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星の贈りもの  作者: ちゃもちょあちゃ
第三章 幽閉謳歌
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第67話 孤独死

 布団から顔を出して曲げられた両腕、その先端の指が慎重につまむ遺書。全てに目を通し終えた。腕をピンと伸ばして遺書を目から遠ざける。


 遺書をつまむ指の全てを解任する。自由を取り戻した2枚の紙は、ふわふわと緩やかに下降して布団に着地した。遺書が居なくなって、開けた視界には天井が映る。役割を失った腕を下ろす。力なく振り下ろされた腕は、布団をぼふりとへこませる。腕が落ちる時の衝撃と風で2枚の遺書が跳ねる。


 寝転がったまま読んで正解だと思った。星の残した遺書が僕の涙で濡れてしまうから。


 星の遺書には僕の後悔が詰め込まれていた。


 星がいじめを受けていたなんて知らなかった。だって、星は優しくてお人好しで強い人間なんだ。いじめられるような人間じゃないと、勝手に決め付けてしまっていた。

 どうして死ぬ前に教えてくれなかったんだ、なんて言葉を吐く資格は僕にはない。


 「...どうして聞かなかったんだ」


 後悔は自然と声になる。悔やむことは、星に学校生活の話を聞かなかったこと。


 僕が転校してから会う度に、星は学校での話を聞いてくれた。友達は出来たのかだとか、楽しいかとか。まるで、引っ込み思案の子どもを持つ母親のように。星は心配性だなと思いながら、僕は呑気に質問に答えていたが、星にも同じ質問を返すべきだった。


 あれだけ聞いて来てたんだ。僕に聞き返して欲しかったに違いない。それが星にとっての緊急信号だったんだ。一言でも学校はどうだ、楽しいかと聞き返せばよかったんだ。


 僕が学校生活のことを聞けば、星は自然な形でいじめられていることを、打ち明けることが出来たかもしれない。それなのに、僕は気付けなかった。

 星といると居心地が良いから、自分の話ばかりしてしまっていた。どんな話でも笑顔で聞いてくれるから、たくさん話してしまった。

 星が僕にしてくれるような質問をしていれば、星の自殺を防げたかもしれないのに。


 「何が落ち着いてクールになっただよ」


 ゴミみたいな勘違いをしていた自分を殺したくなった。星は年を重ねて落ち着いて、上品でお淑やかな人間になっていたわけじゃない。心が擦り切れて疲弊していただけだ。


 遺書には、僕に相談すればよかったと書かれていた。いじめからどう耐え抜いたのか聞けばよかったと。その文章を見て僕は驚いた。星は僕に聞くまでもなく、そんなこと分かっていると思っていた。


 「僕の感謝が、足りてなかったのかな」


 僕がいじめに耐えられた理由なんて決まってる。隣に星がいてくれたからだ。あの時に1人ぼっちだったら、とっくに限界に達していた。でも、星の隣に僕はいなかった。


 「...僕が悪いんだ全部。完全に僕のせいじゃんか。僕が身の程知らずな夢を掲げて転校をしたから。転校なんか選ばずに星のそばにいたら、今でも星は生きてくれていたかもしれないのに」


 自分がそばにいたら、星は死ななかったかもしれないという考え。それは星にとっての自分の存在を過大評価した、生意気な思い込みなのかもしれない。


 もう1度自分が転校を選んだ理由を思い返す。


 僕は朝陽に感謝と憧れを抱いている。自分の命を顧みず、迷わずに人を助けることを選択できる、そんな強い人間になりたかった。だから、ダストから人の命を守るクズハキに憧れた。クズハキになって人を助ける立派な人間になりたかった。そのはずだったのに、星科に入ってからは助けるどころか失ってばかり。


 「そもそも助けられた側の僕が、どうして人助けをしようなんて思ったんだよ。それが出来ないから朝陽に助けられて、朝陽を死なせたんだろ」


 僕みたいな助けられるような弱い人間が、人助けなんか出来るはずなかった。命を犠牲に生かされた人生、大切にして生きることに尽くすべきだった。


 右頬を思いっきりつねって引っ張る。悲しみに呑まれて、全ての感覚が疎くなっていても、僅かに痛みは残留している。


 これは目覚めることのない現実。


 当面の間は作り笑顔すら浮かべられそうにない。悲しみが終わりを迎えることもないだろう。


 一通り涙を流し終えて、目が砂漠くらいカラカラに乾燥した。今日はもう眠ることに決めた。手を伸ばして布団の上の遺書を掴む。


 遺書を封筒に戻そうと折り畳む途中、白紙の裏面の右隅に書かれた文字が視界に飛び込んだ。


 「ん?」


 畳みかけの遺書を開いて、白紙の裏面を表にする。遺書の裏面には、4人の名前が羅列されていた。遺書の文字と比べて、こちらは随分と雑に書かれている。


 「...何だこれ。もしかして、いじめっ子の名前か?」


 4人の中の1人は知っている名前だった。同じ中学だった女の名前。星と同じ高校に進学していたようだ。1度同じクラスになったことがあったが、この女がいじめを犯していても驚きはしない。その程度の低俗な性格の女だった。


 「まあでも、決め付けるのは早いよな」


 名前の書かれた4人と、星の関係性を考えるのは後回しでもいい。今は先に考えないといけないことがある。


 母さんは星が自殺した理由は、分かっていないと言っていた。つまり星は、両親に残した遺書にはいじめられていたことを書いていなかったわけだ。星は両親に自分がいじめられていたことを、知って欲しくなかったのかもしれない。


 故にいじめのことを伝えるのは、星の気持ちを踏み躙る可能性がある選択になる。誰の気持ちを優先するべきなのか、僕には分からない。


 いじめられていたことを隠したい星の気持ちか、娘が自ら命を絶った理由を知りたがる両親の気持ち。


 「どっちを尊重すればいい?」


 そもそも、親は子が自殺した理由を知りたがるものなのだろうか。いや、知りたいと思う方が一般的な考えだろう。僕だって、星のこの遺書に死を選んだ理由が明記されていなかったら、理由を欲したと思う。僕ですらそう思うんだ。だったら、親が理由を欲さないわけがない。


 今のところ伝えたい気持ちが強い。理由がハッキリしない以上、親である自分に原因があったのかもしれないと勘違いして、自責の念に苦しめられているのかもしれない。両親の心に残っているであろう、不快なモヤを取り除いてあげたい。だが、今回は理由が理由だ。死を選ぶ理由なんて、大体ろくでもないことだろうが、今回はいじめだ。他者の介入と加害者の存在がある。星個人で完結していない問題。


 僕も気が付けなかったように、星はいじめられているようには見えない。それどころか、自ら命を絶つような人間には見えない。器用な星のことだ。きっと両親にもいじめられていることを悟らせず、普段通り自然に接していたに違いない。


 健康的に正常に日々を過ごしているように見えていた娘が、いじめが原因で自殺したと知れば親はどう思う。あまりにも落差が大き過ぎる。親は自分の子どもが、じめられていたことを知るだけでも、眠れなくなるほどの衝撃だろう。いじめが理由で命を絶ったとなれば、その衝撃は何十倍にも膨れ上がる。


 星の両親からすれば、解消しなければならないことが増えるし、考えなければならないことも増える。今より苦しくなるかもしれない。僕にはその判断を下す権利と義務が委ねられている。でも、そんなもの必要ない。


 星はもう死んだんだ。死にたいと思っている人間のその理由を知るのと、既に死んでしまった人間が死を選んだ理由を知るのは全然違う。星が生き返りでもしない限り、全て手遅れだ。これを伝えるのは星にとっても、星の両親にとっても酷な行為。

 伝えたところで何も解決しないんだ。だって既に星は死んでしまっているのだから。何の解決にもならない。星が生き返って、いじめっ子達に制裁が与えられれば解決と言えるだろうか。いじめに関わった人間全員に死んでもらえば解決になるのか。


 「打ち明けるか隠し通すか、どっちだ?」


 どちらにしても、僕がひとりで頭を悩ませても意味のないことだ。僕には、星を失った両親の気持ちなんて分からないんだから。僕に出来るのは的外れな心情の推測くらいだ。正解は回答を終えた後にしか判明しない。


 「あー、もお、どうすればいいんだよ。ダメだ。分かんない」


 選択から逃げるように目を閉じる。閉じた目を両手で押さえつけて更に蓋をする。瞼の遮光性能を疑っている訳じゃない。人生八方塞がりの人間がよくやるポーズ。冷たく凍えた手が、熱くなった目頭に当たって気持ちがいい。

 目を押さえつける両手を緩めて、瞬きが出来る程度の空間を作る。何も見えない空間で無意味に瞬きをする。瞬きをするたびに、まつげが手のひらに擦れて不思議な気持ちよさに出会う。


 「うあー」


 情けない呻き声をあげて、意味のない行動を終わりにする。2枚の遺書を折りたたんで封筒に戻す。ベッドのすぐそばにあるテレビ台。そこから伸びた引出しみたいな机に遺書を置く。


 「はあ、夢に出てきたら、これが正夢じゃないって分かっちゃう人が増えてきたな...」


 涙を流して疲労困憊の目を休ませる。全てから逃げるように眠りに身を委ねる。

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