第一話 黄泉の国・三途の川の渡し守
『さぁようこそ黄泉の国へ
あなたのこれからの人生に悔いが残りませんように』
大勢の人がひしめく桟橋横の広場。
ひとりの少女があまりにも落ち着いた様子で立っていた―――
私は今から舟に乗って向こう岸まで行くらしい。
広い広い川の向こう岸は見えず、黄昏の色が反射して光っている。
辺りには順番待ちの列が無数に連なり壁のよう。
見えるのはなんとも言えない色をした空だけだ。
長い時間をかけて私の順番が回ってきた。
変わらない黄昏を背に、舟に乗り込む。
私の乗る舟の渡し守は少し歳上に見える男性だった。乗り込むために手を貸してくれた渡し守の顔をしげしげと見つめてしまう。
「…ありがとうございます」
「あぁ」
険しくみえた男の顔だが、そっけなく返された言葉にはこれといった悪感情は見受けられなかった。
舟には1人と渡し守の2人しか乗れない制度らしい。
そして「そのせいで人手不足なんですけどねぇ…」と嘆いていた死役所の担当者を思い出す。
「『出発します』」
と進み出した舟には険しい顔の男性と私のふたりきり。
特に気まづさは覚えない質の私は、ぽつぽつと質問を投げかけた。
「お歳はいくつですか?お若く見えますね」
「…死んだ歳でいえば16」
「あっ……そう、でしたね」
「君は」
「私も16歳ですよ。死役所の方にまだお若いのにと言われてしまいました」
そう言ってへらりと笑う。
男性はいまだ穏やかな顔ではないものの、険しいというより無表情に近かった。
「まぁ、そうだな」
自身も同じ16歳で亡くなったはずなのに、若いと素直に同意してくれる。
そこで私は確信した。口数も少なくで表情も固いけど、優しい人なのだと。
「…すこし自分語りのようなものをしても良いでしょうか」
「あぁ」
「昔話を、します。
私はただの田舎令嬢でした。…ただ、バカ王子とそれを誑かした平民女のやらかしに巻き込まれたんですーーー
私は12歳の時にある魔術学校に入学しました。
少しでも、得意分野を極めるためです。
私の代は第2王子と同い年で、当たり年と言われていました。まぁ、その後の展開を考えれば大ハズレなんですけどね。
入学した年は、例年と何ら変わりはなかったと思います。事件が起こったのは去年の春ですね。
ある平民の女子生徒が特待生として隣国の姉妹校から編入学しました。
最初は、明るく無邪気で、しかし鋭い勘ももちあわせている優秀な生徒、としか思っていませんでした。というか、なぜ3年になってから編入学してきたのか考えるべきでした。
まぁ結末から言いますと、とんでもない悪女だったんです。勘の鋭さも、もちろんその方の才能ではありましたが、無邪気さと両立させた結果、ものすごい計算高い、あざとい女性になってしまっていました。
どうすり寄ったのかは知りませんが、いつの間にか第二王子を堕としていまして。
第二王子の婚約者が他国との交易のためのものでしたから、こちら側に多額の賠償金が課せられました。ここまではまぁ良くはないのですが、理解できますね。
あろうことか、婚約者に使うべきお金を女子生徒に貢ぎ、国税にも手を出していたようなのです。本当に、どんな上手い口を使ったらそんなことが出来るのでしょうね?
少なくとも王太子は決まっていないとはいえ、第一王子もいらっしゃるのに。
そして、その後が重要です。
まさか第二王子に国政を任せるのか?と高位の貴族から反乱が起きまして、国が荒れました。国が荒れると平民は貧しくなります。
貧しいということは、正常な判断も、しにくくなります。
結果、内戦にまで発展してしまいました。
私は貧乏な貴族の出ですから、関係ないと思っていたんですがねー。
…貴族はもれなく『敵』になったようです。
巻き込まれて、火をつけられてしまいました。
ーーーまぁ、あまり苦しくはなかったんですけどね!
それにしても、知り合いも桟橋で何人か見かけましたし、大きい戦になってしまったようですね…」
「…そうか」
「そっけないですねー。まぁこんな話はよく聞きますよね」
「いや、あまりみんな口をきかないから新鮮だ」
「あなたは、思ったよりもおしゃべりがお好きなんですか?」
「そうだな、人並みだと思うが」
「こちら側に来るのは初めてですが、わくわくしてます」
「わくわくするのか…?」
進行方向を向いていた渡し守は振り返り、そこで初めて表情を変えた。
何とも言えない奇妙な生物を見るような顔をしている。
それが少しおかしくなって、元気よく言ってしまった。
「はい!わたくし、早く死にたかったんです!
願いがかなって大満足です。死に方は思っていたものと違ったから、その原因に少々怒っていたんですけどね」
「…そうか」
そんなことを言っても元の無表情に戻った渡し守は普通の態度だった。
私は少し首を傾げながら、話を逸らすように話題を振る。
「この舟も何故か馬車より速いですし」
「そういうものだ、でないと向こう岸まで遠すぎる」
「そうなんですねー。説明は受けましたけど、まだ向こう岸薄らとしか見えませんもんね」
「そうだな」
「………この世界は、広いですか」
「ああ」
「この世界にも、友達とか出来ますか」
「そうだな……俺も親友と言えるようなやつはいる」
考えるように顎に手を当てる仕草を見つめる。
「そうですか……でも、生活していけるかは不安ですね。みんな経験してきたんでしょうけど」
「この仕事も、別に応募したら出来るぞ」
「え。これって、なんか大事な審査とかあるんじゃないんです??」
「別に仕事をしてたら、何も言われないし、この川を渡れる時点でもう上にはどんな人間か把握されてる」
「え」
「そのうちわかるさ」
到着した桟橋に舟をつける。
乗る時のように差し出してくれた手をとり、陸地に足をのせる。
舟を固定し、確認したあと渡し守は私を振り返った。
「『さぁようこそ黄泉の国へ
あなたのこれからの人生に悔いが残りませんように』」
口調が違うので、決められた文章なのだと分かったけれど、その目からは無ではない感情が窺えた。
まっすぐにこちらを見つめる目には、見守るような柔らかい色が浮かんでいる。
じわっと心が温かくなり思わず笑顔が溢れる。
「はい!ありがとうございます!いってきます!!
またお会いできたら、お話しましょう!!」
「あぁ」
返事を聞き、キラキラと煌めいている街に向かって駆け出したーーー
笑顔で駆け出した後ろ姿に渡し守・アントンは、ぽつりと呟く。
「行ってらっしゃい」
「アンナ」
〜つづく〜
2人は恋人とかにはなりません(^-^)
いつか、掘り下げれたらと思います