#11 劈く呻き声、鳴り響く喚き声
月光が闇夜を照らし、道行く道を映し出す中、喧騒に包まれた車両が一台あった。
盞華、なしろ、リアののるん捜索隊及び救出隊の面々だった。
なしろは、のるんから貰った鞄──焼き鳥くんを抱き締めて眠っており、その隣では延々とリアが愚痴を零していた。
盞華は哨戒しつつ、未だに不満を垂れ流しているリアの言葉に適当に相槌を打っていた。
「ハガルに向かうなんて聞いてない。なんで勝手に私を連れてきたの。本当、信じられない」
「すみません……これも姫宮殿を助けるためだと思って……はは」
移動中、半ば強引につれてきたせいか、隣では不貞腐れているリア・ラ・フルールが、未だに口汚く盞華を罵っていた。
なしろを起こさないか、周囲に敵影が無いかに神経をすり減らしていた盞華は、徐々にリアの罵倒を看過出来なくなっていた。
「それならアルフェルドかネコザメを連れてくれば良かったじゃない。見る目無いわね、貴方」
「はは……かもしれないですね……、でも夜更けですし、もう少し声は静かに……」
「私が行ったって何の役にも立たない。帰りたい、どうして私がこんな目に。ふざけないで」
「フルール嬢……もう少し声のボリュームをですね……夜中ですし、子どもも寝てますから」
半ば聞き流してはいたが、罵声を浴びせられ、なしろの為を思って苦言を呈しても、リアは聞く耳を持たない。
最初のうちは申し訳無さが一杯だった盞華も、流石に徐々に苛立ちを覚えていた。
遂に臨界点に到達した盞華は、リアの胸倉を掴み上げ、冷めた視線で睥睨する。
「いい加減黙って貰えます?良い歳した大人が喚き散らすの、不快なんですよ」
「…………分かったわ。ごめんなさい」
リアの一応の謝罪を受け取ると、盞華は掴み上げていた手を離す。
やはり怒るのは疲れる。自分の怒りを発散する為だけに他者を叱りつける者は、時に怒り依存症になることもあるらしいが、可能であれば常に笑顔で居たい盞華からすれば理解の出来ないものだった。
俯き気味に目を伏しているリアに一枚の毛布を掛けてやる。夜も更け、気温が下がりつつある。
目を丸くし、こちらを見ているリアの視線を遮るように、盞華はそっぽを向く。
「案内役に風邪を引かれては困りますからね、身体は暖かくして眠るべきですよ」
「私、眠れないのよ。夜は、怖いから。いつも夕方の夜になる前に起きてるから」
そう言ったリアの表情に嘘偽りはなさそうだった。どうやら本当らしい。
盞華の周りには色々と狂っている人が多かったが、生活リズムが狂っている人物は居なかった。
其の実、夜に起きていても依頼は来ないし、起きている必要もないからだ。
(まぁ、眠れない人を寝かせても、不満が溜まるだけでしょう。話し相手になりましょうか)
そう考えた盞華は、リアに一杯のインスタント珈琲が入ったカップを差し出す。
湯気が昇り、淹れたばかりな事が分かる。戸惑いながら受け取るリアに盞華は微笑む。
「眠れないのなら、話し相手になってくれませんか?一人で過ごす夜は、些か長すぎますから」
「……別にいいけど。アンタ気取り過ぎよ?臭過ぎるわ。ゲロでも吐いたのかしら?」
実際に今日の昼間に吐いているものだから、盞華は自分の服をすんすんと嗅いだが、分からなかった。
自分の匂いというものは、往々にして分からないものだが、流石に自分の吐いた物の匂いくらいは分かっておきたい人生だった。
きっと、後悔したことリストを公開する時には、匂いが分かる場所に住める様になりたい。匂いだけに、とでも書いていることだろう。
露骨に落ち込む盞華を前に、リアはあわあわとしながら、慰めようとするも言葉が見つからないのか、口をパクパクとさせる。
「大丈夫ですよ、ちゃんと服は着替えましたし。ちゃんと……お風呂にも入りましたから……」
「実際に吐いたんだ……。なんかごめん、大丈夫。臭くないよ、年相応だよ」
リアの口から放たれる無慈悲な一撃がボディブローのようにジワジワ効いてくる。
せめて速攻でとどめを刺して欲しいものだ。今日はもう寝てしまいたい程に辛いが、今は話に集中しようと両頬をぱぁんと叩く。
「……本当に大丈夫?早く寝たほうが良いんじゃない?」
「いえいえ!そういう訳には行きません!フルール嬢には色々お聞きしたいこともありますし!」
実際問題、これから行く場所の情報を何一つ仕入れずに、盞華は行動を開始してしまったのだ。
案内役が居ないとまともに行動することもままならない。とはネコザメから言われたが、それが比喩なのか、 本当なのかすら確認していない。
ハガルに辿り着くのは明日の昼頃。軽く、拾弐時間程は時間がある。
情報を持っている彼女が寝れないというのならば、雑談交じりに情報を聞き出しておくのは、話し相手が出来て一石二鳥だ。
ちらりとリアの表情を伺うも、嫌そうな表情ではない、この話の持って行き方は正解らしい。
「聞きたいことって?どうせ暇だから、答えられる範囲でいいなら話すわよ」
「やったっ!まず、ネコザメ嬢から聞いたのですが、案内役が居ないとまともに行動もできない、という旨の言葉を頂いたのですが、それは本当なのですか?」
盞華の言葉に、リアは複雑そうな表情を見せる。なんとも言えなそうな、そういった顔だ。
複雑な表情の中には憎悪や、嫌悪といったものも混ざっているような感じもする。
(初っ端から聞くにしては、少し重すぎましたかね。またユキ嬢に鼓膜破られるぅぅ……)
ユキのお説教は毎回鼓膜を破壊されるので、定期的に鼓膜を再生する必要がある。
もう破られ慣れたので、盞華はやれやれといった程度だが、人によっては発狂するらしい。
「半分事実、半分不正解といった感じかな。外様を以上に嫌う風土だから、外様だけだと行動できる範囲が大幅に狭まる、って言えば良いのかな?勿論、現地人が居ても、その人の好かれ具合にもよるけど」
「ふむ……ではフルール嬢が居れば、ある程度は行動できる範囲が広がるということで?」
リアは盞華に白い目を向ける。何いってんだこいつ、と言わんばかりのそれは少しだけグッと来た。
毛先を弄りながら、ため息を付いたリアは、心底鬱陶しそうにボソッと呟いた。
「まぁ、あの子よりかはマシだけど。私も大概好かれてはないわよ。出てった身だしね」
「あの子?……ああ、姫宮殿ですか。それでも定期的に帰られているとか?」
彼女の表情がまた暗くなる。暗い表情を湯気が幾分かマシにはしてくれる。
「えぇ。月命日に家族の墓参りにね。そのついでに顔馴染にも顔を出してるみたいね」
「そのご家族というのは……フルール嬢とも親縁関係に……?」
確か、彼女と姫宮殿は元姉妹の関係だったはずだ。であれば、その家族も親縁関係な筈。
話の腰を折らんが為の、質問がどうやら琴線に触れたらしい。
リアは頭を抱え、俯いて苦しそうにうめき声を上げる。
「違う違う違う、私は捨ててなんかいない。あの子が居なくなったの。だから私はわたしは……」
「フルール嬢、落ち着いて。吸って……吐いて。深呼吸して心を落ち着けて下さい」
いきなり取り乱したリアを落ち着かせ、空になったカップを簡単に水で濯ぐ。
落ち着きを取り戻したリアは、それでも瞳孔を開きながら、絶望の表情を隠しもしない。
(どうやら触れてはいけない部分だった様子。話を戻すのもすり替えるのも大変そうですね)
盞華が様子を見ていると、何かを思い出したかのように、リアははっとして盞華の袖口を掴む。
「てんがさん」
「せんかですが」
思わず突っ込んでしまったが、場の空気はシュールなままだ。良かった。
この場におかね嬢が居たら、きっとカオスになってただろうし、逃げ出していたかもしれない。
「ハガルにはあの子が居るわ。でもあの子はウルじゃないの。分かる?」
「……さっぱり分かりませんが、あの子って一体誰なんです?」
必死の形相で訴えかけている内容が、盞華には一切理解が出来ていなかった。
彼女が巫山戯ているという可能性が排除できているだけでもマシだが、意味が分からない。
「あの子は……ウルで、でもウルはあの子じゃないの……分かって……」
「ふむ。何かの謎掛けでしょうか?生憎、脳みそも筋肉製でして。分かりません……」
頭上に疑問符を浮かべている盞華を横目に、必死に何かを伝えようするリアはそのままバタリと倒れる。
敵襲か!?と周囲を警戒するも、誰も居らず、リアの様子を見ると、どうやら眠ってしまったらしい。
なしろの隣に寝かせて、上から毛布を掛けた盞華は、顎を擦りながら、先程の会話を思い出す。
(ウル……というのは確か、姫宮嬢がかつて名乗っていた名でしたね……。ではあの子というのは……)
片鱗を見せられただけでは、全貌が見えるわけがない。
幸いにもまだ少しだけ猶予がある。この先に待っている光景がどんなものなのか。
知って置かなければ、対策のしようなど無いのだから。




