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星の贈りもの  作者: ちゃもちょあちゃ
第二章 真涙偽血
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第55話 2回目の予知夢①

 恐怖と苦痛と不安が僕を叩き起こす。弾けたゴムのように飛び起き、両手で首に触れる。小動物に触れるように優しく撫でて、異常がないことを確認して安堵する。息を大きく吸って吐いてを繰り返す。薬物中毒者がお楽しみ中の時のように、呼吸を繰り返していると、いつもより細く小さな声が隣から聞こえた。


 「葵君?大丈夫?」


 「あっ、うん。大丈夫」


 大丈夫と返事をしても、理恵加さんは心配そうな瞳を僕に向けたまま。


 「津江月。予知夢は?」


 助手席から届く声は、理恵加さんと正反対で僕の様子などお構いなし。晴さんの声からは、僕が予知夢を見たと確信したような力強さを感じる。


 「バッチリ見ました」


 「よし。聞かせてくれ」


 晴さんは待ってましたと言わんばかりの、気合いの入った声で言う。耳を傾ける晴さんに、予知夢の内容を大まかに伝えた。タグ付きは既に死んでいたこと。僕が何者かに殺害されたこと。


 全てを聞き終えると、晴さんは目を閉じて僕の話から記憶に潜り始めた。


 「予知夢ってのは、随分と正確で細かいもんなんだな。俺達のセリフに違和感がひとつもない」


 そう言って晴さんは目を閉じて、再びギフトで僕の話を頼りに記憶に潜る。


 「まさか、既にタグ付きが死んでいたとはね」


 「でも、ラッキーじゃないですか。厄介な奴が死んでたなんて」


 「そうだけど、別の問題が出てきたからね」


 僕の大まかな話からでも伝わる話題を、小林さんと丸山さんが話している。


 「葵を殺したのと、タグ付きを殺したのは同じ奴なのか?」


 丸山さんの視線が僕に向けられるが、そんなこと僕も知るはずがない。


 「えっ?どうなんですかね?それは今、晴さんが確認してくれてるんじゃないですか」


 丸山さんは、助手席のシートに手を掛けて晴さんを覗き込む。


 「分かったか?晴男」


 丸山さんから急かす態度は見て取れない。単なる好奇心だろう。不快感は全くない。


 「もうすぐです。ちょっと待っててください」


 晴さんは目を閉じて小刻みに頷きながら、頭の中の映像を丁寧に噛み砕きながら理解を進めているようだ。頷きに同行する頭がピタリと止まり、晴さんは目を開ける。僕たちの方に振り返り口を開く。


 「これはやばいですね。津江月を殺したのは1等星のデネブです」


 「デネブ!?」


 「何でこんなとこにいんだよ?」


 何も分からない僕は、みんなの困惑に置いてきぼりを喰らっている。ただ、1等星は国が見逃せない人間。その称号を持つ者が僕を殺したんだ。只事ではないはずだ。


 「デネブって誰ですか?やばい人?」


 「デネブは殺し屋だ」


 「殺し屋!?そんなのマジでいるんですか?」


 「最近の主なターゲットはクズハキだったが、どうしてお前がデネブに命を狙われてるんだ?」


 晴さんから、僕が1番答えを知りたい問いが投げ掛けられる。


 「そんなの僕が1番知りたいですよ。え?これ僕、予知夢の通り死ぬとかありえます?」


 「そりゃあ、俺達が全力でどうにかするが、相手が相手だ。正直どうなるかは分からないな」


 みんなの絶望的な表情を見て、膝に肘を置いて顔を手で覆い前屈みに崩れ落ち込む。予知夢で先の出来事が見えても、防ぎようがないんじゃ意味がない。夢の中で一瞬でも楽観的になっていた自分は大馬鹿だった。


 「葵君、誰かにすごい恨まれることでも?」


 隣から聞こえた理恵加さんの声は、励ましの言葉でも慰めの言葉でもない。ただの純粋な疑問。それが僕に顔を上げさせる。


 「いやいやいやいや、ないないないない。流石にないはず。そもそも、そんなヤバい奴への依頼方法、知ってるような人は周りにいないよ」


 首を振って手を振って、恨まれ容疑を顔でも声でも全力で否認する。


 「それにしても、何でデネブが葵の命を狙う?」


 「もう1回細部まで見てみます。津江月が殺された6号棟の外の様子とか。何か分かるかもしれません」


 そう言って、晴さんは目を閉じる。左手を頭に添えて眉間にシワを寄せて、食いしばった歯は唇に隠されている。


 「ん?」


 晴さんは目を閉じてからものの数秒で、僕の心を期待から突き落とす声をあげた。晴さんから聞いたことのない、何かの違和感に遭遇した声。何らかの異変を感知したようだ。


 「どうした?」


 丸山さんの声に素早く反応し、晴さんは振り返る。大きく開いた目は、何らかの驚愕の出来事があったことを知らせる。


 「見れないです。いつもより、ギフトで見れる範囲が狭まってます」


 そう言った晴さんの声は震えていて、ぎこちなくて、いつもの淡々とした口調はない。そんな晴さんの報告に、誰も声を出さないし返事もしない。みんなは黙り込んで、ただ晴さんを見つめる。車内は座禅が行われている寺のような静けさに襲われる。


 「...お前っ、それは」


 丸山さんの掠れた声が沈黙を終わらせる。晴さんは首の後ろに手を回し、その手を虚な目でじっと見つめる。死人のような表情。初めて見る晴さんの、冷静さを欠いた顔。


 厳かな雰囲気の中、晴さんは目を細めて何かを諦めて何かを受け入れたような顔をする。ギフトの調子が悪いだけなのではないかと、声に出せる空気感ではない。


 手を握り締めて拳を作った晴さんは、いつものキリッとした顔付きに戻る。


 「まっ、俺の話は置いときましょう。今は、これからの話です。とりあえず、一旦ここから離れたいですね。タグ付きの確認は後回しにします」


 晴さんの表情も口調もいつも通りに戻るが、他のみんなの様子はそう簡単には戻って来ない。運転席に座る富永さんだけが、腕を組んで背もたれに体重を預けてどっしりと構えている。


 「晴男!...ちょっと待てよ。...もう少し慎重に、色々考えなきゃダメだろ?」


 丸山さんは狼狽えながら、どもった言葉をかける。声に出す言葉を迷う丸山さんは、普段の様子からは想像も出来ない姿だ。


 「覚悟はとっくの昔から出来てます」


 丸山さんのまごつく言葉に、晴さんはきっぱりと答える。顔の霧もすっかり薄まった。


 「全部、クズハキになった時から承知の上です。俺はいつも通り仕事をこなすだけ。それに、覚悟が必要なのは俺だけじゃない。まあ、皆さんなら問題ないでしょうけど」


 先程のみんなの反応を見るに、恐らく悲劇の中心は晴さんだ。そんな晴さんの演説を聞いて、他のみんなも決意を固めた様子だ。


 「お前がそう言うなら分かったよ。で、どうする?俺のギフトで一旦車ごと消えて隠れるか?」


 気持ちを切り替えた丸山さんは、自分のギフトが貢献出来る作戦を提案する。


 「それは多分意味ないですね。既に監視されている可能性が高い。坂下って、立入禁止区域の寸前まで戻りましょう」


 言って晴さんは、冨永さんに視線を向ける。


 「富永さん。運転は頼みます」


 富永さんはハンドルに手を添え、何も言わずにただ頷く。


 「座る場所だけ変えましょうか。双葉と津江月は真ん中のシートに移動。小林さんと丸山さんで後方の警戒お願いします」


 晴さんと富永さん以外の僕たち4人は、一旦外に出て席を変える。運転席の後ろの席に座り、シートベルトをする。カチャリと音をたてると、晴さんが振り返る。


 「シートベルトはしなくていい。肝心な時に体の自由効かないと死ぬぞ」


 「確かに」


 納得の結果シートベルトを外す。富永さんがハンドルを大きく左に回して、車が坂道を下り始める。デッド・オア・アライブ・イン・ドライブが始まった。


 「デネブは俺たちが動けば、追ってくるのか?」


 車の後方に注意を寄せる丸山さんが呟く。


 「絶対に来ます。デネブが確認された現場で人の命が失われなかったことはない。姿を表に現したのなら、必ず目当ての命を奪い去る」


 晴さんの口調からは、強い確信を持っていることが伝わる。


 「1度狙ったら逃がさないとは仕事人だね」


 小林さんは困り笑顔を浮かべる。


 「第一の目的は、津江月をデネブから守ること。ですが、やり過ごすだけじゃ意味がない。殺す気でお願いします。今回ばかりは生捕りする余裕なんてない」


 車内には殺伐とした雰囲気が漂う。同時に強い安心感を抱く。タグ付きを相手にする前とは、また違った雰囲気。命をしつこく狙ってくる奴は、殺すしかないということだ。


 「そのデネブって人、1等星ってことは、何かとんでないギフトを持ってるんですか?」


 「デネブのギフトはまだ詳しく分かってない。物と自分の位置を入れ替える。襲われた奴らの証言と記録された映像からは、それくらいしかない判明していない。殺しに使用するのはナイフ。投げたり、投げたナイフと入れ替わったりで、捉えるのが難しい。1対1じゃ、どうしようもない相手だ」


 「へー、殺し屋っぽいギフトですね。忍者みたい」


 焦る心を落ち着かせるために、声だけでも平静を装うと、右目の隅が光を拾った。窓の外に目をやると、鋭い何かが窓に向かって飛んで来ている。装った平静は瞬く間に崩れ去る。


 「な、なんか飛んで来てます!」


 恐らくはナイフ。太陽光を反射して光る刃からは、僕の命を絶対に奪ってやるという意気込みがギラついている。もうすぐそこまで、窓に触れるところまで来た。反射的に目を瞑ることしか出来ない、そんな僕の次の景色は自分の足元だった。後頭部に添えられた手が、僕の頭を安全であろう膝まで避難させた。

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