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恋愛小説じゃなくて

作者: サラダ

「恋愛小説、読むのやめたの?」


 一人の少女が彼に話しかけた。

 黒髪は一つに束ねられ、片手に本を持つ、制服を着た少女だ。

「いつも読んでたのに」

 図書室のカウンター。その外から中に向かって、不満そうな口調でそう言う。


「複雑な事情があるんだよ」

「また小賢しい口調で」

 少女は呆れた顔をする。もうこれは僕の性格だから諦めてほしい、そう思いながら彼は難解な文庫本を捲っていた。文字の羅列が目に入る。五月蠅い羽虫の群れのようだった。


「だってさ、恋愛小説読んでる男子なんて珍しかったんだよ。読んでるときににやついてるの見るの楽しかったのに」

 そう言って近くの椅子を引き寄せ、腰をすとんと落とした。


「いくら読んでも現実じゃ小説みたいな恋愛なんかできないって気づいたから」

 彼はそう言った。少女は笑った。「どういう理由よ」

「でもそうだよね。青春費やしたところで現実じゃあ駄作みたいな恋愛にしかならないよ。私だって恋愛事とか内心飽き飽きしてるんだよね」

 そう言った後、恋愛事に厳しい少女は溜め息を漏らす。「でも、それぐらい分かって妄想してたんじゃないの?」


 彼は頷いて言う。

「ずっと、こんな格好いい主人公みたいな言葉を吐けたらいいな、とか思ってたよ」 

「そりゃそうだ。恋愛の秘訣本みたいなとこあるもんね、ラブコメって」

「秘訣」彼は口にした。そして続ける。


「恋愛小説じゃなくて青春スポ根物の小説なんだけどさ、主人公の憧れ的な、部活で一番強い先輩のキャラが居て、発する一言一言が格好良くて、好きだったんだよね」

「それで?」少女の相槌。


「途中で三年になったその先輩キャラが、大学では部活やらない、っていう選択を取るんだ。ちょっとがっかりして、でもそういうストーリーもありか、って思った」

「ならいいじゃん」


「けどさ、僕はその先輩キャラの作中でのそれまでの名言とかが大好きで、全く同じ状況になって同じ言葉を口にしてみたい、って思ってたんだ。自分もそうなりたい、って思ってた。

 けど、作品中の登場人物は、僕の思ってた行動と違うことだってする。それは僕が決めたわけじゃない、僕じゃできないような選択で、それでも僕はその選択を『アリだ』って納得しちゃうんだよね。それが、僕の悪い癖だと思うんだ」


 少女は難しい顔をしていた。

「……小説ってそういうものじゃない?格好良いセリフとか読んで、自分も変われることはあると思うけど」


「うん。そもそも小説は、大切なことを伝えるために書かれてるんだと思う。だから、自分で何かを決めるのを助けてくれる。でも、僕は恋愛小説を読んだところで何かを為すことなんてできなかった。

 だって、僕は決めるためじゃなくて決めてもらうために読んでたから」

そう言った後、彼は続けた。


「僕が今まで恋愛小説を読んでた理由は、どの選択が『アリ』なのか分からなくて、小説の登場人物にそのまま委ねてしまいたかったから。だから、自分が登場人物の選択に置いて行かれないように、納得しようとするんだ。こういう青春も『アリ』だよな、とか、こういう恋も『アリ』だよなとか。

 目的も進みたい道も、何かに重ねてしまえば楽だから。恋愛とか青春とかって明確な答えが無いから、自分が間違わないかと不安だったんだ。

 さっき言ったスポーツの漫画でも同じで、『これでいいや』って()()()()()()()()()()()()()()()()に読んでた」


「恋愛小説でも色んな展開を取り込んでしまってた。ヒロインが傷ついたときに涙を受け止めるシーン。痴漢から助ける展開。コンプレックスに対して救いの言葉を差し伸べる胸キュンポイント。委員会の仕事を助けて好感度上げ。努力の理解者。プレッシャーに苛まれるヒロインとの恋。そんなシチュエーションを読んで、法則を作って、その展開が自分にも訪れる妄想をして満足してた。けど、何かをすれば必ず成功するなんて答えは無いんだと思う」


「恋愛小説に浸りすぎてた、ってこと」

「そうだよ。心持ちが変わったから、ちゃんと現実を見ようと思ったんだ」


 少女は真顔で拍手した。「現実逃避から抜け出せてよかったね」


 立ち去る少女を見ながら彼は顔を赤らめて俯き、手元の本を見つめた。少女の愛読書だった。


 *****

 〈おわり〉

 *****


「……まったくさぁ」

 彼女は机に上半身を預け、うんざりした様に呟いた。紙の束をひっくり返して僕の方を見る。

「君が小説を書き始めたって言うから見てやったってのに、なんだよこれ。最初は良かったのに。変わり種の小説でも書きたいのか知らないけどさぁ」

 添削の場所は図書室の中だった。僕の書いた小説に指摘する。そういう体で小説を読んで貰っていた。

「君の中で変化みたいなものがあったんだろ?だからそれを書きたいのは分かる。けどさ、話が一方的すぎるよこれは……」

 そう言って欠点を上げ始める彼女の言葉を聞き入れる。確かにその通りだった。書きたいことを、伝えたいことを書いていたら独り善がりの文章になってしまってどうしようもなくなり、しょうもないオチで終わってしまった。何の展開が起こるわけでもないただ恥ずかしい文章に目を逸らしたくなった。でも、それでも、もっと書けるようになりたい。

 そう思って、その理由となる目の前の先輩を見た。図書委員で、強気な性格で、恋愛小説には厳しくて、というか恋愛に否定的で……今まで出会った事が無いぐらいに魅力的な先輩。


 僕は小説を書くのが苦手だ。でも、読むのは好きだった。毎日一人で学校生活を過ごし、ラノベを読んで妄想に耽って日々を過ごしていた。それが、図書委員の先輩に出合って、何時の間にか小説を書きたくなっていた。間違いだらけの駄作にしかならないって分かってたけど決めたことだった。だから、先輩に提出した小説は僕が思ったままの事を書いたものに過ぎなかった。

 書くのは苦手だ。でも下手くそでも伝えてみたかったんだ。自分で自分の恋愛を見つけたい、ちゃんと現実を見るのが大切なんじゃないか、って思ってる主人公を。僕もそう思うから。


 けどさ、どうしてだろう、僕は見てるだけじゃ嫌なのかもしれない。だって、読んで貰っている時の鼓動は、苦しくて気持ちよかった。妄想のシチュエーションに浸ってるのとは違う。()()思って感じた不可逆の文章。


 流れる時間の中で彼女を見る。もう僕はこの恋の中に居るらしい。

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