誓いの剣、やがて世界一となりて。
「おい……どうして俺に剣を向けるんだよ」
村で惨殺事件が発生したと聞いて飛んで来た勇者メテオは驚愕した。ズタズタに切り裂かれた村人や、身体機能を失い、モゾモゾと這い動いている兵士の姿があちらこちらに確認できた。
そして、目の前には変わり果てた友人の姿があった。背中からは魔物を彷彿とさせる歪な羽、頭からは二本の大きな角が突出していた。
「よしてくれ。早く剣を収めるんだ」
低い唸り声を上げ、こちらを睨みつけている。おそらく、言語認識が消えている。
やはり、友人は魔物化している。
村に魔物が現れて感染したのだろうか。原因ははっきりとしないが、どちらにせよ一般的に人間の魔物化が進んだら助かる方法は今のところない。
人間が魔物化した話は度々聞くが、どの例を取っても、友人のように人間的な理性を失いかけている状態にまで進行している者を見たことも聞いたこともなかった。
それにしたって……何故友人がこんな目にあわなくてはならないのだ。
魔物を倒すのが勇者の任務だ。目の前にいる友人だって、完全な魔物になる前に排除しないといけない。
たとえ、元が人間であろうと。
しかし、メテオは剣が抜けなかった。
どんな姿でさえ、友人に剣を向けることなど出来なかった。だが、友人はこちらに剣を向けて殺意を持っている。
それなのに無駄足掻きをする。救える方法はないのか、人間に戻すことが出来るのではないか、と考えてしまう。
どんな理由であれ、かつての友人を殺すなど、簡単には出来ないし、したくもない。
けれど、もう時間がなかった。グダグダとしている間にも魔物化は進む。
持っている剣すらも腐り、魔物化している。無機物すら呑み込む凄まじい魔力、やはり魔王級の魔力を受け継いでいるのかもしれない。
もはや人間とは形容し難い姿へと変わっている。
メテオもその姿に怖気付き、反射的に剣を抜いてしまった。
「忠告だ。剣を捨て、地面に伏せるんだ」
既に人語など理解できていないというのにメテオは言う。
その言葉に返答するように魔物からは低い咆哮を響かせた。涎をダラダラと垂らし、剣を握る手の力が一層強くなった。
改めて捕食対象となったメテオは渋々剣を構えた。
ふと、ある出来事がフラッシュバックした。
『なぁ、 メテオ。俺たち二人の勇者が揃えば、最強だな!』
『当たり前だろ。二人で一つ、世界一の勇者になるんだからな』
『あっはは、世界一って。メテオはいつも目標が高いなぁ』
『当たり前だろ。お前がいれば必ず世界一になれる。どちらが一人が欠けちゃいけないんだ。だから、これからもよろしくな』
『ああ!よろしく!』
そのような会話の後、力強い握手と笑顔を交わしたのをはっきりと思い出した。
それは魔王城に忍び込んで幹部を討伐した時の記憶だった。
嗚呼、そうか。欠けちゃいけない。二人で一つ。
きっと、あの時の約束が今に繋がっているのだろう。
それは、どんな形であろうとも。
目の前にいる魔物……いや、友人を倒さなくちゃいけない。
それに、友人が心の中で呟くのだ。今すぐ殺してくれ、と。
「ごめん。今、楽にしてやるから……」
メテオの目の色が変わる。業火のような赤色へと。
腰を少し落とし、技を発動するための構えに入った。
絶対に離すまいと、剣を強く握る。直後、剣が金色に発光した。
「グオォォォォォ!!!!!!」
地響きがするほどの咆哮をあげた友人が、巨体を揺らしながら突きの構えでメテオに走った。
メテオも怖じけず、まるで包み込むようにその技を放った。
「《フェリシテール・クードゥグラース》」
砂埃が晴れた先には、腹部に剣が突き刺さった二人がいた。
メテオの剣は未だ光を失っていない。
一方、魔物と化した友人は足元からゆっくりと、光の結晶になって身体が崩れてゆくのが目に見えて分かった。
「……ヴ…………ア゛リ……ガトウ……」
かつての友人の声はメテオの耳に届くことはなかった。
だが、剣を握る拳は万力であった。命尽きても尚、魔力が残るのか、はたまた、メテオの意志によるものなのか。
友人は全てが消える前に、優しくメテオを抱きしめ、最後の言葉を告げた。
「……シヌトキモ……フタリ……デ、……ヒト……ツ……」
刹那、消滅した。
数年後、メテオとその友人が誓った場所には、白い花を咲かす一樹の大樹がそびえ立っていた。
その樹の名は、誰も知らない。
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補足:《フェリシテール・クードゥグラース》はフランス語より、《祝福・慈悲の一撃》という意味を持ちます。