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9.


 そんなある日のことです。

 いつものように注文した品を届けに来たフランツが、いつにも間にして真剣な顔をしながらこう話しました。


「村長さん、アリーシャ様、ご相談したいことがあるのですが……」


 そこで、私の家に村長とフランツを招き、フランツの話を聞くことになりました。

 私の出したお茶を一口飲むと、フランツは感嘆の声を上げます。


「この香ばしいお茶は何なのでしょう? 初めて口にする味です」

「これはコーン茶ですわ。トウモロコシの粒を煎って煮出したもので、フードコートでも一杯銅貨1枚で提供しているんですよ。ところてフランツさん、ご相談とは何なのでしょうか?」


 フランツは、一つ咳払いをしてから話し始めました。


「実は、王都でサンタナ村出身という若者と知り合いになったのです。取り引きがある商店で下働きをしている者なのですが、話しているうちに、村長がサンタナ村出身であることを思い出しまして……。逃げるように王都に来たものの、ろくな仕事にありつけず、一緒にサンタナ村から出てきた者の多くが、路上で夜を明かすような生活をしているそうです。そこでこの村の話をしたところ、あの荒地が村になり、作物が育ち、商売をしているのかと随分驚いておりました。こんなことなら、あのままあの荒地に残っていればと悔やんでいるようでした」

「何と! 皆がそんな目に遭っているとは……」


 村長の握られた両の拳に、ぐっと力が入ります。

 私は、そんな村長の背中をポンと叩きました。


「この村に移住を希望する方がいましたら、全て受け入れましょう」

「アリーシャ様……」

「ちょうど、人手が欲しいと思っていたところですしね」

「しかしアリーシャ様、サンタナ村を出た時、村人は40人近くおりました。その殆どが王都へ向かったのです。数人ならば仕事を手伝ってもらい村で養うこともできますが、数十人も来るとなれば、今のイグナス村では全員を食べさせることなどできませんよ」

「村長、私に考えがあります。聞いて頂けますか?」


 それから私は、向かいに座るフランツに視線を戻しました。


「フランツさん、村で土産物として販売しているくるみタルトですが……」

「あっ! 先日頂いたあれですね! あれは本当に美味でした。あのような甘さの中に程よいほろ苦さがある菓子は、これまで食べたことがありません」

「それは良かったですわ! そこでです、フランツさん。くるみタルトの販売元になりませんか?」

「販売元……ですか?」

「はい。私はくるみタルトを、王都や他の地域でも売り出したいと考えています。今は人手が足りず、村で売る分を作るのが精一杯……いえ、それすらままならないくらいですが、人手が増えればそれが可能になるのです。フランツさんには、販売元として王都の商店や商会に売り込みをしてほしいのです。私たち製造元の取り分が六割、販売元であるフランツさんが二割、商店などの小売が二割でいかがでしょう?」

「二割! 小売店に卸すだけでそんなに頂けるのですか?」

「当然です。私たちが売り先を探して注文を取り配達をしようと思ったら、馬車と馬車を引く馬を購入し、労働力を確保しなくてはなりません。そして、それは信用のおける者でなくてはならないのです。そう簡単には見つからないでしょう。その全てを踏まえて、妥当な配分だと私は考えますわ」


 フランツは、ただでさえ赤い顔をますます紅潮させて、目に涙を浮かべました。


「ありがとございます、アリーシャ様。そこまで言っていただけるとは……。くるみタルトは必ず売れます。ぜひ、お話を受けさせてください」

「こちらこそありがとう、フランツさん。ただ、先ほども話した通り、人手が増えなければ王都へ卸す分のくるみタルトは作れません。元サンタナ村のみなさん次第ということなりますわね」

「それでは早速王都へ行き、元サンタナ村の若者に話をしてみましょう」

「よろしくお願いしますわ、フランツさん」


 村長が、フランツの手をぎゅっと握ります。


「私からも……。くれぐれもよろしくお願いします。フランツさん」

「それからこれを。この村への移住希望者に、旅費として使うよう渡していただけますか?」


 私は、フランツに金貨十枚を渡しました。

 フランツは、何かわかったら早馬便で知らせると約束して、早々に王都へ出発しました。


 人数はわかりませんが、恐らく多くの移住者が来るはずです。

 どこへ行こうが、路上で夜を明かす生活よりマシなはずだ。そんな風に考えているはずですからね。


 村人が増えるなら、迎える準備をしなくてはなりませんが、移住者全員分の家を作るのは間に合わないでしょう。

 そこでローガン親子にお願いし、取り急ぎ大きな小屋を建ててもらいました。しばらくは雑魚寝で我慢してもらいましょう。

 それが終われば、くるみタルトを製造するための工房作りです。

 今は私の家の台所で作っていますが、きちんとした作業場が必要になるでしょう。

 かまどが三つとオーブンが二つ、作業台が並べられる工房です。

 

 そして、村人が増えるならば決めておかねばならないことがあります。

 そこで、私は話し合いの場を設けることにしました。

 第一回村人会議です。

 家ではぎゅうぎゅうになるので、出来たばかりの大きな小屋に全員が集まりました。


「皆さん、私たちはたった十人の村人です。ローガン親子は大工仕事を、村長とベネットさんは畑を、カリナはくるみタルトを、イルジャさんとスーザンさんはフードコートで働いてくれています。これまでは売上金を村の資金にして、全員の食費や日々の生活に必要な物をそこから賄ってきました。私たちは一緒に食事をし生活を共にしていたので、それでも問題なく暮らせていたのです。けれど、この生活が成り立っていたのは、私たちがたった十人の村人だったからです。今後村人が増えれば、今のような生活は続けられないでしょう。この村に秩序を作らねばならないのです。そこで、今後は労働に対する対価を個別にお支払いし、皆さんにはそれで生活して頂きたいのです。まずはローガンさん、アレックとロイック。村の施設に関しては別途賃金を支払いますが、村人が住む家に関しては、家賃収入を得る形にするのはいかがてしょうか?」


 ローガンは眉をハの字にして難しい顔をし、アレックとロイックはぽかんとしています。

 

「よくわからんが、俺は今のままで構わんぞ。食べるのに困らんし、大工仕事は俺の天職だからな。人に使われずに自分のやりたいようにできるんだ。むしろ楽しいくらいだぞ」


 父親の言葉に、力強く頷くアレックとロイック。

 ローガン親子は大工仕事に誇りを持っています。だからこそ、その労働に対して正当な対価が支払われるべきなのです。


「新しい村人には、労働に対する対価を給料として支払う予定です。体力に自信がありそうな男性は大工見習いになってもらいますので、びしばし鍛えてあげてくださいね。見習いが給料をもらうのに、師匠がタダ働きというわけにはいきませんわ」

「確かに、それはそうだなぁ」

「新しい村人が何人来るかはわかりませんが、初めのうちは日当を支払おうと考えています。家が建つまでは三食まかないもつけるつもりです。フードコートの売上が順調に貯まっていますから、資金の方は何とかなりそうですしね。ただ、落ち着いたら月給制にして、月々の家賃を頂くつもりでいます。家を建てる資材は村の雑木林のものを使っていますから、村に七割、ローガン親子に三割でいかがでしょう。その代わり、大工見習いへの給与は村の取り分から支払いますわ」

「うーん。よくわからんし、嬢ちゃんに任せるよ」


 父親の言葉に、またして頷くだけのアレックとロイック。三人ともよくわかっていないようです。似た者親子ですね。


「それから、村長とベネットさん。お二人は村の畑を耕し、トウモロコシとジャガイモ、カボチャを育ててくれています。そこで、今後は収穫した作物を村が買い取り、その売上金を対価とするのはいかがでしょうか?」 

「もちろん、私はそれで構いませんよ」

「俺もです」

「そして、くるみタルトを作ってくれているカリナは、新しい作業員にくるみタルトの作り方を教えてほしいのです。もちろん月給をお支払いしますわ。工房の責任者は、軌道に乗るまでは私が勤めますね」

「はい。アリーシャ様!」

「そして、イルジャさんとスーザンさん。お二人にはフードコートの責任者兼料理人をお願いしたいのです。もちろん、お二人にも月給をお支払いします。新しい村人が来たら従業員を増やしますから、てんやわんやでしょうがそれまで踏ん張ってくださいね!」

「わかりました!」

「頑張りましょう、アリーシャ様!」


 その時、きょとんとした顔をしながら、スーザンの膝の上に乗るライラが尋ねます。


「ライラは?」

「ライラはマスコットガールですわね」

「ますこっと?」

「みんなの癒やし担当、ということですわ」

「はーい!」


 元気よく返事をするライラに、みんなが笑顔になりました。


 それから1週間後、フランツから早馬便が届きました。

 元サンタナ村の村人30人がイグナス村への移住を希望し、順次向かってくるそうです。

 村に到着する村人を、私たちはこう言って迎えようと決めています。


「ようこそ、イグナス村へ!」




 そうして半年が経ちました。

 結論から言いますと、くるみタルトは爆発的に売れています。

 フランツが王都の商店や商会に売り込みをし、その際試食用のくるみタルトを食べてもらうと、仕入れたいという声が殺到し、多くの店の店頭にくるみタルトが並ぶことになりました。

 初めてキャラメル味を口にするこの世界の人々にとって、そのほんのり苦味のある香ばしい甘みは、どれほど衝撃的だったことでしょう。


 まず富裕層の間で手土産として売れ始め、貴族の間で人気になり、裕福でない平民も特別な日のお菓子として食べるようになりました。

 日持ちがして栄養価も高いことから、船乗りが航海に持っていったり、外国への手土産として重宝されるようになったのです。


 イグナス村はくるみタルトの生産地として、徐々に知名度を上げているところです。

 あの乾いた大地が広がる荒野に、美味しいものが食べられる村がある。

 どんな村なのか気になりますよね?


 そしてとうとう、ドライブインを建てる資金が貯まりました。

 私は、念願だったドライブインの建設に着手したのです。


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― 新着の感想 ―
 王子たちも食ったのかな…嫌だな。  そろそろ自警団が必要になってきそう。
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