8.
翌日、私は村のみんなに集まってもらいました。
場所は私の家です。皆さんギュウギュウになっていますね。
「この1ヶ月間、エローテとコーンスープを市場と街道沿いで売り金貨三十枚が貯まりました。そこで私は、その資金を使いあるものを購入したいと考えています」
村長が尋ねます。
「アリーシャ様、あるものとは一体何なのですか?」
「それは、くるみです」
「くるみ……ですか?」
「はい。安く購入できるあてもあるのです」
皆さんは、訝しげな表情をしながら顔を見合わせました。全員の気持ちを代弁するように、村長が口を開きます。
「くるみはの木は、そこいらに勝手に生える木です。もちろんこんな荒地には生えませんが……。ですから、くるみを仕入れて売ったとしても儲けが出るとは思えないのです。アリーシャ様、くるみで何をするおつもりですか?」
「私は、くるみを使ってあるお菓子を作ろうと考えています」
「お菓子、ですか?」
「はい。くるみのタルト、エンガディーナ・ヌストルテです」
「え、えん……?」
エンガディーナ・ヌストルテとは、前世の世界のスイスという国の、グラウビュンデン州という山岳地帯の郷土菓子です。
くるみのタルトは元々フランスのお菓子で、そのくるみのタルトに着想を得て、19世紀後半に誕生しました。
特徴は、保存食である郷土菓子ファッチャ・グラッサというクッキー生地で、キャラメルを入れて煮詰めたくるみのフィリング、つまりキャラメルくるみを包んでいるということ。
つまりエンガディーナ・ヌストルテは、保存料など存在しないこの世界で作れる、日持ちする生菓子なのです。その上、美味しく栄養価も高いのですよ。
エンガディーナ・ヌストルテの説明を聞いた村人たちは、感心したように息を吐きました。
「そのようなお菓子があるとは……」
「このエンガディーナ・ヌストルテというくるみのタルトを、イグナス村の土産物として売りたいと考えています。ここにイグナス村という村がある。そのイグナス村には美味しいものがある。まずはそれを知ってもらいましょう」
美味しい食べ物は人を呼びます。
前世の世界でもそうでした。
そこに美味しいものがあると分かれば、人々は遠出をしてでもその場所に向かうのです。
ドライブインはまだまだ建てられませんが、まずはそこから始めましょう。
そして、イグナス村をそのような場所にするための策をもう一つ考えているのですが、これ以上は村の皆さんにはキャパオーバーでしょうから、今はここまでにしておきます。
「わかりました。市場と街道沿いで稼いだ資金は、アリーシャ様がいなければ手にすることができなかったものです。それに村の発展のためなのですから、存分にお使いください」
村長の言葉に、皆さんが力強く頷きます。ライラもみんなの真似をしてコクンと頷きました。
「ありがとうございます。みなさん!」
次の日、私は市場で出会った姉妹が住んでいるアントワーヌ村に向かいました。
アントワーヌ村はユピシカの北東に位置するロッセリーニ子爵領の村です。
見渡すばかりの小麦畑に人の気配はなく、オスカルに乗って進んでいくと、くるみ拾いをしている子供たちの中にケイトとミーナの姿を見つけました。
私に気づいた姉妹が声を上げます。
「お姉さん!」
それから、村長の所へ案内してくれました。
「この二人が世話になったそうで」
そう言って深々と頭を下げる村長。とても腰が低い人物のようです。そして、心なしか顔色がすぐれません。小麦の不作に頭を悩ませているのでしょう。
「そちらのお二人に、小麦が不作だとお聞きしたのですが……」
「はい。日照りが続いたせいで、今年は例年の半分しか収穫ができませんでした。村にはくるみの木がそこいら中に自生していますから、次の収穫まではくるみを売って凌ごうということになったのです。しかし、市場で売ったり商会に持ち込んだりしたのですが、くるみは全く売れずじまいで……」
「それでしたら、この村のくるみ、全て買わせてくださいな」
「はい? 全てですか?」
「はい。全てです」
私は村長に金貨十枚を渡し、大量のくるみを受け取りました。せめてものお礼にと、村の皆さんが殻割りをしてくれます。
村人たちからはとても感謝されたのですが、お礼を言いたいのは私の方です。
上等なくるみを大量に、しかも殻むきした状態で手に入れることができたのですから。
イグナス村に戻ると、フランツに注文しておいた食材が届いていました。
今は全ての食材と資材をフランツから仕入れています。
トウモロコシ粉と物々交換をしてくれていたフランツですが、今ではその月に注文した食材や資材の代金を、月末に貨幣で支払う掛け取引をしてくれています。
掛け取引は信用がなければできませんので、フランツが私たちを信用してくれている証なのです。
私は、早速エンガディーナ……、名前が長すぎるのでくるみタルトと呼ぶことにします。
くるみタルト作りを始めました。
まず、薄力粉、バター、グラニュー糖、塩、卵、バニラエッセンスを使用し、外側のクッキー生地を作ります。
市場で作ったのと同じキャラメルくるみをクッキー生地で包み、オーブンで焼けば完成です。
オーブンは、またまたローガンが作ってくれました。
石を積んで作った土台と、土かまどと同じ材料で作ったドーム型のオーブンです。
「ザクザクのくるみが香ばしくて美味しい!」
「生地がさくさくで食べやすいですね!」
「濃厚だけどほろ苦い甘さがたまりません!」
くるみタルトの試食会は大好評。
その日から、私とカリナは市場の屋台をお休みして、くるみタルト作りに全力を注ぎました。
カリナは持ち前の器用さと素直な心根で、私の教える行程をどんどん習得していきます。
それから1週間後、街道沿いの屋台でくるみタルトの発売が開始されました。
パーチネント紙で包んだくるみタルトを、紙袋に入れ細いリボンで巻き、銀貨一枚で販売します。
屋台に来るお客様に小さく切ったくるみタルトを試食してもらと、初めて食べるキャラメル味に感動し、お土産にするのにちょうどいいと次々に購入していってくれました。
並行して、私にはもう一つやりたいことがありました。
それは、街道沿いにフードコートを作ることです。
先日、とうとう初めてのジャガイモの収穫が行われました。トウモロコシ料理だけでなく、これからはジャガイモ料理も提供できます。
美味しいものは人を呼ぶ。フードコートもそのための策の一つなのです。
ローガン親子に東屋を作ってもらい、テーブル席を用意して、食事ができる場所を提供することになりました。
くるみタルト作りをカリナに任せ、私はイルジャとスーザンと一緒に、フードコートの準備に取り掛かりました。
メニューはエローテとコーンスープ、そしてエンパナーダです。
エンパナーダは前世の世界のスペイン発祥の伝統料理で、後にメキシコや南米に伝わり、国によって様々なレシピがあります。
小麦粉やトウモロコシ粉で作った生地で、香辛料で味つけしたひき肉やジャガイモ、ゆで卵やチーズなどの具材を包みこんで揚げるのです。
イグナス村のフードコートでは、トウモロコシ粉の生地と、ジャガイモ、ゆで卵、チーズを使ったエンパナーダを提供することにしました。
そして、ジャガイモといえば、やはりあれは外せません。薄くスライスしたジャガイモを油で揚げたポテトチップと、櫛形に切ったジャガイモを油で揚げたフライドポテトです。
ポテトチップスは塩味とコンソメ味、フライドポテトにはもれなくマヨネーズがついてきます。
どちらもこの世界には存在しない料理なので、人気メニューになるのは間違いないでしょう。
そして2週間後、東屋の完成と共にフードコートがオープンしました。
それから、フードコートの隣に馬車を停めて休憩できる駐車スペースを造りました。
イグナス村は荒地ですが、広さだけはありますからね。
これまでは、街道の端に馬車を停めて休んでいた商人たちですが、やはりそれではゆっくり休めなかったようで、村の中ならば安心して休むことができると感謝してくれています。
そして、早くドライブインができたらいいのにとも。
その頃には、口コミで美味しさが伝わり、くるみタルトは午前中で完売するようになりました。
もっと数を用意したいのは山々ですが、カリナ一人では限界があります。
爆発的に売れるのではなどと安易な希望的観測をしましたが、需要があっても供給できなければどうにもなりません。とにかく人手が足りないのです。
そして、それはフードコートも同じです。
フードコートは、街道を通る商人や御者や騎士のお客様で連日満員御礼。目の回る忙しさです。
つまりどういうことかと言いますと、私が見切り発車をしてしまったのですね。商売を広げるなら、まず人員を確保しなければなりませんでした。
ここだけの話ですが、くるみタルトがイグナス村の土産物として定着した暁には、王都の商店や商会に置いてもらい、いずれは国中に販路を広げて……などと、密かに計画まで立てていたのです。
けれども、人手がなくては計画は計画のままで終わってしまいます。
そこで私は、ローガン親子に頼んでこんな看板を作ってもらいました。
『村人募集中』
果たして、移住希望者は来てくれるのでしょうか?




