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第六十八話




「お初にお目にかかります。キャロル・シューリスと申します」

キャロルはオズヴァール王族達に跪拝し、挨拶する。


「何者だ」

国王と思しき男性が尋ねる。

国に入ってから、全てオズヴァール語だ。公用語など聞こえない。


「現在ゼクス殿下が経営しております商会で、此度会長代理を務めます。お見知りおき下さいませ」


「女が?じゃあゼクスはどうするんだ?」

国王がゼクスを睨む。

「ゼクス殿下は名誉会長ということで、とりあえず実務は私が与る形になります。殿下の負担を少しでも減らすため、会員各々が今まで通り尽力していく所存でございます」

キャロルは跪拝したまま告げる。

嘘は言っていない。


ゼクスは彼女の横に立ったまま、自分の家族達を見ていた。


「此度私が代理を務めます故、ご家族であらせられるオズヴァール国王陛下、王妃殿下、並びに王太子殿下にご挨拶をと思い、馳せ参じました」

「……それは丁寧に。で、シューリスとは何処の家門なんだ」

国王は尋ねる。


「ウィランディアの辺境伯でございます」

「結婚しているのではないのか」

「一応婚約者がいます。が、会長代理を務める間は仕事に専念する所存です」

「……ふむ。何故、ウィランディアの者なのだ」

国王はゼクスに向かって尋ねた。


「実務の腕があるから任せるだけです。それに貴族も平民も関係ありませんから」

ゼクスは答える。

「……まあ良い。して、土産は」

国王は尋ねる。


その言葉にキャロルは跪いたまま、手だけ少しぴくりと反応した。


土産だけ欲しがるなんて。

ゼクスのことを心配もしていない。何も聞かない。

チラと彼のことを見上げる。


「………ウィランディアの土産がいくつかと、商会の売上がございます」

ゼクスは笑みを深くして答えた。

ああ、怒っている。とキャロルは気付く。


「そうか!流石、我が息子」

国王が笑顔になる。

白々しい、とキャロルは内心で思った。

結局お金か、と思ってしまった。


「お客人。部屋は用意してある。ゆっくりするといい。案内させよう」

王太子であるゼクスの兄が騎士に命じる。


「ありがとう存じます」

キャロルは立ち上がり、綺麗なカーテシーをしてみせた。


「キャロル嬢。後程向かう。先に休んでいてくれ」

ゼクスは呼び方を変える。

「かしこまりました。折角祖国に帰ってきたのですから、家族水入らずゆっくりお過ごし下さいませ」

キャロルはゼクスにそう微笑みかけ、部屋に案内してもらうのだった。







部屋に案内してもらってから約30分後。

扉がノックされたのち、1人の女性が入ってきた。


「これは王太子妃殿下」

キャロルは跪拝する。


「あなた、ゼクスの何なのかしら」

腕を組み、彼女は尋ねる。

「何なのかと申されましても、ただの仕事の部下でございます」

「ふぅん?恋人じゃなくて?」

彼女は睨みながら言う。


「まさか。そんな訳ございません」

キャロルは苦笑して答えた。


そんな会話をしている所に「リリー!!」と叫んで入ってくる者がいた。

リリーとは王太子妃のことであろう。


「あら、ゼクス」

リリーは別に悪気もなく答える。

「何をしているんだ。彼女にはちょっかいをかけるな、と言っただろう」

ゼクスはリリーを睨みつけながら言う。


「分かったわよ」

リリーはそう言うと、後ろ手に手を振りながら部屋を出て行く。

それを見送ってから、ゼクスは部屋の扉を閉めた。


「すまなかったな」

彼は謝る。

「……私は大丈夫です」

キャロルはそう答えると、部屋に備え付けの茶器セットを用意し始める。


茶葉は道中で購入した物を出す。


「どうぞ」

キャロルは渋めのお茶を彼に出した。

「ありがとう」

彼は何も迷うことなくそれに口を付け、美味しそうに飲み、口を開いた。


「リリーがすまない」

「いえ。私は大丈夫です。それより、妃殿下を追わなくて構わないのですか?」

キャロルも自分用に淹れたお茶を飲みながら、そう問うた。


「構わないさ。キャロル嬢の方が大事だからね」

彼はそう答える。


「……あの」

堪え切れず、キャロルは思わず口を開く。

「何故ゼクス殿下の振りをしていらっしゃるのですか」

直球で尋ねることにした。


そう、部屋に入ってきたのは王太子である。ゼクスではない。


「何故、違うと思った?どこで気付いた?」

彼は態度を変えて、そう尋ねた。腕を組み、足を組み、キャロルを見つめる。


「え?全然違うじゃないですか。服は一緒でも顔が全然」

キャロルは答える。

確かに似ているのだが、彼女には別人に見える。

髪色も顔のパーツも一緒だが、纏う雰囲気は違うし、ゼクスなら王太子妃のことを「リリー」と呼ばないだろう。


元婚約者だとしても、だ。

彼は家族と距離を取っているのだから、王太子妃を名前で呼ぶことなど絶対にしない。

それは、今までの経験上のゼクスへの信頼のようなものだった。


「それに、ゼクス殿下に渋めのお茶を出す時は甘いつまみも一緒に出しますし」

キャロルは答える。

甘党なのだから、渋めのお茶を出すことも殆ど無いに等しい。

だが、本当のことを言う必要はない。


兄弟で家族だろうが、仲が良いとは限らない。自分然り。

それに「キャロル嬢」などと呼びはしない。


ゼクスはこうなることを読んでいたのかもしれない。

だから、家族の前で彼女のことを呼び捨てにしなかったのだろう。


「よく引っかからなかったな。褒めてつかわす」

王太子は述べる。

別に彼に褒められても何も嬉しくない。


キャロルは表情に出さなかったことを逆に褒めてほしいと思ったくらいだった。


「兄上、意地悪はおやめ下さい」

そう声が聞こえてきて部屋に入ってきたのはゼクスだった。

ゼクスは呆れ顔である。


「そのような服もお似合いですね」

キャロルはにこりと微笑みながら言った。

ゼクスは王太子と同じ衣装を着ていた。


「そう?堅苦しくて苦手なんだけど」

彼は少し肩を竦める。

「お疲れ様でした。お茶お淹れしますね」

キャロルは彼を労ると王太子とは違うお茶を出す。


「ああ、ありがとう」

ゼクスは受け取り、椅子に腰掛ける。

「よく気付いたね」

彼は一口お茶を飲んだのち、口を開いた。


「だって、全然違いますから。こうして並んで見ると、余計に違いますよ」

キャロルは微笑む。

空気感が違いすぎる。

ゼクスが王太子の真似をするならば話は違っただろうが、王太子がゼクスの真似をするには無理がある。


ゼクスと道中ずっと一緒だったのだから、キャロルが彼を分からない筈がない。


「そう?嬉しいね」

ゼクスは微笑む。

「ということだよ、兄上。彼女を試すのはやめてくれるかな」

「……仲が良いのだな」

王太子はゼクスとキャロルを見つめる。

その言葉に2人は微笑んだ。


「ゼクス。彼女のことは信頼しているのか」

王太子は尋ねた。

「勿論」

ゼクスは即答する。

「そうか」

その答えを聞いて王太子は笑顔になると、キャロルを見た。


「キャロル嬢。弟を頼む」

王太子は頭を下げる。

その行動にキャロルは目を瞬き、そして慌てた。


「え、ちょっ、あの、私に頭は下げないで下さい」

キャロルは慌て、王太子の前に跪く。

「本当にお優しいお兄様なんですね」

キャロルは微笑む。


「ゼクス様。周囲には誰もいらっしゃらないんですね?」

彼女は尋ねる。

「ああ」

だから、王太子が頭を下げたのだろう。


「わざわざ殿下が来られた理由をお伺いしても構いませんか」

キャロルは王太子を見上げて尋ねる。

「ゼクスを頼んだ。ゼクスがわざわざ人を連れてこの国に帰ってきたことはない。帰ってきても王宮に土産を渡してはいさようなら、だ」

「そうなんですね」

キャロルはくすりと笑ってゼクスを見た。


「そのゼクスがわざわざ人を連れて挨拶しに来たんだ。陛下達はゼクスの考えが読めないだろうが、僕は分かるさ」

王太子は言葉を続ける。


「これまでゼクスに金銭の補助を受けていたが、そうではなくなるということだろう。だろう?ゼクス」

彼はゼクスを見やる。

「………」

ゼクスはやはり、ナティクスの君主になることを述べていないようだった。

敢えて述べていないなら、キャロルから言う必要もない。


「ゼクス様はこれから忙しくなる身ですから、祖国に関わっていられなくなるでしょう」

キャロルは答える。

「成程。じゃあ、ゼクスを頼むよ。こっちのことは気にしなくていい」

王太子は告げる。

「……決別することになっても宜しいですか」

彼女は彼を見つめた。

「構わない。むしろ、ゼクスにはこの国は小さすぎる」

その言葉を聞いて、キャロルは微笑んだ。


本当に優しい兄らしい。


「その言葉を聞けて嬉しゅうございます。もし、これからゼクス様にご用事があっても私を通して下さいませ」

「ゼクスとは連絡が取れなくなるのか」

王太子は少し驚いたように尋ねる。


「そうですね。私が橋渡しになりますので、お察しの通り金銭的援助も今まで通りではなくなります。ゼクス様に抗議はなさらないで下さい。彼はこれまで以上に忙しくなりますので、何かあるなら私に。ゼクス様の手を煩わさないで下さいませ」

キャロルはハッキリと告げ、そのまま続ける。


「殿下の仰る通り、ゼクス様にはこのオズヴァールは小さ過ぎます。彼にはもっと相応しい場所がございますので、そちらに尽力して頂くつもりでいます」

「ゼクスに何をさせるつもりだ」

王太子の顔が怖くなる。


「ゼクス様に相応しい地位をご用意しているだけです」

キャロルはにこりと微笑む。

「………あなたは、ゼクスの何なんだ」

王太子は思わず尋ねた。


「お友達です。私はとても信頼しています」

「ゼクスの何を知っているんだ」

「そうですね……、貴族平民関係なしに実力主義な所が好きですよ。凄く聡明ですから、尊敬もしています。全て言わなくても何となく空気を読んでくれる所も好きです」

キャロルはにこにこしながら答える。


その言葉にゼクスは嬉しそうだったし、王太子は目を瞬いていたが、でも嬉しそうな顔をした。


「ゼクスのことは任せた、キャロル嬢。ここにいる間はゆっくりするといい」

王太子はからりと笑って部屋を出るのだった。




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