第三十八話
「はぁ。どうしよう」
キャロルは呟く。
今回は流石に酷い。
監禁されているようなものだった。
しかも3階のテラスのある部屋。飛び降りるとしたら、骨折は覚悟しなければならない距離。
折れたら逃げられない。なので、彼女は動けずにいた。
レイピアも取り上げられ、どうしたものかとずっと考えている。
部屋の外には何故か騎士がいるし。
外から鳥の囀りが聞こえ、キャロルはテラスの方を見た。
柵のところに鷹がいる。
「あ」
見たことのある鷹だった。
「フェル」
キャロルは駆けつける。
大公邸の鷹だ。早文はこの鷹が請け負うことが多い。
そして、足に手紙が括り付けてあった。
中を見ると、ダリスからである。
無事なのかの確認と、現状を教えて欲しいとのこと。
キャロルは素早く手紙を書いて、フェルの足に括り付ける。
「宜しくね」
キャロルはフェルを一瞬優しく抱きしめ、飛び立たせた。
♢
ティム・シューリス辺境伯は、連絡があってからすぐに騎士数名だけ連れて、秘密裏に少数精鋭で大公邸へと駆けつけた。
「すみません、閣下。娘がまたご迷惑を」
ティムは謝罪する。
「いえ、こちらこそ娘も同然な彼女を連れ去られてしまい」
アーサーは深く頭を下げた。
「して、連れ去られたとは?」
ティムは早速尋ねる。
椅子に座ることもなく、腕を組み、少し歩きながら思考しているティム。
「俺とダリスがいない内に伯爵が急に来られて、見合いをしろと」
アーサーは答える。
「見合い?ですか?あの子に?見合い?」
ティムの顔が歪む。
「やはりおかしいですか?」
ダリスは尋ねた。
「ええ。キャロル関連は私に連絡があるはずですから」
ティムは答える。
「さて、あやつは誰に唆されている?」
彼は顎に手をやり、考え込む。
「ダリス殿。なにかご存知ですか」
「フランベ家かカディラ家が有力候補かと思い調べましたが、そんな事はありませんでした」
「側近仕事を一緒にしていた者ですね」
ティムは言う。
「はい。次に帝国かナティクスかと思いましたが、それらしき影はまだ無かったです」
「ふむ。では?」
「エランドですね」
ダリスは答える。
「エランド元侯爵家か」
ティムは言う。
「あやつは何に釣られた?何を餌にされた?」
彼は考え込む。
「エランド家繋がりで、1人、男を見繕っていたのは調べました。その男を彼女の相手にするようです」
「誰ですか、それは」
ティムは睨みながら尋ねた。
「その男、怪しいです。素性が分かりませんでした」
「そちらで調べても分からなかったということですか。ふむ……では、後ろに国がいますね」
ティムは断言する。
大公邸の諜報活動はこの国随一だ。それが調べて分からないのであれば、それ以上の地位にある者だということ。
「………キャロルの重要さを知っている奴…」
ティムは思考する。
誰だ。
「ナティクスから漏れたか?それか……」
ティムはアーサーを見た。
「恐らく俺ですね。俺が出て来るのかどうか」
アーサーは答えた。
「流石にキャロルが1人になることはないですからね。俺のように遠征や戦に行くことはないですし。強行的ではありますが、まあ手としてはありですよね」
アーサーは言う。
呼び捨てした彼にティムは一瞬目を見張ったが、敢えて突っ込まなかった。
「ええ。彼女がどれだけの存在なのかを確かめるために」
ダリスも同意した。
「その男の似顔絵などはございますか」
ティムは問う。
「はい」
ダリスは1枚の紙を彼に見せた。
「………」
ティムはその似顔絵を見て、とても苦々しい顔をした。
「ご存知ですか」
ダリスは目を瞬く。
自分の情報網では、彼が誰か全く分からなかった。
「ええ、知ってます。………はぁ」
ティムはため息をつく。
「誰ですか」
「商人だと本人は言っておりますが、西のオズヴァールの王子です」
「は?」
アーサーとダリスが聞き返した。
「此度の件、この王子が楽しんでいるものだと思われます」
ティムはまたため息をつく。
銀髪の害のないような笑みを見せる糸目の男。
「何処からかナティクスと帝国、そして大公閣下のことを聞き及んだのだと思われます。それにキャロルが関係していた。この王子が出て来るのに十分な理由かと」
ティムは頭をぽりぽりと掻いた。
「何者ですか。あまり知られていないのでは?」
「ええ。とりあえず、楽しいことや面白いことが大好きなのですよ。暇潰しになるものを見つけたら、自ら首を突っ込んでくるややこしいお方です」
ティムは苦笑し、少し肩の荷を下ろした。
♢
「暇だろう?遊びに来たよ」
キャロルが監禁されている部屋に、その見合いの相手、ゼクスが入って来た。
「どれ。何をする?チェスでいいかい?」
「………」
キャロルは頬杖をついてため息をつく。
「暇なんですか。ゼクス様」
キャロルは言う。
見合い相手が誰かと思ったが、知り合いだったので驚いた。
鷹文でティムが到着したことを知ってから2日後、彼が現れた。
「今朝やっと到着した所なんだから、いいだろう?付き合ってくれても」
「……はぁぁ」
キャロルは大きいため息をつく。
彼女は彼の名前は知っているが、商人であることしか素性を知らない。
だが、いつも貴族相手に取引しているので、手腕は確かであり、貴族からの信頼も厚いのだとは理解している。
そして、とても賢い。
「……ゼクス様とチェスすると、疲れるんですよー」
キャロルはそう言いながらもチェスを用意する。
「えー。僕はとっても楽しいんだけどな」
「知ってます。とても楽しそうにしてるのは、見てて分かります」
彼女は息を吐く。
「なら良かった。キャロルも疲れるだろうけど、楽しいだろう?」
ゼクスはにこりと微笑む。
「えーっと、まあ、楽しいことにしときます」
彼女は答えた。
そう答えなければ、ゼクスが拗ねることを知っている。
彼は拗ねたらややこしい。構って構ってになるのだ。
「はい、やりますよ、ゼクス様」
キャロルは早速ポーンを動かす。
彼は、ふふ、と笑いながらチェスを楽しむ。
途中、彼が長考を始めたので、キャロルは外の見張りの騎士に言ってお茶と茶菓子を持ってきてもらうように頼む。
「………それで、ゼクス様」
キャロルは話しかける。
「ん?何だい?」
ゼクスは顎に手をやりながら、盤面を見てずっと考えている。
「どうやって、色々とこちらのこと知ったんですか?ゼクス様は違う国の方でしょう?」
キャロルは問う。
「んー?僕だから、じゃない?」
「はぁーー。理由になってますか、それ?まあいいですけど」
彼女はそう言って、椅子に深くもたれこむ。
「次の一手は決まりましたか?」
「んー。そうだねぇ。これにしよっかなぁ」
ゼクスは一手指す。
「ゼクス様の方が強いのですから、そんなに考えることないでしょう?」
キャロルはどんな手を指すか考えながら、そう告げた。
「いやいや。強さは君が追いつきつつあるから、僕もうかうかしてられないんだよねぇ」
ゼクスは頬杖をつき、彼女を見つめて答える。
「そうですか?」
キャロルは首を傾げながら答えると、駒を動かす。
すると、ゼクスはその一手を見て、にやりと笑った。
「いいねぇ。何百、何千という手がある中、最善手を見つけ出す時間が少しずつ短くなってるんだよねぇ」
彼は嬉しそうな顔をする。
「そうなんですか?」
キャロルはまた首を傾げる。
その時、部屋の扉がノックされ、お茶等が運ばれてきた。
「あー、そこでいいです。私がやるので」
キャロルは立ち上がり、ワゴンを受け取る。
そして、お茶を2人分注ぎ、茶菓子も置く。
「ありがとう。でも、お菓子は君の手作りが良かったなぁ」
「こんな監禁状態で無理に決まってるじゃないですか。それとも、そろそろこの部屋から出させてもらえますか?」
キャロルはお茶を飲みながら尋ねてみた。
「んー。それは無理」
ゼクスは微笑んで否定する。
「ですよね。分かってました。それより、うちの親にどうやって取り入ったのですか」
「前々から知り合いで、一目惚れしてたと言っただけさ。僕の商人としての仕事ぶりなどもきちんと調査させて、納得して受け入れてもらった。エランド元侯爵家とも取引していたし、今回のその家門との事件のこともあって、君の評判を落とさないようにと父上殿は思ったんじゃないかな?」
「成程……。もう1つ聞いても宜しいですか」
キャロルは彼を見つめる。
「いいとも。その代わり、何をくれる?」
「お菓子をつくります」
「おお!本当に!?僕の好きなやつ作ってくれる?」
「いいですよ。タルトでしたっけ?」
キャロルは尋ねながら、一手指す。
「覚えててくれたんだ。嬉しいねぇ。フルーツタルトがいいなぁ」
「いいですよ。フルーツはそちらで用意して下さいね」
「ちゃっかりしてるねぇ。いいとも。で、聞きたいことは何だい?」
ゼクスは尋ね返し、一手指す。
「私の何に興味があるんですか?」
「え?そりゃ全部だよ。剣の強さやその性格。令嬢では有り得ないじゃじゃ馬な所。面白いだろう?そして、数ヶ国語を操る語学とコミュニケーション能力。それによる、伝手の多さ、だね」
ゼクスは微笑みらながらそう答えた。




