人間の悪意
「久遠!!」
無銘を持ち斬りかかった。
が、久遠の周りには白い靄がかかった結界が俺から久遠を遠ざけた。
「どうなってる?」
「どうもこうもない、空海が居なければ結界の強度が落ちるとでも思ってた?」
正直そう思っていた、空海と言えば大きな結界を張ったと伝承で残っていた記述があるのを知っていた、だからあいつさえなんとかすればこの結界も強度が落ちると思っていた。
「空海はあくまでもこの皇居の結界と幻術だけで、俺自身を守るこれは俺の力だ」
「お前の偉人は誰だ?」
「俺の偉人は吉田松陰」
「吉田松陰…」
「ああ、必要なら俺の使う偉人の力を教えても構わん」
「それを俺に教えてみもお前に利益があるとは思えないが」
「教えても教えなくても変わらないさ」
「どう言う意味だ?」
「俺の力は口に出したものを現実に持ってこれるものだよ」
「は?」
「まあそうなるよな、でも直ぐに分かる」
「どういう意味だ?」
「お前の“正義”は誰のためにある? 己を満たすためか?民を救うためか?」
「この国の人の為だ」
「そうかなら知ると良いこの国の腐った現実を?」
そう言った瞬間に真っ暗な宇宙空間が広がった。
「ここは?」
「現実に居ては伝わるものも伝わらないからな」
「柚葉は?」
振り返っても柚葉はいなかった。
「安心しろあの子はこの作戦のキーマンだ、身は保証する」
そうして目の前の空間から扉が開いた。
「これから流れるものはこれから長い現実の一つだ」
そうして扉の向こうには駅のホームだった。
そこでは階段でおばさんがとある少年の背中を押して階段から少年が転げ落ちそれを見て、おばさんはニヤニヤして周りの大人も見て見ぬふりをして声をかけたのは若そうな女性だけだった。
「これを見てどう思う?」
「確かに酷いな」
「そうだろう、これは朝の通勤や通学時間の少し後だ。とは言えこれは到底許されないものだ、これをした女は初犯ではない」
「え?」
「何回もストレス発散で行っている。それだけではない」
次々に扉がありそれを一つづつ開けていく。
「夢を語った者は嘲笑され、変わろうとした者は潰された」
『制服の子どもが「変な奴だ」と笑われながら消えていく。
職場でアイデアを出した若者が上司に潰され、「空気を読め」と叱責される。
皆と違う服を着た少女が「キモい」と言われ背を向けられる。
空気が黒く霧のように人々を包み、同じ言葉・同じ表情に染まっていく。』
「顔を隠せば、心も隠せる。言葉は刃に変わる。“誰かの不幸”は、“誰かの娯楽”となる」
『見知らぬ人々がスマホを握り、「死ね」「炎上だ」「自業自得」と叫ぶ
一人の少女が炎のような言葉に焼かれながら倒れていく』
「表向きは平等、裏では“違い”が裁かれる。お前は本当に“日本人”か?」
『外国人に冷たい視線、母子家庭に向けられる無言の圧力
障害者が見えないように壁で隔離されている
普通じゃないと言われ続け、鏡の中で自分の顔が消えていく』
「働くことは尊い。だが“壊れるまで働け”など、どこの地獄の掟だ?」
『サラリーマンが夜のオフィスで倒れるまで働いている
上司の「みんな頑張ってるんだから」の声がエコーして押し寄せる
子供の絵に「パパへ いきててくれてありがとう」と書かれているのに、父は無言で倒れている』
「“心より形”“意思より礼儀”――虚構に微笑む仮面たち」
『結婚式、卒業式、面接、葬式…すべて同じ言葉、同じ笑顔
主人公が“何か叫ぼうとしても”言葉が口から出ず、笑顔の仮面が勝手に貼りつく』
「生まれただけで、終わっていた――子どもたちは未来を知らず、大人たちは過去にしがみつく」
『学校に通う子どもたちの目が死んでいて、教科書に「意味ナシ」と書かれている
老人たちが「昔は良かった」と唱えながら現代を塗り潰す
どうせ何も変わらないという声が空から降る雨になっていく』
「この国の地獄は、“誰も手を差し伸べない”という名の奈落」
『駅で倒れる人を、誰も見ない、誰も助けない
孤独死した老人の家に、ようやく見つけられたのは“腐臭”だった
家族と暮らす少年が「存在していないかのように」扱われ、透けていく』
「これが現実だ」
正直きつかった、これを見せられて心が痛む。
「それでも」
「これを見てもまだ助ける価値があると言い切れるか?」
「ああ、お前が見せているのは人の側面の一部だ」
久遠は何も言わない。
「人は誰しも悪い心を持っている、それでも全部が悪だと俺は思わない」
「と言うと?」
「パワハラしていても家に帰れば家族がいる、いじめていても成長すればその重みに気づくことがあるかもしれない」
「可能性の話はいらない」
「因果応報だ」
「あ?」
「俺はその言葉を信じる」
「悪事を犯してもいつかは自分に帰ってくると?」
「ああ」
「だが被害者はいつまでも傷が残り続けるぞ」
「だが生きていればその傷を癒せる存在に出会える」
「死んだ人間がいるのも事実だぞ」
「分かってるでも俺は生きるのを諦めないで遺志を残していった人間を知っている」
「そうか、お前の考えは分かった。死ね」




