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 前世の世界では、トウモロコシ粉は食糧難の時代に小麦粉の代替品として使われていたそうです。

 トウモロコシがある限り、食べ物に困窮することはないでしょう。

 そして村人たちは、工夫しながら助け合って暮らしています。私が何かしなくても、最低限の生活を送ることは出来ているのです。

 けれど、豊かな暮らしかと聞かれれば、それにはほど遠い。

 私は皆の前で宣言しました。この村を豊かにすると誓うと。約束は守らなければなりません。


(そのためには、何か策を考えなければなりませんね。そういえば……)


「トウモロコシですが、そのままでは食べないのですか?」

「そのまま、ですか?」

 

 村長は、不思議そうに目をパチパチと瞬かせました。


(そういえば……。この世界で、トウモロコシをそのまま食べた記憶がありませんわね)


 それどころか、食卓でこの黄色い粒を見たことすらありません。

 村長の反応を見るに、貴族の食卓に出ないだけ、というわけではなさそうです。

 どうやら、この世界ではトウモロコシは粉末にして使うのが一般的で、そのまま調理して食べたり、粒の状態で食べる習慣がないようです。


「村長さん、このトウモロコシ、いくつか買わせてくださいな」


 袋から取り出した銀貨2枚を差し出すと、村長は慌てた様子で首を振りました。


「代官様からお金など受け取れません!」

「いいえ。このトウモロコシは、皆さんが汗水たらして収穫したものです。ただではいただけませんわ。それから、台所をお借りしてもよろしいかしら?」


 村長の家に移動した後、カリナに竈門の使い方を教えてもらいます。

 前世で料理好きだったといっても、今世では厨房に入ったことすらないのです。


(バター醤油の焼きもろこしを作りたいところですが、この世界には醤油がありませんものね)


 そこで、そのまま焼くことにしました。

 焼きもろこしは、ただ焼いただけでも意外にいけるのです。

 それから、カリナに尋ねました。


「ミルクと塩、バターとコンソメはありますか?」


 カリナは答えます。


「ミルクと塩とバターはあるけど、コンソメはないです」

「そうですか……。それでは、使用する分のミルクと塩とバターをこれで譲って頂けますか?」


 私が銀貨1枚を差し出すと、カリナがぶんぶんと首をふりました。

 先ほどの村長とそっくりです。やはりおじいちゃんと孫なのですね。


「お金なんていりません!」

「いいえ。貴重な食材をただでいただくわけにはまいりませんわ」


 カリナに銀貨を渡し、私は調理に取り掛かりました。


「コンソメがないのなら作りましょう」


 まず、トウモロコシの芯から粒を外します。

 その芯と葉を香ばしい色目がつくまで焼きます。

 それから、ひたひたに水を入れた鍋に入れ煮ていきます。

 少し時間がかかるので、その間に焼きもろこしを作りましょうか。

 カリナが興味津々というように目を輝かせています。何て可愛らしいんでしょう。


 トウモロコシがいい塩梅に焼けた頃、先程の鍋の水は茶色いスープに変わりました。

 このスープを抽出して塩を少しだけ加えると、コンソメスープが出来上がります。もちろん味は肉でとったコンソメには劣りますが、今はこれで十分でしょう。

 コンソメとミルク、バターと塩、そしてトウモロコシの粒でコーンスープを作ります。


 匂いに釣られて他の村人も集まってきました。

 さあ、試食会といきましょう。


「これは、一体どうやって……」


 焼きもろこしを前に、全員が戸惑って固まっています。

 これまで粉末にしたトウモロコシ以外食べたことがないのですから、当然の反応ですね。


「そのままがぶりといってくださいな!」


 焼きもろこしに齧り付く村人たち。そして……。


「美味い!」

「何て香ばしいんだ!」

「トウモロコシにこんな食べ方があるなんて!」


 それから、コーンスープを試食してもらいます。


「美味しいです!」

「何て優しい甘さなのかしら!」

「それに食感が凄くいい!」


 焼きもろこしもコーンスープも、好評のようですね


「ところで、先ほど譲ってもらったミルクや塩、バターなどはどちらで手に入れているのでしょう」


 私の質問に、村長が答えてくれます。


「街道沿いを通る商人に、トウモロコシ粉と物々交換してもらっているんですよ」

「物々交換?」


 それから村長の案内で、街道沿いがある東の方角へ向かいました。

 街道は馬車が余裕ですれ違えるほど幅がありますが、畦道が続き舗装はされていないようです。

 私は曲がりくねった獣道をオスカルと走って来ましたが、馬車を使っていたらこの道を来ていたのでしょう。

 村長が説明してくれます。


「この街道は、ここから北西にある都市ヴィリスと王都を繋ぐ道と、北東にある都市ローエンと王都を繋ぐ道がちょうど交差している場所なのです。ヴィリスとローエンを繋ぐ道でもありますから、王都へ行き来する商人の馬車や、ヴィリスとローエンを往来する馬車が頻繁に通ます。おかげで、このような僻地でもこの辺りには盗賊が出ないのですよ」


 村長の言う通り、地方の街道にしては馬車の行き来が多いようです。この話をしている間にも、二台の馬車が通り過ぎていきました。


「ここを通るフランツさんという商人と懇意になりまして、トウモロコシ粉と足りない食品や調味料、日用品を物々交換してもらっているんです。今日はちょうどフランツさんが来る日なんですよ。ああ、あの馬車です」


 一台の馬車が街道から村の中に入り、操縦席に乗った中年の男性が降りてきました。

 ちょっぴり赤ら顔の、人の良さそうな男性です。


「やぁ、フランツさん」


 村長はフランツと軽く挨拶を交わしたあと、私を紹介しました。


「こちらは代官のアリーシャ・マクレーン様です」

「だ、代官様ですか?」

「はい。本日からこの村の代官になりました」


 信じられないという顔をするフランツに、私は水戸黄門の印籠の如く任命書を突き出しました。

 これが最も手っ取り早い方法なのです。


「なんと! 本当に代官様なのですね!」


 任命書を見たフランツは、すぐに納得してくれたようです。

 それから、村長の家に移動しました。

 村人全員が村長の家に集まったので、部屋の中はギュウギュウです。

 村長が大きな紙袋に入ったトウモロコシ粉を渡し、それを受け取ったフランツは、


「頼まれていたものだよ」


 と言って、ミルク1ケースとチーズ、調理油、釘をテーブルに置きました。

 これで物々交換は完了のようです。

 私は尋ねました。


「フランツさん、お伺いしても宜しいかしら?」

「何でしょう?」

「この村のトウモロコシ粉はどうやって販売しているのでしょうか?」

「それは……、家畜の餌として、必要な方に買っていただいているのです」

「なるほど……」

 

 小麦粉が主流の昨今、トウモロコシ粉の需要はそれほど高くはありません。家畜の餌として売るしかないのでしょう。


(物々交換と聞いて詐欺にでも合っているのかと思いましたが、むしろ逆だったようですね)


 トウモロコシ粉を家畜の餌として売っても、たいした儲けにはならないはずです。むしろ、売る手間を考えたら儲けなどないかもしれません。

 それでも、そのトウモロコシ粉と交換した品はきちんとしたものでした。

 この方は、全くの善意で物々交換をしてくれているのです。


(何て良い方なんでしょう!)


 それからフランツは、


「いつものだよ」


 と言って、紙袋をローガン夫人に渡しました。


「そちらの中身は何なのでしょうか?」


 私の質問に、フランツが答えてくれます。


「これは、運んでいる間に傷んで売り物にならなくなった野菜ですよ。傷んだところを除けばまだまだ食べられますからね」


 ローガン夫人がフランツに礼を言いました。


「いつもありがとうございます、フランツさん。この荒地でも暮らしていけるのは、フランツさんのおかげですよ」


(何ということでしょう。この方は、中年男性の皮を被った天使なのでしょうか!)


 私は、何だが胸が熱くなりました。


(これは、お礼をしなくてはなりませんね!)


「よろしければ、食事をしていかれませんか?」

「食事ですか?」


 私は、戸惑うフランツの前に先程作った焼きもろこしと温め直したコーンスープを出しました。


「これは! トウモロコシにこんな食べ方があるなんて! それにこのスープは……!」


 フランツが言葉を詰まらせました。

 薄っすらと涙まで浮かべています。

 そんなに美味しかったのでしょうか?


「ここで、こんなに温かくて美味しいものが食べられるなんて……!」


 どうやら、何か事情があるようです。


「どういうことですの?」

「私はヴィリスという街で買い付けた品を王都に運んで販売し、王都で仕入れた品をヴィリスで売って生計を立てているしがない商人です。ヴィリスから王都までは片道五日間。このカスタール地方と呼ばれる地域がちょうど中間地点なのですが、この辺りは荒野が広がっているだけなので、当然宿屋も休憩するような場所もありません。海沿いの道を行けば宿場町がありますが、傷んでしまう商品もあるので遠回りはできません。食事は日持ちする硬いパンとチーズ。馬車の中で仮眠を取りながら王都へ向かい、またヴィリスへ戻る日々を送っているのです。もちろん、私だけではなく他の商人も境遇は変わりません。今もパンとチーズと水だけでここまで来たので、こんなに温かくて美味しいものを食べられたのが嬉しくて……」


 フランツは指で涙を拭いました。


「それでは……」

「えっ?」


 私の言葉に、フランツが聞き返します。


「それでは、ここにゆっくり休憩できる宿があって、美味しいものが食べられるとしたらどうでしょうか?」

「それは……。ここにもしそんな場所があるなら……。そんなに嬉しいことはありません!」


 フランツの答えを聞き、私は立ち上がりました。


「私決めました。ここに、この村に、ドライブインを建てますわ!」

「どらいぶ……いん?」


 こうして、私のイグナス村の代官としての生活が始まったのです。


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― 新着の感想 ―
 つまり、ここは宿場町候補になりうる土地…商売が軌道にのれば食料自給率が低くても、発展できそうだな。
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