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星の贈りもの  作者: ちゃもちょあちゃ
第二章 真涙偽血
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第62話 開幕

 デネブは入れ替えに使ったナイフを拾いに向かう。


 「もう分かってると思うが、俺のギフトは数十秒触れた物を入れ替えの対象に出来る。まあ、1度に対象に出来る数に、限りはあるけどな」


 デネブは天を仰ぐ晴さんにそう言って、ナイフを拾い上げて大切そうにポケットにしまった。


 「戦闘に使えるギフトがねえのに、よくやったなお前。久しぶりにハラハラしたよ」


 デネブが晴さんに感想を伝える中、僕は車の陰から飛び出して、晴さんの元へ全速力で走った。足の痛みなんか忘れた。歩くを通り越して走った。

 スーツが水を吸って気持ち悪いだとか、水が跳ねてズボンの裾や靴下が濡れるだとか、普段なら気になることは頭からさっぱり消えた。


 デネブはナイフを拾い上げて、ポケットに大切そうにしまった。晴さんに突き刺さったナイフは引き抜かず、そのままにした。

 満足そうに深呼吸した後、僕を見た。デネブと目があってすぐ、位置の入れ替えが再び起きた。僕とデネブの位置が入れ替わる。横たわる晴さんが目の前にいた。


 「晴さん!!」


 しゃがみ込んで晴さんに声をかける。


 「おお!葵か!」


 晴さんは僕を見て、いつもより大きな目で、高い声で笑った。致命傷を負った人間のものではない。


 「え?あ、はい!葵ですよ!」


 晴さんの勢いに気押されて、困惑する心を誤魔化すように大きな声で返事をする。


 「あははは!あー、ははっ、こんなに心が晴れやかなのはいつぶりだろうな」


 川にも負けないくらい爽やかに笑って、晴さんは僕を見つめた。


 「...は、晴さん?」


 「死に際にギフトの効力が失われるってのは、どうやら本当みたいだな」


 そう呟いた後、晴さんはまた笑った。その笑い声は酷く乾いていた。徐々に消え入る笑い声からは、落胆が垣間見えた。


 「ぼ、僕は、どうすればいいですかね?」


 答えが分かり切っている質問。こんなこと聞かなくとも分かっている。僕のすべき事はただひとつ。もう1度死んで、晴さんが死ぬ前の世界に戻ることだ。

 晴さんの指示があれば喜んで従おうと思っていた。だが、今の状態の晴さんからは、その指示を受けることも難しそうだ。


 首にかかるペンダントに目を向ける。星石から何かを取り出せばいい。それで僕は...


 後ろを振り返り、デネブを確認する。デネブが何か仕掛けて来る様子はない。ただ佇んで、こちらを見ているだけ。何を思って僕たちを見ているのかは、その表情から読み取ることは出来ない。

 デネブは僕を連れ去ると言っていた。殺すつもりなら、今がチャンスだ。それでも仕掛けて来ないということは、どうやら本当に僕を殺す気はないようだ。


 デネブが僕を殺してくれないのなら、自分で自分を殺す。自殺するしかない。僕には躊躇している時間なんて残されていない。


 理恵加さんは言っていた。僕は死んだら、意識を失っていた直前まで戻る。

 このまま時が順当に進めば、晴さんは命を落としてしまうだろう。晴さんが死んだ後に、僕が気絶でもしたら、もう取り返しのつけようがない。


 デネブが僕を連れ去る時に、気絶させるかもしれない。十分にあり得る話だ。今はまだ、突っ立って僕たちを見ているだけだが、それをいつまで続けるのか分からない。

 デネブの気が変われば、すぐにでも僕は連れ去られるだろう。僕には大した抵抗なんて出来ない。だから、躊躇なんかしている暇はないんだ。


 星石を強く握り、武器を取り出そうと頭の中でイメージを膨らませる。


 「あれっ?」


 星石から武器が出てこない。


 「くそっ、なんで?」


 頭がパンクしそうだ。いろいろ考えている。いろんな感情が巡っている。

 こんな状況下で、武器だけで脳みそをいっぱいにして、正確にイメージする事なんて出来ない。星石は使えない。


 でも大丈夫だ。晴さんの刀を使えばいい。すぐそこに転がっている。刀を取りに立ち上がろうとすると、晴さんが僕の腕を掴んだ。


 「晴さん?どうしました?」


 晴さんは何も言わずに、僕を見つめて首を横に振る。僕の腕を掴む晴さんの力は弱い。掴むというより、包むと言った方が正しい優しさ。

 やろうと思えば簡単に振り解ける。晴さんは何を思って、僕の腕を掴んでいるのだろう。


 「あれ?」


 だんだんと視界が薄れていく。晴さんの顔がぼやけていく。頬に涙が流れて、視界が晴れた。僕はどうして泣いているんだ。

 晴さんが死にそうだからか。晴さんとは、出会ってからまだ2週間程度しか経過していない。

 そんな関係も信頼も薄い人が死ぬくらいで泣いてたら、僕はこれから、一体どれだけ涙を流さなければいけないのか。悲しいことがあったらすぐに泣いて、このままでは、僕はずっと弱いままだ。


 こんな時に思い出すのも昔の話。自分のギフトが分かった時から、頭にこべりついて離れてくれない。


 あの時、僕が死んでいれば朝陽は死なずに済んだはずだ。僕がいち早く物音に気付いて、朝陽を庇って死ぬことが出来ていれば、全部なかったことに出来た。

 分かっていれば、あんな山へ行って遊んだりなんかしなかった。あの時だ。あの時、あの瞬間、僕が死んでいれば、今も朝陽が隣にいたかもしれないのに。


 思えば朝陽とも出会ってから、2年も経っていなかった。お別れはすぐにやって来た。

 僕は朝陽が死んだ後、病室のベッドの上で涙を流していたんだ。あの涙は何だったんだ。考えれば考える程、分からなくなる。


 責任を和らげるために、涙を流していただけ。責任を感じて泣いてただけだ。自分に責任のない誰かの死に涙はないだろう。僕は弱くて、本当にどうしようもない奴だ。でも、そう思うのも今日で終わりだ。


 自分に自信がないからって、自分を弱い者だと思い込んで安心するのは、もうやめにしよう。自分の頭の中でだけでも、自分を強者に仕立て上げなければならないんだ。人は人が死んだら悲しむものなんだ。涙は別れを惜しんでいる。

 だから、今流れるこの涙が本物になる前に、僕は死んでやり直さなきゃいけない。晴さんの命を取り戻さないといけない。


 「何、する気だ?さっきから死にかけの俺を無視して、俺の刀ばっかり見やがって」


 決意を固めた僕に、晴さんが話しかける。僕の腕を掴む力は、さっきよりも弱くなっている。


 「晴さん。僕が死んでやり直さなきゃ、晴さんが本当に死んじゃいます。だから、僕は今すぐ死なないといけない」


 「...やめろ、無駄だ。お前が俺を選んだ。今はただ、それが嬉しい。やり直せるのはお前だけだ」


 「晴さん?それ、どういう意味ですか!?」


 答えを求めるように晴さんを見つめていると、信じられない光景を目にした。晴さんの目から涙が溢れた。その涙を目にした途端、僕の頭が白紙に戻った。


 「え、泣いてるんですか?」


 「そんなことに触れてくれるな。お前も泣いてるだろ」


 晴さんは目を閉じて、涙を断ち切ろうとする。再び開いた目は潤いを保っていて、涙はそう簡単には帰ってくれないようだ。


 「気にするな。これは嬉し涙みたいなもんだ。悲しさもあるが」


 晴さんのこと、血も涙もない人だと思ってた。僕には優しく接してくれていると思った。でも、その優しさにはどこかぎこちなさを感じた。そのぎこちなさを嫌悪したことなどない。


 「そうだ葵。死ぬ前に、お前に聞きたいことがあったんだ」


 「はい。何ですか?」


 「どうして、お前は俺に話を聞かせてくれたんだ?」


 「え?話ですか?」


 「つまんないだろ。俺に話なんかしても、反応が薄いし、特に何も言わない」


 晴さんは申し訳なさそうに言った。


 「別にそんなことなかったですよ」


 「俺はこのギフトのせいで、周りに迷惑を掛けて来た。仲良くなろうと気さくに話し掛けてくれた奴も、いつの間にかいなくなっていた。話し始めで内容が全部分かるんだ。俺は演技なんて出来ないし、上手くリアクション出来なかった。そうやっていつしか、俺に話し掛けないことが、俺への最大の気遣いになっていったんだ」


 晴さんは今までの出来事を、懺悔するように話す。


 「だから、お前がどうして俺に話を聞かせてくれたのか気になったんだ」


 「えー、えっと、仲良くなりたかったのと、晴さんが静かなの嫌いって言ってたからです。別に騒いで、うるさくしようしてた訳じゃないですよ?心地良い雑音になればなーって感じです」


 晴さんは静かに控えめに笑う。これが晴さんの本来の笑い方なのか、死の淵に立たされていることが影響しているだけなのかは、僕には分からない。


 「やっぱりお前は優しい子だ」


 晴さんに真正面から褒められるのは初めてだ。顔が少し熱くなる。

 晴さんは僕の目を見て微笑んだ。不慣れで不器用な微笑みは、優しさで溢れていた。それを見て、目の奥で涙が作られているのを感じる。


 「お前から話を聞いて、ギフトの効力が弱まっていることに気付いて、少しテンションが上がったんだ。誰かの新鮮な話が聞けるって。同時に、死が近づいていることに落ち込みもしたが」


 あの時の沈黙は、喜びと悲しみが相殺した結果のものだったようだ。死が近づいてるのに、喜びの感情が混じってしまうような、そんなギフトを持っている晴さんを可哀想だと思ってしまった。


 「車の中でお前に、面白い話を聞かせてくれなんて言ったが、俺はただ、お前がこれまでどうやって生きてきたのか、それだけが聞きたかった」


 僕の返答を切望する、晴さんの視線が向けられた。


 「どうやって生きてきたかですか?んー、まあ、今日まで、嫌なことも悲しいことも沢山あったけど、あんな大災難に巻き込まれた割には、毎日幸せに生きてる方だと思います」


 晴さんは満足そうに、噛み締めるように笑う。


 「最後に約束してくれ」


 「はい」


 「隕石の話をしたよな」


 「岐阜に落とされた隕石。あの隕石を岐阜に落とすよう、仕向けた奴を探すと誓ったが、あれは忘れろ。俺から話しといて悪いな」


 「な、なんでですか!?これからも、2人で頑張りましょうよ!」


 「調査には危険が付きまとう。自分から危険なことに近付くのはやめてくれ。死なないからって、雑に生きるなんてことはするな。平和に暮らして生きてくれ。そして、誰の言いなりにもなるな」


 晴さんの声は、後半につれて徐々に力を失っていた。川を流れる水の音がうるさくなる。


 「晴さん!?何で、何でそんな、最後みたいな会話するんですか!?」


 「じゃあな、葵。最後に逢えてよかったよ」


 晴さんの瞳が光を放棄した。体の全てが何もかもを放棄した。あたりの音は、川を流れる水だけだ。

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