2.
二週間後、私は大臣からの呼び出しを受けて再び登城しました。
私に下賜される土地と屋敷の場所が決まったのでしょう。
指定された部屋に赴くと、そこにいたのは、私を呼び出した大臣ではなくロッセリーニ子爵でした。
ロッセリーニ子爵とは、聖女が目覚めたという吉報が王都を駆け巡った際に、いの一番に聖女の元に駆けつけ後見人になった人物です。
それからすぐ、王の側近である宰相に抜擢されました。
ちなみに聖女として目覚めた少女は、市政の貧しい家で生まれ、家族と助け合いながら暮らしていたそうです。
聖なる力に目覚めると、光に包まれ背中に刻印が現れるのでそれとわかるのですよ。
部屋を間違えたのかしらとも思いましたが、どうやら合っているようです。
ロッセリーニ子爵はわざとらしい咳払いをした後、二人きりにも関わらず耳障りな声を張り上げました。
「アリーシャ・マクレーン。そなたを、カスタール地方にあるイグナス村の代官に任命する。速やかに移動するように」
(むむむ、村? だ、代官?)
さすがの私も焦りました。
私が望んだのは土地と一軒家です。村ではありません。
それにカスタール地方といえば、荒地が広がっているだけで人は殆ど住んでいないと聞いています。
(カスタール地方といえば、ロッセリーニ子爵の治める領地でしたわね。村ということは住民はいるのでしょうけど……)
「代官とは、一体どういうことなのでしょうか?」
「そなた、ハロルド殿下に領主になりたいと願い出たそうではないか」
「はい?」
「しかし、そなたは爵位を持っていない。それ故、領主ではなく代官に任ずることが決まったのだ」
「ち、違いますわ! 私が望んだのは、土地とカフェを開けるような一軒家です! 領主でも代官でもありません!」
子爵は表情を変えることもなく、再び耳障りな声でこう告げました。
「これは王命である。こうして任命書も発行されているのだぞ」
子爵が突き出してきた一枚の紙には、イグナス村の代官に任命するという文言の後に、はっきりと私の名前が記されています。
そして、その下には玉璽も。
代官とは、広大な領地を所有する領主に代わり、一部の領地を管理する者を指します。
その任命をするのは領主であり、通常は王家が介入することはありません。
けれど、任命書にあるのは間違いなく玉璽です。この決定に逆らうことは絶対に許されない、そう私に示しているのでしょう。それならば、従うしかありません。
「わかりました。謹んでお受けしますわ。……ところで、慰謝料の件はどうなっているのでしょうか?」
私とハロルドが交わした誓約書には、はっきりとこう明記されています。万が一聖女が現れて婚約破棄をする場合は、それ相応の額が支払われると。
「ああ」
子爵は思い出したように、上着の胸ポケットから小さな袋を取り出して私の前に突き出しました。
ここで中を確認するのは恥ずべき行為ですが、何だが雲行きが怪しいので確認せざるを得ません。
「き、金貨三枚ですか?」
金貨三枚とは、前世でいうとこの三万円です。
これが王族が示すそれ相応の額なのでしょうか?
これでは片道の馬車と御者の賃貸料で消えてしまいます。
「そうである」
「ですが、これではあまりに少ないのでは……」
「契約書には、それ相応の額を支払うとだけ明記されている。具体的な金額は記されていないではないか。それなのに、それでは少ないとなぜ言い切れるのだ」
子爵の言い分は最もなことです。
こんなことなら、ハロルドと会った時に金額についてきちんと話をしておくべきでした。
けれど、今さら後悔しても仕方ありません。これ以上何か訴えても、王命だと言われて終いでしょう。
それならば、立つ鳥は跡を濁さず。
「わかりました。このアリーシャ・マクレーン。王命、しかと承りましたわ!」
王宮を出た私が向かったのは、様々な店が並ぶ王都の商店街通り。
本当はマクレーン邸に戻る予定でしたが、そうもいかなくなってしまいました。
速やかに移動するようにと命ぜられた以上、すぐに発たなくてなりません。
(一度家に帰り荷物を纏めたいところですが、それは無理そうですね)
家に帰れば、家族に受け取った任命書のことを説明しなければなりません。
婚約破棄の慰謝料として与えられたのが、荒野にある村の代官という立場と金貨三枚だと。
家族は大層怒るでしょう。父は王宮へ乗り込んでしまうかもしれません。
我が家は吹けば飛ぶようなしがない伯爵家。
そんなことをすればお取り潰しになってしまいます。
(そういえば……。ずっと不思議に思っていましたが、そういうことでしたか)
歴代の王妃は、聖女以外はみな公爵家か侯爵家のご出身。伯爵家の令嬢が第一王子の婚約者など、通常ではありえないのです。
それでも私がハロルドの婚約者になったのは、他に殿下と釣り合う年齢の令嬢がいなかったからなのですが……。
よくよく考えてみれば、そんなことはありえません。
それも全て、いたいけな聖女と彼女を害する悪役令嬢アリーシャ・マクレーンの構図を作るために、原作の力が働いた結果なのでしょう。
そう考えれば、聖女が予定より早く誕生したのも、元婚約者という立場の悪役令嬢を作り上げるためだと理解できます。
私とハロルドが婚約破棄になったことで、王家とマクレーン家との繋がりは潰えました。
余計な波風は立てないに越したことはないのです。
(仕方がありません。別れを言えないのは心残りですが、このまま出発しましょう)
まず貸し馬車に向かった私は、慰謝料の金額三枚で馬車と御者を借り受けました。
店主に尋ねると、イグナス村があるカスタール地方まで馬車で三日ほどかかるそうです。
女一人御者一人の旅路など、盗賊に襲ってくれと言っているようなもの。
護衛を雇わなくてはなりませんが、私は一文無しです。
(それならば、お金を作りましょうか)
店主に1時間後に戻ると告げ、私は宝石店を探しました。宝石店を見つけると、そこで身につけていた宝石を全て売り払います。
エメラルドのイヤリングとネックレス。エメラルドとアクアマリンのエタニティリング。
金貨九十枚を手に入れ、次にギルドに向かいました。
ギルドというと物々しい雰囲気ですが、この世界には魔物も魔獣も存在しません。故に魔法もありません。
だからこそ、聖女の聖なる力は特別で、奇跡のように尊いのです。
魔物はいませんが盗賊はいますから、護衛はなかなか需要のある仕事なのです。
そして、その護衛を斡旋してくれるのがギルドです。
ちなみに、護衛の斡旋だけではなく、他の仕事もこちらで依頼をしたり受けたりできるのですよ。
前世でいうところの、職業安定所のような場所ですね。
ギルドの中に入ると、受付の少女が満面の笑みを浮かべています。
素晴らしい。スマイル0円というやつですね。
上位貴族は専属の護衛騎士を雇っていますが、伯爵家以下の貴族家では護衛騎士がいないのが普通です。
ギルドには貴族からの依頼も多いので、この少女も手慣れたものです。
「護衛のご依頼でしょうか? 何名ご入用ですか?」
「そうですわね。ニ名お願いしたいのですが」
「二名ですね。それでは、こちらにお名前のご記入をお願いします」
名前を書いた紙を少女に手渡すと、途端に少女の顔が血の気を失ったように蒼白になりました。
「アリーシャ・マクレーン様……! あ、あの……。も、申し訳ありません! 護衛は今日は全員出払っていて、お受けすることができません!」
(いやいや、今もそこいらに立っていますよね。暇そうに依頼を待っているガタイのよい護衛たちが)
などと空気の読めないことは言いません。
何か事情があるのでしょう。
「それでは、明日ならいかがかしら?」
「あっ、明日も護衛の依頼はいっぱいで……。お、お受けできません!」
「それなら明後日は?」
「あっ、明後日もです!」
少女の体は震え、すっかり涙目になっています。
他の受付の女性も心配そうにこちらを見ていますし、奥には顔を真っ青にしたギルド長らしき男性の姿があります。
(これは……。どうやら、圧力がかかっているようですね)
私に護衛を貸し出さないよう、誰かが圧力をかけたのでしょう。
少女の栗色の瞳から、とうとう大粒の涙が溢れてきました。
一介の平民が、それもうら若い女性が、いくら上からの命令といえども、貴族に楯突くのはどれ程恐ろしかったでしょう。
「わかりましたわ」
「も、申し訳ありません……!」
私は、少女の手にそっと自分の手を乗せました。
「いいのです。あなたは何も悪くないのですからね」
それから、ギルドを後にしました。
(それしても……。こんなに嫌われていたとは思いもしませんでしたわ)
誰が圧力をかけたかは明白です。
玉璽を押したのは国王でも、その采配をしたのは殿下でしょう。
私を荒野にある村の代官にし、慰謝料はその村までの馬車と御者代に当たる金額三枚。そして護衛を借りられないよう圧力をかけた。
カスタール地方はロッセリーニ子爵の領地ですが、街道が整備されていないので盗賊が多いと聞いています。
そんな道を、護衛なしで三日間走るのです。
それは、死ねと言っているのと同じこと。
(側室の打診を断ったのがいけなかったのでしょうか? それとも……。以前から嫌われていたのかもしれませんね)
私はロッセリーニ子爵から速やかに移動するよう申し付けられました。
イグナス村に向かわないのは、王命を無視したことになってしまいます。
(それならば、一人で向かうとしましょうか)
貸し馬車屋に戻り馬車と御者をキャンセルすると、店主はあからさまに不服そうな表情をしましたが、馬を一頭購入したいと告げると、再び営業スマイルを浮かべました。
店主が勧めてくれたのは、可愛らしい目をした薄茶色の雌馬です。
「この馬は小柄で、ガタイのよい男は乗せられないし、他の馬と対で使えないので持て余していたんです。馬具込みでお安くしときますよ」
「まぁ! ご親切にありがとう」
私は、その馬にオスカルという名前を付けました。
メスで人懐っこいオスカルとは気が合いそうです。
すでに渡してある金貨三枚と合わせて金貨八十五枚を支払い、残金は金貨八枚。
それから、商店で地図と紙とペンを購入し、家族に宛てて手紙を書きました。
『諸事情ですぐに出立することになりましたが、心配はいりません。新居の住所は後程お知らせ致します候』
(まあ、こんなものですかね。それから……)
衣料品へ行き、動きやすいオーバーサイズのワンピースを購入してそれに着替えます。
着ていたドレスを金貨五枚で買い取ってもらい、私とオスカルの食料と軽い鞄を購入して、食料を鞄に入れます。
ランプとランプにさす油、マッチ、ランプを体に括り付けるための縄を購入し、残金は金貨四枚銀貨六枚になりました。
(準備は万端ですわね)
それから、地図を開きます。
盗賊が襲うのは、貴族が乗る馬車や商品を運ぶ商会の馬車。馬車が通れないような細い道には、盗賊は潜んでおりません。
(それならば、この道を行きましょう)
カスタール地方まで、曲がりくねった獣道が続いています。どんなに道が悪くても、二日で辿り着けるでしょう。
ただし、余程の乗馬の実力があるならば。
私は、ハロルドの婚約者になった8歳の時から厳しい王妃教育を受けてきました。
中でも乗馬は得意中の大得意。
夜の森だろうと駆けていく自信があります。
指導者からは歴代の王族の誰よりも実力があると褒められましたが、殿下のプライドに傷がついてはいけませんから、それは一部の者しか知りませんでした。
見上げれば、空はどこまでも青く澄み切っています。
陽の光は柔らかく、心地よい風が前髪を揺らします。
何て旅立ちに相応しい日なのでしょうか。
「さあ、向かいましょう。新天地へ!」
私は、オスカルを走らせたのでした。




