第58話 悪星
「悪星?悪星って何ですか?」
問いに場が凍る。全員が、僕の疑問に答えにくそうな表情を浮かべて黙り込む。
「悪って漢字が入ってるのは、その、何か良くないアレでも?」
事態の深刻さを嫌でも理解させられる。声が少し裏返った。
「そうだ。悪星ってのは、過去にテロ行為や凶悪犯罪やらで悪用された中でも、群を抜いて強力で危険なギフトのことだ」
「...僕のギフトがそうなんですか?」
「ああ。もう何十年も前の、俺もお前も生まれる前の話だ。知っていると思うが、惑星基地の3つが同時に占拠されたことがあった」
知らない話だ。
「その影響で、ダストの駆除に回す人員も足りなくなり、クズハキ、基地に勤めていた職員、民間人ともに多くの死傷者が出た。海外に出張ってた黄道12星座を呼び戻して、事態はようやく解決した」
「そんなやばい事件と僕のギフトに、何か関わりでもあるんですか?」
晴さんは腕時計に目を向ける。
「ダラダラ話している時間がないからはしょるが、この事件の元凶になったと考えられる人間のギフトと、お前のギフトは酷似している。以降、そのギフトは悪星に指定され、警戒され続けてきた」
「それで、悪星のギフトを持ってると何かあるんですか?」
悪い予感しかしないが、話の本題に切り込む。
「も、もしかして死刑とか?」
中々訪れない返答に耐えられず口を開く。その言葉軽々しく口にしたのは、これから告げられることが、どんなに重苦しくても、少しでも軽く感じられるようにするためだ。
「悪星に指定されているギフトの所有者は、終身刑になる」
晴さんから告げられた予想通りとまでは行かなくとも、近しい判決。
「え?終身刑って、あの、死ぬまで牢屋にぶち込まれる、あれですか?」
「ああ」
「僕自身は何にも悪いことしてないのに?」
「そうだ。過去に1度も例外はない。例えどんなに善人だったとしても、悪星のギフトを所持していれば牢屋にぶち込まれる」
「意味分かんないですよ。謎ルール過ぎませんか?っねえ?思いません?」
誰かに助けを求めるように共感を求める。誰も下手な慰めの言葉は発さない。それが余計に実感を膨らませ、現実味が帯びてくる。
「ギフトはこの世に2つと同じものは存在しない」
「はあ?」
「信じがたいが、この言葉は遥か昔から伝わっている。まあ、それも最近証明されつつあるが」
「急に何の話ですか?」
突然謎の伝承を語り始める晴さんに、若干のイラつきを覚える。
「俺達が死んだ後、ギフトはどうなると思う?」
「...普通に、そのまま人間と一緒に消える?」
「違うな。所有者がいなくなったギフトは、これから生まれてくる誰かに再び宿る」
「ああ、なるほど。要するに前任の犯罪者が所持してたギフトが、僕に宿ったんじゃないかって、その疑いをかけられてるってことですか?」
晴さんは頷く。
「危険なギフトはなるべく長い間、自由を奪っておきたいんだ。ギフトを悪用した犯罪者に、死刑が適用されないのも同じ理由だ」
また知らない情報だ。そんな一般人が知らないようなことを、ペラペラと話してもいいのだろうか。それとも、もう捕まるから僕が何を知ろうが、どうでもいいとでも思われているのだろうか。
「その罪が死刑に値しようが、必ず終身刑になる。危険なギフトを長期間、世界から拘束しておきたいからだな」
「...なるほど」
普通なら哀れで被害者でしかない、僕を安心させる流れになるのに、僕が終身刑になる理由を詳細に語られただけだった。深まる落胆から、僕は起死回生の道を閃いた。
「そういえば、さっき僕のギフトは、悪星のギフトに酷似している言ってましたよね?」
「言ったな」
「酷似ってことは、めっちゃ似てるだけなんですよね?似てるだけならセーフとかありますよね?」
「いや、お前のギフトは悪星のギフトよりも、遥かに恐ろしいものだ」
「え?」
「さっきは途中で話を止めたが、お前は自分が死んだ世界の記憶が残ってたよな」
「...はい。ちゃんと覚えてますけど」
「さっき話した悪星のギフトの所有者は、自分が死なないギフトを持っていることを、把握していなかったそうだ」死んで戻ったら何もかも元通り。記憶は残されない」
「それと比べたらお前のギフトは危険なものだ。様々な行動の選択結果を持ち帰れるのは、とてつもなく恐ろしい」
悪星より危険なら終わり。
「え?じゃあ、僕マジで終身刑?」
「ただ、同時にお前のギフトは計り知れない利便性がある。お前がいれば正解を当たるまでやり直せるからな。味方につければ最高に頼りになる存在だ」
「もちろん、僕はめっちゃ味方ですよ!」
「だが、頭の硬い偉いさん達は規則を厳守したがる。奴らには、臨機応変さのカケラも残されていない。柔軟さを失った年寄り達でも分かるくらいの、どでかい戦果を上げよう。危険な悪星も使い方次第だと、それを今から証明しよう。俺達でな」
「おお!晴さーん!」
暗闇に指す光のような晴さんの演説。塞がりかけた未来が再び開いた。だが同時に、ひとつの純粋な疑問が浮かんだ。
「僕のギフトのこと、皆さんが報告しないで黙っとくってのはダメなんですか?...やっぱり、クズハキとしての志に反するみたいな?」
簡単に僕の秘密を守る方法だと思うのだが、これは無粋な疑問だろうか。1番に口を開いたのは、丸山さんだった。
「いや、そんなことないぜ!わざわざ告げ口しようなんて思わねえもん!隠せるもんなら隠してやりたいよ。だけどなぁ」
「だけど?何かあるんですか?」
僕の質問に小林さんが答える。
「今回みたいにタグ付きの様子を確認するだの、何か大きな仕事を終えた後は、読心系のギフトを持つクズハキとの面会が設けられるんだ」
「面会ですか?」
「そう。過去に、仕事と報告を怠ったクズハキがいたんだ。今日の僕たちと同じで、タグ付きの様子を見に行く仕事だったんだけど、行ってないにもかかわらず、問題なしと報告をした」
「そいつ最悪ですね」
「そこから、運悪くタグ付きが立入禁止区域から出てきて暴れ回った。幸い、その嘘の報告をした本人が何とか対処して、住民やクズハキに被害は出なかったけどね。それから面会がされるようになったんだよ」
「はへぇ〜。そいつ最悪ですね」
最悪だ。そいつがサボらなければ、僕はもっと楽に自由を謳歌する権利を手に入れられたのに。
「俺はその面会が苦手なんだ。心の中で隠し事するなんて無理だからな。隠そうと考えれば考える程、頭の中がそれで埋め尽くされる」
確かに丸山さんは、何となくだが隠し事は下手そうだ。ただ、心の中まで見られるとなると、隠すのが得意も苦手もない。
「まあ、どのみち同行者は全員面会をするんだ。お前自身が、心の中まで隠し通せるはずがない」
「それもそうですね」
晴さんのごもっともな意見に同意。
「とりあえず、死ぬまでに見てきたこと全部聞かせてくれ」
聞き覚えのあるセリフに応えて、僕は2回の死を体験するまでの出来事を伝えた。
「なるほど。1回目は完全な不意打ち。2回目は逃げに徹して失敗か」
晴さんは腕を組んで模索する。
「タグ付きが既に駆除されていて、更にデネブまで出てくるとはね。これは、かなり慎重に作戦を立てないといけないね」
「頭がこんがらがって来たぜ」
小林さんと丸山さんの2人、驚きのリアクションが前よりも弱い気がした。
「でも、僕は死なないんだから、何回でもやり直せるってことですよね?だったら、作戦なんて適当でいいんじゃないですか?」
「いや、そうと言っても、あまり適当な作戦を実行する訳にはいかない。無闇にお前のギフトを発動させれば、何が起こるか分かったもんじゃない」
晴さんは自分の鼻に手を当てる。
「鼻血は目が覚めた時、毎回出ていたのか?」
「いや、今回だけですね」
「ギフトの発動は、体に何らかの負荷がかかっている可能性がある。死なないからと言って、死にまくれば何が起こるか分かったもんじゃない」
「確かに」
「小林さんの言った通り、これから起こす行動には慎重さが必要になる」
慎重さが求められるが、呑気に作戦を考えてる時間はなかった。話し合いを経て、まとまった作戦の確認が終わった。
「とまあ、作戦はこんな感じで良いですかね?何か質問とか、確認したいことはありますか?」
「ううん。問題ないよ」
「短時間で考えたにしちゃあ、悪くない作戦だな」
小林さんも丸山さんも、仕事を果たす顔付きで、晴さんに答える。
「よっしゃあ!じゃあ行くか」
丸山さんが両手で頬を叩いて気合いを入れる。
「丸山さん。何かあればすぐに連絡ください」
「おう!」
丸山さんは頷き、気合いの入った返事をする。
「双葉ちゃん。忍び足で頼むぜ」
「はい!」
理恵加さんは丸山さんの肩に手を乗せ、2人の姿が瞳から消える。
「じゃあ、開けるよ」
小林さんがドアを開けて外に出る。小林さんは、まるで長旅の疲れを発散するかのように、体を伸ばして深呼吸をする。
開いたままのドアからは、消えた丸山さんと理恵加さんが外に出て行ったはずだ。
僕の命運を握る作戦が開始した。




