を肩口で切り揃えている可愛らしい子だった。

 他とは違い、おしゃれにも気を使ってるようにも見える彼女は、どうにも異質な雰囲気を漂わせている。


 「僕の気配に気づけるなんてぇ、おねーさん、もしかして相当な手練れかなぁ〜?」

 「あれほど凝縮された殺意を向けられたら、誰だって気づきますよ」


 これはもう分かる。彼女は戦う気だ。白昼堂々の対人戦などいつぶりだろうか。

 相手が持っているのは大剣(ソード)だろうか、であれば職業(クラス)打撃戦闘職(ハンター)と見て間違いないはず。

 愛用している「破拳ワルフラーン」を握りしめ、眼の前の敵に対峙する。

 依頼も正義も一切関係ない、ただただ闘争だけを求めた戦いに遠慮など要らない。


 (叩き潰してやる。あたしの道を邪魔するやつに容赦も情けも必要ないんだから!)

 

 「()()()は「天下布舞」の盞華。あんたの名前もきかせてくれる?」

 「僕?んー、ゆうらだよっ!あんまりね〜、他所様にここに来て欲しくないから、お帰り願おうかなっ」


 ゆうらと名乗った少女は、大剣を軽々しく片手で持ち上げて、こちらの様子を伺っている。

 それどころか、出方を伺っているようにも見えるそれは、ただの町娘ではないらしい。

 なしろをリアに預け、臨戦態勢に入った盞華は不敵な笑みを浮かべる。


 (じゃあ、あたしが先にお見舞いしてやろうじゃないっ!)



  



   



 

 

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