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星の贈りもの  作者: ちゃもちょあちゃ
第二章 真涙偽血
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第60話 空腹のナイフ

 デネブは走って勢いをつけ、手すりを乗り越え、通路から身を投げた。重力に逆らうコートが靡く中、重力に従って落下するデネブは、空中でバランスを取り、手に持つ2本のナイフを富永さんに向かって投げつける。


 富永さんは向かってくる刀の1本を刀で弾き、もう1本は体を逸らして避けた。弾かれたナイフは、僕の足元に飛んで来た。


 作戦通りだ。


 デネブとの戦闘は、晴さんと富永さんの2人が請け負うことになっていた。僕と横に並ぶ小林さんの仕事は、ナイフを一箇所に集めて見張ること。


 デネブの所持するナイフは、全てがデネブの逃げ場にもなり、攻撃をする際の起点にもなる。何も気にせずに戦えば、ナイフは散り散りになる。そうなったら、デネブは色んな場所に移動し放題。デネブにとっての最高の殺しの場が仕上がってしまう。


 それを阻止するのが、僕と小林さんの役割だ。そして僕と小林さんには、もうひとつ役割がある。それは、集められたナイフとデネブが入れ替えをした時、目の前に現れたデネブを仕留めること。


 僕も小林さんも、デネブと戦う晴さんと富永さんの援護をしない。一瞬でも隙を見せれば、そこを突かれて殺されてしまうからだ。注視するナイフは、自分の足元にあるものだけ。


 万が一、誰かの命が危うくなった場合は、理恵加さんの出番だ。理恵加さんの役割は、デネブを確実に仕留められそうな時の狙撃、誰かの窮地を救う際の狙撃。

 丸山さんの消えるギフトはかなり体力を使うらしく、ギフトを維持しているだけで精一杯のようだ。自分と理恵加さんにギフトの効果を乗せているわけだから、単純に考えて加わる負荷は2倍になる。


 全員が重要な役割を持ってここにいる。


 落下途中のデネブと、富永さんが避けたナイフが入れ替わった。その瞬間晴さんは、デネブが入れ替わりに使用したナイフの元へ走り出す。

 間合いを詰め切り掛かるデネブのナイフを、富永さんは冷静に刀で受け止める。


 「お前もやるな」


 僕の位置からはデネブの背中しか見えない。顔など見えるはずがないのに、デネブのニヤけ面が見えた気がした。

 デネブは富永さんの刀との押し合いをやめ、ナイフを引いて真上に投げ飛ばした。


 次はそのナイフと入れ替わるつもりか。いや、そう決めつけのが危険なのだ。既にこの場には、デネブの入れ替わりの対象となるナイフが数本ある。

 先読みでナイフに攻撃を仕掛けると隙が生まれる。現段階では、確実にそこにいるデネブへ攻撃するのがベストだろう。


 ナイフの元へ辿り着いた晴さんは、そのナイフをこちらに向かって蹴る。それと同時に、デネブに向かって発砲した。弾丸の通り道には富永さんもいるが、その判断に躊躇いは見えなかった。

 デネブは弾丸を回避するために、再びナイフと位置を入れ替えた。標的を失った弾丸が富永さんに襲いかかるが、富永さんは首を曲げて難なく避けて見せる。その後、富永さんも目の前のナイフを、こちらに向かって蹴った。


 コンクリートの床を滑って来た、2本のナイフを迎え入れながら確認する。デネブは上に投げたナイフと入れ替わったようだ。


 デネブはコートに手を入れ、両手にナイフを持った。降ってくるデネブが何かしてくる前に、富永さんが先に仕掛けた。

 空中のデネブに、再び車を投げつけた。車は重力が働く方向が逆になったかのような勢いで上昇し、デネブに向かっていく。

 デネブは両手からナイフを手放した。ギフトを使用して、ナイフと入れ替わる。デネブの身代わりになったナイフは、車に連れ去られ高度を上げる。車が天井に衝突する前に、富永さんは車をミニチュアサイズに戻した。


 上から降ってくるのは2本のナイフとデネブ。デネブはズボンのポケットから、ナイフを1本取り出す。目に見えるナイフの数だけ対応を迫られる。デネブの一挙手一投足が見逃せない状況で、それは聞こえた。


 雄叫びとも悲鳴とも捉えられる声。人間のものじゃない。鼓膜に響くその声に、手遅れながら両手で耳を塞ぐ。声の大きさから考えて近くだ。この声を聞いて、すぐに頭に浮かんだものがある。タグ付きのダストだ。ここにいる全員が思っているに違いない。

 空気を切り裂く音が、だんだんと鋭くなって大きくなる。近づいてくる不穏な音に、嫌な予感を覚える。


 予感は的中した。工場の天井と壁をぶち破り、工場内に姿を現したのは、やはりタグ付きのダスト。何かから慌てて逃げ出したような体勢で、工場に突っ込んできた。


 タグ付きの影が僕たちを覆った。タグ付きに翼を羽ばたかせ、飛ぶような素振りは見られない。何かと戦っていたのか、白い血をその巨体からこぼしながら落ちてくる。


 「富永さん!」


 晴さんの呼びかけより早く、富永さんは動いていた。富永さんがタグ付きに投げつけたのは、トラックだ。ギフトを解除されて本来の大きさを取り戻したトラックが、タグ付きにぶつかる。トラックをぶつけて、外へ押し返すつもりだろうか。だが、トラック1台では力が足りていない。


 トラックとタグ付きの2つに、ペシャンコに潰されることを受け入れ覚悟した時、急にトラックがもう1台増えた。増えたトラックは投げられた時の勢いを待ち、先にタグ付きに衝突していたトラックに加勢する。


 増えたトラックは、最初のトラックと全く同じもの。恐らく小林さんのギフトだ。2台になったトラックは、タグ付きのダストを工場の外に追い返すことに成功した。


 バラバラになった建物の破片と、粉々になったガラスが降り注いぐ。


 巨大な物をコピーした影響か、小林さんは倒れるようにしゃがみ込んだ。


 「小林さん!大丈夫ですか?」


 膝をついて、呼吸を荒くする小林さんに駆け寄る。


 「津江月!」


 晴さんの警告を示す声。この6号棟で最初に死んだ時と同じ。間違いなく僕の背後に危険が迫っている。分かっているが、体はそんなに咄嗟に動かせない。


 「葵君!」


 小林さんが立ち上がり、硬直する僕を肩に抱き寄せてくれた。その後すぐに、小林さんはしゃがみ込んでしまった。まだギフトを使った時の負荷が、体から消えないのだろう。


 僕を殺す予定だったナイフがコンクリートの床を滑って、僕から離れ切る前にデネブと入れ替わる。デネブの人を殺す視線が突き刺さり、一瞬怯むが刀の柄を強く握り締め心を立て直す。刀を顔の前に構えて、戦意の存在を自分自身に知らしめる。


 自分でなんとかするしかない。


 デネブはなんの言葉も躊躇いも違和感もなく、僕にナイフを投げつけた。


 他人に向けられて飛んでいくナイフと、自分に向けられて飛んでくるナイフ。速度が全く違う。避けることなど、まず不可能。もう目の前に来た。


 せめてもの抵抗で目を逸らすと、ナイフは運よく刀に当たり、僕はまだ生きている。


 「助かったぁ」


 後ろからの発砲音。まだ慣れない音に驚いて体が震える。その発砲が、僕の正面に立つデネブを退けた。


 「津江月!上!」


 見上げるとナイフを構えたデネブが落ちてくる。さっき運よく弾いたナイフは、運悪く僕の頭上に飛ばされていたようだ。今度こそ本当に終わる。死の再来を覚悟すると、鼓膜に響く爆音が聞こえた。


 理恵加さんの狙撃だ。丸山さんのギフトは、消えてる間に自分が出す音が大きくなると言っていたが、それは本人以外も例外ではないようだ。


 大き過ぎる音のせいか、デネブにはギフトで避けられてしまった。だが、一旦僕の命は助かった。デネブは音の出どころにあたりをつけ、ナイフを投げつけた。

 僕も理恵加さんと丸山さんがいる場所を、正確には知らないが、デネブの狙いは正解だったようだ。


 投げられたナイフから逃れるため、理恵加さんが姿を現した。姿を現したのは理恵加さんだけ。小林さんはギフトで潜伏を続行。


 デネブは投げたナイフと入れ替わり、手すりに掴まって通路に乗り上がる。


 理恵加さんはデネブと距離を取りながら、星石のピアスから刀を取り出す。完全に背を向けて逃げるのではなく、反撃を狙えるようデネブの様子を伺いながら、半身で軽く走る。近づき過ぎず離れ過ぎずの、絶妙な距離感を保つ。


 「透明化か?いいギフトだったな」


 どうやらデネブは、透明化のギフトが理恵加さんのものだと勘違いしているようだ。お褒めの言葉と同時に、理恵加さんにナイフを投げる。理恵加さんは一旦足を止めて、刀で向かってくるナイフを弾く。


 立ち止まった理恵加さんとの距離を、デネブは走ってぐんぐんと詰める。

 2人の距離がみるみる縮まる中、本日2度目の鼓膜に響く爆音がデネブの足を止めた。狙撃だ。


 撃ったのは、理恵加さんと逆方向に潜んでいた小林さん。デネブは予測していたのか、振り返りもせずに首を曲げて弾丸を避けた。そして、ノールックでお返しのナイフを投げる。そのナイフが丸山さんの頬を擦る。


 デネブの意識が、少なからず小林さんに引き付けられている間に、理恵加さんはデネブとの距離を詰めて刀を振り翳して斬りかかる。


 「愛嬌のない奴」


 デネブは呟いてナイフで、理恵加さんの刀を受け止める。刀とナイフ、命の押し合い。その最中、理恵加さんはデネブの顔を凝視していた。デネブは理恵加さんの視線から、何かを察したような顔をする。


 「お前に見られると、よくないことが起きそうだ」


 デネブは右足を、理恵加さんの頭に向かって振り上げた。理恵加さんは1歩後ろに下がって、蹴りを躱した。直後デネブはギフトで入れ替えをした。


 どこのナイフと入れ替わったのか、確認するためにあたりを見渡そうとした瞬間、首に腕を回されて後ろに引っ張られる。


 「わっ!」


 咄嗟のことで踏ん張ることも出来ず、バランスを崩して床からつま先が浮く。握る刀を放して、首を絞める腕を両手で引き剥がそうとしていると、僕以外の5人全員を見渡せる場所に移動していた。

 僕の首を片腕で絞めてる奴はデネブに違いない。こっちに向けられる、みんなの視線で分かる。デネブは僕ごと、ギフトによる入れ替えをしたようだ。

 

 抵抗したところで絶対に敵わないと、本能が理解した。ライオンに捕まったウサギの気分だ。

 意識が朦朧としてきた。首に回された腕を剥がそうと躍起になっていた、僕の両手も力なく垂れ下がる。デネブ、今度は僕を絞め殺すつもりか。そんなの最悪だ。死ぬまでずっと苦しみが続いてしまう。

 もう駄目だ。頭がクラクラし始めて、視界が波のように揺れている。僅かに残された意識を振り絞り、デネブの足を思い切り踵で蹴る。


 「おっと。悪い悪い」


 嘲笑を乗せた声色で言い、僕の首を解放した。世界がぐるぐる回っている。頭に血が昇っている。重心と視界が定まる前に、デネブは僕のジャケットの首根っこを掴んで引っ張る。


 「全員、何もするなよ」


 そう言い放ったデネブは、僕の首元にナイフの刃先を向ける。


 「おい!なんのつもりだ?人質にでもする気か?」


 晴さんの問いに、デネブからの返答はない。


 「そいつのことは殺す気がないと、そう受け取っても構わないか?」


 「それはどうだろうな」


 デネブは僕を引きずり始める。踵の抵抗も虚しく、デネブの力には敵わず体は宙に浮く。半回転して勢いを増してから、ガラスに向かってぶん投げられる。


 腕を交差させて顔と頭を守る。元々ヒビの入っていたガラスは、簡単に割れて僕を外へ連れ出した。外に飛び出た僕の目の前には、草木が生息する坂。坂の下り終わりには川が流れている。


 「痛っ」


 乱雑に着地して生い茂る草の中を、足が先行する形で、ウォータースライダーの如く滑り落ちて行く。


 「落ちる」


 藁にもすがる思いで草を両手で掴むと、根っこごと引き抜き、そのまま一緒に坂を下る。恐ろしいのは川に落ちることではなく、この勢いのまま、まばらに生える木に衝突することだ。

 首を曲げて確認すると、僕の体に接触するかしないかの、ギリギリの位置に木が生えている。痛みを感じる心の準備をする。高鳴る心臓の期待通り、木は僕の左足を捕まえた。


 「痛ってえ!!」


 木に打ち付けられた左足に、不快な激痛が走った。木に引っかかった左足を軸にして、僕の体は回転して頭から坂を滑り始めた。


 坂が終わって川へ向かって放り投げれる。落差は2メートル程だろうか。落ちる、と感じる暇もなく入水。


 「浅い」


 入水時に大した水飛沫も上げない。川は浅かった。大きめの足がゴロゴロしている、この川の寝心地は悪い。自然に与えられた痛みを感じながら、青空を見上げる。生い茂る草と木、流れる川。緊迫した状況の中、自然の美しさを痛感する。

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