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星の贈りもの  作者: ちゃもちょあちゃ
第二章 真涙偽血
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第40話 死に慣れる

 研究室から出ると、通路に長椅子に横たわる理恵加さんが目に入る。両手を枕にして、壁の方を向いている。部屋に戻るのが無理なくらい眠かったのだろう。


 「理恵加さん」


 そう言って肩を軽く揺すると、理恵加さんは体を転がして仰向けになる。ぼんやりとした半開きの目のまま口を開く。


 「あー、葵君。話は終わったの?」


 「うん。部屋に戻ろ」


 理恵加さんは顔に乗った髪を、耳に掛けてから起き上がる。脱いでいた靴を履いて立ち上がる。


 「あの人、苦手だったな~」


 「そう?僕は別に。変な人だとは思ったけど」


 誰とでも仲良くしてそうな性格の、理恵加さんらしくないセリフだ。好き嫌いと人付き合いの上手さは別問題なのだろう。


 通路を歩き、エレベーターの前まで来る。ボタンを押してエレベーターが来るのを待つ。到着したエレベーターに乗り込む。


 「部屋って何階だったっけ?」


 「4階」


 言って理恵加さんはボタンを押す。エレベーターのドアは重々しく閉まり、僕たちを上に運ぶ。


 「そういえば、葵君も親いないんだね」


 エレベーターの中で理恵加さんが呟く。心臓がキュッと引き締まる。この話題ではあまり話したくないからだ。自分の事はどうでもいい。両親がいない人の話を聞くのが苦しいからだ。


 「うん」


 4階に到着してエレベーターの扉が開く。横にも縦にも広い通路を歩く。僕と理恵加さん以外には誰も見当たらない。


 「私もいないんだよねー。親」


 「...ああ、言ってたね」


 「まあ、そんなに珍しくないか」


 「...うん。そうだね」


 僕は今どんな表情をしているのだろうか。部屋までの道が長い。歩幅が短い。足取りも遅い。心臓の鼓動だけが急いでいる。今なら聞ける気がした。今しかないと思った。あの時の疑問を晴らす。


 「そういえばさ、星科の2年生って、僕を合わせて4人?」


 「そうだよ」


 「誰か辞めたりした?」


 理恵加さんの表情を伺いながら聞く。理恵加さんの眉がピクリと動き、足が一瞬止まったがすぐに歩き出す。


 「うん。2人いなくなったね。1人はこの間の実習で、アクシデントが起きて行方不明になったの。そして、もう1人はそれが原因かは知らないけど、星科を抜けて転校したよ。2人は仲良しだったし、やっぱりショックだったんだろうね」


 テレビ番組でニュースを伝えるキャスターの如く、淡々と話す理恵加さん。その淡白さに悲しさよりも、無感情さを強く感じた。悲しくて呆然としているのではなく、何も感じていないように見えてしまった。


 「理恵加さんは悲しくなかったの?」


 「んー、悲しいよ。でも、私たちが目指しているクズハキは、周りの誰かと突然会えなくなるのが日常だよ?」


 理恵加さんの言葉に衝撃を受ける。友人や仲間が、いつ死ぬのか分からない世界に飛び込んだ。それを認識して受け入れる必要がある。


 「教室の机も片付けないとね。もう会わない人のこと思い出したくないし。気になってた?余分に机があるの?」


 「それも気になってたし、少し前に清水先生がトータルでは1人減った、みたいなこと言ってたからさ。...結構ヤバめな発言じゃない?」


 「あの人は元々クズハキだから、悲しむ事に慣れてないだけだよ。本当はすごく良い人なんだけどね」


 クズハキとして生きることの過酷さを思い知った。 

 「じゃあ、また明日ね」


 「うん。ばいばい」


 各々の部屋のドアを開けて中に入る。靴を脱いで、電池が切れたラジコンのように、ベッドに横たわる。自分が死ぬのと、大切な人がいなくなるのはどっちが楽なんだろう。死んだことがないから分からないし、死んだら終わりなんだから比べようもない。


 「まだ充電19パーセントだ。本当に時間が掛かるんだな」


 充電をしている星石が目に入る。ポケットから携帯を取り出して、時刻を確認する。昼寝をするには遅く、就寝をするには早い時間だ。それが分かっていてもベッドで横になり、溜まった疲れが瞼を下ろす。


 この基地で1夜を明かして研修の2日目。理恵加さんと食堂に昼ごはんを食べに来た。


 「このカレーめっちゃ美味しいよ!こっちのカツ丼も!」


 正面の席に座って、カレーとカツ丼を頬張る理恵加さんが笑顔で言う。


 「僕のラーメンも美味しいよ。明日はカレー食べようかな」


 「うん!このカレーは最高!」


 お昼時の食堂。周りにはスーツを着た人たちが食事を摂っている。人はまばらだが、学校の食堂と遜色のないくらいの賑やかさがある。疲れ切ったクズハキたちの食事は、通夜のような静けさがあるのかと思っていた。どうやら、僕の見当違いだったようだ。


 「それにしても、理恵加さんは大食いなんだね」


 「えっ!そ、そうかな?」


 理恵加さんは肩を浮き上がらせて、照れたように跳ね上がった。


 「そんなに、大食いじゃないと思うけど。でも、確かにちょっと多いかなぁ?...食べ切れないかも」


 理恵加さんは箸を置いて、急に女々しい仕草をする。見る見る少食そうな顔付きに変化していく。


 「え?じゃあ、それ残すの?」


 「残さないよ!勿体ないもん!ただ、余裕はないよ。全力でこれだからね!?私は食事に全力を注ぐ人間だから」


 「そっか。確かに、美味しい物はたくさん食べたいもんね」


 「そう!そうそうそう!」


 言ってから理恵加さんは、バクバクとカレーとカツ丼を食べ始める。本当に美味しそうに食べるから、自分のラーメンも余計に美味しく感じた。


 「いやー、美味しかったね!」


 「うん。これから毎日、あのレベルのご飯食べれると思うと最高だよ」


 食堂を後にして、基地の出入り口までの通路を歩く。この後は、月見里さんから仕事の説明と、班員の紹介があるようだ。再び緊張が湧き上がって来る。


 「理恵加さん、スーツ似合ってるね」


 「本当?やった!葵君も似合ってるよー」


 理恵加さんも僕も同じで、黒色のスーツを着てネクタイを付けている。服装は自由らしいが、基本的にみんなスーツを着るそうだ。


 「あっ、葵君待って」


 「ん?どうかした?」


 「こっち来て」


 手招きをする理恵加さんの前で止まると、理恵加さんが僕の首元に両手を伸ばす。


 「これで良し!バッチリ決まってる!」


 「ああ、ありがと」


 どうやらネクタイが緩んでいたようだ。ネクタイの緩みは気の緩みなんて思ってはいないが、気は引き締まったように感じた。


 「月見里さん厳しそうだから、絶対身だしなみは整えた方が良いよ!」


 「確かに。緩いネクタイを見て、指摘するところが想像出来る。でも服装自由ならネクタイを避けることも、出来ないこともないか」


 「流石にダメじゃない?研修に来てるんだから正装のスーツじゃないと」


 「食堂もスーツの人しか居なかったし、やっぱりダメだよね」


 「前ここに研修で来た時に、同じ班の人が言ってたの。服装は自由だけど、私服の奴は決まって変人しかいないって」


 「じゃあ、ここの基地は常識人が多めって事だね。食堂もスーツの人しか居なかったし」


 「んー?スーツ着てたら常識人って、訳でもなさそうだけどね。ってやばい!月見里さんもういる!」


 焦り出す理恵加さんの視線の方角を見ると、月見里さんが見えた。月見里さんはドアの方を向いていて、僕たちには気付いていないようだった。


 「上司より先に居ないとダメなのにー!」


 「これ、怒られるやつ?」


 「月見里さん次第!」


 先に走り出した理恵加さんの後を追うように走る。ある程度の距離を進んだら、そこからは徒歩に切り替える。


 「おはようございます!月見里さん」


 「おはようございます!」


 僕たちの挨拶に月見里さんは振り返る。


 「おはよう。お前たち何で息を切らしてるんだ?自主訓練か?」


 「ま、まあ、そんなところです。ねっ?」


 理恵加さんが同意の眼差しをスライドする。


 「はい!食後のランニングって奴ですね」


 「食後の運動はあんまり体に良くないぞ」


 怪訝そうな顔をした後、月見里さんは僕たちに当たり前過ぎる指摘を送った。


 「約束の時間の10分前だな。お前たちがせっかく時間を守ってくれたのに申し訳ないが、俺以外の班員がまだ午前中の仕事から戻ってこない。少し長引いているらしい」


 言ってから、月見里さんは右腕の時計に視線を送る。


 「このまま待ってても時間の無駄だ。何でも経験ってことで、これから仕事場に向かおうと思うが問題ないな?」


 「大丈夫です!」


 「...ぼ、僕も大丈夫です!」


 一切の思考もなく、ハッキリとした声で自信満々の表情で言う理恵加さんに引っ張られるように、僕も精一杯の快諾を発する。

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