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11.


「ドライブインは来週グランドオープン……営業開始の予定です。宜しければ中をご案内しますわ」


 それから、私たちは街道沿いにあるドライブインに移動しました。


「こちらがドライブインの受付です。街道から村に入りこちらに乗り付けますと、馬車に乗ったまま受付ができるのです。こちらに必要事項をご記入頂くと、受付スタッフ……従業員が鍵をお渡しします」


 受付は13畳ほどの広さで、奥は従業員の休憩スペースです。

 受付のスタッフは基本的に二人体制で、ドライブインは24時間営業のため、三交代のシフト制になっています。

 その他に、清掃担当と馬の世話をするスタッフが、こちらもシフト制で常在する予定です。

 

「鍵を受け取り進んで行くと、このようにそれぞれの番号が振られたログハウスが建っております。鍵に書かれた番号のログハウスに進み、その横に馬車を停めて頂きます」


 ドライブインの中には、全部で16棟のログハウスが建っています。

 ホテルではなくこのような造りにしたのは、宿泊する部屋の横に馬車で乗り付けられるようにしたかったからです。

 そのため、ログハウスの入り口は馬車を停める駐車スペース側に配置されていて、馬車を降りれば僅か数歩で部屋の中に入ることができます。

 ログハウスは10畳一間、常に清潔なリネンが敷かれたベッド、簡易テーブル、荷物置き場、その他に、体を拭くためのお湯を張る桶が用意されています。

 本当は各部屋に湯船を置きたかったのですが、この村の水は井戸で賄っている状況なので、そこまでには至りませんでした。


「なるほどな。一度も馬車から降りることなく、宿泊する部屋まで辿り着けるというわけだな」

「その通りです。このログハウスは1時間から利用でき、宿泊の場合は裏手にある藁を敷いた馬房で馬を休ませることもできます。その際は常在している馬の世話係がお世話をさせていただきますわ」

「これは、至れり尽くせりではないですか!」


 お二人はひときしり感心した後、今度は受付の向かい側にある建物に視線を移しました。

 

「それで、これは何なのだ?」


 二人とも、目に見えて浮足立った様子をしています。もう隠すのはやめたようですね。


「こちらはレストランですわ。ちょうど試食会をしておりますの。よろしければご一緒にどうぞ」


 レストランは横に長く、カウンター席が10席、テーブル席が6席用意されています。

 ドライブインの宿泊客でなくても利用でき、入り口が二つ設置されていて、宿泊客はドライブインの受付側の入り口から入ることができますし、反対側の入り口はどなたでも入れるようになっています。

 もちろん、宿泊客は部屋の中で食事をすることもできますよ。

 

 レストランの中に入ると、昼休憩を利用して来ているカリナとイルジャとスーザンがおりました。

 畑での作業が終わり次第、村長とベネットも合流する予定です。

 それからもう一人。浅黒い肌にガタイの良い男性は、コック長のニックです。

 ニックは元船乗りで、とある船の船舶料理人をしていたところを、その船にくるみタルトを卸していたフランツがスカウトしてきた人物なのです。

 四人にフェルナンドとエドワードを紹介した後、私たちはテーブル席に座りました。

 それから、ニックがレストランで提供する料理をどんどん運んできます。

 

 まずは、チリパウダーなどの香辛料で味付けした挽肉と野菜を、トウモロコシ粉のトルティーヤで包む、前世の世界のメキシコ料理タコスです。

 それから、フランスロレーヌ地方の伝統料理キッシュの材料にカボチャを使用したパンプキンキッシュ。カボチャは村の畑で収穫したものです。

 これから暑くなりますから、ジャガイモの冷製スープビシソワーズとカボチャの冷製スープを、コーンスープの代わりに提供します。

 ポテトチップスの新作は、にんにくパウダーと塩をまぶしたガーリック味。

 フライドポテトにはサワークリームのディップです。

 フェルナンドが、ニックに声をかけました。


「そなた、かなりの才があるとみたぞ。これまでどこで働いていた? 公爵家か? それとも王宮か?」

 

 困ったように頭をかきながら、ニックが苦笑いをします。


「俺はしがない船舶料理人ですよ。それに今出した料理は、全てアリーシャ様が考えたものですから」

「な、何だと!?」

 

 フェルナンドとエドワードが、困惑したような眼差しを私に向けました。

 

「貴族令嬢のそなたが、なぜこのような見たことも食べたこともないような料理を思いつくのだ」


 フェルナンドの輝くレモンイエローの瞳が、私を捉えます。


「アリーシャ・マクレーン、そなた、何者だ?」


 私は思いました。


(何だか面倒くさいことになりましたわね)


 それに、このフェルナンド・ルーグマンという男は何やら底が知れません。

 エドワードの方も、終始にこにこしながら栗色の髪をふわふわ揺らしていますが、時折鋭い視線を向けてきます。

 他の人間は気づかなくても、9歳の時から王妃教育を仕込まれてきた私にはわかるのです。


(そうですわ。その手がありましたわね)


「これは王妃教育の一環ですわ」

「そんなわけがあるか。この先一生宮廷料理人の料理を食べることになる王妃が、なぜ料理を習う必要がある?」

「お言葉ですが、あなたに王妃教育の何がわかるというのでしょう。王妃教育の内容は国の機密事項、本人と厳選された教師しか知りえません。なぜそんなわけがあるかと言い切れるのですか?」

「ぐっ……」


(よしよし、上手く言いくるめられたようですね)


 エドワードが、重苦しい空気になった場を取り繕うように、窓の外を指差しながら尋ねました。


「ところで……。さっきからに気になっているのですが、あれは何なのでしょうか?」

「あれは、フードコートですわ」

「ふーど……こーと?」


 レストランが開店しても、フードコートはこれまで通り営業を続けます。

 馬車を降りずに注文し商品を受け取るフードコートのシステムは、変わらず需要が見込めるからです。

 村で食事をしていく場合でも、急ぎの方はフードコートを利用した方が早く済みますし、レストランが満席の場合もフードコートをご案内できます。

 フードコートはかまどの数も増え、イルジャとスーザンの他に6名のスタッフが働いていてくれています。


「あちらのフードコートでは、馬車に乗ったまま注文し商品を受け取ることができますし、東屋で食事をしていくこともできるのですよ」

「この街道は、商人の往来が活発と聞いています。先を急ぐが腹ごしらえもしたい、そんな商人にとって願ったり叶ったりの場所というわけですね」

「おかげ様で、連日満員御礼なのですよ」


 それから、ゆっくりと立ち上がったフェルナンドが尋ねました。


「実は俺も気になっていた。あの人だかりは何なのだ?」


 フェルナンドの言う通り、フードコートの中に人集りができています。


「ああ。あれは……あれですわね」

「あれはあれ?」

「ニック、あれを持ってきてくださる?」


 ニックが、厨房からあるものを持ってきました。


「これは……この薄茶色の固まりは一体何なのだ?」

「これは生キャラメルですわ。あの人だかりは、この生キャラメルを注文する順番待ちをしているのです」

「生……きゃら……める?」 

「まずは召し上がってください。話はそれからですわ」


 フェルナンドとエドワードが、皿に載った生キャラメルを一つずつ口に入れました。


「な、何なのだ、このとろける食感は! この香ばしい甘みは!」

「甘さの中にほのかに感じるほろ苦さ、これはくせになりますよ。一個では足りません!」


 お二人とも、生キャラメルが余程お気に召したようです。皿の上の生キャラメルは、あっという間になくなりました。


 レストランの厨房には、氷を張った冷蔵室があります。

 これからこの地方は気温が上昇していくので、冷たい飲み物を提供したいという話が出たところ、元船乗りのニックの伝で、氷を安く仕入れることができるようになりました。

 そしてその氷を使い、冷蔵室が実現したのです。

 生キャラメルは基本的に冷蔵保存。そのため一度は作ることをあきらめましたが、こうしてレストランのメニューに加えることができました。

 レストランの開店に先駆けてフードコートで販売したところ、注文するお客様が殺到し、人集りができるようになったのです。


「ここは天国なのでしょうか? 僕は天国にいるのでしょうか?」

「何なのだここは! 何なのだここは!」


 二人とも二回言いましたわね。ずいぶんと興奮しているようです。


「この生キャラメルは、冷蔵室から出して1時間程度で溶けてしまいます。つまり、他で売ることも流通させることもできません。どういうことかおわかりになりますか?」


 フェルナンドとエドワードが、ゴクリと息を呑みました。フェルナンドが低い声で唸ります。


「イグナス村に来なければ、この生キャラメルは食べられないということなのだな」

「そういうことです」


 くるみタルトの人気のおかげで、この荒野にあるイグナス村の知名度は徐々に上がってきています。

 荒地の広がるカスタール地方。そこにある小さな村で、こんなに美味しいものが作られている。

 一体、イグナス村とはどのような村なのだろうか。人々は知りたくなるはずです。

 そしてこの生キャラメル。

 くるみタルトで知られるイグナス村には、村まで足を運ばなければ食べられない、世にも美味しい甘味があるらしい。

 それはどんな味なのだろうか? くるみタルトより美味しいのだろうか? 

 これからこの村には、多くの人が足を運ぶようになるはずです。

 それも、街道を通るついでに寄るのではないのです。

 このイグナス村を目指して、観光客がやって来ることでしょう。

 

「観光客が来ることを見越して、村の南側にペンションを建設予定なのですよ」


 若くて体力がありそうな若者8名が大工見習いになり、ローガン親子は張り切ってペンション建設の下準備をしてくれています。

 そうそう、フランツのことをすっかり忘れていました。

 くるみタルトの爆発的ヒットを受けて、フランツはその利益を元手に商会を立ち上げました。

 今では人を使う立場の立派な商会長。村の住宅地にも商店を出してくれているのですよ。

 レストランとフードコートで使用する食材や資材も全てフランツに任せていますから、その利益はいかほどでしょう。

 村人のため、たいした利益も出ないトウモロコシ粉で物々交換をしてくれていたフランツに、少しは恩返しができたでしょうか?

 それからもう一つ。くるみはユピシカの市場で出会った姉妹のいるアントワーヌ村から定期的に仕入れています。 

 これまでは、不作の年には死者も出ていたそうですが、村のみんなが生き延びることができると大変感謝されました。

 

 その時でした。

 フードコートにいる群衆の中から大きなざわめきが起こります。

 何があったのか確認しようとみなが立ち上がると、いの一番にカリナが小さな叫び声を上げました。

 

「アリーシャ様、あれ……!」


 街道に、滅多なことではお目にかかれないような、豪奢な細工が施された立派な馬車が停まっています。


「あの紋章は……」


 見間違えるわけがありません。

 その紋章は、わがワイマール国王室の紋章だったのです。


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