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星の贈りもの  作者: ちゃもちょあちゃ
第二章 真涙偽血
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第42話 家宅捜査

 「お疲れ様です。小林さん」


 「月見里君。お疲れ様」


 月見里さんに小林さんと呼ばれる男性は、穏やかな声で優しそうな顔をしている。小林さんは月見里さんに挨拶を返した後、ゆっくりとしゃがんで横たわっている男の腕を掴む。横たわっている男には手錠が付けられていた。

 小林さんが手錠に触れると、手錠から手錠がゆっくりと出てくる。手錠が増えた。小林さんは増えた手錠を、まだ手が自由な男の手に装着する。


 「後ろの2人が研修の子?...あれ?双葉さん?」


 立ち上がりながら言う小林さんの目が、何かに気付いたように大きくなる。


 「お久しぶりです~!小林さん!1年ぶりですね!」


 理恵加さんは一歩前に出て話し出す。


 「またこの基地の研修になったんだ」


 「そうなんですよ~!ちょっと退屈だけど、知ってる人がいるから安心です!」


 「月見里君。双葉さんは去年もこの基地に研修に来たんだよ」


 小林さんは横に立つ月見里さんに言う。


 「そうらしいですね」


 「いい子なのに優秀でね~、将来が楽しみな子だよ」


 「へえ、それは助かりますね」


 小林さんは孫を自慢するかのように、月見里さんに理恵加さんを紹介する。そんな小林さんの話を聞いて、軽い返事をする月見里さん。さん付けしている人に対する態度には見えなかった。


 「もう1人の子は」


 小林さんがそう言うと、月見里さんは自己紹介をしろという表情を僕に向けて来る。


 「津江月葵です!よろしくお願いします」


 「葵君だね。こちらこそ、よろしくお願いします」


 深々とお辞儀をする小林さんに、僕は更に深いお辞儀を返した。


 「今年の研修生は2人なんだね。いつもは1人なのに」


 「そうなんですね。それで、丸山さんと富永さんはどこにいるんですか?」


 月見里さんは無理やり仕事の話に持っていく。


 「富永君はずっと中で仕事しているよ。全然出てこないから、ちょっと前に丸山君が見に行ったんだ。もうそろそろ戻ってくると思うけど」


 小林さんは建物の方を向きながら答える。建物の前にも、表の物ほど立派ではないが門もあって、少し背の高い塀もある。ここの門は壊れてはいない。


 全員が建物の方に目を向けていると、向こうからコツコツと石畳を歩く音が聞こえる。その音は普通の足音よりも大きく聞こえた。うるさいと感じるレベルの足音。それなのに、僕の目には誰の姿も映らない。音の主が見えないまま、どんどんと足音は近づいてきて、月見里さんのすぐ近くで鳴り止んだ。


 「よお晴男!おはよう!」


 急に月見里さんの前に人が現れて、体がびくりと動く。僕以外の他の3人は全く動じずに立っている。まるでそれが、夜が来て朝が来ることのように、日常だと認識しているようだ。


 「お疲れ様です。丸山さん」


 月見里さんを晴男と呼ぶ丸山さんは、派手でヤンチャそうな見た目だ。ジャケットは羽織らずに、身に付けているシャツの袖を捲っている。ネクタイも付けておらず、シャツの第1ボタンは開いている。

 個人的には袖を捲るにはまだ早い季節だと感じるが、外に出された腕は真冬の寒さにも耐えられるほどの太さとたくましさが感じられた。月見里さんよりは年上だろう。30代前半くらいだろうか。低い位置から月見里さんの肩に手を乗せている。


 「中はどうだった?富永君はいた?」


 小林さんが丸山さんに尋ねる。その表情に危機感は全くない。


 「あらかた仕事は終わってましたよ。あんまり見て来てないですけど」


 「あんまり見てないんですか?何しに行ってきたんですか?」


 責め立てるような、呆れたような口調で月見里さんは問いかける。相変わらず、さん付けしている人間に対する口調ではない。


 「あいつの仕事の後の現場とか、みんな見たくないだろ!特に俺はめっちゃ見たくないんだよ!分かるだろ?お前は慣れてるのかもしれないけどさ」


 「まあ、そうですね。で、富永さんは居たんですか?」


 「直接見てはないけど居たよ。奥から悲鳴が聞こえて来たからな」


 「え?富永さんの悲鳴ですか?」


 「んな訳ないだろ!寝ぼけてんのか?」


 「起きてますよ」


 「知ってるよ!あいつはどっちかっつーと、悲鳴を他人に上げさせる側の奴だろ!?」


 「まあ、そうですね。じゃあ、聞こえたのは誰の悲鳴なんですか?」


 「ヤクザか誰かの悲鳴だろ。あいつが何かしてるに決まってる」


 「何で見てこなかったんですか?」


 「さっき言ったろ!俺は見たくないの!慣れてるお前が見て来てくれよ」


 「じゃあ、サクッと確認してきますね」


 そう言ってから、月見里さんはくるっとこちらに振り返る。建物の方に指を差して口を開く。


 「これから建物に入る。お前たちも着いてこい」


 「はい!」


 「は、はい」


 理恵加さんは、月見里さんの言葉に気持ちの良い返事をする。比べて僕の返事はぎこちなかった。さっきの月見里さんと丸山さんの会話が、頭にこびりついていたからだ。

 すぐそばで、手錠をされて横たわっているヤクザの体には、見てすぐに分かるほどの傷はない。中で倒れているヤクザは傷だらけで血を流していて、見るに堪えない姿をしているのだろう。丸山さんの話を聞く限りはそういう認識で合っているはずだ。

 月見里さんの後ろでは、小林さんと丸山さんが話している。会話を盗み聞きするつもりはなかったが、耳に自然と入ってくる。


 「去年研修に来てくれた双葉さんと、同じ学校の葵君だよ」


 「ああ、双葉さんですか。あれからもう1年経ったんですか。早いっすね~。それで、もう1人の子は晴男の特注品ですか」


 特注品とはどういう意味だろう?僕は人扱いじゃなくて物扱いをされるのだろうか?思考は月見里さんの声で中断される。


 「津江月。ボサっとするな。行くぞ」


 月見里さんと理恵加さん、2人の視線が僕に集まる。


 「ああ、はい!」


 早歩きで建物に向かう、月見里さんの後を小走りで着いて行く。丸山さんとすれ違う時に理恵加さんが挨拶をする。


 「お久しぶりです!」


 「おう。久しぶり」


 丸山さんに軽く頭を下げる理恵加さんを真似て、僕も頭を下げる。それを見た丸山さんが声を上げる。


 「晴男!本当に2人も連れていくのかよ?」


 足を止めた月見里さんが振り返って答える。


 「はい。富永さんとも会わせたいですし、ついでに自己紹介とか」


 「わざわざ中で自己紹介させる必要ないだろ。この後でも、いつでもいい」


 「まあ、自己紹介はぶっちゃけ、いつでもいいです。でも、せっかく研修に来たんです。今しか見れないものがここにはある。2人には色々なことを見て知ってほしいんです。辛いことだろうと、嫌なことだろうと。クズハキを志している高校生ですよ。クズハキとしての心と技術を上達させるには最高の時期です」


 月見里さんが話し終えると、小林さんと丸山さんはぽかんと口を開けて目を見開いている。それから開いた口から言葉を吐く。


 「晴男にしては珍しく激熱なプレゼンだな」


 「今回の研修担当者は月見里君だからね。僕は月見里君のしたいようにやればいいと思うよ。君の考えと意見を取り込めるのは、いい経験になるからね」


 2人の言葉を聞いた後、月見里さんが口を開く。


 「小林さんがそう言ってくれるなら決定です」


 丸山さんをガン無視した言葉を放った後、歩き出す月見里さんに着いて行く。


 「俺はー!?」


 「丸山さんのはただの感想です」

 

 正論を冷静に言って、門をくぐる月見里さん。門を越えて中に入ると、小さな庭園のようなものが広がっていた。

 そこから真っすぐ歩いて、玄関から中に入る。中に入って玄関の広さに驚く。旅館くらいの広さがある玄関。大小さまざまな靴が乱雑に脱ぎ散らかされている。高級そうな靴箱の上には華やかな水槽が置かれており、高そうな魚がその中を優雅に泳いでいる。丸山さんの言っていた悲鳴は聞こえない。


 明らかに土足禁止の雰囲気を漂わせている床に、靴を履いたまま上がる月見里さん。玄関の存在意義を無視して、僕たちも靴を履いたまま家に上がる。気分はアメリカ。靴の音を響かせながら家の中を歩く。

 3人が横に並んでも窮屈じゃない、広い廊下を歩いて行く。左右にはたくさんの扉がある。ガラス張りの横開きの扉は少し濁っていて、中の様子は完璧に伺うことは出来ない。扉の多さが部屋の多さと、家の広さを示す。


 「うわっ!」


 それがあることは覚悟していたが、視界に入った途端思わず声が出る。少量の血を流して倒れているヤクザ。何の躊躇もなく月見里さんが近づいていく。月見里さんは、倒れているヤクザの頭を足で軽くコツンと蹴った。


 「大丈夫だ。完全に気を失っている」


 「だって葵君!動かないから安心だよ」


 「そ、そっか。良かった。...死んでるわけじゃないよね?」


 そう言う問題じゃない!という言葉を喉の奥に仕舞い込む。どうやら2人は度胸があり過ぎて、ビビりの僕とは考えが一致することはなさそうだ。

 月見里さんの氷から解け出た水のようなクールな表情も、理恵加さんの天国に居るのかと錯覚してしまうほどの笑顔も、外に居る時と何も変わらない。変化したのは、僕の心臓の動く速さと空気の味だけのようだ。

 あの日、夢で見た学校の人間が血だらけで倒れている光景よりはマシ。その考えを強く持って、度胸を大きく育てていくしか方法はない。そうだ、あの悪夢の予知よりはマシだ。首もちゃんとつながっているし、腕も足もちゃんとくっついている。池を作れるほどの量の血もない。全然大したことはない。


 「ひっ!」


 突然どこかから、鈍い悲鳴が聞こえて来る。


 「この声は、丸山さんが言ってた悲鳴か。もう随分、元気がなさそうな悲鳴だな」


 「向こうから聞こえましたよね?」


 そう言って理恵加さんは、ガラス張りの横開きの扉に指を差す。


 「とりあえず、そっちに行ってみるか」


 月見里さんは扉を勢いよく開けて、中に入って進んでいく。僕が足を踏み出すのを躊躇していると、理恵加さんが話しかけて来る。


 「月見里さんの後を歩きなよ。私が葵君の後ろ歩くから。1番後ろより真ん中の方が怖くないでしょ?」


 「う、うん。お気遣いありがとう」


 「どういたしまして!」


 理恵加さんの気遣いに関心を覚える。今度似たようなシチュエーションに出くわしたら、僕が誰かに言ってあげたいセリフだ。

 部屋に入ると、更に奥にも扉が現れる。その扉の向こうには2階に続く階段があった。その階段の前で立ち止まる。


 「2階からの声って感じの響き方じゃなかったんですよね」


 「そうだな。俺も1階からの声だと思った」


 立ち止まって話し合っていると、また鈍い悲鳴が聞こえて来る。さっきよりも声が小さく聞こえた。距離が離れたのか、悲鳴を上げている人間の限界が近づいているのか、どちらか分からない。


 「あの、富永さんを呼べばいいんじゃないですか?そしたら向こうからも返事が返ってくるから」


 「いや、あの人にそれは意味ないな。声は向こうから聞こえた。このまま真っすぐ進めば、たどり着くだろう」


 僕の意見は雑に却下される。時々聞こえる悲鳴を頼りに家の中を歩き回る。先頭を歩く月見山さんの足がピタリと止まる。


 「この部屋だな」


 月見山さんは何の躊躇もなくノブを引いて、悲鳴の聞こえる部屋の扉を開ける。

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