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星の贈りもの  作者: ちゃもちょあちゃ
第二章 真涙偽血
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第44話 傷だらけの内緒話①

 この部屋の天井は綺麗だ。頭に残るような汚れもないし、傷がひとつも見当たらない。寝転がっても痛くないけど、眠りにつくには若干柔らかさが足りていない。今僕を見下ろしている男は鬼だ。手加減という言葉も意味も知らない。


 「津江月。お前やる気あるのか?」


 月見里さんから、星石の使い方と体の使い方を教わるため、基地の訓練室にいる。星石の使い方は結構分かってきたが、体の使い方は全く分からない。さっきから、月見山さんのサンドバッグになっているだけだ。現実の厳しさしか学べていない。


 「...やる気はっ、かなりある方だと思います」


 「なら寝転がってないで、今すぐ立ち上がれ。まだ終わってないぞ」


 「いや、寝転がってるんじゃなくて倒れてるんですよ!もう腕も足も表情も動きません!月見里さんが、顔面とか腹とか容赦なく殴るから。月見里さんこそ、優しさとか思いやりとか無いんですか?」


 「バカを言うな。俺ほど優しさと思いやりの気持ちを持っている奴はいない」


 そんなこと言うなら、高い所から声を掛けずに、せめてしゃがんで寄り添って言葉を掛けて欲しいものだ。普段から冗談とか言わないタイプだろうから、今の発言の真偽も分からない。


 「とにかく!これ以上訓練を続けるならパワハラになっちゃいますよ!月見里さんがパワハラで辞職になる所なんて僕見たくないです!」


 「だったらチクらずに秘密にしといてくれよ」


 「とりあえず、今日はもう終わりましょうよ。お願いします!」


 「はぁ、根性のない奴」


 そう言って、月見里さんは僕の近くまで来てしゃがむ。


 「さっきも言ったけど、俺は優しい奴だよ。お前の言う優しさ、それを持った上司像?ってのを教えて欲しいな」


 月見里さんは僕の顔を覗き込みながら言う。優しさを持つ人間の物とは思えない眼力で。


 「えーと、訓練の時間が短くて休憩が多くて、後は殴る時とかソフトタッチだと嬉しいですね」


 「そうか。そんな緩い訓練で一人前になれると思うか?実戦でダストを目の当たりにして、本領を発揮することが出来ると思うか?」


 「...無理です。手柄もあげられないです」


 月見里さんが目を見開く。


 「緩い訓練じゃ、手柄は立てられないと思ってるのか?」


 「え?そりゃ、めちゃくちゃ努力して訓練した人と比べたら」


 「お前は考え方から緩いな。いいか?手柄を立てるってのは勝利を手にするってことだ。訓練を怠った奴、半端だった奴は手柄を立てられずに帰る訳じゃない。死ぬんだよ。負けだ。ダストに殺されて終わるだけだよ。お前は想像力が足りて無いな。土壇場でようやく死ぬ気で頑張っても普通に死ぬだけだ。それまでの積み重ねが何もないからな。そうやって死体になった奴を何人も見て来たけど、全員何かを悔やんでいるような表情をしていたな」


 月見里さんに正論を聞かされて、何も言い返せなくなる。部屋が静まり返って普段は聞こえない音を耳が拾い始める。


 「俺はお前に生き残って手柄を立てて欲しいんだよ。意地悪で厳しくしてる訳じゃない。どうだ?お前は死にたいのか?生きたいのか?どっちなんだ?」


 答えが分かり切っている質問をされる。この状況で死にたいなんて言える人はいない。


 「...死にたくはないです」


 「なら訓練は?」


 「......続けます。死ぬ気で頑張ります」


 言わされた言葉は、乗り気でない事を隠し切れないテンションで声になる。死なない為に訓練が大切なのは分かるが、訓練で既に死んでしまいそうだ。


 「そうか。分かった。今日はここまでにしよう」


 僕の返答を聞き届けた後、月見里さんは立ち上がってから言う。


 「え?終わりでいいんですか!?」


 「もう結構やってるからな。集中力の切れた状態でやっても意味がない」


 月見里さんが壁の時計に目を向ける。時計の針は、もう少しで17時を迎えようとしている。昼ごはんを食べてからぶっ通しで訓練していたため、お腹も空っぽになっている。


 「今の話は理解したか?」


 「完璧だと思います!」


 月見里さんは疑うように僕に向ける目を細める。


 「...完璧か」


 訓練室を後にして、部屋に戻る為にエレベーターまで廊下を歩く。間隔の短い足音を奏でて、僕の前を歩く月見里さんが口を開く。話を聞く為に小走りで月見里さんの横に行く。


 「お前は星石の扱いはそこそこだが、身のこなしは全くダメダメだ」


 「そう言われても体が動かないんですよ。なんかコツとか無いんですか?」


 「想像力」


 「想像力?」


 「自分の体の動かし方のイメージを作れ。それと相手の動き方の予想もだ」


 「自分だけじゃなくて相手の動きもですか!?」


 「訓練ならその2つくらいで構わない。ただ、実戦となると考えることは山ほどある。とにかく、想定出来る全ての状況を頭に叩き込んでおけ。仲間が死ぬとか、自分の足か腕が動かなくなるだとか。心構えがあるのと、ないのじゃ大違いだ」


 そんなハードな状況は出来れば想像したくない。その思いが僕の眉をひそめさせ、口を尖らせた。その表情を見て、僕が話の内容にあまりピンと来てないと思ったのか、月見里さんは例え話を披露する。


 「目の前の人間が急にタックルして来るって分かってたら多少は踏ん張れるだろ?でも、それを知らなかったらぶっ飛ぶ。それと同じ感じの話だ」


 「なるほど。でも、一緒に仕事してる人が死ぬなんて想像したくないですね。悲しいし」


 「...それはそうだな。...まぁ、お前の言う通りだよ」


 「それにしても、なんでスーツで訓練するんですか?ジャージとか、動きやすくてカッコいい訓練用の服とか無いんですか?」


 ネクタイの先端を引っ張りながら、月見里さんに問い掛ける。


 「仕事する時もスーツだからな。訓練の時だけ動きやすい服装してたら意味ないだろ」


 「なるほど」


 「何で、俺がお前の担当を志願したか分かってるか?」


 「え?分からないです。そもそも月見里さんが僕の担当を志願した事すら初耳なんですけど」


 「俺のギフトとお前のギフトの相性が良いからだ」


 「そうなんですか?」


 「俺のギフトはもう知ってるよな?この前に説明したし」


 「ネタバレするやつですよね」


 月見里さんのギフトは人の体験を、頭の中で映像として流すことが出来るというものだ。話している本人ですら忘れているような、その時の天気、周りの景色など隅々まで見ることが可能だ。だから、人の話が嘘かどうかも見抜くことが出来る。

 告白されたことがないのに、見栄を張ってあると答えたとする。もちろん、そんな体験はないので月見里さんの頭には何も映像が流れない。それで嘘がバレて恥を晒すことになる。ただ『明日世界が滅ぶよ』のような、話をしている本人と全く関係がない話の嘘は、当然見抜くことは出来ない。


 僕もカブトムシのメスだと思ってたら、かなりデカいカナブンだった。という、面白過ぎる話をしようとしたら、秒でオチがバレて不発に終わった。

 一見便利そうに思えるギフトだが、人の話そうとしていることが、話を聞かせてもらう前から全て分かってしまっては退屈過ぎるにも程がある。


 「お前と1週間近く過ごして分かったことがある。お前はかなり説明するのが下手くそだ。俺のギフトがなけりゃ、お前とは会話が出来ないくらいにな」


 そもそも、人のエピソードトークを全て映像化出来る月見里さんが、説明の伝わりやすさとかを判定出来るはずがない。下手くそだろうが上手だろうが、嘘じゃなければ話そうとした時点で全部内容が分かるんだから。


 「流石にそこまで下手くそじゃないと思いますけど」


 「そこで俺の出番だ。お前が予知夢で見たことを俺に話す。そうすれば、お前が見た予知夢を、完全に俺と共有することが出来る」


 「おお!それはすごいんですか?」


 「俺に話せば周囲の状況も確認することが出来る。これが実現したら、比較的安全に仕事を片付けられるようになる」


 「でもそれって、僕の予知夢の的中率が正真正銘の100%ならの話ですよね?」


 「そうだな。まぁでも普通に100%あるだろ。早く一人前になれよ。成長したお前と俺が組めば、速攻出世間違いないぜ」


 いつになく妙にソワソワしてテンションが高そうな月見里さん。少年のように声のひとつひとつが輝いて聞こえた。

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