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星の贈りもの  作者: ちゃもちょあちゃ
第三章 幽閉謳歌
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第68話 喜怒哀楽

 夜が明けて朝が来た。昨夜に流した涙が蝋のように固まり、目を開けるのに少し手こずる。現実を受け入れたくない、真実を知りたくない、そんな僕の思いが反映されているような気がした。僕の情緒とは裏腹に、今日も太陽は輝いている。カーテンをものともせず、太陽光が病室に入り込む。


 ベッドで横になったまま、窓の外をぼーっと眺めていると、部屋の扉がノックされた。返事をすると、扉がゆっくりと開いて、看護師さんが顔を見せた。不安を和らげる優しい笑顔、誰にでも使える万能な笑顔。看護師さんは失礼しますと言って、頭を軽く下げて部屋に立ち入る。看護師さんは僕の名を呼んで挨拶をした後、体調はどうか、食欲はどうかなど聞いてきた。僕は首を縦に振ったり、横に振ったりして質問に答えた。食欲はないがお腹は空いていると伝えると、「ではお待ちいたしますね」と言い、廊下の配膳台から5つの皿が乗ったおぼんを持って来てくれた。もう1人の看護師さんが、ベッドに跨がる長机を設置してくれた。そこにおぼんが置かれて、看護師さん達は部屋から出て行った。


 朝ご飯のラインナップを見るために、上半身をゆっくりと起こす。デネブに刺された傷からは、そこまでの痛みを感じない。激しい運動は難しいが、日常生活程度なら問題なさそうだ。


 朝ご飯は彩り豊かで健康に良さそうだ。ただ、体に良い食べ物が、都合よく美味しいとは限らない。味がしない。僕の舌が味を受け付けない。用意された食事の5割にも手は付けていないが、腹が満たされたので申し訳ないと思いつつも残す事にした。しばらくすると看護師さんが来て、残したご飯は机と共に回収された。


 何もできることのない僕は、ベッドで大人しく横になるしかない。心の中が軽くなって、空っぽになってスカスカになった。喜怒哀楽の全てを失っている気がした。人間の軸になる、4色の感情を今後取り戻せるだろうか。その不安が積まっていく。


 空腹を満たした影響だろうか、ほのかに眠気がやって来た。頭を空にして横になっていると、どうしても眠たくなってくる。眠りに身を委ねようと目を閉じると、ドタバタと騒がしい足音が耳に入る。不思議なことに、その足音は僕を探しているような気がした。予感の通り、足音は僕の病室の扉の前でスッと消えた。忙しそうなノックが扉を叩いた。勢いはそのままで、僕の返答も待たずに扉が開いた。


「あっ、いた!葵君!」


「理恵加さん」


 今ではもう、すっかり見慣れたスーツ姿の理恵加さんがベッドまで駆け寄る。理恵加さんの顔を見ると、少しばかり不安が和らいだ。


「元気?体大丈夫ー?」


「うーん、元気はないけど、体は大丈夫だよ。理恵加さん、無事だったんだね。良かったよ」


 理恵加さんと、話をするために体を起こす。


「うん!元気もりもりだよ!怪我もしてないし」


 ようやく話のできる人が来てくれた。もっとするべき会話はあるが、順序をすっ飛ばしていきなり本題をぶつける。


「あのさ、晴さんって」


 理恵加さんの顔から笑みが消えた。その時点でもう分かった。理恵加さんが会話を詰まらせるのを見るのは、これで2度目だ。誰の死を誰かに伝えるのは容易な事ではない。理恵加さんは言葉でも選んでいるのか、深く考え込んでいる。


「あー、晴さんはね、そのね、死んじゃったんだ。でもでも、富永さんとか他の人は無事だよ!ちょっと怪我しちゃったけどね」


「...そっか」


 覚悟をしていたとは言え、心には順当に重い負荷がかかる。これから何を話せばいいのか分からず、胸の内の後悔を声にする。


「僕のせいだ。目に映る人なら、死なせない道を模索できるギフトを授かったのに、結局何もできなかった。僕が臆病で優柔不断なばっかりに、晴さんを死なせた。デネブに晴さんが刺されて、倒れて動かなくなって喋らなくなった。その時にとっとと自殺してればよかったんだ。結局自殺を選べなくて、デネブに僕を殺すよう煽ったら、中途半端な傷負っただけ。最悪だよ」

 

「...別に葵君のせいじゃないでしょ。月見里さんを殺した奴が絶対悪いんだから。デネブがね」


「そうかな?」


「そうだよ!自殺も選ばなくても正解だったよ。どれだけ死んでも大丈夫な葵君でも、自殺したら流石に死んじゃうからね」


「え!?そうなの?」


「火を操るギフト持ってる人が、自分の火で火傷しないのと同じだよ。自分で自分を殺しちゃったら、本当に死んじゃうよ?葵君は何にも選択を間違えてないから、責任感じて落ち込む必要ないよ。全部デネブが悪いんだからね。月見里さんを殺して、葵君を殺し損ねたデネブがね」


「本当に?」


「えー、疑う?私って結構すごい鑑定のギフト持ってる人なんだよ?そんな私が言うんだから、間違いないよ。安心して信用していいよ」


「そっか。そうだよね。理恵加さんが僕のギフト見つけてくれたわけだし」


「そうそう!月見里さんが死んじゃったのは残念だけどさ、別に葵君の人生が終わったわけじゃないんだし。贅沢な願いかもしれないけど、私たちはさあ、寿命で死ねるといいね」


 無邪気に笑う理恵加さんを見て気付いた。所々暗い顔を見せはしたが、基本的にはいつも通りの様子。病室に入って来た時、いつもと変わらない様子で安心した。でも今は、人が死んだにも関わらず普段通りの理恵加さんを見て、軽い恐怖と不快感が襲いかかってくる。理恵加さんは、人の死に対して何も感じていない、僕の瞳にはそう映った。


 出会ってから今日まで、理恵加さんは強い人だと思った。何かを恐れて涙を流す姿も、怯んで硬直する姿も全く想像できない。理恵加さんは、圧倒的なまでの自分を持っている。きっとそれは、死を目前にしても崩れたりはしない。そんな理恵加さんに憧れてもいたし、尊敬もしていた。でも、人の死に動じないのは違う気がした。人として必要な感情を削ぎ落とした姿が強さだと言うのなら、僕は強くなれなくても、弱いままでも構わないと思った。


「理恵加さん、人が死んだ時に寿命で死ねるといいねとか、そんな事言っちゃ駄目だよ。非常識だし不謹慎だよ。まさか、富永さん達に言ったりしてないよね?」


「え?だ、ダメだった?」


 理恵加さんはきょとんとした顔で言う。


「そもそも、人が死んだのに何でそんなにケロッとしてられるのか、僕には分からない。家族でも友達でもないにせよ、関わりのあった人が死んだら普通はもっと落ち込むよ。堂々と言う事じゃないけど、僕はかなり落ち込んでるよ。さっきの発言も、今の君の態度も人として間違ってるよ」


 言い過ぎたとも思いつつ、そっぽを向く。理恵加さんと2人でいる時には、存在するはずのない沈黙が長く続く。あまりに遅い返答に痺れを切らし、理恵加さんに視線を向ける。そして、僕は肝を冷やした。

 

「え、泣いてる?」


 理恵加さんの目からは涙が流れていた。涙を手で拭う事もせず、手で顔を覆う事もせず、涙を流して立ち尽くしている。声を出してしまわぬよう、プルプルと震えて堪えている。信じ難い光景に両目を擦ってから再び確認するが、理恵加さんの目から涙が流れていた。


「ご、ごめん。その、あの、ちょっと言い過ぎた。本当にごめん」


 理恵加さんの涙を見て一瞬で我に返った。取り返しのつかない事をしてしまったと、血の気が引いた。晴さんが死んだ悲しみのみならず、星が死んだ悲しみも理不尽にぶつけてしまった。これは紛れもない僕の過ちだ。


「いいよ。私が、悪かったからさ」


 理恵加さんは涙を拭いながら、震えた涙声で話す。


「...いや、悪かったのは僕の方だよ。理恵加さんは悪くないよ。クズハキとしては多分、正解なんだ。クズハキなら、人の死に鈍感な方がいいよね。僕みたいに、いつまでもクヨクヨナヨナヨしてたら、クズハキなんか務まらないもんね」


「悲しい感情があるから、悲しくなりたくないって思いを原動力にして頑張れるんだよ。悲しいって感情は大事にしてもいいと思うよ?」

 

 理恵加さんの意外な返答に、僕は呆気に取られた。理恵加さんは窓側に移動して、テレビ台の上にあるティッシュを3枚取る。涙を拭き取ってから鼻をかんで、丸めたティッシュをゴミ箱に投げ入れた。ティッシュはゴミ箱の淵に弾かれ、床にぽとりと落ちる。


「あー、葵君に嫌われると思って泣いちゃったよ」


 冗談めかしく笑う理恵加さんを見て、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「そんな簡単に嫌いにならないよ」


 理恵加さんは膝を曲げて、床に落ちたティッシュを拾いゴミ箱に入れる。立ち上がると何かを思い出したようにハッとする。


「あっ!そうだ!私、ここに泣きに来たわけじゃないの」


「ごめんって」


 拭いきれない罪悪感が心をキュッとさせる。理恵加さんは壁に立て掛けてあった、パイプ椅子を開いて腰を下ろす。


「葵君に面会について教えに来たの」


「面会?あー、あの小林さんが言ってたやつ?大仕事の後にするって」


「そうそう!私たちはもう終わったんだけどね」


「面会って何を聞かれるの?」


「現場の状況が大半かな。今回はスペシャルな場面が多かったから、たくさん質問されたよ。タグ付きのダストでしょ、1等星の犯罪者のデネブとシリウス。大物が揃い過ぎてたよね」


 指を折り数える理恵加さんの、3本目の指が折れた時に耳に飛び込んで来た名前。シリウス、その名前を聞いてデネブに襲い掛かった男の存在を思い出した。


「シリウスって、もしかしてタグ付きに乗って、川に突っ込んで来た奴?」


「そうだよ。見てたんだね」


「シリウスって、めっちゃヤバい奴なんでしょ?丸山さん達に教えてもらったよ。他国の偉い人殺しまわってるって」


「そうそう。そんなヤバい奴と遭遇しちゃうとか、マジでヤバかったよね」


「何であんなところにいたんだろ?デネブとシリウスは知り合いみたいな感じだったけど、シリウスはデネブのこと殺す気満々だったよ。何が目的だったんだろうね?」


「さあ?私達が考えても分からないよ。まあ、その辺の話は面会の人にしてあげてよ。その現場を見てたのは葵君しかいないからさ、貴重な情報だよ」


「ああ、そっか、うん。そりゃあ、もちろん教えるよ」


 理恵加さんはこの話題に興味がないのか、足早に切り上げた。


「でさ、面会の担当者なんだけど、読心系のギフトを持った人でね、その人に隠し事とかは絶対に出来ないの。でね、今の葵君は、心をじっくり見られるとあんまりよくないと思ってね」


「え、あっ!そっか!」


 重大な事実を思い出した。それは僕のギフトについてだ。僕のギフトは悪星に認定されているギフトに酷似しているらしい。悪星は過去に悪用され、世界に大きな爪痕を残したギフトの総称。ギフトは世界に滞在し続け、宿主が死んだら新たな人間に再び宿る。悪星に認定されたギフトを持って生まれれば、当人が何もしていなくても問答無用で拘束され、死ぬまで牢屋で暮らす事になる。危険なギフトを世に解き放たないための処置らしいが、その話を聞いた時、僕は乱暴が過ぎると思った。


「僕のギフトが悪星に指定されてるギフトと似てるから、それを知られると終身刑になっちゃうんだっけ?」


 部屋には誰もいないが、一応小さな声で話す。理恵加さんは、小さく頷いた。


「うわあ、バレたら僕、一生囚われの身?最悪じゃん。隠し通せるかな?バレないようにって、ずっと頭の中で意識しちゃうから、速攻バレちゃう気がするよ。どうしよう?」


「それはもうバレちゃったから、心配しなくてもいいよ」


「えっ」


 僕があんぐり口を開けているのにも、お構いなしで理恵加さんは話を進める。


「富永さんと小林さんは隠し通せたんだけど、丸山さんがねー、失敗しちゃったんだよね」


「あー」


 バカにするつもりは全くないが、納得はできる。丸山さんは、隠し事が苦手そうな素直な人に見えた。面会の話が出た際にも、丸山さんは心を隠すのは苦手だと話していた。


「会議室で1人ずつ面会してたんだけどね、丸山さんの声が通路まで聞こえてさ、『あーちくしょーやっちまったー』って。それから全員会議室に呼ばれて、根掘り葉掘り葵君のギフトについて聞かれたんだよ。心の中の声を隠すのって、結構難しいからさ。富永さんと小林さんがすごいだけで、丸山さんが悪い訳じゃないから、恨まないであげてね」


「全然恨んだりなんかしないけどさ、え、じゃあ、僕は一生牢屋で過ごすの確定なの?」


「どうなんだろうね?ぶっちゃけ、葵君のギフトは良い意味でも悪い意味でも、世界をめちゃくちゃに出来そうだから怖くはあるよね。何回死んでもやり直せて、行動の結果を持ち越せるんだから。使い方次第では大勢の人を助けられるし、大勢の人を殺すことも出来ちゃう」


 ギフトの使い方を考えている余裕なんて全くなかった。


「まあ、葵君のギフトに限らず、他の強力なギフトでも同じだよね。絶対に裏切らない善人が持ち主なら心強い味方になるし、悪だくみをしてる悪人が持ち主なら手強い敵になる。もし、葵君の心の片隅に僅かでも悪意が転がってたら、牢屋に入れられちゃうかもね。それだけ持ち主に依存するから」


「ほんの少しの悪意でもアウト?それは無理じゃない?僕は別に、超ピュアピュアな完全善人じゃないし、頭の中の考えなんて、理性で制御出来るものじゃないし」


 星をいじめていた奴らを、痛い目に合わせてやりたいって、そんくらいは考えている。


「大丈夫!安心して!心を読まれなくなる方法を見つけたから、それを葵君に教えに来たんだ。せっかく仲良くなれたのに、一生会えなくなるなんて寂しいからさ、ヘマしないでね。葵君」


 理恵加さんは、僕に期待を寄せるように笑ってウィンクする。やっぱりこの人は、僕から見たらちょっとおかしい。

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