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星の贈りもの  作者: ちゃもちょあちゃ
第二章 真涙偽血
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第63話 世界を巻き戻す鍵①

 水飛沫の音がして、ジャボジャボと川の流れに逆らう音が近付いてくる。デネブがゆっくりと、こちらに向かってくる。


 「よかったな。お前のあー、なんだ、上司の最後の言葉を聞けて。お別れも綺麗に果たせて満足したろ?次はお前の番だ。抵抗なんかせずに、大人しく着いてこいよ」


 デネブの話はすんなりとら頭には入って来ない。受け入れ難い事実から目を背けるように、ゆっくりと晴さんに視線を戻す。


 もう何が正解なのか分からない。


 僕が死ねば全部元通りになる訳じゃないのか。

 

 晴さんの残した言葉が気掛かりだ。


 『やり直せるのはお前だけだ』


 これがどう言う意味なのか分からない。そのままの意味で、死んでもやり直せるのは、僕だけと言うことだろうか。そうだとしたら、既に死んでしまった晴さんは、もう本当に戻らないってことになってしまう。

 

 坂の上の建物に視線を向ける。


 上でタグ付きと戦っている、みんなも危ないってことになる。1度でも死んだら終わる。誰も疑うことのない至極当然の話。


 いや、違う。そうはならないはずだ。思い出した。初めて学校で死んだ時のこと。あの時は学校中の人間、全員が死んでいた。その後、僕が死んだら全部元通りだった。

 だから違うはずだ。僕以外の人もやり直せる。死んだとしても、その後に僕が死ねば問題ないはずだ。


 晴さんが口にした気になる言葉はもうひとつある。


 『お前が俺を選んだ』


 晴さんの話を遮ってでも、この言葉の真意を追求しなかったことに強烈な後悔を抱く。でも、僕には無理だ。例え、もう1度あの場面をやり直せるとしても、晴さんの話を遮ることなど出来ない。

 あの時の晴さんの、本当に最後の瞬間みたいな、あんな顔で話されたら耳を傾ける他ない。


 頬から流れる涙を拭う。


 顔を川に沈めて、涙と鼻水と涎を洗い流す。顔から流れる液体の全てを水にする。川から顔を上げると、髪や鼻や顎からポタポタと水が滴り落ちる。


 「びっくりしたぜ。入水自殺でもすんのかと思った」


 デネブの声が間近に聞こえる。顔を上げて振り返るとすぐそばに、僕を見下ろすようにデネブが立っていた。僕はそれを確認してから、川に視線を落として再び俯く。


 まだ考えがまとまっていない。デネブは僕を、どこかへ連れ去るつもりだ。それまでに会話で時間を作って、その間にこれからどうするのかを決める。


 「...デネブ、お前自首しろよ」


 「はあ?する訳ないだろ」


 「お前何歳だよ?」


 「いくつに見える?」


 僕を映し出すほど綺麗じゃない、水面との睨めっこをやめる。デネブは面倒臭いおばさんのように、質問返しをする。顔を上げて、デネブの顔面を査定する。


 「38くらい?」


 「残念。32だ。やっぱり色んな修羅場を掻い潜って来たから、箔が付いてんだろうな」


 デネブは無駄に貯えた髭に手を当て、風格を演出する。年齢を上に見られたら落ち込むのが相場のところ、デネブは妙に機嫌が良く見えた。


 「32歳ならもう十分じゃん。残りの人生は牢屋で過ごしなよ。お前は大勢の人を殺して来たんだろ?」


 「否定はしない。確かにそうだが、誰かれ構わずって訳じゃない。人を殺すのは、誰かに依頼を受けた時だけだ」


 「どうして人を殺せる?普通無理だろ。さっきまで生きて動いていた人が、ぴくりとも動かなくなるのは怖いし気味が悪い。その原因が自分にあるのも鳥肌もんでしょ」


 「俺は昔、人間に家族全員殺されたからな」


 「...ふーん」


 「親近感でも沸いたか?どうだ?俺たち仲良くなれそうだろ?」


 「...無理に決まってる。人殺しは嫌いだ」


 「大体の人間は、人殺しのこと嫌いだと思うぜ。まあ、お前が人殺しが嫌いなのと同じように、俺は人間が嫌いなんだ。だから殺せる。なんてたって、家族を奪った憎い存在だからな」


 「意味が分からない。お前の家族を殺した奴らと、お前が殺して来た人間は無関係だろ。自分が酷い目に遭ったからって、それを無関係の他人にぶつける権利なんてない」


 「そう言うなよ。お前らクズハキだって同じだろ」


 「どこが?」


 「よくいるだろ?クズハキやってる理由が、家族だとか友達がダストに殺されたからって奴」


 「それの何が同じなんだよ」


 「そいつらが常日頃殺してるダストは、そいつらの大切な存在を奪ったダストとは別物だ。な?同じだったろ」


 デネブはお子様のような屁理屈を披露する。


 「お前の言いたいことは分かるけど、全然同じじゃない。大半の人は、人を殺したりなんかしない。でもダストは違う。ダストの大半が人間を見たら襲う」


 「ああ。まあ、そうかもな」


 「お前の言ってることは、捻くれた中学生みたいな屁理屈だ。それは高校生の僕から見ても、あまりにも幼稚な考えだよ。32歳なら、もっとしっかり考えてから話したほうがいいよ」


 デネブは顔色を変えることなく黙っている。


 「家族が殺されたって話してたけど、お前が何歳の時に殺されたんだ?幼稚園児くらいの時か?そうだったら納得だ。ロクな教育を受けて来なかったんだろ。少し可哀想だと思っちゃったよ。ごめん」


 「はっ、随分たくさん喋ったな。なら、今度は俺が話を聞かせてやるよ」


 「どんな話だよ」


 時間はまだ稼げそうだ。喜びを隠すため、興味の無さそうな冷たい声で返答する。


 「俺はこれまで色んな奴を殺して来た。善人だろうが悪人だろうが、依頼となれば関係ない。強いのは正義感だけの雑魚とか、重ねて来た罪に似合わない、拍子抜けするくらい張り合いのない雑魚。色んな奴がいた」


 「色取り取りの雑魚しかいないじゃん」


 「善人は自分が殺されるってのが分かると、案外すぐに受け入れる。大方、自分を憎んでいる奴が頭に浮かぶんだろうな。理解は早いんだけどな、向けられた理不尽に納得をする奴はいない。力では及ばないってことも、分かってるだろうに、生意気に口答えしてくる奴が多いんだ。今のお前と同じだな」


 「そりゃあ、僕は悪人じゃないから」


 「逆に悪人は潔いぜ。ついに、この時が来たかって悟ったような顔して、何の抵抗も無しに命を差し出してくれる」


 「お前に敵わないって判断したから、抵抗しないだけでしょ。それか、抵抗しなけりゃ、今までの罪を帳消しに出来るとでも思ってるバカなのか」


 デネブを見上げていた顔を下ろす。顔の向きを、晴さんの遺体に戻す。黒目を押し上げて、視線は晴さんの刀に向ける。


 「お前が言うには、悪人は潔いんだろ?だったら、悪人であるお前も潔く死ねばいい」


 左手を川底に突き出し、体のバランスを支える。右手を伸ばして、晴さんの刀の柄を握る。川底から引っ張り出して、水面から持ち上げた。その瞬間、僕の右手に軽い痛みが走る。

 刀を掴んだ僕の手に、デネブの素早い蹴りが入った。痛みと衝撃で刀を落とす。


 「やっぱり無理か〜」


 本気じゃなかった、お遊びだったとアピールするような、おちゃらけた声を出して誤魔化しにかかる。


 「気が合うな。俺もずっと、その刀気になってたんだよ。俺を殺すつもりだったのか?」


 デネブはしゃがんで、殺すような目つきで僕を凝視した。心臓の弱い子なら、この視線だけで死ねる。


 「...分かんない。案外、自害用かもよ?」


 「自害?俺が今まで見たことないタイプだな。でも、お前が初めてになってもらっちゃ困る。お前は連れ去ってこいって依頼だからな」


 デネブは刀を拾い上げ、僕の後方に投げ捨てる。


 「もう十分仲良くなれただろ?さっさと着いて来い。これ以上駄々をこねるなら、無理矢理にでも連れてく」


 「そんなリアルフェイス浮かべないでよ。もうちょっとだけ話してよ。僕はどこへ連れてかれるのかとか。目的地くらい、教えてくれたっていいでしょ?」


 殺し屋の世界では依頼主の公表は禁じられているのか、デネブは考え込むように黙る。川の流れが沈黙を浮き彫りにする。少しして、デネブは口を開いた。


 「...お前の遠い親戚。いや、遠くはないか。ここからは遠いけどな」


 「遠い親戚?」


 晴さんの口ぶりからして、依頼主は月見里家だと断定しても問題ない。月見里家と僕の間には、何らかの関係か繋がりでもあるというのか。


 「その遠い親戚ってのは、もしかして月見里って家?」


 「...知っているのか」


 「詳しくは知らないよ。何か、すごいギフトを代々継いでるとか、そんくらいなら知ってる」


 「誰に聞いた?」


 「お前が知りたがってるなら、絶対に言わない」


 「まあ、今回はいいや。と言うか、俺には関係ない話だし」


 「僕は月見里と親戚なの?」


 「そう言ってたぜ。詳しくは、会って当人達に聞いてくれ。お前の到着を心待ちにしてる」


 デネブは腕を引っ張って、僕を立ち上がらせようとする。まだ策がまとまらない僕は、必死に抵抗して座り込む。


 「待ってよ。デネブ、お前は月見里家とどんな関係なんだよ?」


 「それ聞いたら大人しく着いてくるか?」


 「そりゃそうだよ!だから一旦腕離して!めっちゃ痛い!」


 デネブはぶっきらぼうに、僕の腕を解放した。じんじんと痛みを訴える腕を、もう片方の手で抑える。絆創膏を貼るように優しく包んでから、デネブを見上げる。

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