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星の贈りもの  作者: ちゃもちょあちゃ
第二章 真涙偽血
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第54話 ダブルトラブル②

 扉は2つある。ひとつは巨大で頑強そうな扉。荷物を中に運び入れるための車用だろうか。もうひとつは人が出入りする用。晴さんは人用の扉のノブに手をかけるが、錆びついた扉はそう簡単には開かない。扉を開けようと格闘する晴さんは、騒音を気にしていないのか、めちゃくちゃうるさい。


 いくら自分が死ぬ予知夢を見なかったとは言え、流石に緊張してくる。先ほど小林さんが示唆した。晴さんの身の安全は保証されていない。頭の中には嫌でも晴さんの死が浮かぶ。それを考えるだけで冷や汗が溢れ出そうになる。


 中にダストがいるとするなら、確実にこの音でバレている。それでも構わずに晴さんは扉をこじ開けた。


 「俺から中に入る」


 晴さんの言葉に頷きで答える。建物の中をライトで照らしてから、晴さんは僕を手招きする。


 「何にもないですね」


 「伽藍堂だな」


 時刻は早朝の6時頃。建物の中は薄暗く、ライトで照らしながら隈なく確認するが何もない。錆びた壁と汚れた床、遠い天井、ライトに照らされる舞うほこり。それ以外には何もない。


 「異常はないな。6号棟行くぞ」


 ダストは5号棟にいなかった。そのため、この6号棟にいる可能性は高い。緊張が高まる。それでも晴さんは容赦なく扉をこじ開ける。めちゃくちゃうるさい。


 土埃をあげて地面を削りながら扉は開く。中をライトで照らした晴さんの背中が何かに驚く。


 「どうしました?」


 「いる」


 晴さんは振り返らずに2文字で返答を済ます。中にダストがいる。そう聞いて、体が無意識に後退りする。心臓の音が体の外まで迫り来る。


 「入るぞ」


 「え?」


 緊張がはち切れて体に静寂が訪れる。


 「入るんですか?」


 「ああ。恐らく死んでいる」


 そう言って晴さんは、自宅に入るかの如く足早に歩き出す。意を決して中に入ると、中にはダストがいた。自分の血に溺れて眠っている。体の大きさに相応しい血の量。血には白い羽が点々と浮かんでいる。


 「このダストがタグ付きの奴なんですか?」


 「間違いないな」


 答えてから晴さんは無線を取り出し、(あらまし経緯)を小林さん達に報告する。


 「これちゃんと死んでます?もしかして、生きてたりしませんよね?」


 「いくら何でも出血し過ぎだ。死んでる」


 晴さんはダストに近付き、血溜まりにつま先を振り下ろす。血はピチャリと音を立てて、控えめに飛散する。


 「死にたてだな。まだ1日も経過していない」


 確かに、血はまだ鮮度を保っているように見えた。羽だって風を貰えば、まだ空へ羽ばたけそうに見える。気になることはたくさんあるが、圧倒的な大きさの疑問がひとつ浮かぶ。


 「コイツのこと誰が殺したんですかね」


 「ダストは縄張り争いをする。それはタグ付きも例外じゃない。だが、ここらにはコイツ以外にタグ付きはいない。コイツを死に至らしめる脅威の存在はないはずだ」


 「まだ誰も知らない強いダストが来たとか?」


 「可能性は極めて低いだろうが、ありえない話ではないな。だが、今回は違う。そう断言できる」


 晴さんはダストに近付き、ライトで照らす。


 「見てみろ。このダストの傷跡、その全てが正確に弱点を捉えている」


 鳥の弱点なんて詳しく知らない。ただ、大体の生物は脳と心臓が弱点だろう。ダストの血は体と同じ色で目立ちにくい。しかし、よく見れば頭部から血が流れ出ている。鳥の心臓の位置は知らないが、それらしい場所から出血が確認できる。


 「縄張り争いに敗れたダストの死体を見たことがあるが、こんなに綺麗に原型は留めていない。もっとぐちゃぐちゃだ」


 「じゃあ、人間が殺したんですか?」


 「俺はそう思う。極めつきは翼に残された傷。コイツの移動手段を徹底して潰している」


 翼をライトで照らすと、刃物で切り付けられたような傷跡がある。


 「おー。ほんとだ」


 「逆に、これをやったのが人間じゃない方が怖い。ここまで正確に弱点を理解しているのがな。そんなダストがいたら安心して眠れない」


 「じゃあ、本当に犯人は人間なんですか?びっくりですね」


 「驚くべきことは他にもある。奇妙で恐るべき違和感がな。ここらを見渡して何か気付くことはないか?」


 ライトを照らして周囲を確認する。丁寧に積み上げられた荷物。ボロボロなのに外の光を通さない壁。派手な死体が眠る場所に相応しくない。こんなデカいダストが誰かと戦ったのなら、壁の1枚や2枚剥がれていないと納得できない。


 「この建物内に争った形跡がないとか?」


 「それも違和感のひとつだ。争った形跡が全くない。つまり、誰かが別の場所で殺したダストの死体を、わざわざ運び込んだってことだ。もしくは瀕死にしてからか」


 「他の違和感は?」


 「このサイズのダストが建物の中にいることだ」


 「ああ!そっちか!」


 「コイツをここに入れるなら、壁の1枚や2枚くらい剥ぎ取らないと無理だ。外からも見た感じ、大きな隙間や穴もない」


 僕たちが使った入口はもちろん、もうひとつの大きな扉ですら通ることは出来ないだろう。


 「と、ということは!?」


 「分からない。目的も方法も謎だ。分かるのは人間の仕業ってことくらいだな」


 「でも、タグ付きのダストって強いんですよね?」


 「ああ。黄道12星座ですら、駆除し損ねるほどだ」


 「それを倒しちゃうなんて、ヤバい奴じゃないですか!これの犯人!」


 「今度はソイツの存在が脅威だな。ボランティアで駆除してくれたならありがたいが、どうせ犯人はろくな奴じゃないだろうな」


 そう言って晴さんはダストの死体から離れて、近くの壁に向かう。


 ダストの死体を眺めていると、違和感をもうひとつ見つける。ダストの血だ。白く不気味な血は、ダストの死体の周辺にしかない。建物内の入口付近にも、奥の方にも血はない。地面を引きずって運んで来たなら、その通り道に血が残るはず。にも関わらず血はダストの周囲に広がるのみ。

 どこかで仕留めてから、瞬間移動でもしないとこんなことは出来ないはずだ。


 「ん?」


 瞬間移動という言葉が記憶に引っかかる。この前、丸山さん達と昼ごはんを食べに行った時に聞いた話。各国の偉いさんを殺し回っている、容疑を掛けられていた1等星のシリウス。1等星は国が見過ごせない力を持っていると言っていた。その1等星であるシリウスなら、タグ付きのダストが相手でも倒せるかもしれない。でも、人を殺しまくってる奴が、急にダスト駆除に乗り出すことがあるのだろうか。


 「あれ?」


 もっと大事なことを閃いた気がする。そもそも、シリウスはwseoの偉い人達を殺して姿を消したと言っていた。そして今は、世界中の国の偉い人たちを殺し回っているらしい。狙いは大国ばかりだと、小林さんか丸山さんが言っていたはずだ。


 シリウスは、かつてはwseoに所属していた1等星のクズハキだ。もしかしたら、隕石が落下しないよう軌道を逸らすことが可能にもかかわらず、わざと自国や他国に落としている事実を知っているかもしれない。それに嫌気がさしてwseoを抜けて、今は他国の隕石の事実を知っている人間を探して殺している。


 記憶が完璧に繋がった気がした。今すぐに誰かに共有すべき閃きだ。だが、こんな話を共有出来るのは晴さんくらいしかいない。この閃きを伝えるため名を呼ぼうと口の準備をして、晴さんの方を振り向く。

 晴さんは、雑巾で壁の汚れを拭き取るように、手を触れては離してを繰り返していた。壁に触れた手を顔に近付けて、名残惜しそうな瞳でじっと見つめている。


 あんまりに真剣に見つめていたから、話し掛けるのは一旦やめようと思った時、晴さんは突然壁に蹴りを入れた。その音は壁を伝って建物全体に響く。晴さんの背中は珍しく丸くなり、今にも崩れ落ちてしまいそうに膝が震えている。


 「ど、どうしたんですか?」


 「いや、悪い。何でもない」


 晴さんの返答の声に苛立ちは感じなかった。それでも、どう考えても何でもないわけがない。何か気に入らないことでもあったのだろうか。今まで物に当たるところなんて見たことがなかった。


 「前に、お前に話したこと覚えてるよな?」


 「え?いっぱい覚えてますけど、どれのことですか?」


 「隕石の正体の話だ。落とす必要もない隕石を国がわざわざ落としてる。6年前、岐阜に隕石落とすよう指示した奴を見つけるって」


 「あー!そりゃあ、もちろん覚えてますよ!なんなら...」


 ちょうど話題に出たため、先ほどの閃きを伝えようとすると、僕の言葉に被せるように晴さんが言う。


 「俺が死んだとしても断念しないでくれ。必ず全てを解き暴いて欲しい」


 「...はあ?どうしたんですか?らしくないですよ。急に弱気になっちゃって」


 急なお願いに困惑してしまい、返答よりも先に感想が声になる。改めて返答の言葉を探していると、扉の方から足音が聞こえた。


 「あっ!みんな来たんじゃないですか?」


 扉の方を振り返るが誰もいない。足音もぱったりと聞こえなくなる。


 「あれ?おかしいな。足音が聞こえたと思ったんですけど」


 「津江月伏せろ!!」


 「え?」


 咄嗟の呼び掛けに頭は理解しても、体は瞬時に反応しない。晴さんの言葉の意味とその答えが同時に届く。湿布を貼った時のような、ヒンヤリとした感覚が首の後ろに突き刺さる。冷たさは、一瞬で過ぎ去り次は熱と痛みがやって来た。

 

 膝を曲げることも、手を前に突き出すことも間に合わず、マネキンのように直立で倒れる。鼻を思い切りコンクリートの床にぶつける。全体重を請け負った鼻からは、激痛と血が溢れ出す。首からは血液が容赦なく流れ出ている。体内から血が減っていく感覚を、はっきりと掴まされる。血の匂いが濃くなるにつれて、頭の中の思考を表す文字が消えていく。


 苦痛を、声でも体でも表現することなど不可能。指の1本すら動かない。全てを悟った涙が瞳から逃げ出す。

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