第六十四話
「キャロルちゃんにはこっちの色よ!」
「いやいや、こっちだろう!」
「こっちも映えるわよ!」
「…っ!確かにその色も捨て難いっ」
ゼクスとレイノルドが口喧嘩を始めた。
「喧嘩のようで喧嘩じゃないのか?」
アレアが思わず呟く。
「さあ?」
グレンは「アホらしい」と呟いた。
あれから10日後、ティムがナティクスにやって来て、色々とゼクスから引き継ぎを受ける。
「まあ、いいわ。とりあえず、これら全部持って行きなさい」
レイノルドが衣装やアクセサリーを全てゼクスに渡す。
「では、お言葉に甘えて」
ゼクスは唇の端を上げる。
「楽しみだなぁ、キャロル」
ゼクスは彼女に声をかける。
「もう少し休んでからの方がいいんじゃないですか」
キャロルは問う。
10日間休むことなく話を詰めていたのだから。
「大丈夫。キャロルといれる時間を長く取りたいしね」
ゼクスは微笑む。
「辺境伯。彼女を借りるよ」
「……まあ、宰相閣下がそれについては許可を出していましたからね」
ティムは仕方ない、という風に許可を出す。
「キャロル。もう色々と貸しをつくってくるなよ」
ティムはキャロルに言う。
「分かってます」
キャロルはそう言いつつも、少し浮かれ気分だった。
だって、オズヴァールに行けるのだから。
念願のオズヴァール。オズヴァール料理を堪能して、あれやこれや色々見て回って、オズヴァールを心ゆくまで楽しむのだ。
「こら」
ティムは彼女の額を弾く。
「本当に聞いてるのか」
「いた。聞いてますぅ。お土産、買ってきますから待ってて下さい」
キャロルは言う。
「……はぁ。まあ、ゆっくり休んで来い」
ティムは彼女の頭に手を置いた。
「アウダ様。よろしくお願い致します」
彼は丁寧にアウダに頭を下げる。
「はい。お預かり致します」
アウダも丁寧に頭を下げ返した。
「迷惑をかけないように。チョロチョロしないように」
ティムは最後にそうキャロルに忠告し、オズヴァールへと見送った。
♢
オズヴァールまではまあまあ遠い。
正直、普通に行って片道1週間くらいかかるだろう。
ゼクスと話をして時間を潰したり、読書をしたり、途中店で食事を取ったりとゆっくりゆったりな道中を過ごす。
ウィランディアを過ぎ、キャロルはグーっと体を伸ばしたのち、馬車の御者台へと上がる。
「キャロル様?」
アウダが目を瞬く。
「おじいさまもお休み下さい」
キャロルは微笑む。
「いえ、流石にお客様にそんなことをさせるのは」
「いいんです。ほら、ゼクス様も一緒にしますから。ね?」
キャロルはまだ馬車に乗っていない彼を見やる。
「仕方ないなぁ」
ゼクスは荷物をアウダに預け、彼女の隣に座る。
「偶には御者台もいいでしょう?」
キャロルは言う。
「キャロルとだから、乗るんだよ?」
「ありがとうございます。優しいゼクス様は好きですよ」
彼女は微笑みながら言うと、アウダが中に乗り込んだのを確認したのち、手綱を打った。
「……あんまり僕を煽らない方がいいと思うけど?」
ゼクスは先程店で買ったお菓子を彼女の口に放り込む。
「ん、美味しいですね」
「良かった。で、聞いてるの?」
ゼクスは呆れたように尋ねる。
「聞いてますよー。何のお話ししますか」
「……はぁぁ。まあいいや。何聞きたい?」
「聞いてもいいなら、ご家族のことを。あ、ゼクス様のことでもいいですよ?」
キャロルはチラと彼を見た。
「気になる?」
「気になりますよー。この機に是非」
キャロルは笑顔でそう言った。
「何から語ろうか」
ゼクスは考える。
「ご兄弟は?」
キャロルは突っ込んでみた。
「いるよ。兄が1人。僕とそっくりの顔してる」
「双子、なんですよね?」
キャロルは切り込む。
「そうなんだよ。でも、僕よりしっかりしてるよ?」
「ゼクス様は軽薄そうに振る舞ってますもんね」
キャロルはくすりと笑いながら言う。
「別にいいだろう?兄の方が真面目だからね。僕は兄に家を継いで欲しかったんだ」
「どうしてですか?ゼクス様の方が才覚がありそうな感じしますけれど」
キャロルは言ってみる。
ここまで商会を大きくした手腕といい、恐らくゼクスの方が上に立ったり、指導したりするのは向いている。
「だからだよ」
ゼクスは苦笑する。
「………本当に優しい弟君ですね」
キャロルは微笑む。
軽薄そうに振る舞うのも遊び人のように振る舞うのも、わざとなのだ。
兄に家を継いでもらいたいが為の演技。
自分の方が向いていると分かっているからこそ、そういう演技で家臣を騙したのだろう。
「まあ、そうでなければゼクス様とお会いすることは出来ませんでしたし、これで良かったのかもしれませんね」
キャロルは微笑む。
「嬉しいことを言ってくれるね」
ゼクスも微笑む。
「そのお兄様にはお会い出来るのですか?」
「……会いたい?」
「んー。どちらでもいいですけれど、まあ、会ってみたいのは会ってみたいです」
「となると、僕の両親にも会うことになるけどいいの?」
「構いませんよ」
キャロルは普通に答える。
「……あんまりいい思いしないかもよ?」
「どうしてですか?」
「僕は放蕩息子だからね。よく思われていないし」
「私と一緒じゃないですか」
キャロルはからりと笑う。
「ゼクス様の良さが分からない人は分からなくていいんですよ。私はゼクス様の良さを知ってますから、それでいいじゃないですか」
彼女はにこりとしながら言う。
「本当に僕を機嫌良くさせるのが上手いね」
「そうですか?それなら良かったです。それで、お兄様はどんな方なのですか」
キャロルは尋ねる。
「真面目なんだよ、とにかく。そして自分の得意不得意もよく分かっている」
「だからこそ、ゼクス様の方が才覚あるとお思いなわけですね?お兄様はゼクス様に家を継いで欲しかった?」
「……そんな雰囲気は出てたね」
ゼクスは遠いところを見ながら呟く。
「でしたら、お兄様もゼクス様と一緒でとてもお優しい方ですね。ご結婚の方はされてるんでしたっけ?」
オズヴァールの王子は結婚していた、はず。
キャロルは確認の為に尋ねる。
「してるよ。彼女なら、兄を任せられる」
その言い方的にキャロルは引っ掛かる。
「……元婚約者ですか?」
彼女は思わず尋ねた。
「まあね。でも、もう好きじゃないから!そこだけは勘違いしないで」
ゼクスは慌てて言う。
「知ってますよ」
キャロルはからからと笑う。
「お兄様ご夫妻にお会い出来るの楽しみにしておきますね」
「ああ。だが、兄に惚れるなよ?」
「そんなことある訳ないでしょう」
「でも、キャロルはすぐに誰とでも仲良くなるだろう?」
「嫉妬ですか?」
キャロルは少し笑いながら、ゼクスの顔を覗き込む。
「こら。手綱はちゃんと曳いてくれよ」
ゼクスが慌てて手綱を操る。
一瞬だが、馬車が揺れた。
「嫉妬に決まってるだろう」
ゼクスは彼女の額を指で弾く。
「ちょっと聞きたいんだけど、それであの狸宰相のジジイはキャロルの何なんだい」
「アウダおじいさまなら気付いているかもしれませんね」
キャロルは馬車の中にいるアウダに声をかける。
「本当か、アウダ?」
ゼクスは問いかける。
「……言っても宜しいのですか」
アウダは恐る恐る尋ね返してきた。
「まだ秘密にしておいては?」
「そう思いますか?では、まだ秘密で」
キャロルはからりと笑ってゼクスを見た。
「………まあいいや」
ゼクスは少し頬を膨らます。
「では、話題を変えましょう、ゼクス様。正体を明かす気にはなりましたか?」
「直球だね」
ゼクスは思わず笑う。
「分かっているくせに」
「そうですけれど、今からゼクス様の祖国に行くわけですし、元々着くまでには話す気でしたでしょう?」
キャロルは首を傾げて尋ねる。
「お見通しだね」
「これでもゼクス様とは付き合い長いですから」
キャロルは微笑む。
「それで?」
彼女は彼の顔を覗き込む。
「分かった分かった。今晩、宿で言うから」
「分かりました」
キャロルはくすくすと笑いながら頷いた。
「では、国のお話しをして下さい。どんな国で何があって……ゼクス様の口から自慢話を聞きたいです」
「そうだねぇ…。それなら……」
と、ゼクスは話し始めるのだった。
♢
2人がオズヴァールに向かっている道中、元帝国ではひたすら話し合いが行われていた。
元々皇帝がアーサーを皇女の結婚相手と考えていたこともあり、半分以上はすんなりと彼を王にすることに納得し、受け入れた。
だが。
「メディウス宰相!何故、そんなに落ち着いておられるのですか!?」
「国を裏切りウィランディアに嫁いだ女の子供ですよ!?」
誰かが叫ぶ。
反対派の一味である。
「半分はこちらの血だ」
ジョージは答える。
「ならば、こちらの貴族と結婚させたい」
「もうこの状況で帝国の血を続けるなど言ってられんぞ」
ジョージは冷静に言う。
「だが、帝国の血を絶やすのも如何なものかと思うのだが!!」
「その場合、また帝国純血派などと新しい派閥が出るだろうが」
「大体、公爵家へ婿入りした奴が出しゃばるな」
誰かが、ジョージをそう蔑んだ。
その瞬間、その者の首に小刀が刺さっていた。
「っ!」
「宰相っ!!!」
アーサーが思わず叫ぶ。何をしている?しかも、どこから武器を出した?
「今更何を言う。そして、宰相の地位にも就けんかった奴が何だ。黙っとれ。あー、永遠に黙ったな。それでいい」
ジョージはそれだけ言うと、また会議を続ける。
本当に何も無かったように。
「お前は馬鹿か!皇帝陛下がいらっしゃった時からあの方はそうだったろう!」
「元々暗殺の腕があったのを忘れたか!」
誰かが咎めるようにそう言う。
「宰相殿。今のは?」
アーサーはやり過ぎと言いそうになったが、言葉を変えた。
「戦の鬼であらせられるのだから、気にする程ではないでしょう?さあ、話を続けますよ。カトル、それを片付けておけ」
ジョージはそう言って、殺害した人物の始末を腹心に命じる。
「御意」
素早く動くカトルを横目にダリスがゆっくりと口を開いた。
「メディウス公爵。今のままの恐怖政治では、あなたがお亡くなりになったあと反対派から猛攻撃を受けます。今のああいった行動は慎しんで下さい」
「ほお。青二才が」
ジョージはダリスを見やる。
ティムがいなくなった途端、やりたい放題なこのご老人。
どうにか手綱を取ってみせないといけなかった。
「それより、話を進めようかの。戦の鬼の右腕殿」
ジョージはニヤリと笑って挑発するのだった。




